軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

放課後に話したこと。

三人がラディウスがすることに目を奪われていると、

「ニャハハッ! 三人とも、殿下の事務処理能力に驚くニャ!」

「うむ。我ながら中々の日程を組むことができた。本日は獅子王大祭直前にある仕事を一つ片付けようと思う」

ラディウスが本日の日程に『商会巡り』と書き記した。

確かにそうした仕事が前々から予定されていたが……。

「我らが帝国士官学院の代表のため、食事や飲み物、他にも備品を学院が用意する。無論、学院側でも確認は入るが、実行委員側でも確認するというわけだ」

「つまり、二重で確認すれば安全ってわけですニャ!」

「ということだ」

「――――気になるんだけど、どうしてその仕事を今日にしたのさ?」

唐突に予定が変わったのだから相応の理由があると思って問いかける。

すると、ラディウスはレンに顔を向けると、それまでと同じように迷いのない様子で口を開いた。

「ゆっくり仕事をできる日が今日くらいしかなかった。要は、今日でなければ我々も城下町の様子を楽しむことができないと言うわけだ」

「……ああ、道理で」

ラディウスをよく知るレンが一番に気が付き、まだ首を捻っていたリシアとフィオナに告げる。

「俺たち実行委員が、一足先に祭りの雰囲気を少しでも楽しめればと考えてくれたみたいです」

「うむ。今日まで仕事漬けだったのだ。少しくらい欲張っても許されるだろう。どうせ獅子王大祭期間中もいくつか仕事がある。今日も仕事をしてからなら、一足先に楽しんでも罰はあたらん」

「つまり、商会巡りをしながら賑わう城下町を楽しもうってことだよね」

ラディウスがもう一度頷いた。

「獅子王大祭向けの出店は今日の午後から開店できるとあって、帝国士官学院の生徒に限らず、色々な学び舎の学生も向かうだろう」

実質四年ぶりの獅子王大祭だ。これまでの様子からその盛り上がりは言うまでもない。

ラディウスは今日まで実行委員の仕事を頑張った皆をねぎらうためにも、できる仕事は片付けて、午後から仕事兼楽しめる時間を設けていた。

ラディウスはミレイを連れて歩きはじめ、

「道案内なら二人に頼んでくれ。こっちはこっちで仕事をしてくる。そこにある書類に諸々まとめてあるから、確認するように」

「あの――――ええー……」

さらっと言葉を言い残して立ち去ったラディウスを、レンは情けない声を漏らして見送った。

一方、部屋を出たラディウスは外に出てから。

ミレイと二人になったところで、短くため息を漏らす。

そして、さっきレンに言わなかったことに触れる。

「我々も仕事だ。実行委員の仕事に限らず、例の仕事の方をしなければな。――――この私に隠れて何をしているのか、見逃すつもりはない」

「承知しておりますニャ」

二人は人知れずそのようなやり取りを交わし、学院後にした。

外に出た彼らが何を話しているかなど知る余地もなく、二人を見送ったレンはリシアとフィオナに目を向けた。

「どうしましょうか?」

ラディウスが言い残した言葉によると、商会巡りの順路は一任されているようだ。

レンの声を聞き、二人の令嬢が相談をはじめた。

「ここから行くのはどうでしょう。次にこうして行けば――――それでその次はここに――――」

「フィオナ様、こっちの方が大通りのお店も見て回れますよ」

「あっ、ほんとですね!」

リシアが大通りの出店も見て回りやすい経路を提案すれば、フィオナは「確かに」と頷く。

二人が仕事を蔑ろにしたわけではない。彼女たちは商会を巡ることを最優先にしており、リシアが提案したのはそちらも加味した最良の案だったにすぎない。

「レン君はこれでいいですか?」

「レン、これでいい?」

結局、レンが口を挟むより先に二人が経路を決めてしまう。

紙にはレンが聞いたことのない商会や施設の名前も記載があったため、彼は最初から二人に任せるつもりだった。二人もレンがそのつもりであることを彼の雰囲気から感じ取っていて、ある程度案を決めてから彼に判断を仰ぐつもりだったのだ。

