軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

彼と仕事を。

依頼書を持っていくと、

「こちらは依頼人様から面談を求めると申し添えられております」

受付嬢がそう言ってすぐ、この部屋の扉が開かれた。レンにとってタイミングと都合がいいことに、ラグナが鞄の旅人の姿で現れたのだ。

ラグナは受付の前に立つレンの姿を見る前に、壁に張り出された依頼を見た。そこに自分の依頼書がなくなっていることに気が付いた。

「ほう、あんな依頼に興味を抱く者がいるとは。よほど物好きの――――」

すると彼は、受付にいるレンを見つける。

深く被ったフードから覗いた口元が、嬉しそうに緩んだ。

「ただいまいらっしゃったのが、依頼人様です」

せっかくだから面談でもと提案しようとした矢先、受付嬢は驚いた。

ラグナがレンの隣にやってくると、受付に置かれたままの依頼書へとバンッ! と手を置いたから。

「面談は不要だ。俺はこの少年と仕事をする」

「よろしいのですか?」

「知り合いでな。彼が引き受けてくれるのなら都合がいい。直接頼むのは色々あって気が引けていたが、最高の状況になった」

詳しい話も直接する。

彼はつづけ、ギルドの外へ歩いて行ってしまう。

ラグナとレンがギルドを出てから、

「レンに直接頼むことも考えたんだが、まだ学生だからな。あまり私の都合で声をかけすぎてもと思い遠慮していた」

しかし、 紋章付き(エンブレム) に興味を抱いていた彼を見て、それならと声をかけてしまった。

レンがあの部屋にいることは疑問に思っていない。

もう、事情を知っているからだろう。

「俺が探している品が気になったのか? それとも、俺の名前が気になって依頼書を見ていたのか?」

「どっちもです」

嘘ではなかった。

本当はルトレーシェの助言に関係している気がしたからなのだが、ここでわざわざ触れることはせず伏せておいた。

ラグナが気をよくしてつづける。

「俺がどうして聖遺物なんかを探していると思う」

「ロマンを求めて――――というわけではなさそうですよね。それだけの理由なら、ラグナさんは一人で探してそうですし。何か別の理由が?」

「ああ。旧市街にある孤児院は覚えているか?」

旧市街の孤児院といえば、レンが触れればたちまち鍵が解放された不思議な建物だ。

孤児院の中にある院長の部屋から、ジェノという院長が冒険家アシュトンこと、セシル・アシュトンが交わしていた手紙が見つかったところのこと。

また、レンが持ち帰ったとある絵画が見つかった場所だ。

「覚えてますけど、あそこで何か見つかったんですか?」

「そうだ。あれから引き続き調査が行われたのだが」

そこまで言って、ラグナは懐から小さな鍵を取り出した。

鍵は青々とした水晶のような、 蒼玉(サファイア) に似た輝きを放つ棒状のそれで、先にはギザギザの鍵山があった。

しかし、鍵の頭の周囲が砕けてしまっていて見栄えが悪い。

「院長の部屋からこの鍵が見つかった。これはただの鍵ではなく、魔道具の鍵だ」

「ってことは、壊れているいまはきちんと動作しないって感じですか」

「相変わらず、理解が早くて助かる」

さっさと結論を話してしまうラグナに彼らしさを覚えながら、レンは興味が引かれていたから静かに聞いていた。

どこへ行くのだろうと歩いていると、路地に入り足を止めたラグナが鞄を石畳に置いた。彼が指をパチン、と鳴らすと巨大な鞄の口が勝手に開く。

彼は鞄の中から、古びた紙の封筒を取り出した。

レンに開いて見せたその中には、一枚のこれまた古びた羊皮紙がある。

「伝説の吟遊詩人ミューディのことは知っているか?」

「確か、七英雄が生きていた時代の女性ですよね」

彼女が世界を旅して作った歌は、いまでも各地で歌われている。

それらの歌は歌としての完成度もさることながら、ミューディの歌は魔法だった。

耳にした者たちを癒し、ときに奮起させた。魔物の体力を奪うこともあったという。

「そのミューディがどうしたんです?」

「あの孤児院に鍵があったということは、セシル・アシュトンと何らかの関係があったのかもしれん。隠れ家に何らかの記録があればと思ったわけだ。是非とも忍び込みたい」

「つまりその鍵って、ミューディの隠れ家の鍵なんですね」

「相違ない。どうしてジェノ院にこの鍵があったのかよくわからんが、見つかった事実は大切にしておこう」

「それで鍵が必要なんですね。けど、別に鍵とか気にしないで、扉だけ壊しちゃえばいいんじゃないですか? 扉だけなら割と許されそうな気がしますけど」

「やれやれ、レンは相変わらず 野性的な(勇ましい) 方法を好むようだな。俺も時と場合によってはそれを愛しているが……」

実際にこれ以上ないくらいの手段なのだが、そこには事情があった。

「こればかりはそうも言っていられん。これをよくみてくれ」

