軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

空からの客人。

……が、考えてみたものの。

(緊張するなってのも無理があるし)

この大舞台で簡単に落ち着けるのなら、ヴェインも最初から緊張していない。

レンが迷っていると、ヴェインの方から口を開いてレンに尋ねる。いつもより大人しい声音でだった。

「……聞きたいんだけど」

「ん? どうしたのさ」

「他の学校の生徒たちって、どのくらい強いのかな」

レンは一瞬目を点にしてしまうも、ヴェインが本気でそれを考えているとわかったから態度を改める。

「どこも学校の代表を選んで送り出してるんだから、弱いはずがないよ」

帝国士官学院の特待クラスがどこよりも目立つことは事実としても、大国レオメルの帝都にある学び舎はどこも高い教育が受けられる。文武両道を理念に置く学び舎はいくらでもあるから、一言で言えばどこの学び舎の代表も強い。

けど、とレンがつづける。

「きっとヴェインはいま、周りを見れてないんだ。適当に見渡してみれば緊張もほぐれるんじゃない?」

「……周り?」

辺りを見渡したヴェインはレンが言いたかったことに気が付く。よく見れば、周りの生徒たちはヴェインをチラチラと覗き込み、彼らもまた緊張した様子を見せていた。

「緊張してるのは俺だけじゃないんだな」

特にヴェインの場合、他の代表たちから注目を集めやすい理由があった。

帝国士官学院の代表であるヴェインには、帝都の学び舎に通う学生たちも注目せざるを得ない。

国内外に名を轟かす名門の代表はどれほど強いのだろう。

他の少年少女がそれを考えてしまうのも、無理はなかった。

「ははっ、それで初戦敗退になったらヤバいよな」

「また妙なこと言ってるし……けど、笑えるようになったのなら十分かな」

レンは時計を見てから立ち上がる。

すると、レンがヴェインに背を向けた際のことだった。

「代表の中に、レンより強い人はいると思うか?」

レンは足を止めた。

ヴェインに振り向かず、数秒間にわたって沈黙した。

絶えず周りの喧騒が聞こえていたはずなのに、二人だけはその喧騒から逃れたかのような静けさを感じた。

「…………」

その様子はまるで先日のよう。セーラに同じようなことを問いかけられたリシアが足を止め、同じく答えに時間を要したときと瓜二つだ。

答えるとき、レンは背中越しに口を開きはじめ、

「そんなの、戦ってみないとわからない」

じっと背を見つめるヴェインへと、つづく言葉を振り向いて告げる。

「けど、俺は誰が相手でも負けるつもりはないよ。守りたい存在ができた頃から、ずっとね」

その言葉にヴェインは確信した。

レンはきっと、あの夏と比較にならない強さを見に付けている。この獅子王大祭に参加していいような実力にないということを、ヴェインは本能で悟った。

「じゃあ、応援してるから」

「――――ああ、ありがとう」

レンは今度こそヴェインの傍を後にした。

間もなく、開幕戦に向けてヴェインが係員に呼び出される声が聞こえた。彼が自分の両頬を強く叩いて会場へ向かえば、すぐに大歓声が響く。観客が待ちに待った開幕戦がはじまる前の熱気が、ここにも届いていた。

「よぉ、アシュトン」

準備室へ戻ろうとしていたレンの下へ、汗だくのカイトがやってきて声を掛けた。

本番前にしては、また随分と汗をかいたものだとレンが苦笑。

「ありがとな。ヴェインのやつ、柄にもなく緊張してたからあれで気が楽になったろうよ」

「だといいんですが」

簡潔に答えたレンには触れておきたいことがあった。

先ほどヴェインが会場に向かったのは、この武闘大会の開幕戦のためだ。ここにいるカイトはまだ誰とも戦っていないはずなのに、どうしてこんなにも汗だくなのか。

レンその理由を察していたので、一言くらい言っておきたかった。

「身体を暖めてたんでしょうけど、さすがにやりすぎじゃないですか?」

「仕方ねーだろ! 全身が滾ってしょうがないんだって!」

「ま、まぁ……それで体力が十分ならいいと思うんですが……。俺は準備室にいますから、何かあったら来てくださいね」

「おう! いつもありがとな!」

レンが準備室に戻った十数分後、会場の方から聞こえてきた審判の声。

大歓声に混じって聞こえたのは、

『それまで! 勝者、ヴェイン!』

開幕戦で早速勝利を収めたヴェインの名と、彼を讃える声だ。

それらに耳を傾けたレンは、「頑張れ」と呟き笑みを浮かべた。

◇ ◇ ◇ ◇

レンには前々から予定されていた、天空大陸の客人と会う予定がある。

ユリシスを通じて連絡が届いた件で、レンはその客人とこの帝都大闘技場で会うことになっていた。場所は来賓席で、既にユリシスとレザードの二人もいるはずだ。

軽い仕事をしているうちに時間が経って、昼食時。

レンは軽めの食事を済ませ、予定の十数分前に準備室を出る。

(来賓席、来賓席――――)

いくつもの階段を上った先に、来賓席へ向かう通路が見えてきた。ユリシスはその通路に来てくれたら簡単に入れるようにしておくと言っていたが、レンはそれほど簡単に進めると思っていなかった。

