軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

霧の中に迷い込んで。

あたりに少しずつ雨が降りはじめたのは、このときからだ。

こうした場所で天候が急に変わることはよくあるから、それ自体に違和感はなかった。小雨で濡れることもあまり気にならない。だが、止んだ雨の後には少しずつ 靄(もや) が生じ、徐々に色濃い白に変わっていく。 靄(もや) は 霧(きり) に、すぐに 濃霧(のうむ) へと変貌した。

新たな異変はこのときから。レンとリシアは足を止め、互いを守るように身体を寄せ合った。二人が瞬きをしたと思えば、周りから人の気配も消えていた。傍にいたはずのセーラたちも、他の客もだ。

「――――レン」

「わかっています。絶対に俺の傍を離れないでください」

足を止め、辺りを見渡すレン。

いま、彼が放っている圧は傍にいるリシアも感じたことがない。イェルククゥと戦ったときのレンも相当だったが、当時と別格の強さを持つレンだからこその圧だった。

レンはリシアを庇うように立ち、無言で鉄の魔剣を召喚した。こうして彼女の前で堂々と魔剣を召喚するのは、本当に久しぶりのことだった。リシアは驚くことなく、自分も腰に携えた『白焉』を抜いて構える。

何かが急に襲い掛かってきてもいいように、二人は精神を研ぎ澄ませた。

しかし、何もなかった。

十秒が経っても一分が過ぎても、二人はこの静かな空間の中に立ち尽くした。

周りの濃霧は、不思議と風に揺れている様子もなかった。

「人の気配はありませんね。ついでに、魔物の気配もですが」

「……どうする?」

「……どうしましょうか」

あまりにも不可思議な状況下で、彼らは僅かに構えを解いた。

数分経ってもやはり状況は変わらず、二人の警戒が杞憂だったと言わんばかりに何事もなかった。

「一度、試してみます」

レンは鉄の魔剣を周囲に振り回した。星殺ぎを行使してみたのだが、魔法を消せた感覚がない。消し去れなかったと思しき反応もなく、この状況が何らかの魔法の中ではないことがわかった。

それにしては、不可思議としか言いようがなかった。

鉄の魔剣を地面に突き立てたレンは、大樹の魔剣を召喚する。

迷うことなく自然魔法を行使して、二人の傍に一本の木を生やした。太い幹の、背が高い木だった。

「っ――――レ、レンが出したの!? 前に見たときと全然違うじゃないっ!」

「それはええと……進化と言いますか何と言いますか……」

進化と言い表したところで言葉は足りていない。レンはとりあえず先にするべきことがあると考え、生み出した背の高い木に足を掛けた。

この空間でリシアと別々で行動するのは避けたいところだ。では答えは一つだけ。

「これから木に登って辺りの様子を見ようと思います」

「じゃあ、私はここで待っていればいい?」

「いえ。何かあったらと思うとそれは避けたいので、一緒に登りましょう」

一緒に登るというと、互いに別の場所からよじ登るようなものだろうか。それでもリシアは構わないと言うつもりだったのだが、レンがリシアに手を伸ばした。

「すみません。いいですか?」

「いいですかって……どうするの?」

「リシア様を抱き上げて、駆け上がります」

「――――うん。……うん?」

リシアは呆然と、半ば無意識に答えた。

返事を聞いたレンにいわゆるお姫様抱っこされたリシアは目を点にして、深い霧の中でもよく見えるレンの顔を見上げていた。

「え?」

「じゃあ、行きますよ」

まさか本当にと思っていると、レンが飛翔。

大樹を一蹴りして、枝に着地。今度はその枝を蹴って更に駆け上がったレンは、あっという間に木を登ってしまう。

抱かれたままのリシアはというと、

「レ、レレ……レン!? お、重くない!?」

「別に重くないですし、こんなときにそんなことは気にしないでください」

「そ、そうかもしれないけど……っ! 急に正論を言わないでよっ!」

あまりの事態に気が動転していたリシアだったが、レンの邪魔はしないように身じろいだりすることはなかった。

レンは更に二蹴りほどしてから枝の上で足を止める。

「……見事に何も見えませんね」

かなりの高さなのにどこも見渡せない。深い霧が視界を遮っていた。

すぐに地面に降り立った彼は、リシアの身体をゆっくり下ろす。およそ一分ぶりに自分の足で立ったリシアは、「……何も見えなかったわね」と小さく笑った。

「とりあえず、歩いてみない?」

仮に遭難していたのなら下手に動かない方がいいとしても、これがただの遭難かどうかは、百人いれば全員が否定するだろう。いきなり周りの人が消え、自分たちだけ妙な空間にいることを遭難と表現するとは思えない。

ただじっとしていることもいいとは思えず、二人は再び足を動かした。

「行きましょうか」

レンはそう言って木の魔剣を消し、先ほどの木も消え去った。

隣でそれを見たリシアが、前に自分が抱いた疑問を思い返す。

「……不思議な力」

レンが何処からともなく取り出す剣によるものだとはわかっているが、リシアはいままでレンを気遣い詳細を尋ねていなかった。

そして、レンはいま迷っていた。

リシアの呟きが彼の耳に届いていたから、考えてしまう。

(――――ここで伝えた方がいいのかも)

