軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

クエスト報酬の使い道は?

あれから少しの日々が過ぎ、十二月に入るその直前に。

エウペハイムへの旅を終えて帰ったエレンディル、クラウゼル邸にあるレンの自室。

彼が夕食を終えた後だった。

「クエスト報酬が高すぎやしないだろうか……」

机に置いたものをまじまじと見て言った。

龍脈炉。

両手で持てる大きさでしかないが、魔石を原料にエネルギーをもたらす炉である。

これは龍種の核を掛け合わせて作られた特別な炉だ。

生まれは百年以上昔の天空大陸、シェルガド皇国。

生み出せる出力は現代でも特筆すべきものだが、なにぶん取り扱いに難を極める。

細かな技術的仕様をレンが理解することはできないが、それなりに高価なくせして使い勝手の悪い代物ということ。

簡単に言うと、扱いを間違えると爆発する。

それはもう、とんでもない勢いで。

……シェルガドが嫌いだから簡単にくれたのかも。

ラグナは祖先の故郷、天空大陸にあるシェルガド皇国を嫌っていた。

しかし龍脈炉はそれなりの価値がある品だから持っていたわけで、そこにレンが開かずの扉を開けたからご褒美になったのかもしれない。

色々な思惑はありつつ、高価な品だから非礼な品ではないだろう。

ただ、こんなものを手元に置いていても意味がない。

「そういや、エウペハイムであった水の流れがどうとかって、どうなったんだろ」

なんだかんだ、あの大都市を去るまで原因が不明だったことしかわからない。

領主がユリシスだからあれ以上の問題になることは考えにくいが、なんとなく頭をよぎっていた。

「これはヴェルリッヒさんに相談しよ」

レンが龍脈炉に意識を戻し、豪快なドワーフの姿を思い浮かべていると、部屋の扉がノックされる。

リシアが彼の部屋にやってくる。

「このあと軽く剣を振るって話なんだけど……あっ、その絵、もう飾ってたんだ」

旧市街に沈んだ孤児院で見つけた絵が、レンの部屋に飾られていた。

リシアはその絵を見てからレンの傍に歩を進めた。

「ついでに、この高価な報酬をどうしたものかと思ってたところです」

「龍脈炉っていうのよね、それ?」

「はい。古い炉ですが、現代の炉に負けない力が出ますよ。取り扱いを間違うと町一つ滅ぼしかねない大爆発をする点を抜かせば、すごくいいものです」

「注意する点が大きすぎない?」

「致命的に大きいですね」

それでもレンには思うことがあって、

「ヴェルリッヒさんなら、うまく使ってくれそうな気がしませんか?」

「あっ、そうかも!」

秋口のことだ。

レンとリシアはエステルに連れられて、ヴェルリッヒの工房を訪れた。

レッサーグリフォンの狩りに同行した前後に、ヴェルリッヒは炉がどうの……と口にしていたはず。

この龍脈炉が修理中の 魔導船(レムリア) の解決策になるかもしれない。

「でもいいの? せっかくレンが貰ったのに」

「別にいいですよ。俺も早くレムリアに乗りたいですから」

本心からそう願ってやまないレンの声。

仮にレンが自分のために使おうとしたところで、こんなものを使える場所がないのだ。レムリアに使う以上の選択はない。龍脈路を暴走させて、どこかを爆発させたいという欲も当たり前のようになかった。

