軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

人懐っこい蝶と、吟遊詩人の隠れ家。

いまの言葉に、レンをはじめとした三人が驚いた。

「本当に急ですね。もっと改まって教えていただけると思ってましたけど」

「俺も本当はそのつもりだったさ。何せ、あのミューディが関係してるんだからな」

伝説の吟遊詩人ミューディの名は、ここ最近耳にする機会が多い。

彼女は七英雄の時代に、世界を旅していた偉人である。

世に残した歌はそれそのものが人々を惹きつけてやまなかったが、彼女の名を知らしめた由縁は他にもあった。

ひとたび歌えば耳にした者を癒やし、ときに奮起させたという。ある歌は魔物の体力を奪うことがあれば、天候すら自在に操ったと語り継がれていた。

「鍵が直ったって聞いてから時間が空いてたので、何かあったのかなって考えてましたよ」

「――――まぁ、ちょっとな」

ラグナが どこか言葉を選ぶよう(、、、、、、、、、、) な声音で(、、、、) 。

レンが違和感を覚えるまでもない小さなそれは、ラグナの急すぎる動きに何か理由があると示唆しているかのようでもあった。

「修理できたのはいいが、反応が悪いから調整に時間を費やす羽目になってたんだ」

「じゃあ、ミューディの隠れ家がどこにあるのかもわかったんですか?」

「当然だとも。俺たちがわざわざウィンデアまで行った甲斐があったということだ」

ミューディがレンの祖先、セシル・アシュトンと繋がりがありそうなことがわかったのはこの春のことである。

レンが以前、エウペハイム近郊に位置した旧市街に存在した開かずの扉を開けたことで調査がはじまった、ジェノ院という名の孤児院から発見された手掛かりだった。

「あのときは、鍵を修理するために水の女神の指輪を探しに行ったのに、魔王教の司祭も動いていた面倒な状況だったな」

当時のことを思い出したレンが、そういえば……と。

ラグナとウィンデアへ行くことになったきっかけでもある、 紋章付き(エンブレム) という名の特殊依頼を見つけ出したときのことを思い返して。

……あのときは、ルトレーシェのおかげでラグナさんの 紋章付き(エンブレム) を見つけられたんだし。

剣王序列第五位、白龍姫の異名をとるルトレーシェ。彼女との出会いもまた、あの春から初夏の物語へ導いていたことを一通り思い出した。

「鍵が直ってここに来たって話、繋がってるんですよね」

「そうでなければ、この時期にこんなところまで来るはずがない」

またあっさり言い放ったラグナは、懐から折りたたまれた羊皮紙を取り出してレンに渡す。

「三人で見てもいいぞ」

つづく声を聞いたレンが羊皮紙を開くと、彼の左右からリシアとフィオナが興味津々な様子で覗き込む。

「それ、地図みたいですね」

「描かれてる場所、すごく見覚えがあるような気がするんだけど……」

「見覚えがあるどころか、俺たちがいるところの近くですね」

地図の片隅に見えた地形をレンが指先で指し示すと、リシアが「ほんとだ」と言った。

フィオナはすぐに地図の中心部分にある赤い印へと目を向ける。元はレンに手紙で送るつもりだったのだろう。そこがミューディの隠れ家である、とラグナの字で申し送りがあった。

「ミューディの隠れ家が、こんな近くにあったなんて思わなかった」

だが、違和感があるということではない。

レンは最初、ラグナの言葉に半信半疑な感情を口に出してしまいそうになったけれど、ラグナがこういったことで嘘をつくはずはなかった。

「でもレン、七英雄の時代は魔導列車がなかったから、変じゃないのかもしれないわよ」

「それに、あまり僻地だと使い勝手が悪かったのかもしれませんね。当時は帝都とエレンディルを移動するだけでもすごく時間がかかったみたいですし」

いまレンたちがいる場所だって、魔導列車で数時間かけて到着したのだ。魔導列車がない時代に移動するなら、数日のうちに踏破することすら難しい。周辺の地形も平地ばかりではないのだ。

