軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

クラウゼルにたどり着く直前で。

クラウゼル男爵の罪が認められた日の朝、レンが連れ去られてから十二日目の朝のことだ。

同じ頃、レンは森の中で偶然見つけたせせらぎで服を洗濯していた。

これらは途中で寄った村々で物々交換をしたもので、決して上等な服ではない。

しかし着替えをしないわけにはいかないから、レンとしては心苦しくもあったが、リシアにもこの安っぽい布の服を着てもらっている。

だが、リシアは一言も文句を言わなかった。

自分の汗などが付着した服を現れることに羞恥心は覚えていたが、これも口にしていなかった。

(これで最後か)

一通り服を洗い終えたレンは服を絞って水気を払い、近くに待たせていた馬の傍に戻る。

馬の傍には大岩がある。

つい十数分前までそれに背を預け寝ていたはずのリシアが、いまは目を覚ましてレンが戻るのを待っていた。

「……ありがと」

彼女は照れくさそうに礼を言った。

「いえいえ」

「で、でもでも、次は私にもやらせて! 絶対だからね!」

「駄目ですよ。しゃがんでるのって意外と疲れますから、身体の負担になります」

「いいの! もうそれくらいなら大丈夫だから!」

照れくささのあまり口から出た言葉ながら、レンにしてみれば、リシアの回復がうかがい知れるから悪い気はしなかった。

レンは苦笑いを浮かべて洗った服を馬に括り付けていく。

多少、馬の臭いがうつってしまうが、乾かすためには致し方ない。

「それにしても、どうにかして、ギヴェン子爵が犯人である証拠を得られませんかね」

「……難しいと思う。クラウゼルを目指しながらだと、特に」

「ですよねー……うーむ、どうしたものか……」

リシアをクラウゼルに送り届けるのは至上の目的ながら、そこで何もできないというのも片手落ちな気がした。

迷うレンに対しリシアは笑う。

「安心して。私にちょっと考えがあるから」

「え、ほんとですか?」

「ほんとよ。レンのおかげで、いざとなったら私がどうにかできると思う」

「……俺のおかげ?」

疑問符を浮かべた声にリシアは答えず、小さく笑った。

明確な答えを聞きたかったレンだが、それが望めないと知り気持ちを切り替える。

「――――もう少し休憩したら出発しましょう」

少しでも早くクラウゼルに向かうため、あまりゆっくりしていられない。

洗濯終わりの服を一枚、もう一枚と広げるうちに、彼は、

(そうだ。もう少しなんだ)

考えながら洗濯物を広げていた。

途中からまるで無意識に、考えごとに没頭してしまっていた。

一方でリシアだが、彼女は頬から首を真っ赤に上気させていた。

(最後まで気を抜かないで頑張らないと)

服だけじゃない。

肌着も手にしていたレンを見て、リシアはレンの屋敷が強襲される前、あの小物入れの中に見つけたモノを思い返した。

「え、あ……う……そうだわ……あれって……」

だが現状、レンの世話になりっぱなしなため強く言えない。

どうしよう、どうしよう。

こんな大変なときに何を思い出してるのよ!

リシアは自分を叱りつけたい気持ちが芽生えると同時に、抑えようのない感情に苛まれた。

こんなときに話すことではないと思う。

でも、体調が落ち着きだしたことも影響してか、少しだけ話しておくべきかとも思った。

(念のために魔剣のレベルをあげときたかったな。……けど最近、魔物が居ないんだよね)

レンは服を干す途中で鞄を漁り、中身の確認も並行した。

中には先日のホワイトホークから取った魔石や、干し肉などが詰め込まれている。

その魔石を手にしたレンはじっと魔石を見つめながら、魔剣のレベルを上げられていないことを惜しんでいた。

「ねぇ」

(しょうがないか。魔物があんまり居ないんだし)

「ね、ねぇってばっ!」

リシアが何を思って口を開いたのレンは知らない。

しかし彼女の呼び声に応じて顔を向けたとき、彼女の頬や首筋が真っ赤になってるのを見たレンはハッとした。

(もしかして、体調が悪くなったのかな)