「ヴェルリッヒさんからユリシス様に連絡がいって、炉に関係する素材とか、炉そのものも探していたと思いますけどね」

「私もそう思うけど、最近はお忙しいんじゃないかしら」

ガーディナイト号に関わるものではなく、皇族派という派閥の中での出来事によって。

この秋、とある出来事によりエウペハイムも英雄派の賑わいに関わってしまったことから、ユリシスも無視できない状況なのだとか。

すべてはあの日、 銀王盾(アイリア) が見つかったことにより――――。

◇ ◇ ◇ ◇

翌朝、休日の朝の九時を過ぎ、エレンディルも賑わいはじめていた。

そんな折に屋敷で目を覚ましたリシアが、ベッドの上でもたもた身体を起こし、乱れた寝巻の胸元を整える。

立ち上がった彼女は、いつもと同じように窓を覆うカーテンを開けた。

「今日もいい天――――」

いい天気、そうつづくはずだった。

最近は朝になると薄っすらと雪が降ったあとが見れる。

窓を開け朝の空気を全身に浴びていたら、

「――――え?」

リシアは窓の外に広がる光景が、いつもと違うことに気が付いた。

朝風に彼女の髪が揺れていた。

慌てて走り出したリシアが向かったのは、レザードがいるはずの執務室。

エレンディルに帰って間もないリシアはいつもより長く睡眠をとっていたのだが、レザードはいつもこの時間になる前に朝食を終え、仕事をしていた。

「お父様!」

執務室にはレザードとレンの二人がいた。

彼ら二人は、身だしなみを整えてやってきたリシアに顔を向ける。

「その様子では気が付いたようだな、リシア」

「え、ええ……何かいつもと違う気がしたので……!」

いつもより落ち着かない足取りのリシア。

彼女はソファに座る父の後ろを歩き、窓際に立つレンに近づいた。

「リシア」

「おはよ。レンも気が付いてたのね」

目を覚ましたリシアがすぐに気が付いた違和感、それは大時計台にあった。

このエレンディルの象徴ともいえる巨大な時計台、そこに生じた異変というのは、

「急に動き出したりしないかなって思ってたんですが、さすがになかったです」

レンが言い、リシアが彼に倣い窓の外を見た。

いまは朝の九時を過ぎて数十分というところなのに、大時計台の時計盤が示す時間は十一時、屋敷の時計が間違えているわけでもない。

つまりそれは――――

「大時計台が止まってるのなんて、はじめて見たわ」

◇ ◇ ◇ ◇

十時半、リシアが驚いてからおよそ一時間後。

一行は屋敷を出て、大時計台の前にいた。

大時計台の針が動かなくなってからすぐに、リシアが目を覚ます前にレザードの命令で大時計台前の広場は立ち入りが禁じられていた。

その広場に、クラウゼル家以外の貴族がいた。

「けほっ、けほっ」

大時計台への入り口を開け、埃っぽさに席をしながら出てきた少女、ネム。

この大時計台を作り上げた七英雄が一人、魔道具の神と謳われる存在を先祖に持つ彼女がここにいる。

「う~……やっぱり登るのだけで疲れちゃうな~……」

「ネム、平気?」

「へーきへーき! ただちょっと、太ももがピクピクしちゃってるくらいだよ! 触ってみる?」

「いいえ、それは大丈夫」

「えぇ~……そこは乗ってくれないと……」

「……はいはい。これでいい?」

ネムは連絡を受けて足を運んだアルティア家の代表だ。

兼ねてより大時計台の管理を担ってきたアルティア家の者として足を運び、先ほどまで大時計台に異変が生じた原因を探っていた。

可愛らしい作業着姿のネムが言うには、

「クラウゼル子爵、安全装置が作動していました」

大時計台の管理にクラウゼル家も関わっていると言っても、前にレンが確認したように大部分は帝城の管理下にある。しかしながらレザードも何もせずにはいられない。状況を理解し成すべき仕事があった。