「確かに。そうだったのかも」

地図を確認する三人の前を歩くラグナが頷いた。

「二人の言う通りだ。当時の感覚なら、別に帝都の近くというわけでもない。むしろ人の足だけならそれなりの日数がかかる距離だ」

「――――というかラグナさん、いまからミューディの隠れ家に行こうとしてるんですか?」

「ああ。本来なら、もっと準備をして行くべきなんだがな」

ラグナにしては珍しく申し訳なさそうにも、悔しそうにも聞こえる声だった。

「鍵は直せたんだが、元の保管状況が悪かったせいか対となった地図の反応がひどく鈍い。今度は二度と起動しなくなる可能性があったから、無理やり確認しに来たんだ」

修理が終わってすぐに様子が一変したから、昨晩から休む間もなく準備に明け暮れていまに至っている。

レンを誘おうともしていたそうだが、ほとんどその時間がなかったという。

「やっぱり。道理で急いでたんですね」

レンがそれとは別に、もう一つ疑問を。

「俺がもらったこの地図みたいに、別の紙に転記しておいてもよかったような」

「場所自体はわかるが、それでは足りない。ミューディの隠れ家そのものに入り込むためにも鍵が必要となる可能性も高いから、試しておいたほうがいい」

「……ですよねー」

「というわけで、目的地はこの先だ」

ラグナが用意した地図の印までもうすぐ。最後にこの峡谷を渡れば十分も歩くことなく到着できるはずだ。

峡谷に伸びた木の根などが、まるでウィンデアで見た景色のようだった。

「レンはどうする。一緒に行くか?」

イヴが口にしていた、アシュトンの血と七英雄の伝説の惨劇の関係が頭をよぎる。

アシュトン家の過去に関して何かしらの手掛かりが得られる可能性を思えば、今回もレンは足を運ぶべきだろう。そもそもレンにしてみれば、ウィンデアへ向かった過去もあって乗りかかった船なのだ。

レンが返事をしようとしたところで、一行が歩いてきた道から声が響いた。

「クラウゼル様ーっ!」

レンたちがここに来て最初に話した女性の文官が、彼らを探して声を発した。

騎士や文官が洞窟の先も調査すべくこちら側へ足を運んでいたようで、皆の声が少しずつ近づいてきた。

できればレンに同行したいと思っていたリシアとフィオナが、仕方なさそうに口を動かす。

「残念だけど、私たちはこっちで仕事をつづけないと」

「……そうですね。付近の確認もしないといけませんし」

「だから、こっちのことは気にしないで。せっかくウィンデアにも行って直せた鍵なんだもの」

近くで少し確認してくるだけ。

言ってみればそのくらいのことなのだから、彼女たちが仕事を無視して同行するなどもっての外だろう。

峡谷を進んだ先へと、また歩を進めて――――。

たとえば十数人規模の旅団が野営地にするにはちょうどいいくらいの広さで、一般的な民家を数軒なら建てられそうなくらい平坦な場所があった。

ラグナはここで足を止め、巨大な鞄を地面に置く。

「準備をする」

彼が指をパチンと鳴らせば、鞄からミューディの隠れ家を示す地図と鍵が飛び出てくる。

次に彼は、調査のために持ち運んだ魔道具を周りにいくつか並べた。いずれもミューディの隠れ家にあると思しき、ミリム・アルティアの魔道具への備えであるという。

「隠れ家があるってことですけど、あるのは芝生だけですね」

「案ずるな。間違いなくここにあるはずだ」

「それじゃ、とりあえず探してみましょうか」

用心しながら辺りを見回すレンが、ぽつりと。

「……幻視の結界とかが使われているようには見えないかな」

幻視の結界は見えるすべてを偽装する。

たとえばそこに民家があっても、結界の効果でたちまち周囲の自然を偽る。

しかし、所詮は幻視だ。触れようと思えば触れられるから、初見の相手を誤魔化すくらいの効果しかなかった。五感が鋭ければレンたちでなくとも、街を歩く平民であっても見抜けてしまうことがある。

