軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔剣召喚術のいまなど。

それは――――ほとんど時を同じくして。

天空大陸に唯一存在する国、シェルガド皇国。

一見すればレオメルとほぼ変わらない文明を誇る、世界第二位の軍事大国だ。

空を飛ぶ大陸に国境はなく、海もない。大陸の端や境目の下には天空が、遥か下方に広大な海が広がっていた。

大陸のほぼ中心に位置した皇都は世界でも稀な規模だ。

世界第二の軍事大国とも称されるシェルガドらしく、世界最大の軍事大国レオメルに劣らず洗練された街並みと、最新技術が生まれる先端的で偉大な都市だった。

皇都に降り立った一隻の魔導船。

体躯は純白に染まり、添えられた金は主神への穢れなき敬虔さを示す装飾。

魔導船乗り場へ伸びたタラップから姿を見せたのは、エルフェン教の中心である聖地に座した銀聖宮――――即ち、エルフェン教の総本山を守る聖宮騎士という名の精鋭だ。ここにいるのは、その中からさらに選抜された少数だった。

一行が向かう先は皇都にて何より巨大な建造物、皇城。

地上にそびえるいくつもの塔から伸びた鎖で繋ぎ止められた、ここにおいてさらに浮遊した天空城。

――――天高き空を泳ぐこの大陸の中でも、より高さを誇った謁見の間にて。

灰色の石を磨き上げた広い空間の奥、数段の階段の先に黄金の玉座が輝きを放っている。

玉座にはつい数秒前、皇帝が腰を下ろしたばかりだった。

「お目通りが叶い、光栄です」

聖宮騎士を統べる男が膝をついたまま言った。

シャツの襟より少し長い髪。真面目な性格がそのまま浮かび上がったような顔立ちの青年だ。

対するは皇帝。天空の王。

「よい」

皇帝はほとんど抑揚のない、平坦な声で応えた。

「そなただから時間を作った。ただそれだけのことよ」

雷を思わせる金の髪が雷帝の二つ名を表す。両目は鋭く切れ上がり、彫像のようにも見える顔立ち。

彼の名を、ルーヴェス・レネ・シェルガド。

若き皇帝にして、剣王序列第四位に座する剣士だった。

「顔を上げ、用を申せ」

その低い声に聖宮騎士を束ねる男が「は」と言い顔を上げた。

二人から漂いはじめた圧を、聖宮騎士たちが感じ取る。

何人かの聖宮騎士が、緊張のあまり喉仏を上下させ、例外なく全身が覇気に気圧されたが、青年だけは皇帝が放つ覇気に臆さず。

「聖下のお言葉を携えて参りました。聖下は先のシェルガド皇国軍の活躍をとてもお喜びでございます」

「ああ」

返事はしたが、ルーヴェスは一瞬で興味が失せたような顔をした。

いまでは意識がどこか遠く、顔も窓の外に向けられている。

聖宮騎士を束ねる男はその姿勢に思うことがあった。

しかし、聖下――――教皇の言葉を伝える身として、負の感情は心の奥に潜ませた。

「聖下はこう仰せです。マーテル大陸における魔王教の振る舞いは目に余る。我らエルフェン教としても――――」

「それだけか?」

言葉を遮る冷酷な声に、誰もが一瞬気を取られた。

「二度言わせるなよ。それだけかと聞いている」

ルーヴェスの両目が再び向けられた。

「聖人の右剣ミストルフォ。そなたのような男が、さして価値のない言葉を告げに来ただけか。余はそなただから会ったと申したであろう」

「しかし――――」

「教皇に興味はない。そう言ったのがわからないか」

教皇の言葉を一蹴したばかりか、心底興味がなさそうに振る舞うルーヴェス。

ミストルフォと呼ばれた男は耳を傾け、皇帝の言にのみ意識を向けた。

「余が敬意を払うのは剣の王にのみ。そなたの主君、聖人は剣王序列一席に座すが、教皇は違う。所詮、聖職者の王であろう」

敢えて丁寧に話したルーヴェスが座る玉座の真横には、一本の剣が突き立てられている。

ルーヴェスの背丈ほどもある直剣にして、文字通り天上天下に名を馳せる名剣。

初代シェルガド皇帝が用いたとされる皇帝の証。

それが、窓の外から差し込む陽光を反射する。

「そなたはあの男の側近だから時間を割いた。それ以上、興が削がれるようなことを言ってくれるなよ」

ミストルフォが微かに肩をすくめた。

不遜な態度にも見えるが、ルーヴェスの気分を害した様子はない。肘置きを利用して頬杖をついたルーヴェスは、ミストルフォがつづける言葉を待った。