「えっとですね、前にも伝えていたように、この大時計台の中には常に魔力を通す小さい部品がいくつかあるんですが――――」

アルティア家の先祖にして七英雄、ミリム・アルティアが用意したものだ。

該当の部品が壊れたことにより、大時計台全体に影響をもたらすことのないよう設けられた安全装置だ。

部品の劣化や異変を察知して、自動的に動作しなくなるよう作り上げられている。

今回は前者で、予定されていた停止である。

「んと……ご先祖様が作った 仕組み(システム) は問題ありません。ネムが言った部品が劣化してるみたいで、交換する時期なので自動的に停まったみたいです」

「では、全体的に壊れているわけではないのですね」

「それは安心してください。ちゃーんと私たち、アルティア家が定期的に確認してますから。これは予定されていた停止ですよ。むしろ正常です」

ネムはまだ学生ながら、この大時計台の管理をできるほどの技術力を持っている。

話を聞くレザードにも理解しきれない、専門的すぎる話ができるのが彼女だ。彼女が言うなら間違いないはず。

「でしたら、いい機会」

レザードが思い返す。

定期的に大時計台の状況を確認する中で決まっていたことだ。

「確か以前、アルティア英爵から歯車をいくつか交換するべきだと助言をいただいておりました。この機会に交換した方がよさそうですね」

「そうかもです。確か歯車は帝都に用意してありますから、運んでいいかもですね」

急と言えば急だが、ある程度予想されていた事態だから大きな驚きはない。ああ、やっとか、程度だった。

だが、そもそも寿命が訪れた部品は別。

それに関してはネム自身、他の誰にも任せられないと豪語していた。

「あれはアルティア家の者じゃないと作れません。大時計台の 仕組み(システム) が作り上げた動力を歯車と、その他の魔道具を通じて伝える部品なんです」

「アルティア家秘伝の技術のようなものでしょうか」

「そうですね。大時計台は作られた経緯から複雑なとこが多いですから……」

ネムがどんっ! と豊かな胸元を叩く。

リシアが密かに少し悔しそうにしていた。

「ぜーんぶ私にお任せくださいっ! 今回はネムがアルティア家の代表として派遣されてますから! 部品もちゃちゃっと作っちゃいますよ!」

「では、アルティア英爵たちは――――」

「父や母は他の仕事があるんです。なので、今回は私が対応します!」

ネムの技量を疑うわけではない。ネムは今日までも度々この大時計台の管理に力を貸してきたわけだから、疑う余地など存在していなかった。

やがて城から派遣された文官や騎士が訪れる。

彼らを交えて話が進み、復旧に向けてどう動くのか大人たちの話が詰められていく。ネムも途中からアルティア家の従者に話し合いを任せ、彼女はリシアとレンに話しかけはじめる。

「リシアちゃんさ、今日って暇?」

ネムも数日前にエウペハイムから帝都に帰ったばかり。

連休の終わりが近づくいま、学生の彼女は休みたいだろうに仕事のことを考えていた。

「起きるまでそう思ってたけど、いまはちょっとね」

「あちゃー……クラウゼル子爵からお仕事を頼まれちゃってたかな?」

「ううん。そうじゃなくて、元はレンと買い物に行くつもりだっただけなの。だけど、こうなっちゃったら、私も遊んでいられないわ」

「ほむほむ。相変わらず仲がいいね、二人とも」

リシアが少しだけ頬を赤らめ、そっぽを向きながら片手で髪をふわっと舞わせた。

「暇だったら何かあったのかしら」

「早く部品を作らないといけないから、私と一緒に森に行ってほしいな~って思ってたのさ」

「森に?」

「そそっ。森をずっと進んだとこにある湖に行かなくちゃいけないからね」

話を聞くレンは「ああ」と声に出さず手をぽんと叩く。

確かにそんな湖がある。以前、レンがバーサークフィッシュを乱獲した場所のことだ。ついでに乱獲した次の春には個体数が減っていて、以後は乱獲は避けようと決意したことを思い出した。