「かといって、空間をねじ曲げたような痕跡もないようだ」

ラグナは懐中時計のようなものを手にしていた。

蓋が開かれ、複雑な文様が刻まれたそこには時計の針のようなものが素早く、そして大きく動いていた。

「超高位階の魔法制御が施された痕跡だ。これほどの反応は俺もはじめて見る」

「じゃあ、やっぱりここのどこかにミューディの隠れ家が……」

「手掛かりを探すほかない。なんでもいい。気になるものがあれば教えてくれ」

「でも、探すって言ってもこれじゃ、ありそうなのは地下くらいのような」

レンは自分で口にしたように足元に意識を向けた。

青々とした芝生に、短く折れ曲がった木の枝。それに葉っぱ。人が食べるには物足りない小さな木の実が落ちている。あとは蝶が周囲の地面すれすれをふわふわ飛んでいた。

(レン・アシュトンたちもミューディの 隠れ家(ここ) に来ようとしてたのかな)

ラグナと再会する前に見た光景のその先を考えてみたのだが、レンはそれより何も手掛かりを見つけられずに困っていた。

空を見上げて嘆息し、つい声を漏らしてしまう。

「空にもないか」

何か浮かんでいれば影の一つも落ちているだろう。

結局、空は鳥が何羽か飛び去っていく様子が偶然見えただけ。嘆息したレンの周りを、蝶が嘲笑うかのように飛んでいた。

「……」

からかわれているような気分にさせられるが、魔物でもないただの虫にそんな意図はないだろう。

レンは改めて周辺の探索に戻り、注意深く地面を見て回った。

同じように歩きながら周りを見ていたラグナが立ち止まり、腰をくの字にして地面を見ていたレンの背に目を向ける。

先ほどの蝶が、今度はレンの肩に留まっていた。

「好かれているようだな」

「好かれてるってよりは、からかわられてるような気がしますけど」

「だとしたら頭のいい蝶だ。仲良くしておけ」

「……また変なこと言って」

レンが立ち上がれば、蝶はレンの肩を離れて彼の顔の周りを飛びはじめた。

「俺にちょっかいを出してるわけじゃないよね?」

指先を伸ばせば、それまで飛んでいた蝶が今度はレンの指先に留まった。

真珠のような光沢を纏った、青々とした蝶だ。日光を反射して輝く威容を見ていると、不思議なことにただの蝶とは思えなくなってくる。

あまり現実的ではないが、蝶はレンの瞳を見上げているようでもあり……。

まさか、あり得ない。と固定観念に囚われていたレンだったが、

「君、ミューディの隠れ家がどこにあるのか知ってる?」

蝶に問いかけてみた。

すると蝶はレンの指先に留まったまま、触角を何度か揺らした。触角が揺れるたびに青々とした光沢が色艶を増す。

「どうやら、正解だったようだな」

とラグナが言い、「え?」とレンが声を漏らせば蝶は唐突に舞い上がる。鱗粉を散らせば、さながらダイヤモンドにも似た輝きが降り注いだ。

すると、地面に変化が生じた。

一匹の蝶が放つにしては多すぎる鱗粉が周辺に広がり、柱などの建造物を模していく。

見てくれは光の粒子が作り出した建造物そのものだったのだが、光が収まるにつれて普通の建物へと変貌していった。

最後には、小さく可愛らしいレンガ造りの家が建っていた。

「ほー」

様子を見ていたラグナが感心した声を上げた。

「やはりレンを連れてきてよかった。勉強熱心で素晴らしい」

「勉強熱心って、いまは関係ないですよ」

「なんだ、てっきり古い術式を知っていたのかと思ったが」

「いまのがそうなんですか?」

「宝石の使い魔だ。その蝶がそれだとは考えていなかったがな」

魔力を宿した特別な宝石を媒体に生み出された存在で、簡単な命令を絶えず守る優秀な使い魔のこと。魔力を供給する魔道具があれば、その近くに限って半永久的に動ける。

一方で、ラグナが修理した鍵は宝石の使い魔に対して連動していたのか、役割を果たすも、その反応がひどく鈍くなってしまっているようだ。

「ラグナさんが予想してた通りですね」

「この様子では、準備に時間をかけてもやがてまた動かなくなっていたな」

