軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

総代が行きます。

急に声を掛けられたことには若干驚いたものの、レンはその気持ちを表に出すことなく返事をする。

「レオナール先輩?」

「おう! アシュトンを見かけたから声を掛けてみた! 何してんだこんなとこで?」

「昼ご飯を楽しんできたばかりなので、日光浴をしながら午後の授業のために英気を養ってました」

レンののんびりした答えを聞いたカイトが隣に来て、レンと同じように窓の外を見はじめる。

ふわぁ、と陽気に誘われて欠伸を漏らしていた。

「もうすぐ代表選考がはじまりますね」

先ほど廊下を歩く生徒たちが話していた話題を思い返したレンが、カイトの横顔を見て口にした。

しかし、カイトは思いのほか楽しみにしているように見えない。

それどころか彼は、レンの言葉に対して先を見据えた返事をするのだ。

「だなー……けどアシュトンも聖女も参加しないし、本戦で他校の生徒かヴェインたちと戦えるのを楽しみにするしかねーな」

「学内での代表選考は楽しみじゃないんですか?」

「……俺は曲がりなりにも、英爵家の嫡男だしな」

カイトは言い辛そうにしながらも言って、申し訳なさそうに笑う。

彼としてはこの学院の生徒を下げるような言い方はしたくなかったのだが、英爵家の人間として自覚している強さと責務もあった。

言い辛そうにしてしまったのは、そのせいだろう。

「この学院でも、楽しい戦いをできる気がしないって感じです?」

「細かい事情はどうあれ、俺はレオナール家の嫡男として育てられた。だってのに、負けるわけにはいかねえだろ」

「まぁ……そりゃそうですよね」

七大英爵家が一つ、レオナール家の者としての意地と矜持でもある。

同年代の少年少女に負けることは、どう考えてもよしとされていなかった。

「んで話は変わるんだが、アシュトンはうちのクラスにも一人、英爵家の人間がいるのは知ってるか?」

二年次の特待クラスのことだろうと思い、レンは頷く。

「女性の方ですよね。ヴェインをすごく気に入っているとかでしたっけ」

「おう。ヴェインとリオハルドを抜かすとあいつもかなり強いんだ。得意な弓を持たせれば俺だって近づくのは厳しい」

レンは何も言わずカイトの話を聞く。

「けどよ、やっぱり俺は剣と盾でぶつかり合いたいんだよなぁ……」

代表選考はどの競技でもいくつかの段階を踏んで行われる。

選考基準は競技ごとに様々ながら、最終的に総当たりでポイントを競い、上位が代表に選ばれる仕組みだ。

ここでヴェインにセーラ、カイトの三名が最終的に代表になることは容易に想像できるし、そうなることをレンは確信していた。

「代表選考と本戦で戦えるんだし、いいじゃないですか」

「冷たいことを言うなよぉ……」

「え、ええー……」

すると、カイトはため息交じりにレンの傍を離れていく。

レンと戦えないこととは別の理由から、少し気落ちした声を発する。

「次の授業の支度があるんだった。赤点ギリギリだから俺はもう行くぜ。またな!」

レンがカイトと別れると、再び他の生徒たちの声が聞こえてくる。

代表はカイトとヴェイン、それにセーラの三名と、二年次にいる英爵家の令嬢となるだろう、という内容ばかりだった。

(――――あ)