あの湖には魔力を伝えやすい金属が眠っている。

ネムはそれらを現地で加工し、できた部品を大時計台に持ってくるつもりだった。

「そんな簡単に作れるの?」

「おやおや~? リシアちゃんはネムを舐めてるのかな~?」

「違うってば、いくらネムでも大変じゃないのって聞いただけよ」

「にゅふふ~、ありがと! 大丈夫だから心配しないで! でも一人で行くのは心細いから、リシアちゃんたちに付き添ってほしいんだ」

もちろんレンにも同行してほしいと思っている。

しかしレンは、

「俺は大時計台の方を手伝おうと思ってます」

「こっちで手伝うって、何を?」

「歯車周りの処理が大変そうですしね。主に重さとか。交換するときも俺がいた方が楽だと思います」

失念していたネムが勢いよく両手を重ね、レンに祈るように、

「ごめんなさい! そうだよね、私も見てきたからわかるんだけど、歯車を撤去したり、新しいのを運ぶのはすごく大変だろうから……っ!」

「俺も見たことがあるのでわかってますよ。あのくらいなら大丈夫だと思います」

レンの力なら歯車の交換もスムーズに進むだろう。

ここでネムが「そうだ!」と手を叩く。

「帝都を出る前にセーラちゃんと会ったんだけど、セーラちゃんも様子を見に来るって言ってたんだよね。だからセーラちゃんも連れて行こうかな」

リシアの傍にレンがいない、それ自体はいままでも何度だってあった。

たかがエレンディル周辺の森や湖など、彼女たち二人にとって大した問題ではない。

しかしネムは、それなら――――と唇に手を当てながら言ったのだ。

「セーラに聞かないで勝手に決めていいの?」

「大丈夫だと思うよ? 暇そうにしてたもん」

自由なネムにリシアはその先を告げる気を失い、諸々を任せはじめた。

さらに十数分も経てば、話題に出ていたセーラがやってきた。

「本当に止まってるのね」

「セーラちゃん、ネムたちはこれから修理のために頑張るんだけど、一緒に来ない?」

「……リシア、あたしにちゃんと説明してくれる?」

「ええ。もちろん」

「ちょちょっ!? どうしてネムに聞かないの!?」

「ネムが途中の説明を全部端折ったからでしょうが!」

話を聞いたセーラはようやく理解することができた。

勝手に暇そうだと言われていたことにはいくつか文句が浮かんだものの、それを口にしたところで面倒なだけ。

セーラはネムの額に軽くでこぴん。

「あうっ」

「次からちゃんと説明なさい」

「はーい……」

「話は変わるけど、レンもいるならエレンディルの外くらい大丈夫でしょ?」

「ううん。レンはこっちで大時計台の仕事を手伝ってくれるから」

「ああ……歯車の撤去とかもあるのね。重そうだしレンが手伝った方がいいかも」

「というわけで俺はこっちに残ります。そちらは、えっと」

レンが腕組みをする。

考えるべきことはまだあった。

……間違いなく、周辺の魔物を相手に負ける三人じゃないな。

だが念には念を、魔物ではなく人による何かが生じることも危惧しなくては。

天を見上げたレンが目を閉じ、うんうんと唸る。

原点に立ち返ってみて、そもそも彼女たちが行く必要があるのだろうかとも思った。

「ネムとしては今日の夜までに完成させるつもりだよ」

ネムたちが話しているところにレンが混ざる。

「素材の採集なら誰かに任せるのはどうでしょう」

