軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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白い王冠、エウペハイム。

ユリシス・イグナート侯爵が統べるこの地もいまは厳しい暑さだが、それでもこの時期になると多くの人で賑わう大都市である。

その地にある神秘庁へと、鞄の旅人ラグナが外での仕事を終えて帰ったところだった。彼はいつものように魔道具の昇降機に乗り込み、遥か上層階にある研究室を目指していた。

目的の階層で降りると、長い廊下には幾人かの騎士と、研究室所属の研究者たちが立ち尽くしているのが見えた。

「何をしている?」

「室長! お帰りになられたのですね!」

「お急ぎください! 研究室にお客様がお待ちです!」

「疲れてるんだ。帰って間もないのに急かしてくれるなよ」

「いえ! 今回ばかりはご容赦いただきたく! そのお客様なのですが――――」

研究者がつづけて話したことを聞くと、ラグナはすぐに先へと進んだ。

彼は声に出すことなく、「なるほど、嗅ぎ付けられたようだ」と心の中で呟く。でなければ、こんなときにここまでその客人が来るとは到底思えない。

「何かあれば皆にも声をかけるから、仕事に戻ってかまわない」

研究員たちにはそう告げて彼らを横切ると、長い廊下の最奥に待つ扉を見た。そこに立つケットシーの少女へと軽く挨拶をしてからその部屋に足を踏み入れる。

すると、彼を待っていた客人が言った。

「遅かったな、ラグナ」

ソファに座る第三皇子、ラディウス・ヴィン・レオメルの声だ。

「 俺の研究室(ここ) には好きに入っていいと言っていたが、随分と急な来訪だ」

「ああ。ところで、私が来たその理由に覚えはないか?」

「あるが、覚えがありすぎる。どれのことかはわからない」

軽口を叩きながら歩いていくと、ラグナは巨大な鞄をソファのすぐ横にどしんと置き、ラディウスの対面に腰を下ろした。

「この前来た手紙を無視したことか? それとも、俺が帝国法院の連中と事を構えてそれなりの大事にしたことか?」

「どちらでもない。だが、後者についてものちほど聞かせてもらう」

「なるほど、墓穴を掘ってしまったらしい」

大げさに肩をすくめてみせた鞄の旅人。この人こそ、ラディウスが先日、あの男……と口にしていた人物である。

鞄の旅人は堂々とした姿のまま、足を組む。

「大霊廟の儀式のために覚えることもあるだろう。先日、俺が帝都に行ったときにも増して忙殺されているそうだが」

またクルシェラでの騒動だったり、聖人の右剣と呼ばれる人物の来訪など。ラグナも耳に入れているそれらをはじめ、ラディウスが触れるべきことは多くあるだろうに。

「案じてもらうには及ばないさ。これも、私にとって同じくらい大切な事案のためだ」

「わざわざここまで来るあたり、嘘ではなさそうだ」

鞄の旅人は元教え子が何をしにここまで来たのか推測できていたにもかかわらず、そのように言った。

「疑問に思っていた。ラグナが何故あれほど急に動きはじめ、ミューディの隠れ家へと単身で向かうことにしたのかとな」

「言ったはずだ。少人数は都合がよかったし、水の女神の力により修理できた鍵が、長期間その状態を保持できない状況だったともな」

「それにしてもだ。やろうと思えば、最初からレンに声をかけるくらいできたはずだ」

「忘れたとは言わせないぞ。その時間がなかったと俺は話しただろう」

「まったく……私を嘗めるなよ。どれほどお前の隣で学んでいたと思う」

幼い頃はおろか、帝国士官学院に入学した頃にもこんな顔はしなかった。

第三皇子の横顔に宿る覇気はまさしく、大国レオメルを統べる器を持つ者のそれだ。いくら落ち着き涼しげな様子でいても、それを隠しきれていない。

「ラグナの行動の多くが曖昧だ。最速で最善を尽くしているように見えるが、所詮、見てくれだけだ」

「はっきり言ってみせないか、ラディウス」

「無論、そのつもりでここに来ている」

ラディウスの双眸が放つ、いままでにない迫力。

「本当は隠れ家の調査を一人で終わらせたかったのだろう? だからあのような状況を作り出した。違うか?」

本来ならもっと余裕があったはず。

ラディウスはそう断言した。

「いくつか妙なこともある。ラグナほどの男が不用心すぎはしないか?」

「ラディウスも知っているはずだが、俺は作業の邪魔をされることを好ましく思わない。だが、それだけの理由で――――」