正直、それでもよかった。レンは今日まで獅子王大祭が終わってから話そうと思っていたから、今日話すことになっても構わなかった。

しかし、この状況で混乱を招きかねない状況を告げるのはどうだろうかとも思う。

が、リシアと連携が取りやすいことの方が重要だろう、とレンが魔剣召喚術のことを口にしようとしたところで、

「レンっ!」

歩いていた途中、リシアが立ち止った。

急に霧が晴れてきて、少しだけ周りを見渡せるようになった。

レンとリシアは、そこで目の当たりにする。

「な――――これは……ッ」

「……どうなっているの」

聖歌隊が立っていたはずの端の奥、山道へつづく石階段と封印の前。

二人はいま、封印されていたその先に立っている。色濃い霧のような封印……時の檻が自分たちを囲んでいるのを見て言葉を失った。

◇ ◇ ◇ ◇

時の檻の中にいるとしか判断することができなかった。

レンはすぐ傍にある石階段を見て眉をひそめ、リシアは時の檻を成す霧の壁をじっと眺める。だが外の様子は深い霧で見れないから、彼ら二人に知る由もなかった。

時の檻に触れようとしても、見えない壁に押し返されてしまう。

(思えば、この前見た夢もそうだ)

ローゼス・カイタス近くの空を魔導船で飛んだ翌朝、思い出すことができない妙な夢を見た。それからレンとリシアにしか聞こえない鈴の音と、蜃気楼のような視界の揺れ。

(俺とリシア様だけ、この状況に陥ってるのか?)

ならこれはただ唐突な出来事ではなく、何らかの理由があって二人だけがこうして時の檻の中にいる。その理由はわからないが、すべてが唐突ではないはず。

それかもしくは……

「俺が変なことを言ったから、神様が怒ったんでしょうか」

「変なことって?」

「この前、魔導船の会合で話したことです」

「えっと……封印の中がどうなってるんだろうって話のこと?」

レンが首肯すればリシアが笑う。

「バカね。あんなことで神様が怒るはずないじゃない。……それに怒られたのなら、同じ話題を話していた私もよ」

冗談はさておき、どうするべきかが問題だった。

二人は周りを警戒するため身を寄せ合いながら、辺りをよく見渡した。少し見えるようになった光景は相も変わらず、時の檻の奥にあったはずの場所である。

なぜこうなってしまったのかは誰にも想像できなかったものの、一つ確定的なことがある。

「どうにかして、外に出ないといけないわね」

リシアが言ったように、それに尽きた。

が、その手段が思いつかないというか……魔王軍を閉じ込め浄化する強固な封印を、内側から一組の少年少女が力づくで壊せるかという話だ。二人は口に出さなかったものの、それは不可能なことを理解している。

(――――でも)

レンは冷静に事を考える。

たとえば、とてつもない破壊力だ。炎剣・アスヴァルのような力があれば、もしかするとそれが可能になるかもしれない。だが、あの魔剣を召喚できないから話にならない。

両手を後ろ手に組んだリシアがふと、考え込むレンに振り向いた。

「……? レン? 何か思いついたの?」

「いえ、その――――」

思っていたことをどう口にするべきか迷ったレンは、居心地悪そうにそっぽを向いた。

するとリシアが回り込み、レンの顔を見上げる。

「何を考えてたのか言ってみて」

「いえ、あのですね……」

「言いなさい。言わないと――――」

「言わないと……何ですか?」

さもなければどうするというのか、口にしたリシア自身思い付かなかった。

レンの頬を掴んだまま、まばたきを繰り返して思考に耽る。その仕草はどこか情けなく、自分でも何をしているのだろうと思ってしまう。

「それで、何を考えていたの?」

「いま、思いつかなかったからって話を戻しましたよね」

今度はリシアがそっぽを向いた。

レンは両手を伸ばしかけたが、さすがに同じことを令嬢にするのはまずいと思い手を止めた。

「封印を破る方法がないかと考えてたんですよ」

「無理よ。神様の力が宿ってる封印なのよ? さすがのレンだって――――」

しかしレンの表情は冗談を言っているように見えない。

二人は真っすぐ互いの目を見ながら、それだけで会話ができそうなほど通じ合っていた。それでも言葉にすること以上の確認はない。

リシアはやがて、レンの頬に添えていた両手を下ろした。

「――――あの力なら、どうかしら」

リシアは自分の目で見ていないし、レンだって意識を失う直前に少し目の当たりにしたくらいだったけれど、忘れもしないあの力のことだ。レンがリシアの胸元に手を置いて、彼女の魔石から力を得て顕現した魔剣がある。

もしかしたら、あれなら封印を破れるかも――――

「いえ。あれは試したくありません」

レンはそう言って首を横に振った。

言葉にしなくとも、何を考えているか感じ取って。

「ど、どうして!? すごい力だったんでしょ!? レンがどうやってあの力を使ったのかわからないけど、あれなら外に出られるかもしれないじゃない!」

魔剣のことを告げるのが嫌なのではなく、リシアの魔石が関係するから言いよどむ。仮にあの力をもう一度使えたとして、次はどうなるかわからない。普通の人間の身体に魔石はないが、力ある聖女の身体には宿っている。この世界における常識にあてはめれば、魔石に負担をかけることは何一ついいことがないはず。

「教えて」

自分が外に出たいからというよりはレンのため、リシアは食い下がった。

遂にはレンが、リシアの目を見ながら理由を述べる。

「あれはリシア様が危険です」

「どう危険なの? すごい光だったっていう力に、私が巻き込まれて消滅してしまうかもしれないってこと?」

レンが首を横に振り、両手を上げてリシアの手に重ねた。

彼女の手をゆっくり下ろさせると、偶然にも彼女は自らの両手を胸元へ運び、祈るように重ねた。奇しくも、彼女の魔石が宿る近くだった。

「全部話します」

すると彼は、大樹の魔剣や鉄の魔剣、それに炎の魔剣などの自分が召喚できる魔剣を何もないところから立てつづけに生み出して、リシアのことを驚かせる。

「俺の力は、特別な力を宿した剣を召喚できる力です」

特別な力を持った魔剣をいくつも視界に収めたリシアは何も言わず、口を噤んだままレンを見つめていた。