「水中から出しちゃうと性質が変わっちゃう金属だから、ネムが直接いかないと結構面倒くさくなっちゃうよ? すぐに加工しないといけないしね~」

「ということは、 水脈鉱(、、、) を使うんですね」

「おお……さすがアシュトン君だ」

ちんぷんかんぷんなのはセーラだけ。

え? 何それ? と理解しきれていない彼女の横からリシアが、

「水中に生息する魔物の影響を受けた鉄鉱石ね。魔力を流しやすくて硬いんだったかしら」

水の中に埋もれた金属が、水中の魔物の死骸が垂れ流す魔力により変質したもの。

「リシアちゃんもさすがだね。そーゆー感じ。でも水から出しちゃうと性質変化がはじまっちゃうから、すぐに加工しないと使い物にならないんだよね」

すべての部品に水脈鉱を用いるのではなく、一部に限り、そうした方がいいようにミリム・アルティアが構築しているのがすべてのはじまりだ。

部品の中には水脈鉱と比較にならない高価な金属もある。

幸いなことに、今回はそうした部品の破損は確認されなかった。

……そうは言うものの、巨大な歯車の一つ一つが高価である。

全体を見れば、相当な費用が掛かることに変わりはなかった。

「なら、アルティアさんが直接行かなきゃ駄目なんですね」

レンが話を戻した。

「ついでに、ネムじゃなきゃ部品の加工ができないってこともだよ」

「レンがリシアを心配してるのもわかるけど、大丈夫よ。最近は街道だって人で賑わってるじゃない」

ローゼス・カイタスの件以後、過去の巡礼者に倣う者が激増している。

帝都からほど近いエレンディルから、周囲の地を巡ることが流行していた。

またレザードも大丈夫だろうと判断を下したのである。

というのが、夕方までのこと。

大時計台に残り歯車の撤去に勤しんだレンが広場のベンチに座り、軽く息を吐いて休憩していた。

ふと、眩しかった西日が遮られる。

「レン君、お疲れさまでした」

フィオナ・イグナート。

先日までエウペハイムでレンたちをもてなしていた彼女も、連休の終わりが近づいていたから帝都に帰っている。

黒曜石のように黒く、絹を思わせる上質な艶を落とした髪を揺らし、彼女はベンチに座るレンにタオルを差し出した。

レンは礼を言ってタオルを受け取り、

「フィオナ様はどうしてここに?」

「お昼過ぎに、他の子たちが寮のサロンで話してるのを聞いたんです」

「大時計台の針が止まってる! って感じですか」

「ふふっ、そういう感じです」

あとはレンも頑張っているだろうと思うと、様子を見に来たくなった。

それで身だしなみを整え、帝国士官学院の女子寮を発ったのだ。

「お一人で来たわけではないですよね?」

「途中までエドガーと来ました。エドガーも大時計台のことが気になっていたみたいで……ほら、あっちですよ」

フィオナがレンに身体を寄せ、彼がわかりやすいように手を向ける。

手を向けた先では、エドガーがレザードと話をしていた。

「直接聞きに来た方がユリシス様にも伝えやすいですしね」

「ええ。私もそう思って」

弾む声と微笑から漂うフィオナの可憐さ。

汗をぬぐいながらエドガーを見るレンの横顔が、フィオナの視線を奪っていた。

あまりにもじっと見つめてしまっていたことに気が付いて、彼女は唐突に頬を赤らめる。自然とレンの傍に近づきすぎていた気がして、半歩――――心の底から妥協して半歩離れた。