そしてレンの返事だが、

「――――お二人の案でいきましょう」

どっちみち、レンにはどこへ行くべきか最短経路がわからない。

二人の判断に任せた方がいいことは、どこまでいっても変わらなかった。

◇ ◇ ◇ ◇

城下町に繰り出して商会を巡りながら、当たり前のように出店へ寄った。

しかし二人は身分もあって楽しむことに消極的だったので、レンはおもむろに腕時計を見て、そろそろ休憩しようと提案した。

喉が渇いたし小腹も空いた。二人を連れていくつかの出店を回ってから、空いていたベンチに腰を下ろす。

『これ美味しいですよ、フィオナ様』

『こっちもです。リシア様もよかったどうぞ』

『いいんですか? ……ほんとだ、すごく美味しい。よかったらこちらもどうぞ』

『ありがとうございます。ふふっ、こっちも甘くておいしいですね』

レンは彼女たちの横で二人が楽しそうにしている様子を傍目に収めながら、城下町の様子を眺めた。

それにしても賑わっている――――というのは以前から変わらずそうなのだが、今日はより一段とそれが増して、早速、どこかの学び舎の生徒が授業をサボって町に繰り出している光景を目の当たりにする。

――――そんな午後の時間はあっという間に過ぎ去って、三人は夕方になる少し前に学院へ帰る。

ラディウスの計らいに感謝していたところで、レンが席に着いてすぐ。

(あ)

ふと見つけた書類にクロノアの署名が必要なものがあった。

恐らくレンが見落としていて、彼女の下を尋ねることを忘れていたのだろう。

「すみません。俺、ちょっとクロノアさんのとこに行ってきます」

「ええ、わかったわ」

「わかりました。私たちはこっちで少し仕事をしてますね」

リシアとフィオナの二人と別れ、学院長室へ向かう。

もう代表選考はどの競技でも行われていないが、その代わりに、多くの競技で代表となった生徒たちが練習に勤しむ姿が見受けられる。

その光景を見学する者も少なくなく、以前と変わらず放課後も賑わっていた。

レンは生徒たちの賑わいを横切るように歩きつづけた。

数分もしたところで学院長室の前に立っていた彼が扉をノックすれば、すぐに『どうぞー!』と明るい声で返事が届く。

「失礼します」

一言挨拶をして入室すれば、クロノアはソファで休んでいるところだった。

「クロノアさんの署名が必要なものがあったんですが、いま大丈ですか?」

「もっちろん! レン君のためならいつだって頑張っちゃうよ!」

手にした書類をクロノアに差し出せば、クロノアは「ふむふむ」と呟きがら書類を片付けていく。

手持ち無沙汰だったレンに届く、クロノアの声。

「ボクは獅子王大祭中あまり現場にいられないから、困ったときは他の先生たちに聞いてね」

唐突に思える言葉だったが、実行委員の仕事がつづくレンに早く伝えたかったのだろう。クロノアは一度手を止めレンを見て、申し訳なさそうな声で言ってから仕事に戻った。

いまの言葉にレンが、

(――――そう言えば)

クロノアは獅子王大祭期間中、七英雄の伝説でも仕事があると言っていた。

「お手伝いできる仕事なら、俺たち実行委員もいますよ」

「……他国の王族とか貴族と会う仕事だけど、手伝ってくれる?」

レンがそっと目を反らした。

目を反らした先にクロノアが動き、目を合わせる。

「あははっ! 冗談だよ! だいじょーぶだいじょーぶ! ちゃーんとボクたち大人も頑張らないと、今日まで一生懸命努めてくれたレン君たちに申しわけないもん! 心配しないで、レン君たちはお祭りを楽しんでね!」