来賓席は国内外の貴族も足を運ぶ場所のため、徹底された警備体制にあった。

やはりと言うべきか、レンが近づいてきたのを見て、

「ここより先は来賓席だ。見たところ帝国士官学院の生徒のようだが、誰かと約束が?」

レンに声を掛けたのは騎士だ。レオメルの正騎士で、以前、クラウゼルにやってきてリシアに剣の指南をした者たちと同じ甲冑に身を包んでいる。

「すみません。ユリシス・イグナート様に呼ばれて参りました」

「む……イグナート侯爵に?」

すると間もなく、レンはユリシスが言った理由を理解する。

この通路に立つ数多くの騎士の中に、見知った顔の騎士がいた。獅子聖庁から派遣された騎士が数人いたのだ。

彼らはレンを見て「レン殿」と言って近づいてくる。

それを見た正騎士は驚いた様子で半歩下がった。

ただでさえユリシスの名が出たというのに、そこへ獅子聖庁の騎士が近づいて来たら話が変わる。

先ほどの正騎士は漆黒の騎士へ言う。

「むっ、そちらのお知り合いであったか」

すると、別の正騎士がやってきて、

「おい、忘れたのか? 自分に会いに来たという者がいたら通すようにって、イグナート侯爵が仰せだっただろう」

それに――――と、いまやってきたばかりの正騎士がつづける。

「獅子聖庁の皆様が身分を保証してくださるのなら尚更です」

「無論、彼の身分は獅子聖庁が保証する」

レンと顔なじみの騎士が即答した。

返事を聞いた正騎士が「かしこまりました」と頷く。それからすぐ、レンは獅子聖庁の騎士に連れられて先へと進んだ。

その途中でレンが声に出す。

「正騎士の方々のご様子から察するに、騎士は騎士でも、獅子聖庁の皆さんの方が立場が上なんですね」

「ははっ。我々の場合、将校級の試験にも合格しなければなりませんので」

「おお……道理で……」

レンが靴音を反響させながら進む来賓席への道は、正騎士をはじめ、各来賓が連れてきた護衛も並ぶ場所だ。ただ来賓席と言っても、基本的には壁で遮られた席に分かれており、来賓同士で同席しない限り別々の席で闘技大会を楽しむことになる。来賓席へ向かう扉も分かれているほどだ。

進んだ先にあった扉の前に、エドガーが立っていた。

レンは獅子聖庁の騎士とそこで別れる。

「レン様、お待ちしておりました」

エドガーはレンが来るとすぐに扉を開け、中に入るよう促す。

扉の奥には、高級宿の一室を想起させる調度品が並んだ席が並んでいた。前方を遮るものが何もない、帝都大闘技場を一望できる最高の場所だ。

そこに三人の男がいた。剛腕ユリシス・イグナートにレザード、そしてレンがはじめて見る浅黒い肌の美丈夫だった。

「やぁ、待ってたよ」

「ユリシス様、お待たせしました」

「待たせたなんてとんでもない。いつもの君らしく、少し早いくらいさ」

レンはユリシスに手招かれ、三人が囲んだテーブルへ向かった。

半円状のテーブルが帝都大闘技場に向けて置かれている。レンは一度、ユリシスの近くに足を運んだ。この席を設けることを求めていた、天空大陸からの客人の傍へ行くためにも。

「イグナート侯爵、彼が噂のレン・アシュトンであるか?」

浅黒い肌の美丈夫が口を開いて言った。

何と凛々しい男だろう。色鮮やかな服に身を包んだ彼は大きく露出した片腕の筋肉が引き締まっている。レンが事前に聞いていた通り、騎士上がりの商人とあってその名残を窺わせた。男は他にも金細工のアクセサリーや宝石の数々で着飾っているが、不思議と嫌味がない。男から漂う気品故だろうか。

(この人が、天空大陸から来たっていう……)

たとえるならば、砂漠の王族だった。長し目から漂う情熱で数多の女性を虜にしたことが容易に想像できるほどの、色香を孕んだ男性である。

そんな男が、レンを見て瞳を輝かせている。

ユリシスが紹介するのを、待ちきれないと言わんばかりに。

「お察しの通り、彼がレン・アシュトンですよ」

「やはりそうであるか!」

「ええ。クラウゼル領の村で生まれ、その力で我が娘はもちろん、リシア・クラウゼル殿も救った少年です。いまでは第三皇子殿下の親友として、帝国士官学院に通っているのです」

レンを紹介する言葉を聞き、浅黒い肌の美丈夫が席を立つ。立ち上がった彼はユリシスよりも背が高かった。

「 小官(、、) はリヒター・レオンハルトだ。国では伯爵を任されている」

騎士時代の名残りか、珍しい一人称の男だった。

「レオメルに来るのはおよそ二十年ぶりだ。久方ぶりの大国で、噂に聞く英雄と会えてうれしく思う」

「そう言っていただけて光栄です。ですが……に、二十年ぶりですか?」

「そうとも。小官はこう見えて年齢が六十を超えていてな」

リヒターは笑みを浮かべて言った。

……レンの双眸には、リヒターがどう見ても六十を超えた男には見えない。いいとこ二十代後半か、三十代前半くらいだった。

驚いているレンを見て、リヒターは白い歯を見せて笑った。

「小官が若く見えたのなら、それは小官が シェルガド人(、、、、、、) だからだ。――――ところで、シェルガド人のことは知っているか?」

「はい。古くから天空大陸に住まわれていた人々のことだったかと。寿命も地上の一般的な人より長く、倍以上あると記憶しております」

あくまでも知識としての情報しかなかったため、こうして実際に目の当たりにすると少し驚いてしまうし、理解するのにも時間がかかる。

リヒターはレンがシェルガド人を知るとわかって、気をよくして頬を緩めた。彼はレンと握手を交わすために手を伸ばした。

「小官は天空大陸に唯一存在する大国、シェルガド皇国より参った。肌の色は小官が混血だからと理解してくれたまえ」

レンとリヒターは握手を交わしてから、互いの席に腰を下ろした。

レンが座るのはレザードの隣で一番隅の席だ。彼が椅子に腰を下ろすと、レザードが「忙しいところすまないな」と告げた。