「私の主君は聖下であることをお忘れなく。我らは聖下の剣。即ち聖下の御力だ」

へつらうわけでもなく発せられた言葉には、天空の王を喜ばせられるだけの力があった。

「聖地の騎士らしく、 美しい(歪んだ) 言葉だ」

「私の答えがお気に召さなかったようですが」

「――――そう思うのならば、くだらん問いを投げてくれるな」

ルーヴェスが挑発的な目でミストルフォを流し見る。

「 翼のない人(ガイナ) が天上の王に教えを説くとは愚かしい。それが実在すら危うい神の子を自称するものであれば、冗談にしても 質(たち) が悪い」

「主に敬意はないと?」

「くどい。蒙昧な言葉は余に響かんぞ」

短い声なのに。

謁見の間に力強く響き渡り、空間すら揺らしたような気がした。

「戯言のみ携えて来たのなら去れ。第一位への礼ならもう尽くした」

くだらないと言われるとミストルフォは異を唱えたくもあったし、激高して弁論すべきだったのかもしれない。また彼は同時に、それが主に仕え、教皇の言葉を届ける身としての責務だろうとも思った。

しかし……避けた。

自らの矜持に背くような振る舞いだが、王の不興を買う気はなかった。

余計な言葉は不要。剣王は直截的な言葉を求めていた。

「――――貴国が保護された神殿について、お聞かせ願いたい」

すると、

「つづけよ」

天上の王が先ほどよりは興味を示したかのように。

「先日、マーテル大陸にて、ある紛争地域を治められたご様子。そこに我らエルフェン教の神殿があることはご存じでしょう」

「さて。調べていないが、あるやもしれん」

「あるのですよ。陛下」

ミストルフォの声に力が入った。

「神殿は戦によって全壊していた。それに加え、神殿の力を保つための聖遺物も持ち去られていたのです」

「略奪は戦場の理だろうに。奪われたとして、貴様は余に何を求める」

「情報を。かの地での出来事はただの戦だったのか、それとも――――」

「魔王教か」

「そう。奴らの姿があったのか、どうかを」

ルーヴェスが値踏みするような目でミストルフォを眺めた。

聖宮騎士たちは得体の知れない圧に極度の緊張と、本能に訴えかける恐れを抱くも、ミストルフォの背中に意識を向けて平静を保った。

玉座に座る男にとって、いずれも取るに足らない有象無象。懸命に平静を保つ姿を見れば可愛らしくも思っただろうが、いまのところ一切の興味が向いていない。

「余のあずかり知らぬことよ」

王の冷淡な声に潜む嗤いを、ミストルフォは確かに感じ取った。

「調べることもなかったのですか?」

「あずかり知らぬことと言ったであろう。それほど大切な品なのであれば、聖地に集めておけばよいであろうに」

「神殿の力を保つための品、と申し上げた通りです」

そうでなければ世界中に教徒を持つエルフェン教にとって、それこそ神の教えに背く行為なのだと。

しかし、どの言葉も王が価値を感じるものではない。

「マーテル大陸における小国の多くは、水より血が流れると言われる不毛の地であるぞ」

王がつづけた。

「一切れのパンを得るために命を懸け、泥水を啜るために土地を奪い合う。生まれながらに殺しを知る小鬼らを相手に、余の精兵を投ずる謂われはない」

「仰る通りですが」

「価値のない腹芸をつづけたいように見えるぞ。余の勘違いかもしれんが、いまの言に真意は宿っていないようだ」

「…………」

「いくら黙ろうとすべて見て取れる。秘宝『エルフェンの涙』を魔王教に奪われ、また幾たびと聖遺物を奪い取られ、さぞ、 忸怩(じくじ) たる思いなことだろう」

ミストルフォは答えず、深く一呼吸。

すると今度は、王が「余は答えた」と告げた。

「オルフィデと言ったか。例の司祭に討たれた者も多くいたそうだが……その男がレオメルにて討ち取られた夜、貴様らが管理する別の都市においても戦いがあったと聞く」

「それでしたら、陛下が気にされることではございません」

「そう言ってくれるなよ」

嘲るような、しかし射貫くような視線。

「ただの神殿ではなく、大神殿があった都市なのだろう? なれば結界の規模も段違い。すると魔王教の襲撃といえど――――たった一人でそれをなすのは、普通であれば荷が重い」