「すみません。でも本気で大変そうだったら俺たちも――――」

それを聞いてクロノアが席を立つ。

レンの前にやってきた彼女の横顔を、茜色の陽光が照らしていた。神秘的と称することも容易い彼女の美貌を前に、レンはじっと眼前で目を合わせられたことに息を呑んだ。

「――――にゅふふー」

クロノアは唐突に手を伸ばしてレンの頭を撫でた。

「い、いきなり何ですか!?」

「何となくだよー! レン君が真面目な顔してて可愛かったから、ついね」

「……つい、って」

「たははっ! でもレン君、めっ、だよ!」

人差し指を伸ばしたクロノアがレンの鼻の先を突いた。

その指先を見るレンの瞳が寄り目になり、クロノアを笑わせた。

「大人を気遣いすぎっ! っとゆーわけだから、ボクの仕事は気にしないで! 大人の力を舐めちゃいけないんだからね!」

「いえ、舐めてるわけじゃなくて、手伝えるならって思っただけです」

「……ほんっとーに可愛いなーレン君は。はじめて会ったときと違って、背はもうボクの方が小さくなっちゃったけど、やっぱり帝都に連れ帰った方がいいのかも」

レンは「もう帝都の近くに住んでますけどね」と言う。

くすくすと笑うクロノアはレンが持ってきた書類へサインし終えたところで、話題を変える。

「レン君、レン君」

「はいはい、何でしょうか」

「いきなりだけど、あれから剛剣技の調子はどう?」

そう言われてもあまりない。

絶賛、壁にぶち当たっていると言っても過言ではない気持ちだったので、レンは返事に迷った。

自分だけの戦技もあまり芳しい成果がないから、特にそう。

クロノアは答えに迷うレンの瞳の奥底を覗き込むように眺めてから、

「ふむふむ。あの不思議な力の方は成長してるみたいだね」

「ッ――――」

そうだ。思えばクロノアはクラウゼルでも同じことを言っていた。

レンはやや慌てた様子で問いかける。

「ク、クロノアさん? 不思議な力っていうのは……?」

「レン君が隠してる力のことだよ?」

クロノアは平然とした様子で返した。

「大丈夫。誰にも言ってないから」

「……あの!」

「どうして気が付いてたのか気になるんだよね。その答えは簡単で、ボクが色々と気が付きやすいだけだよ。詳細まではわからないけどね」

「……本当は相手の心を読めるとかじゃないですよね?」

「たはは、ないない」

相手は世界最高の魔法使いの一人とされているクロノア・ハイランドだ。

レンの理解が及ばないことができても不思議じゃないし、レンもレンでここで妙なことを口走ったと思って自分を落ち着かせる。

「どんな力なのか、リシアちゃんとかフィオナちゃんには教えてあるの?」

「いえ、我ながら妙な力なので伝え辛くて……。大時計台で戦ったときに使うことはありましたが、本質は誰にも教えてません」

「……だったらもう、教えちゃえば?」

クロノアがあっさりと言った。

レンがきょとんとしてしまうほどである。

「一応、レン君なりに思うところがあって秘密にしてたんだよね?」

「それは――――はい」

生まれてすぐはあのレン・アシュトンが使う力だからと思い、誰にも明かさずスキル鑑定にもいかず秘匿しつづけた。クラウゼルで暮らすようになってからは、スキルを明け透けにすることが弱点をさらけ出すことにもつながると言うことを理由にしていたのだ。これは嘘じゃないし、実際にそうした一面があるからこそ皆の理解を得られたところもある。

クロノアは優しい表情を浮かべてレンを見た。

「レン君が色んなことを考えて秘密にしてきたことも正解だよ。だけど、ちょっと考えてみることも今後のためになると思うな」

「……どういうことですか?」

「自分の弱点をさらけ出してもいい相手なら、話しても平気な気がしない?」

これもまたあっさり、さらっとレンに告げられた。

クロノアの言葉は、不思議とレンの心に沁み入った。

レンも以前までのレンじゃないとあって、気持ちと考えの変化が彼に静かに耳を傾けさせる。

「大切な人たちに秘密があるままこの先ずっと生きるのって、きっとレン君が思う以上に大変だと思うんだ」

夕暮れの陽光に照らされたクロノアの横顔。

どこか神秘的な彼女の姿とその声。

「実行委員の仕事と獅子王大祭が終わって落ち着いたら、少し考えてみるのはどう?」

「……ですね。そうします」

レンの返事を聞いたクロノアは優しく微笑んだ。

すると彼女は杖を取り出し、レンの頭上に向けてくるくると振った。彼の心がすっと落ち着くような、心地良さに包み込まれていく。

ついでに、訓練で疲れた肉体も癒されたような気がした。