「フィオナ様」

「ふぇ!? な、なんですか!?」

「それは俺のセリフですよ。急に慌ててどうしたんです?」

「な、なんでもありません! 気にしないでください!」

半歩離れてすぐに声を掛けられたから、少し驚いてしまった。

すぐに気を取り直したフィオナが凛と可憐に問いかける。

「歯車の交換はどういう状況ですか?」

「あと何個かってとこです。だいぶ進みましたよ」

フィオナが広場の端に置いてある歯車を見た。

新品と思しき輝きを秘めたものと、錆びついていなくとも古びて見えるもの、どれも大小大きさに違いはある。

大きさに違いがあれど、一つの例外もなく重いだろう。

歯車の規模から明らかだった。

「あちらの歯車を上から降ろしてこられたんですよね……?」

「それと、新しい歯車を上に運ぶ往復ってところですね」

大時計台の階段は広めに作られている。今回のように大きな資材を運ぶためだ。

しかし、遥か高層部まで数えきれないほどの階段を上ってようやく。そこへ巨大な歯車を持って往復するのは、どれほど疲れるのか想像もつかない。

レンがベンチの下に置いていた歯車も、少し休憩してから他の捨てる歯車を置いている場所に運ぼうとしていた。

フィオナがしゃがみ、ベンチの下にある歯車へ手を伸ばす。これは小さめで一般的な枕程度の大きさしかなかったが、特別な金属を使っているから見た目以上に重い。

「……持ち上げられなかったです」

「結構重いですよね、それ」

フィオナは自身の力のなさを嘆いて肩を落としたが、彼女の力では最初から無理があった。

それから彼女はレンの傍を離れ、イグナート家の者としての仕事に勤しむためにエドガーとレザードの元へ。

休憩を終えたレンも席を立ち、

「もうひと踏ん張りだ」

残る作業へ向かうべく、大時計台を真正面に見る。

今日はどれくらい階段を上り下りしただろう。自分でもよくわからないくらいだった。

◇ ◇ ◇ ◇

すっかり日が暮れていた。

彼女たちがエレンディルに帰ったのはレンディルの夜が賑わいはじめた頃だった。

エレンディルは美しい町だ。歴史情緒に溢れながら、近代的な建物が調和した他にない町だ。

大通りに立ち並ぶ黒いアンティーク調の街灯が、行き交う人々と石畳を橙色に照らしている。

ライトアップされた大時計台は、やはり時計の針が止まったままである。

「ん~……疲れた~……!」

ネムが歩きながら背中を弓なりにそらし、両手を首の後ろでクロスさせながら組んだ。

目を細め、楽しそうに笑う姿がさながら高貴な猫のよう。

隣歩く二人とともに、この都会的なエレンディルの町を歩く姿はよく目立つ。三人とも見た目がいいことと、隠し切れない品が人目を奪っていた。

「……それにしても、大変だったわね」

セーラが嘆息し、苦労を滲じませながら微笑を浮かべた。

「ネムの魔道具で水の中から掘り出せたと思ったら、とんでもない数の魔物が空から襲い掛かって来たし」

「多分あれって、水脈石に宿ってた魔物の気配から、空を飛んでる魔物が餌だと勘違いしたんだよ。リシアちゃんもそう思わない?」

「そうかもね。みんな水脈石を狙ってたもの」

「二人は何匹倒したか覚えてる? あたし、二十匹以上は覚えてないわ」

「私も同じよよ。金属を取り立とうとするネムを守るので精いっぱいだったわ」

「たはは、でもありがと。二人のおかげでネムは仕事に専念できたよ」

三人は大時計台前の広場へ戻った。

大時計台の前に置かれたベンチに、夕方と同じようにレンが座っている。最後の仕事を覆えた彼が休憩していた。

「お父様はどこかしら。レンに聞いてくるわね」

リシアが二人に断りを入れてレンの傍へ向かう。

別にベンチの傍にフィオナがいたからって、彼女も対抗心を露わにしたわけではない。

二人は小走りで書けていくリシアの後姿を見送りながら、

「リシアちゃんがリードしてるような気がするけど、セーラちゃんはどう思う?」

「どうかしら。私だったら、イグナート様が恋敵だったら絶望してるかも」

「あははっ、ネムもネムも!」

という話は二人の間だけで終わり、彼女たちも大時計台へ歩を進める。

一足先にレンの元へ行き話を聞いていたリシアは、セーラたちが来たところで「行きましょう」と言って大時計台の中を指差した。

レザードとエドガーはいまここにいないらしい。

「イグナート様、お久しぶりです」

「ええ。リオハルド様も、先日の獅子王大祭ではすごいご活躍でしたね」

セーラがフィオナとゆっくり話をする機会は久しぶりだった。

前はとある領地へ行ったときのことだろうか。もう一年近く前になる。

彼女たちは獅子王大祭期間中も何度か顔を合わせたが、あまり言葉を交わすことはなかった。

しかしネムにとってははじめても同然だから、彼女はフィオナを見てかちこちに緊張していた。

「ネ、ネム・アルティアです!」

「ふふっ、はじめまして。フィオナ・イグナートと申します」

緊張の理由はあのイグナート家の者だから、という理由の他にもフィオナが綺麗だったから。思わず緊張した姿を晒したネムを見て、リシアとセーラが珍しいものを見たと楽しそうに頬を緩めていた。

「レザード様たちは帝都に向かわれました。大時計台の状況を城に報告するらしいです」

「そうだったんだ。じゃあえっと、アシュトン君は――――」

「俺はここに残って仕事を手伝いながら、連絡役としてお待ちしておりました」

手伝うという表現が相応しいのか疑問が残る。

歯車の運搬は大人も担うも、ほとんどレンがやってしまったのである。

レンがベンチから立ち上がった。

「行きましょうか。上でアルティア家の方たちもお待ちです」

アルティア家の技術者たちが準備をしている。

あとはネムが作り上げた部品を運んで嵌めるだけ。

頷いた少女たちを先導して歩き出したレンが、城の文官に声を掛けられ足を止めた。

「もし、アシュトン殿。クラウゼル子爵が先ほど申しておられたことについて、今後も踏まえていくつか相談がございまして」

本来、クラウゼル家への質問はリシアが答えるべきだ。

しかしリシアがいま帰ったばかりで、この広場でのことはレンの方が詳しい。さらにレンがレザードにあとを任されたこともあり、文官はリシアに会釈をしてからレンに問いかけたのである。