慌てたレンはリシアに近寄り、彼女の額に手を当てた。

「熱は大丈夫みたいですね」

レンが急に近づいて、リシアの額に手を当てて安堵した優しげな顔。

それを見たリシアの胸が早鐘を打つ中、彼女は慌てて否定の声を上げる。

「ッ~~そ、そうじゃなくて!」

「え、じゃあどうしたんですか?」

「……ひ、一つ教えなさい!」

急にどうしたのかと思いつつ、レンは「はい」と答えた。

するとリシアはもう一度深呼吸をして、少し落ち着いたところで口を開く。

「レンは私に隠してることがあるわよね?」

彼女はまっすぐレンを見ながら言った。

「でも、怒ってるんじゃないの。そりゃ……本当なら怒るべきかもしれないけど、レンにはたくさんお世話になってるし、迷惑もかけたから……」

(急にどうしたんだろ)

「だ、だけどこれはレンのためなの! 私がちゃんと、ダメなことはダメって教えてあげないと……っ!」

ここにきての問いかけにレンは小首を傾げた。

彼女はいま、俺が何を隠してると思ってるんだろう。

(今更になって、急に例のブツの件ではないと思うけど)

だってアレは焼却したんだ。

暖炉にぶち込んで、燃え盛るのを確認した。

そもそもとして、いまここで尋ねてくるはずがない。脈絡が無さ過ぎて、逆に違和感がある。

――――と結論付けたレンが、答えを見いだせず腕を組む。

「だから正直に話して。レンがさっき手にしていたモノを思えば、おのずと答えが分かるはずよ」

最後の最後に生じた羞恥心のせいで、リシアは思わず言葉を濁してしまう。

だが、これが失敗だった。

「さっき俺が手にしていたモノ……ですか……?」

「もうっ! これ以上言わせないでっ! レンならわかるでしょっ!? レンの部屋にもあったモノのことよ!」

「と言われましても、何のことだか……」

だが、レンはもしかして、と思った。

さっき手にしていたモノで、レンの部屋にもある。

そう言われると、思いつくのは一つだった。

(あ、魔石のことかな)

先ほどまでホワイトホークの魔石を手にしていたことにより、レンはすぐさまこの考えに至った。

だけど、それを咎められる理由が分からない。

それでもレンの脳裏を、すぐにミレイユとロイのことがよぎった。

(母さんが父さんを怒ってたみたいに……って感じなのかも)

昔、ミレイユが言っていた。

ロイは魔石に執心している姿を見て、それはどうなのかと口にしたことがあるのだとか。

(お嬢様の目には、俺が魔石に執着してるように見えちゃったのか)

それで、なぜ怒られるのかという話になる。

魔石は色々なことに使われるし、宝石として重宝されることもある。

ただ、食い入るようにじろっと見てる姿があまり普通にみえなかったのかも。

思えばレンの部屋には空の魔石がいくつもあったし、傍から見れば、変な趣味と思われても仕方ない側面もあった。

(魔石を吸収するところまでは見られてないっぽいな)

「……わかった。レンが言い辛いなら、もうこれ以上掘り下げない。でも、どうしてアレを持ってたのか教えてくれる?」

リシアの声は優しげだった。

怒りは感じられず、ただ穏やかにレンを窘めようとして、自らの寛大さを知らしめるようなそれだった。

たとえ、話が食い違っていてもこれは変わらない。

「俺がアレを持っていた理由、ですか」

「ええ。ダメなことはダメって言わないといけないから、どうしてレンがあんなことをしちゃったのか、私はちゃんと聞いておきたいの」

言い訳を考えるべく目を反らしていたレン。

そのレンにリシアは「こっちを見て」と穏やかに言い、レンと視線を重ね合わせた。

一方で、レン。

思いついた言い訳は、我ながらそれらしい言い訳な気がした。

「一目見たときから、ずっと気になっていたからです」

魔石への興味、この方向で答えた。

これならどことなく少年らしさがあって、ロイも幼い頃からそうだったというから違和感はないはず。

騎士家の嫡男であることも、関係してくれるはず。

しかしリシアは――――。

「ッ~~き、ききき、気になってたって……っ!?」

両手で頬を覆い、羞恥の極みと言わんばかりに肌を赤く染め上げた。

レンにこっちを見ろと言っておきながら、今度は彼女が慌てて顔を反らす。そして指の隙間から、レンの顔を覗き込んでいた。

「あうぅ……そんなに私を見つめて言わなくても……ずるいわ……急にそんなことを言うなんて……っ」

「申し訳ありません。けど、ずっと気になってたんです」

「だ、ダメよ! いくら気になるからって、あんなことはしちゃダメなんだから!」

(やっぱり、食い入るように魔石を見るのは普通じゃないのか)