「……」

「司祭を相手に剣を振ったわけではあるまい。ならば司教か、それに準ずる者か?」

数秒、ミストルフォが閉口。

余計な腹芸をつづけることがこの王をどれほど逆撫でしてしまうか……それだけが気になった彼の口が、仕方なく動いた。

「魔王教も本気なのでしょう。聖遺物を奪いエルフェン教の弱体化を狙っているのか、それとも別の目的があるのか定かではありませんが、奴らは日々、勢いを増しております」

これまでと違い、ひどくあっさりしたものだ。彼は未練を感じさせない態度で謁見の間を去ろうとしていた。

拍子抜けするくらいの態度を、ルーヴェスがまた面白く思った。

「満たされたか」

「天上の王を前に、満たされていないと申せるはずもありません」

「利口な物言い通り、それが本心であればなおよいが」

当初のように抑揚のない声と、それでも冷静な聖者。

「陛下もどうか、魔王教にはくれぐれもご注意を」

ルーヴェスの顔に浮かんだ笑み。

心底愉快に感じ、隠すことなく高笑いしてみせた。

つい先ほど、いっときの慰み程度に評されて間もないというのに、王はいままでになく愉快に覇気を放ったのだ。

部下が驚き震える姿を前に、ミストルフォが。

「陛下、何か?」

「つまらぬことばかり話していた男が、去り際に愉快なことを申すではないか。嫌いではないぞ、聖人の右剣」

ミストルフォに口を挟む気はなく、挟める様子でもなかった。

「私は普通のことを申し上げましたが」

「わからぬのならば、この日より忘れることなきよう努めるのだな」

剣王は笑っているだけ。

それなのに、先ほど以上の圧が謁見の間を満たしている。

立とうとしていた聖宮騎士は一人残らず身動きが取れず、唯一、ミストルフォのみ恬然としたさまを保ち、傾聴に徹した。

天上の王――――雷帝。

この世にはびこるほぼすべての理不尽を剛力で弾くことを世界に許された存在らしく、ルーヴェスはどこまでも荘厳で、尊大で、権高だった。

「 剣王(王) を斬るのは、 剣王(王) にのみ許された権能だ」

過信や嘘偽りの類などではなかった。

剣王でなければ何者の剣も児戯に等しく、高度な魔法ですら届かない。故に真実でしかなく、まさしく王が言うように世界の理。

この世に神がもたらした因果律があるならば、剣王もまたそれなのだと。

「神殿のことなら好きにしろ。余に興味はない」

「ええ。聖下へもそうお伝えします。すぐに礼の品をご用意いたしましょう」

聖人の右剣はそう言い残した。

それから、謁見の間に残った王が。

「よほど我らに隠しておきたいことがあるのか。魔王教がただ不愉快だからと事を構えているわけではあるまい、聖職者たちよ」

エルフェン教がミストルフォのような戦力を派遣してまで伺いを立てたことへの興味が、失せる気配を見せなかった。

「陛下」

女性だった。髪を腰まで伸ばした佳人で、腰に直剣を携えている。冷たそうにも見える表情を、整いすぎた顔立ちに浮かべていた。

だがそれでいて、王に向けた瞳と声には確かな優しさがあった。

「医伯が奥の部屋でお呼びです」

「ああ、参るとしよう」

立ち上がったルーヴェスがふと、背後の壁に掲げられた宝物を見上げる。

強大な封印が施された壁画の中心に、小瓶が埋め込まれていた。正気を失い、天空大陸を滅ぼしかけた不死鳥が最期に流した黄金の血で満たされたものだ。

即ち、

龍王の角の欠片。

天空大陸を統べし不死鳥の血。

海底に眠る巨人の涙。

蝕み姫が求め、セシル・アシュトンが手に入れたうちの一つ。どれも世界中を探しても稀有な秘宝だ。

伝説の宝物を見上げてから、王は謁見の間の奥につづく小部屋へ向かう。

「本日のご体調はいかがですか」

「悪くない。胸のあれも暴れず利口なものだ」

女性が胸を撫で下ろした横で、王は笑った。

「――――主神の駒と反逆者どもの戦いがどれほどのものかわからんが、せめてこのつまらぬ畢生の慰みにはなってくれよ」

窓の外を見て、彼はより高き天へと向けて言い放った。

そして、一方で。

ミストルフォらは雷帝のことを話しながら城を出て、レオメルに劣らず近代的な街並みの城下町を歩く。そのまま皇都のはずれに位置した魔導船乗り場へ。

やがて彼らが自分たちの魔導船に戻ってから。

「猊下、雷帝の言葉は信ずるに値するのでしょうか」

「私も疑問が残ります。昨今のシェルガドは領地拡大にも余念がなく、マーテル大陸においてはレオメルに劣らず影響力を発揮しております」

「過去には大公家で意見の相違により、大きな騒動もあった国。その国の王の言葉をどこまで信じるべきなのか……彼らの帝国主義に翳りはありません」

部下の言葉にミストルフォは一度考え込む様子を見せたのだが……。

「彼は、エルフェン教を相手に争うことはしないでしょう」

ミストルフォは言い切った。

「雷帝以上に権高という言葉が似合う存在はいない。ですが彼は決して、愚かな王ではありません。あの王は恐ろしいほど賢いのです」

操舵室に入ると、待っていた乗組員がミストルフォをはじめとした騎士たちに敬礼。

「銀聖宮へ」

間もなく、魔導船は天空大陸を離れはじめた。

通常であれば高度を上げるために飛んでいくはずの魔導船が、今回は地上へ降りるべく高度を下げながら飛んでいく。

エルフェン教の本拠地、聖地に坐する神殿を目指して。

「それにしても雷帝め。エルフェンの涙まで軽んじるように語るとは」

「ああ。一度創世神話を読んだことがあれば、母を失った主神の悲しみを知れるはずだ」

「何より神性に満ちた聖遺物と言い残された代物だ。大地を濡らす 一滴(ひとしずく) があれば、それだけで悪しき力を数百年は寄せ付けないと言われているほどなのだぞ。それほどの品を軽んじるとは……」

