軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

強襲。

翌々日、朝食を終えたあと。

狩りの支度を終えたレンが庭に立ち、ロイのことを待っていた。

しかし、足を運んだロイはすぐに装備を外せと言った。

「今日は狩りを休んで、村の中で木材運びをしてもらいたい」

「木材運び? どうしたんですか、急に」

「幸い、ヴァイス様たちが色々手伝ってくださることになってな。馬鹿みたいに増えたリトルボアの討伐と、ついでに大工仕事をしてくれることになったんだ」

「あー、そういうことでしたか」

「ってわけだから、俺はヴァイス様と一緒に保管庫に行ってくる」

レンは保管庫という言葉に小首を傾げた。

「教えてなかったか? 橋の近くに小屋があるんだが、そこに木材をため込んでるんだ。前に屋敷の修理をするって話してから、少しずつな」

その保管庫に足を運ぶロイとヴァイスが森の様子を確認しつつ、騎士たちに木材を

渡して運ぶという流れであるそう。

村の中では、レンがその手伝いをすることとなる。

「俺は保管庫で指示をしてから、ヴァイス様や何人かの騎士たちと森に入ってくるってわけだ」

これらを確認し終えたところへヴァイスがやってくる。

つづけて、ミレイユが遅れて屋敷の外に出てきた。

「ロイ殿。早速だが」

「はい。レンにも話したところです」

すると今度はミレイユが、

「私はリグ婆のお家に行ってくるわ。お嬢様のためのお薬を作って貰ないといけないから、帰るのは昼過ぎになると思う」

「ミレイユ殿、申し訳ない」

頭を下げたヴァイスを見たミレイユは慌てて「気にしないでください!」と言った。

「騎士の方々はお嬢様の護衛をしなければなりませんから。こうした仕事は、私にお任せくださいな」

彼女はそう言い、皆に先んじて畑道を歩いていった。

間もなくレンたちもそれにつづいて庭を出て、既に外で待っていた騎士たちと合流する。

「さぁ、騎士団の諸君」

ヴァイスの声に応じて騎士たちが背筋を伸ばした。

「我らは恩義に報いねばならん。迅速に配置に付き、日ごろ鍛えた膂力をいかんなく発揮せよ」

騎士たちは雄々しく返事をする。

皆、キビキビとした動作で動きはじめた。

ある者は歩き出したロイとヴァイスに付き従い、またある者は大工仕事をする場所に向けて歩きはじめる。

(……今日は曇ってるな)

そんな中、レンは自身が動き出す直前になって空を見上げた。

彼は曇天から雨が降り注がぬように、と主神に願いを捧げたのだった。

◇ ◇ ◇ ◇

案の定だった。

皆が動きはじめてから二時間と経たぬうちに、空模様が急激に悪化して雨が降りだす。

ほんの数十秒のうちに霧が立ち込めはじめたせいもあり、見通しも最悪だ。

もう、ほんの少し先までも見渡せない。

「レン殿! 一度休憩にした方がよろしいかと!」

「ですね……天気が悪くなってきましたし、わかりました!」

騎士に返事をしたレンは畑道の間に設けられた資材置き場と屋敷を往復していた。

修繕箇所が屋敷に限らず、古びた民家もあるから、中継地点を設けた方が都合がよかったのだ。

(雨もすごい強くなってきたな)

雨足は増す一方で、地面がぬかるんできた。

天気が落ち着くまで屋敷で一休みしよう。

……そう決めたレンが眉根を寄せた。

(なんだ……?)

おもむろに鼻を利かせたレン。

(この匂いはいったい)

土が雨に濡れる匂いに混じった鼻を刺す 臭い(、、) 。

それは、焦げ臭さだった。

この村では、年に何度か焼畑をする村民がいる。

彼らがそれをしたときとよく似た、濃厚な焦げ臭さであった。

すぐ傍を歩く騎士もその臭いに気が付き、眉をひそめる。

(あっちからだ)

匂いがしたのは、屋敷がある方角から。

このことに気が付いたレンの足が、無意識の間に前へ前へと身体を押し出す。

「この臭いはいった――――レ、レン殿ッ!」

騎士は声を荒げると同時に、足早に駆けるレンの後を追った。

二人の視線の先……アシュトン家の屋敷がある方角に目を凝らすと、濃霧の先で、真っ赤な光りが見えた。

一歩、更に一歩と近づくにつれて、その光の正体が露になる。

それは、業火だ。

深紅の光を放つ、炎の姿だった。

「な……なんで俺の屋敷が……ッ」

疑問に思うのは当然だった。

だけど、疑問への答えは考えなかった。

レンの脳裏を、すぐに屋敷に残った者たちのことが掠めた。中でも騎士たちのことではなく――――リシアのことが。

「お待ちくださいッ! レン殿ッ!」

レンは騎士の制止に耳を傾けることなく駆けた。

屋敷までの十数分の距離を、あっという間に駆け抜けていった。

「はぁっ……はぁっ……」

屋敷に近づくにつれ、鼻を刺す新たな香りが漂ってくる。

霧と雨に混じって、僅かながら血の臭いも漂ってきたのだ。

……何か異変が起こっている。

深紅の炎は雨に降られているのにもかかわらず、猛威を増していく。濃霧の奥に見え隠れするそれは、まるで太陽のように存在感を主張していた。

(もっと早く……ッ!)

濃霧の先に古びた柵が見えてくる。

もっと進むと、庭で倒れた騎士たちの姿も見えてきた。

様子を聞くため近づくと一人残らず絶命しており、首根っこに食い千切られたようなむごい傷跡が残されていた。

その身体に触れたレンの手には、まだ騎士の身体に残る暖かさが感じられた。

まだ、あまり時間は立っていない。

(霧に乗じて、音も雨で消して……ッ! ほんの一瞬で、こんなことをした奴がいるのか……ッ!?)