「私たちが上の仕事をしてくるから、レンはここにいて」

リシアたちも町を出て仕事をしてきたが、歯車の運搬がどれほど体力を消耗させたのか、広場を見ればわかる。

レンは「お願いします」と言った。

予定されていた修理が終わり、あとは安全点検が終わったら無事に歯車が動き出すはず。

数十分後、下に降りてきたネムからその話を聞いて、レンは深々と頭を下げた。

「では、安全点検が終わったらお帰りになるんですよね?」

「うんうん。そのつもりだけど、どうかした?」

ネムが小首をかしげてレンを見る。

「レザード様が皆様へ、お礼の席を用意したいと仰っておりましたよ」

フィオナにセーラ、ネムの三人へだ。

面白いことに皇族派と英雄派という二大派閥が誇る大貴族と、中立派に属する貴族の中でも特に皇帝の覚えが強いクラウゼル家の繋がり。

「お誘いいただけて光栄なのだけど、今日はもう遅いからどうしようかしら……」

セーラが迷えばネムも考えはじめたのだが、

「大丈夫ですよ。アーネアに部屋を用意してるそうですから」

アーネヴェルデ商会が保有する、レオメルでもっとも有名な高級宿だ。

高位貴族であっても部屋を予約することに苦労するのに、それを用意しているとあっさり言い切ったレンに、セーラとネムが驚いた。

「レン!? 本気で言ってるの!? アーネアって、あたしたちでも予約するのが難しいのよ!?」

「アシュトン君……いくらネム魔道具馬鹿でも、あそこがすごい宿だってことは知ってるよ?」

「でも本気ですよ。ついでに一泊していいそうなので、よければ皆さんで楽しんでくるのはどうで――――」

「行く! セーラちゃんも行くよね!?」

友人とのお泊り会、そう言い換えると可愛らしいもので、さらに話題の宿に泊まれるのなら首を横に振るなどあり得なかった。

食い気味のネムは、すでに一泊する満々である。

「お父様に聞いてからじゃないと難しいけど……」

「またそう言って~! セーラちゃんだってお泊りしたいんじゃないの?」

「し、したいけど! 無断で泊まったら怒られるでしょ! ネムも同じじゃないの?」

「ネムはお父さんたちが仕事で帝都にいないから、屋敷に伝えてさえおけばどうにかなるもん」

リシアとフィオナは違った。

二人は様々な事情を知るため、ラディウスが関係しているのだろうと予想している。

そしてその予想は当たっていた。

「レン、第三皇子殿下から連絡があったの?」

「わかっちゃいまいたか」

「ふふっ、やっぱりそうだったんですね」

むしろ他に考えられることはない。

ラディウスは急な騒動ながら対応した皆への礼として、個人的にアーネアの部屋を融通するよう準備していた。

皇族が礼をするのは、大時計台の管理はほとんど城の担当だからだろう。

とはいえレザードが甘えるのはそこまでで、必要な料金は彼が持つ。

アルティア家とリオハルド家に彼が連絡をしており、娘たちが望むならと判断が委ねられていたことがわかるのは、その十数分後のことだった。

◇ ◇ ◇ ◇

アーネアで用意された夕食は見事だった。

美食に慣れている各家庭の令嬢たちをあっさり魅了してしまうと、食後のケーキは皆の頬を溶かした。

広い客室にはいくつもの寝室がある。

中央に配置されたサロンに集まっていた三人。

時計を見れば夜の八時を過ぎ、全員が湯を浴び終え寝る前の姿だ。

ただ、フィオナは三人が湯を浴びる前に宿を後にしている。女子寮で暮らすフィオナは外泊の許可を取っていなかったからだ。

「うちの学校、試験のレベルが高すぎるのよ!」

セーラの嘆きが豪華な客室に響いた。

夏に行われた獅子王大祭のあとで、帝国士官学院は一般、特待問わず試験が行われた。各科目の中でも、セーラは文系科目の試験結果を嘆いている。剣技に関しては満点だった。