昔、ミレイユが似たようなことをいっていた。

さっきも思い返したことがまた脳裏をよぎって、レンの考えを改めさせる。

考えてみれば、宝石をじっと見つめすぎる人は男女問わず少し奇特だ。

かといって宝石は鉱物で、魔石は魔物の体内から取れた素材だから、また感覚は違うのかもしれないが……。

だがレンは、それが普通の価値観なのだろうと思った。

「すみません……そうですよね」

「いい? 相手のことが気になっていてもそれはダメ。……そりゃ、私はレンにたくさんの恩があるから強く言えないし、レンも男の子だからちょっとは仕方ないけど……。私だって恥ずかしいし、普通だったら投獄ものなんだからね?」

(相手? 恩?)

「け、けど、今回だけは不問にしてあげるわ。素直に言ってくれたから、今回だけよ! レンが私の恩人だから特別なことも忘れないように! ……わかった?」

レンは途中から話が食い違っているような気がした。

指摘しようにもリシアが頬を真っ赤にしながら強く言ってくるため、こちらとしても尋ねようにも尋ねられない。

(次からはもっと気を付けて吸収しよう)

「申し訳ありません。お嬢様の言うとおりにします」

「――――名前」

「え?」

リシアは宝石に似た瞳にうっすら涙を浮かべ、いまだ冷めやらぬ強い羞恥に負けじと、

「もうっ! こんなのが理由で許すのは不満だけど、あんなことを言われたらしょうがないじゃないっ!」

「あの、だから何がですか?」

「っ~~だ、だから! 仕方ないから名前で呼んでいいって言ってるのっ!」

どこか投げやりに言い放たれたリシアの声は、風に揺れる平原に溶けていく。

互いの誤解は、最後の最後まで解けることがなかった。

◇ ◇ ◇ ◇

同じ日の夕方に差し掛かった頃のことだった。

「レンっ! もうすぐクラウゼルが見えてくるわ!」

これまでよりも見慣れた景色が広がる森の中、リシアが嬉しそうな声を上げた。

リシアはレンのおかげで体調が随分と良くなり、顔色もだいぶ良くなった。

声だって以前に増して弾んでいて、彼女を馬上で支えるレンもその快活っぷりに喜んでいた。

(順調だな)

ここまで来たらもう安全だと思いたいところだ。

「ねぇねぇ、レン!」

「はいはい、なんでしょう?」

「この森を抜けた先の丘陵を越えれば、クラウゼルが見えてくのよっ!」

「ということは、完全に安全と思っていい感じです?」

「ええ! 私の家の騎士もいるはずだから、すぐにレンの家族のことを聞かないと……っ!」

ということは、既に限りなくゴール地点に近いようだ。

「ちなみに、この森を抜けるまでどのくらいでしょうか」

「えっと……ほんとにあと少しで抜けられると思うけど……ごめんなさい。私たちはバルドル山脈側から進んできたでしょ? その、こっちはあまり私が通ったことのない道だから……」

なんでも、レンとリシアが進んできた道でないほうは街道が整備されてるのだとか。

それでも辺境まで整備されてるわけではなく、あくまでも周囲の町までなようだが、街道が途切れてからも進みやすさは比でないそう。

その影響で、この辺りを進む者は少なかった。

(道理で誰ともすれ違わなかったんだな)

「できれば街道側を進みたかったですね」

「そうね……でも、私たちはギヴェン子爵領側から来たんだし、仕方ないわ」

可能な限り人が多い場所を通りたかったが、こればかりは致し方ない。

下手に遠回りできる状況でなく、急がなければならなかったのも影響している。

いまはただ、これまでの努力を無駄にしないよう急ぐだけだ。

――――しかし、順調に見えた道にもかげりが生じる。

瞬く間に時間が過ぎ、木々の合間から覗く空は一面の茜色に覆われた。

そこで、遠くからいくつかの蹄鉄の音が届きはじめた。

前後、そして左右から、蹄鉄の音があっという間にレンとリシアに近づいた。

やがてその音を上げていた者たちが、レンとリシアが乗る馬を取り囲む。

「見つけられてよかった」

そう言ったのは、ギヴェン子爵の使いとしてレンの村を訪ねていた騎士だった。