古びた羊皮紙には何も書かれていない。

しかし、ラグナが壊れた鍵を近づけると、その羊皮紙が一瞬だけ微かに光った。

彼が言うには、この紙は地図であるそうだ。

「鍵と言っても普通の使い道じゃない。この鍵は対応した魔道具を作用させるための鍵というわけだ」

「……対になった魔道具がこの地図なんですね」

だが地図は少し光っただけで、どこかの地域を示すことはなかった。

うっすらと、微かに地形を示す線が見えたような気がするくらいだった。

「もうわかったと思うが、破壊しようにも破壊するための扉がどこにあるのかすらわかっていない。その段階にすら至っていないということさ」

「で、鍵を修理するために必要な素材を探してる……」

「そう。しかしこの鍵は、豪勢に水の女神に祝福された宝石を加工して作られている。同じような素材でないと直すことはできない。これだから聖遺物が関係した品は厄介でな」

つまり探しているのは聖遺物の中でも、水の女神に関連した品だ。

エルフェン教の宝物庫になら該当の品がいくつもあるようだが、売ってもらえるわけもなく。

レンもそれは理解できたが、また難解な依頼を出していたものだ。

「 紋章付き(エンブレム) でも、引き受ける人は見つからなかったかもしれませんね」

「自らの口で矛盾したことを言うとはな。受託してくれたくせによく言う」

「それはそれですよ。ラグナさんの名前がなかったら事情は違ったかも」

あとはルトレーシェの助言だろうか。

雑務を主とした依頼を出していた理由は、基本は自分だけで行うつもりだったからだそう。

苦笑したレンだったが、意外にも先行き不安定というほどではなかった。

彼の頭の中に、あるアイテムのことが浮かんでいた。

「一応、心当たりがあります」

「ほう」

ラグナがフードを脱いでレンを見た。

以前と変わらず、端正に整った顔立ちの 天空大陸(シェルガド) 人である。

「水と風が眠る場所・ウィンデアにある神殿をご存じですか?」

「ああ。泉の水が数百年に一度だけ満たされるんだったな」

ついでにウィンデアの各所でも水が流れはじめ、美しい景色を作り出す。

泉の水に触れたヴェインが強化され、彼はより勇者の末裔として存在感を高めた。

と同時に、彼が勇者の末裔であるという確証が得られた。主に、プレイヤーたちではなく登場人物たちの間で。

「あれはウィンデアに隠されているっていう、水の女神の指輪の影響かもしれません。指輪は魔力で満たされるとその姿を現すといいますから」

「……」

「――――えーっと……」

目を点にしていたシェルガド人、ラグナを見てレンが言い繕う。

身振り手振りを交え、いつもは見せない慌てた態度で。

「前に興味があって調べていただけですよ! もしかしたらそういう感じじゃないかなーって、妄想していただけで……っ!」

「……」

「あの……黙らないでもらえます?」

「ああいや、すまない。いままさにレンを抱き寄せて頬に口づけでもしてやろうかと思っていた」

「いえ、大丈夫です」

ラグナは愉しそうに笑っていた。

「確かにそうした言い伝えもある。ウィンデアのどこかにレンが言ったような指輪がある、とな」

水の女神の指輪。

装備すれば水魔法の力を高められる貴重な品だが、それ以外にも説明があり、『まだ、特別な力があるようだが……』という意味深なもの。

「そして指輪は、魔力が満たされたときでなければ人の目に見えないと言うが」

「そ、そうです! 俺もその言い伝えを聞いたことがあって!」

「ふむ、今回は馬鹿にできない話かもしれん。春になったら様子を見に行くのも悪くなさそうだ」

「あれ? ラグナさんならいますぐにでも行くって言いそうだったのに」

「この季節は無理がある。ウィンデアを登るなら陸路を進むか、魔導船でどこかの岩肌に留まるかだが」

この季節のウィンデア周辺は、どこに行っても風と水の魔力に満ちており移動することすら困難を極める。

風の魔力をはらんだ風はより勢いよく。

水の魔力がそこに混じると、まるで魔法のように冷たい吹雪がいたるところに吹き荒れる。

陸路でも空路でも、あまりにも危険な気候だったし、

「俺はほかの仕事もあるからすぐは難しい。それにレンだって、もうすぐ冬休みが明けるだろう。行くなら春がいいと思う」

「ですね」

鞄の中に一式を入れなおしたラグナが鞄を背負い、フードを被り直しながら声を弾ませた。

「問題となるのは、泉が水で満たされるのがいつかわからないということだ」

レンは今年がその年であると知っていたから言えたのだが、事情を知らない者にしてみれば当然の疑問だ。

何も知らない人にとっては無駄足になる可能性はあったが、ラグナのような知的好奇心の擬人化にとっては些細なことだ。また、無理にこの季節に行こうとしたところで、指輪はまだ現れていないこともあり、そもそも行く理由はなかったのだが。