前にも試験の話をしたが、セーラは成績を思い出してしまったようだ。

「セーラちゃんさー、ちゃんと勉強したの?」

「したわよっ! なんだったら、入試のときと同じくらい頑張ったんだってば!」

「ちなみに結果は?」

「ボロボロだけど、なによ」

開き直ったのではなく、もう好きにしてくれという諦めた声音。

セーラも決して勉強ができないわけではないが、特待クラスのレベルが高いから思うように試験でいい成績を残せていない。だがそれでも、当たり前のように平均よりは上だった。

何となくつづきを話し辛くなったネムが、そっと目をそらしてリシアを見た。

「リシアちゃんはどうだったんだっけ」

「私はそこそこよ」

「そこそこ? リシア、ちょっと来なさい」

セーラに呼ばれ、力なくだらけた彼女が座るソファへ。

するとリシアはセーラに腕を勢いよく引っ張られ、ベッドに身体を倒された。セーラはそんなリシアの上に優しく馬乗り。

「全科目九割越えのどこがそこそこなのよ!」

「あのね、セーラが不満なことはわかったけど、私の上に乗ってるのはどうして?」

「決まってるでしょ。こうするためよ」

セーラはリシアの脇に手を入れ、くすぐりはじめた。

剛剣使いは強い。だが、これは話が違う。

唐突な攻撃にリシアが身をよじりながら笑い、どうにかセーラから逃れた。彼女は乱れた服を整えながら、笑いすぎて上気した肌のまま、

「いきなりなにするのよ!」

「ごめんごめん。リシアが可愛くてつい」

「い、意味わかんない!」

リシアはいままでになく警戒した目でセーラを見ながら、元の座る場所に戻った。

三人の少女はこの機会を全力で楽しみ、食事も、そしてこの寝間着のパーティの最中も常に笑みが浮かんでいた。

だが、やがて――――

話題が変わり、海岸線沿いの洞窟での出来事へ。

あの日、七英雄の末裔が見つけた偉大なる盾は、彼らのみならず英雄派も、そしてその他の派閥の貴族にも大きな衝撃を与えた。

話題の中心にいるセーラたちは、特に衝撃が大きい。

「……ねぇ、リシア」

セーラが唐突に。

「あたしの先祖の剣も、どこかに眠っているのかしら」

七英雄ライト・レオナールの盾が見つかったときの嬉しさは、いまでも鮮明に思いだせる。

同時にセーラは、自身の先祖が使っていたはずの剣のことを考えていた。

「私にはわからないけど……セーラはご先祖様の剣を見つけたいのよね?」

「ええ。……魔王教の存在が明らかになって、もう数年でしょ? 私もリオハルド家の末裔として、ご先祖様の剣を見つけなくちゃって思うの」

「ネムもだよ。きっと、他の子たちも同じことを考えてると思う。きっとさ、魔王教が現れたいまあの盾が見つかったことは、意味があると思うんだ」

だが、カイトの盾が見つかったのは運がよかったから、いまはそうとしか思えない。

何か手掛かりでもあればいいのだが、皆無だった。

「……二人とも頑張って。私も応援してる」

リシアが優しい笑みを浮かべて言う。

白の聖女と呼ばれる彼女の笑みは、自分たちも先祖の装備を見つけたいと思い詰める二人を温かい気持ちにさせた。

テーブルに置いていたクッキーを一枚口に運び、甘さに心落ち着かせたセーラ。

「そうだ。今度、パーティがあるのよ」

「七英雄の盾が見つかったから、そのお祝いに英雄派で集まるってところかしら」

「そういうこと。レオナール家の領地に集まるのよ。七大英爵家の現当主も全員ね」

「そそ! 冬休みになったら、ネムたちもみんなで行く予定なんだ!」

聞いているだけですごそうだと、リシアは強く思った。

「英雄派がまた一段と賑わいそうね」

彼女は二人に聞こえないほど小さな声で呟いた。