「それらを知っていても、敬意を抱く必要を感じていない。それだけのことでしょう」

ミストルフォはそう口にした際、窓の外に見えた皇城を視界の端に収めた。

彼が権高で賢いと評価した雷帝の真意はわからないまま。魔王教が総力を結集してエルフェンの涙を奪取した意味も、やはり定かではなかった。

話が一段落したと考え、艦長がミストルフォに声をかけた。

「聖地へ戻る前にいくつかの神殿へ向かう件ですが」

「それなら予定通りに。余裕があれば、レオメルへも足を運びましょう」

聖地の船が空を泳ぐ。

まるで羽衣のような美しい巨躯が、天空を彩った。

◇ ◇ ◇ ◇

翌日、レンが目を覚ましたのは朝早く……日が昇るのとほぼ同時。

レンはベッドの上でさらに十数分ほど、眠気を払うようにごろごろしてから立ち上がる。

ミューディの隠れ家へと足を運んだばかりだが、身体の疲れはほとんどない。屋敷の庭園に出て身体を動かそうと思い、朝の身支度を終えたところだ。

「……そういえば昨日のこと、ラディウスにも話しておかないと」

そう呟きながら自室を出てすぐ、いつもリシアの傍にいる給仕がレンを見かけて近づいた。

レンは朝の挨拶を交わすと、これから外出することを彼女に告げた。

「ではこれから町の外に?」

「はい。軽く身体を動かしておこうと思って」

そう答えながら歩いていると、玄関ホールに差し掛かった。

すると、いつもより賑やかな声が聞こえてきた。何かあったのだろうかと目を向けたレンが見たのは、幾人もの騎士たちの姿だ。

「あれ? どうしてこんな時間から?」

「これから街道へ行かれるのだと思います。最近、皆様も警備をされていると聞いておりますので」

「へぇー……そんなことが……」

レンは仕事がある給仕と別れ、その足で騎士たちの近くへ歩を進めた。そこには騎士のみならずヴァイスの姿もある。

「おはようございます」

レンの声に、皆に指示を出していた騎士団長ヴァイスが応える。白いシャツを着こなしたその人は、肘や手元、胸元などを守る軽装の防具を身に着けていた。

「おはよう、少年」

老騎士が浮かべる笑みは、レンがはじめて会ったときから変わらず穏やか。

昔、アシュトン家が預かる村を訪れたヴァイスは当時と同じように、いまでもレンを「少年」と親しみの念を込めて呼んでいた。

「少年も早いな。昨日は遠くまで仕事に向かっていたというのに」

「でも、目が覚めちゃいましたから。それに、昨日はあの件でいつもより長く寝られたので大丈夫ですよ」

「それならいいのだが」

「それで、街道に行かれるのかもって聞いたんですが」

「ああ。最近、街道警備兵と連携して周辺の見回りをしているのだ。今日は私も同行しようと思い皆と話していた」

ウィンデアの件が尾を引いているというほどではないが、エレンディルのためだ。

これも城から指示があったわけではないのだが、クラウゼル家の判断でこうした機会が設けられていた。最近は毎日のように、彼らが街道へ足を運んでいるのだとか。

話を聞いたレンはさほど迷うことなく口にする。