「もし見つけられても、指輪を拝借するのはやめておいたほうがよさそうだ。どういった品なのか研究していないものを持ち出すのは、気が引ける」

「研究のために持ち出すとは仰らないんですね」

「言い直そうか。気が引けるというよりは、聖遺物は取り扱いが面倒だから好きじゃない。縁を持ちたいとすら思っていないのさ」

そういえばこの男、神という存在に対して皮肉的であった。

神秘庁ではじめてあったときもいまと同じようなことを口にしていたはず。

「それじゃ、水の女神の魔力だけ拝借して鍵を修理とかできませんかね?」

「どうにかできるよう、俺の手元で準備をしてく」

あるいは、と。

「ローゼス・カイタスの神像に、水の女神の力が残っていればそれもいいんだが」

「ラグナさんなら研究員として行けたりしないんですか?」

「俺も最初はそのつもりだったんだが、エルフェン教が馬鹿みたいに我々、研究者のことを嫌っている。うちの研究室の介入は拒否されている状況だ」

「……おー」

そういえば、クロノアは何度かローゼス・カイタスに足を運んでいるはずだ。彼女に相談してみてもいいかもしれないとレンは思った。

仕事の話は一度ここで終わって、世間話を。

「今更ですけど、帝都に来てたんですね」

「依頼を出すついでに買い物をしていた。気が向いたらラディウスにも会いに行くつもりだ」

話をしながら、レンは当たり前のことを思い出す。

春になったらウィンデアを目指すのは、自分たちだけじゃない。

(ヴェインたちもか)

この世界線で彼らがどうするのかレンはまだ知らないが、きっとそうだと思って。

「あと、依頼を受けた後でこんなことを言って申し訳ないんですが、依頼内容を後でリシアたちに話してもいいですか? 無断で行くと心配をかけてしまいますし」

「近しい者たちになら構わん。レンの判断で好きにしてくれていい」

「りょーかいです」

レンの頬に、冬の風が吹きつけた。

すると――――

◇ ◇ ◇ ◇

レンはこれまで幾たびも経験してきた、突然、目の前の景色がブレる感覚に襲われた。別の世界線のレン・アシュトンが、別の世界線のラグナとこの路地裏で話をしていた。

通りを歩く者たちの会話が、微かに聞こえてきた。

『レン・アシュトンはクラウゼル家に仕える騎士のガキだったらしい』

『最悪の犯罪者だ。世話になった貴族の娘さんを殺しただけじゃなく、あのクロノア・ハイランドまで手にかけた。早く捕まって処刑されてくれないもんかな』

それを聞き、ラグナがレンに告げる。

『俺の声にだけ耳を傾けておけ。いいな?』

レン・アシュトンは表情を窺わせなかった。

二人はその路地裏でつづきを話す。

『エドガーには会えたか?』

『はい。いまは別行動中ですが』

そのやり取りから、この光景はレンがエウペハイムで見た夢の後の出来事、その時系列であることがわかった。

『ほう……本当に生きていたとは驚いた。で、七英雄の末裔たちは?』

『今頃は魔王教の痕跡を追ってると思います』

『結構だ。それで、レンはこれからどうする』

問われたレン・アシュトンが、空を仰ぎ見ながら迷って見せたあとで、

『必要に応じて、ヴェインたちに手を貸します。ただ、それとは別にあの女の動向が気になっています』

それを聞いたラグナが驚嘆し、目を見開く。

落ち着きを取り戻し、レン・アシュトンを諭すように。

『やめておけ。あれはヤバい。俺は世界各地を旅して多くの実力者を見てきたが、あれは別格だ』

『知ってます。でも、だからと言って無視はできません』

レン・アシュトンが小脇に抱えていたローブを着た。

フードを深く被って、一見すれば彼であることがわからないようにした。

それでも、レオメルの歴史に名を刻む犯罪者。帝都のど真ん中を歩くのは危険なはずが、レン・アシュトンに恐れている様子はない。

『正気か? 怪我をするだけでは済まないかもしれないんだぞ』

『もう、今更ですって』

儚げな笑みに見えたのは、レン・アシュトンが残したほんの僅かな少年らしさ。

次の瞬間には、大人になりすぎて見える表情を浮かべ、

『――――死ぬことなんて、もうずっと前から恐れてない』

彼はそう言い切った。

◇ ◇ ◇ ◇

蜃気楼のようにその景色は消えた。

元の世界に戻ったという表現が相応しいかわからなくとも、レンの心にその言葉が浮かぶ。

急に黙ったレンを不審に思い、ラグナが珍しく心配した様子で言う。

「どうした? 体調でも優れないのか?」

「……いえ、大丈夫です」

「症状によってはすぐに医者に診てもらえ」

「あははー……ですよね~……」

レンの頬に再び冬の風が吹きつけた。