「違うな。他者に知られたくない発見を危惧したからだ」

眉をひそめた鞄の旅人の態度は、話をつづけろという意思表示。

第三皇子はそう受け止めた。

「あの隠れ家には、セシル・アシュトンに関するものがあると確信していた。並行して進めていた調査で、そう思えるだけの成果を得たのではないか?」

もう、はぐらかすことはできないぞ。

第三皇子の瞳がそう告げてきたからか、ラグナは短く息を吐いた。

「そうでなければ、もっとできることがあったはずだ」

「あのときの装備は万全だった。それでもミューディの力とミリム・アルティアの魔道具が上回っていたにすぎん」

「それは本音のようだが、あまり惜しんでいるようではないな。まるで、隠れ家の扉が閉じてくれたことを歓迎しているように見えるぞ」

ラグナは演技じみた身動きで肩を大げさにすくめてみせた。

「どうせ、調査を終えたら入り口を封鎖できるようにも考えていたのではないか?」

「俺がそうしたくなるほどの発見があの隠れ家に眠っている。あるいは眠っていた。そう言いたいようだが、ただの仮説の割に語気が強いな」

「いいや、ある程度の根拠を伴っての考えだ」

「――――根拠?」

それは先日、ミレイと共に向かった場所でのこと。

「帝立図書館に行き、ラグナが何かを秘密裏に調べていたことは察しがついた。隠れ家へ行く前後のラグナの行動も確かめさせてもらっている。そこにもいくつかの不審な点があった」

「……彼女か」

ミレイ・アークハイセという少女の存在。

彼女ははただの補佐官ではない。第三皇子の元でなら、誰よりその調査能力を発揮することができる才媛なのだ。

これでも言い逃れをするつもりか、と第三皇子の双眸がラグナを射貫いた。

「またラグナのことだ。鍵をもう一度直せるよう準備をしていたな。探していた情報を得られなかった際には、改めて自分一人で入るために」

「――――残念なことに、しばらくは難しいがな」

そして、ようやく。

鞄の旅人は誤魔化すことなく、語りはじめた。

「あの鍵は隠れ家の魔道具に連動していた。侵入者を感知して、はじめから自壊する仕掛けだったようだ」

「再び直せないわけではないのだろう?」

「無理だとは言わない。前回と比較にならない難易度というだけだ。少なくとも年単位で時間が必要になるくらいには」

もう一度忍び込めるようにしていたところに、用意周到なラグナらしさがある。

しかしラグナの言い分では、どうせミューディの隠れ家はより強固に封印されるようになっていたから、再び修理したところで同じように入れるかは未知数だという。

「確かに俺は鍵の崩壊がはじまっていると嘘をついた。だがそれでも、あれから数日程度しか持たない可能性は確かにあった」

事実として、あの鍵は一度使ったら効力を失った。

ラグナはいまの言葉を口にすると、席を立ち大きな窓の前に立った。そのせいで彼の表情を窺うことはできなくなったけれど、些細なことだろう。

「考え、そしてたどり着いた手掛かりは何だったのだ」

追いかけるような問いかけに、ラグナは間を置くことなく。

「確定でないことは話したくない」

「っ……まだ言うか! ラグナ!」

ラグナがラディウスを振り向き、いままでに見せたことのない神妙な面持ちを浮かべていた。

「慎重にもなる。この不確定な要素は危険だからだ」

つづけて話そうとした……そのとき。

部屋の扉が勢いよくノックされたことで話を中断せざるを得ず、ラディウスが口を開いた。

「……話は後だ」

「ああ。――――入っていいぞ」

ラグナが言うと、入室したのは第三皇子の補佐官ミレイだ。

彼女は慌てた様子で姿を見せると、ラディウスとラグナの顔を交互に見て、気にせず話してよいものかと僅かに逡巡。

「気にしなくていい。何があった?」

「……急いで、お伝えすべきことがありますニャ」

必要最低限の落ち着きを保てているように見えて、彼女がこのような場で慌ててみせるのは珍しい。

一方、いま彼女は鬼気迫っていたり、何らかの危険を知らせるようには見えなかった。敢えて言うなら、驚きに心を占領されているような表情を浮かべていた。

ラディウスはもちろん、ラグナだって珍しく思い静かに彼女が口を開くのを待っていた。彼女が呼吸を整える間、手持ち無沙汰になったラグナは何の気なしに外を見ていた。

間もなく、ミレイは焦りながらも言う。

それはラディウスを、そしてラグナをも驚かせる出来事のはじまりで――――

「皇帝陛下が、レン殿へ――――っ!」