「俺も一緒に行っていいですか?」

「構わないぞ。とはいえ、見回りだから少年の力はなくとも大丈夫だが……」

「ちょっと運動したい気分だったんです。それに見学するのも勉強になりますから」

「そういうことか。ならば共に参るとしよう」

首肯したヴァイスを見て、傍にいた騎士たちが笑ってみせた。

「我々が共に町を飛び出すのも久しぶりですね」

「クラウゼルで過ごしていた日々を思い出します。思えば、ヴァイス様がレン殿を少年と呼んでおられることも変わらないな」

「お前たちの気持ちもわからないではないが、仕事であることを忘れてくれるなよ」

話を聞くレンも懐かしい気持ちにさせられると同時に、自身がこのクラウゼル家で成長してきたことを再確認させられる。

屋敷の外でヴァイスらと合流したレンが乗るのは、元々はレンの屋敷を襲撃したエルフのイェルククゥが乗っていた、イオという名の馬だ。クラウゼル家の面々によく懐いており、魔物の血を引き勇猛な性格をしている。

町の外へと飛び出すと、一行は馬をそれまでより速く走らせた。

先陣を切るように走るのはヴァイスが乗る馬と、レンが乗るイオの二頭だ。いずれも魔物の血が混じる個体ということもあり、堂々たる体躯に相応しい優雅で力強い走りを披露する。

少しして、街道を進む街道警備兵の前で皆が馬を止めた。

「皆様、おはようございます」

「おはよう。今朝の様子はどうだ?」

「平和なものです。魔王教を気にしてか、近頃はすっかり賊も現れなくなりましたね」

「このまま、魔王教も現れなくなってくれればいいのだがな」

「仰る通りで。それでは、私は任務に戻ります」

レンは再びしばらく進んで、街道が分岐して山へ向かう境目でイオの背を下りた。

騎士が街道警備兵たちと報告を交わしている間に、彼は朝の心地よい風を全身で感じる。

……さっきもだけど、みんなといるとクラウゼルにいたときみたいだ。

……あのときは森で鋼食いのガーゴイルと戦ったり、いろいろあったっけ。

特殊個体の魔物の魔石を吸収することで、新たな魔剣を得られることが知れたきっかけだった。

思い出に浸っていると、クラウゼルに住んでいたときからだいぶ成長したことも実感する。誰の目にも留まらぬようそっと背を向けた際、彼が腕輪の水晶へと目を向けてしまうのも無理はなかった。

――――――

レン・アシュトン

[ジョブ]アシュトン家・長男

[スキル] ・魔剣召喚(レベル1:0/0)

・魔剣召喚術(レベル7:穢れの魔石0/1)

レベル1:魔剣を【一本】召喚することができる。

レベル2:腕輪を召喚中に【身体能力UP(小)】の効果を得る。

レベル3:魔剣を【二本】召喚することができる。

レベル4:腕輪を召喚中に【身体能力UP(中)】の効果を得る。

レベル5:魔剣の進化を開放する。

レベル6:腕輪を召喚中に【身体能力UP(大)】の効果を得る。

レベル7:魔剣を【三本】召喚することができる。

レベル8:魔剣の覚醒を開放する。

レベル9:*********************。

[習得済み魔剣]