――――あまりによどみのない言い方だった。

それがまるで、はじめから準備していた答えにも聞こえる。

「それじゃ、早速入ってみましょうか。入る前に消えたら元も子もないですし」

レンは隠れ家の扉に目を向けた。

「いま、何度目かの勧誘をしようとしてしまった」

「俺をラグナさんの助手にですか?」

「ああ。いつでも歓迎するぞ」

「……一応、前と同じ返事でお願いします」

現れた扉のドアノブに鍵穴はないが、宝石の使い魔がその役割を担っていたのだろう。レンがドアノブを軽く掴んで回すと、古めかしい木の扉がゆっくりと開かれた。

「すみません。お邪魔します」

レンが遠慮がちに偉人の隠れ家へ足を踏み入れると、そこはごくごく普通の家の中。

こぢんまりとしたレンガ造りの家の中は壁際に小さなキッチンがあって、その奥に丸い窓が望めた。

部屋の真ん中には切り株の丸テーブルが置かれ、周りにいくつか小さな丸太の椅子がある。

内部の造りそのものが丸く、頭上は天球状の天井が広がり、そこの中央から大きめのランプが吊るしてある。

壁には何枚かの絵画が飾られており、レンの興味を誘う。

「これ、何の絵だろ」

「それは西方大陸に存在する国の儀式の様子だ。獣人族たちが描かれているから間違いない。隣の絵は……その巨大な氷河は人寄らずの海を描いたものだろう」

エルフェン大陸北方の海を進んだ先にある海域だ。そこは文字通り人が寄り付かない海域で、精強な魔物が日々覇権を争っている。魔大陸に存在するセラキア地方ほどではないが、年中厳しい寒さに覆われていた。

次に見つけた絵画には、二人の男性が描かれていた。

一人はレンがジェノ院で見つけた絵画にも描かれていたセシル・アシュトンと思しき男の後ろ姿で、描かれた建物を見上げていた。

彼の隣にも誰かが立っていて、同じように背を向けている。

「これって、ジェノ院ですよね」

「そうだな。ジェノ院ができてすぐの景色に見える」

「じゃあ……セシル・アシュトンの隣にいるのが……」

服装から想像できた程度だが、院長なのかもしれない。

背が高い銀髪の男だった。主に探しているのはジェノ院の院長ではなかったが、それでも無関係ではない。

そもそもミューディの隠れ家の存在が明らかになったのは、ジェノ院でその隠れ家への地図や鍵が見つかったからだ。そこからセシル・アシュトンと関係のある情報がわかるかもしれないという予想が生じ、レンもラグナに協力したのが発端である。

……やっぱり、何か関係があったんだ。

伝説の吟遊詩人ミューディという女性に、ジェノ院の院長。

疑問の最たるものとして冒険家アシュトンことセシル・アシュトンと、彼と行動を共にした蝕み姫の存在。

これらのことを調べていくうちに、ローゼス・カイタスに封印されていた魔王軍の将、剣魔が口にした『神子』の意味もわかるかもしれない。魔王軍の将がアシュトンの名を口にしたことはいまでも忘れられなかった。

さらに家の中を探してみるも、絵画のように物珍しい品はあっても何か有力な情報が得られそうなものは一切見当たらなかった。

この隠れ家は家具が少なく、本棚すら一つもない。

しかし、奥の部屋に行くとラグナが眉を揺らしてみせた。

「ここに隠していたか」

飾り気のないベッドの横にあるテーブルに、真鍮色のランプが一つ置いてある。

ラグナはそこに小さな刻印が施されているのを見つけると、いくつかのことを確かめ、懐から取り出したペンでそれをなぞる。

すると壁に光る線が流れて扉の形を作り、その先が透けて地下へと向かう階段が現れた。

「いまの、どうしてわかったんですか」

「ミリム・アルティアの技術のうち、解析されている代物だったからだ。神秘庁が途方もない年月をかけ、ようやく解析できた数少ないうちのな」

二人の前にあるのはとても長い階段で、下が霞んでいた。レンが階段を一段下りると、左右の壁に備え付けられた魔道具の灯りが道を照らした。

階段を下りるのにおよそ十分を要し、たどり着いた先にあったのはとても広い長方形の回廊だ。