それを見たレンは催した吐き気に抗いながら、屋敷の方へ目を向けた。

思い出深い屋敷は猛火に包まれ、出入り口を見ると竜が炎を吐く姿にも見えた。

彼はそれでも足を止めず、勇猛にも扉を蹴り破って中に入る。戦いに備えて鉄の魔剣も召喚して握り締めた。

このとき、レンは追ってくる騎士を待つか迷った。

もしも何者かがこの屋敷に火を放ち、騎士たちを襲ったのなら……その何者かが、まだ屋敷の中にいるかもしれない。

一人で行くより、騎士たちを待った方が絶対にいい。

――――でも、待っている間にリシアはどうなるだろう?

恐らく、数分としないうちに騎士たちは到着するはず。

だがしかし、その時間を待つ間にリシアが凶刃に倒れたら? ……そう思うと、恐怖はあっても足を止められない。

息を呑んだレンは、頬をパンッ! と強く叩き屋敷の中に足を踏み入れた。

「どうしてこんなことに……ッ」

中は真っ赤で、炎で眩しいくらいだった。

押し寄せる熱波のせいで皮膚が焼ける痛みに苛まれた。

それでもレンは猛火の中に足を踏み入れ、半壊していた階段に向かって駆け上がる。

視界の端では、横たわり物言わぬ塊となった騎士の姿があった。

明らかに普通ではない出来事を前に、怖れに負けぬよう勇気をもって自室を目指す。

そして、たどり着いた。

レンは火傷の痛みに抗いながら、自室の扉を乱暴に開く。

「お嬢様ッ!」

ベッドに向けて大声で叫んだ。

それと同時に、ベッドの傍に居た一人の男と、二匹の魔物の姿に気が付く。

また、男の周囲だけ青く光るベールで包まれていて、燃えていなかったことにも気が付いた。

「――――お前がレン・アシュトンか」

眠るリシアの傍に居た男が言った。

男は灰色のローブに身を包んでいるせいで、冷たい声音の他は何もわからなかった。

その男が手にした 白い木の杖(、、、、、) を見たレンは、無意識のうちに身を強張らせる。

(あいつがやったのか)

怒り、悲しみ、困惑。

数多の感情に苛まれていたレンは冷静に様子を伺う。男の問いに答える前に、男に付き従う魔物に注目した。

(あれは……)

―――― マナイーター(、、、、、、) 。

見てくれは巨大な黒いトカゲを思わせるが、顔には目と鼻が無く、鋭利な牙を覗かせる大口しかない。蝙蝠を想起させる翼をもつ体躯は、大人と同じくらいの大きさだ。

レンはそのマナイーターに関する知識を思い出す。

緊張のあまり、生唾を音を立てて飲み込んだ。

「お前がやったのか―――― 魔獣使い(ビーストテイマー) 」

「ほう、わかるのか」

「わからないほうが馬鹿だ。そいつらはマナイーターだろ? 炎、そして主人を自分の炎から守るベールを生み出す力を使うなんて、他に思いつかない」

男はレンの言葉を聞いて含み笑いを漏らし、ベッドを離れてレンに近づいた。

対するレンは鉄の魔剣を構え、男が一歩近付けば一歩下がるのを繰り返す。

「確かにここにいるマナイーターは、私が召喚した魔物だ」

「…………」

「魔獣使いの力の一端であることを知っているとは。驚いたぞ」

すべて七英雄の伝説で知った知識だったのだが、間違えていなかったことにレンは密かに安堵した。

代わりに、ひっ迫した状況に焦りを募らせる。

(考えろ。どうしたらいい)

マナイーターは魔獣使いのスキルで召喚できる魔物だ。その力は一般的に、通常の魔物に置き換えるとDランクに相当する。

それが二頭。

言わずもがな、安易に戦っていい状況ではない。

(いや、父さんとヴァイス様がすぐに来てくれるはずだ)

必要なのは時間稼ぎのはず。

どうにかこの膠着状態を長引かせなければ。

と、レンが警戒を高めていると――――。

「え……?」

屋敷が大きく揺れた。

ただでさえ古い屋敷が内側から猛火に襲われたせいで、降り注ぐ雨に負けず屋敷を崩壊に導かれていた。

その揺れは、レンの自室の天井を大きく震わせた。

すると、リシアが寝るベッド上の天井が崩壊しはじめる。

「この――――ッ!」

レンはそれを見て木の魔剣を召喚し、木の根やツタを生み出して崩壊を止めようとした。

それを見たマナイーターが大口を開けて炎を吐く。

木の根とツタは瞬く間に消炭と化してしまう。だがその一方で、天井の崩落は留まるところを知らなかった。

だからレンは、駆けるしかなかった。

「くそッ!」

レンは木の魔剣を膂力の限りを尽くして何度も振り、生じた風圧で炎を払った。

駆ける足は止めず、ベッドにたどり着くと落ちてくる天井を切り裂いてリシアを守る。

――――その代わりに、

「しばらく寝てろ」

男の冷淡な声が響き渡るとともに、レンの鼻孔へとミントに似た爽やかな香りが届く。

その香りを嗅いでしまうと、レンは全身から力が失われていくのを感じた。

重くなる瞼が勝手に降りていくのに抗える様子はなく、身体はあっさり、リシアの横に倒れ込んでしまう。

「なに……を……」

「お香だ。小型のドラゴン程度なら、数日は眠らせられるほどのな」

レンはその声を聞くとともに、リシアを守ろうと彼女に手を伸ばす。

彼女の華奢な身体を抱き寄せた刹那、レンは意識を手放したのだった。