・大樹の魔剣 (レベル6:275/10000)

自然魔法(中)程度の攻撃を可能とする。

レベルの上昇に伴って攻撃効果範囲が拡大する。

・ミスリルの魔剣 (レベル5:2700/8500)

レベルの上昇に応じて切れ味が増す。

・盗賊の魔剣 (レベル1:0/3)

攻撃対象から一定確率でアイテムをランダムに強奪する。

・盾の魔剣 (レベル2:0/5)

魔力の障壁を張る。レベルの上昇に応じて効力を高め、

効果範囲を広げることができる。

・炎の魔剣(レベル1:1/1)

その業火は龍の怒りにして、力の権化である。

・水の魔剣(レベル1:1/1)

それは水の女神が落とした力。

――――――

春にラグナとウィンデアへ行った際には多くの魔物と戦ったから、普段より多くの魔石を吸収することができた。だがそれ以上に、魔剣を手にしてオルフィデと戦ったことにより得られた多くの経験が勝っている。

そのため、魔剣召喚術はもう一段強くなっていたのだが……。

……また変なことになってるし。

……次のレベルに必要なものが、いままでと違ってる。

穢れの魔石。

そう刻まれた品の仰々しさに特に目を引かれる。

「けど……こんなアイテムってなかったような」

だいぶ薄れつつある記憶の中からいくら探しても覚えはなく、関係のある品も思いつかない。ギルドや誰かに知識を求めてもいいのだが、口にしづらい名前だから調べるなら調べるなりに方法を考えたくもある。

いままでなかった条件の登場には驚きと戸惑いが募る。オルフィデを相手に勝利を収め、落ち着いて腕輪の水晶を確認したときにも得た感覚だ。

どこか気にしないようにしていた自分もいたのは、やはりそうした感覚からだろう。

ところで、

レベル8:魔剣の覚醒を開放する。

これはどういった結果をもたらすのだろう。

レンが一番に思いつくのは炎の魔剣と、炎剣アスヴァルの関係だ。しかし、穢れの魔石という名の品のことに強く意識を持っていかれてしまう。

「……それにしても、これって」

今度はため息交じりに声を漏らして。

魔剣召喚術の欄に登場した特殊条件を一度考えないようにすると、大樹の魔剣の諸々へと目を向けた。

もう一段強くするために必要となる数字の母数が、遂に大台に。

それにはため息どころか乾いた笑みが浮かぶ。

レンが一通り再確認したところでヴァイスの近くへ戻れば、気にした様子の老騎士はレンを見た。

「何やら冴えない表情に見えるが、何かあったのか?」

「今日も試験勉強だなって思うと、このまま仕事をしてたいなって考えちゃって」

「はっはっは! まさか少年の口から――――」

言いきる前に口を閉じたヴァイスは何かに迷っているようだった。

「今朝も騎士に言われたことだ。私自身最近思っていたのだが、もう少年と呼ぶのは違うかもしれん」

「え? どうしてです?」

「少年も大きくなったし、もはや一握りの強者なのだから相応の呼び方になるべきと思っていた。出会ってからもしばらく経つだろう?」

「……別に、俺は変えなくていいと思いますけど」

「む、そうか?」

「はい。まったく」

何かと思えばレンにしてみればささやかなことだ。

少年。

そう呼ばれることに違和感はないし、そもそも悪い気はしていない。クラウゼルでの暮らしを思い出した朝ということもあるが、レンにとってはこれが普通のことだったし、今後もそうあってほしいと感じる親愛の証のような気がしていた。

「いまさら呼び方を変えられるほうが違和感がありますよ。村でお会いしたときからずっと変わらないのに」

「やれやれ……少年らしい言葉だ」

違和感もそうだが、幼い頃には何度も剣の訓練をつけてくれたヴァイスなのだ。そんな彼から改まって呼ばれることをレンは望んでいない。

「しかし、村で会ったときを思い出すと意外と月日が経っているな」

「……そういえば、確かに」

「あれからお嬢様が村に行きたがったりと……今日まで瞬く間に時間が経ったような気がしてならん」

ヴァイスが髭をさすりながら目を細めた。