窓の外にレンの同級生二人の姿が見えた。

ヴェインとセーラの二人が意気揚々と訓練場へ向かっていく。レンとリシアの二人が参加しない剣術に参加するようだ。

訓練場へ向かう二人も、代表選考のために張り切って授業に参加することだろう。

「そろそろ行こっかな」

レンは窓枠に乗せていた両肘を持ち上げ、軽く背伸びをしてから歩き出す。

リシアは遅れて合流すると口にしていたから、レンは一人で廊下を歩いて図書館へ向かった。

「レン君!」

上の階から下に足を運ぶ途中だったフィオナの声だ。

レンと彼女は階段の踊り場で合流した。

「これから図書館に行くんですか?」

「そうするつもりでした。ってか、このご様子だとフィオナ様もみたいですね」

「はい! よければその……ご一緒しても構いませんか?」

「大丈夫ですが、いいんですか? 二人で歩いてて、派閥がどうのとか妙な噂を立てられたりするかもしれませんよ」

「ううん! 平気です! 別に噂はむしろ――――じゃなくてっ!」

フィオナはいつもと違い、少し強い声音で言い放った。

「レン君も見たことありませんか? この学院って、最近の情勢も関係して派閥を忘れて友誼を深めてる方も多いんです! だから私たちも平気ですよ!」

「わ、わかりました」

彼女の勢いに押されたレンが頷いてフィオナと歩きはじめれば、時折、二人に視線を向ける生徒たちがいた。

いまは特に、獅子王大祭の代表選考が近づいてることもあるだろう。

「さっき職員室に行ってきたら、ちょうど実行委員のことでお声がけいただいたんです」

「五人という人数の少なさには何か仰ってましたか?」

「ふふっ、大丈夫です。今回の実行委員は人数以上に頼もしいって仰ってましたもん」

今回の五人は、誰もが事務処理能力その他が一般的な生徒の比じゃない。

特にラディウスとミレイの二人は一線級の文官にも勝り、フィオナもあのユリシスに鍛え上げられた令嬢だ。

レンとリシアだって、他の三人に見劣りしすぎることはない。

教員たちが頼もしく思うどころか、何一つ心配しないのは当然だろう。実行委員長は立場や実力を踏まえてラディウスが、副委員長はミレイが勤めるから。

◇ ◇ ◇ ◇

「これを皆に。学院からだ」

放課後、先日掃除を終えたばかりの部屋に集まっていた皆にラディウスが言う。

テーブルの上に置かれた小さな木箱に入った品を、一人一つずつ取るように指示したのだ。

「実行委員の証か」

「そうだ。今日からはそれを付けて活動してもらうことになる」

箱に入った五人分の腕章にはでかでかと『実行委員』と書いているわけではないが、実行委員であることがわかるような紋章が刺繍されている。

四人がラディウスの声を聞きながら、腕章を制服にくくりつけはじめた。

「活動中、我らはその腕章を付けることが規則で義務付けられている。今日までは不要だったが、代表選考がはじまるから必須になったと思ってくれ」

レンは「なるほど」と呟きながら腕章を付け終えた。

窓ガラスに反射した自分を見ると、これだけでもいままでと雰囲気が違った。

「おぉー、一気に実行委員っぽくなった」

「私もそう思う。さて、これまで四人には準備を手伝ってもらうこともあったが、今日からが本番だ。手分けして仕事にあたるとしよう」

今日の仕事は既にラディウスが分担していた。

「私が代表選考を回り、書類仕事やら選考状況の整理など、教員側と協力して仕事をしてくる。三人には今後の競技の代表選考で必要となる情報の整理や、私たちが戻って来た際に渡す資料の確認を頼みたい」

「わかった。ところで、学院側が用意した実行委員の部屋はどうする?」

「あちらでの作業はミレイに任せることにした。だからレン、時折、こちらとミレイがいる部屋を行き来して、状況を確認してもらえるか?」

「ん、りょーかい」

「頼んだぞ。さて――――他に質問がある者は?」

リシアとフィオナの二人は特にないらしく、レンに任せた。

問題ないことを悟ったところで、ラディウスはミレイを連れてこの部屋を出る。

部屋に残った三人は、ラディウスの指示通り仕事に取り掛かりはじめた。

部屋の真ん中に置かれた大きなテーブルには、書類が山積みになっている。

三人が手分けして仕事をはじめてすぐ、窓の外から生徒たちの声が聞こえてきた。代表選考で賑わいはじめたのがそれだけでわかる。

◇ ◇ ◇ ◇

腕章を付けるようになった日から、何日か過ぎた。

忙しない日々がつづく中、レンとラディウスが二人で見回りをする日があった。

稀に生徒同士で熱を出し過ぎて問題が生じることがあるらしく、実行委員も時折、教員たちのように見回りをする必要があったのだ。

「レン」

ラディウスが唐突に口を開いた。

廊下を歩き、窓の外で行われるいくつかの競技の選考や、はたまたどこかの教室で行われているそうした声を聞きながらだった。

「私が公務で帝都を離れる際、常に剛剣使いが傍にいる。いまは一人の学生としてこの場にいるというのに、傍に剛剣使いを連れてることをどう思う?」

「どうって聞かれても、俺が剛剣使いなだけだからどうにも」

「まぁ、頼りにしてるぞ。万が一、力が入り過ぎた生徒がいたら止めてもらう」

「止めるってどうやって?」

「場合によっては実力で黙らせて構わん。幾人かの教員に聞いたがそう言っていた」

たとえば武闘の代表を目指している生徒の中には、喧嘩をしてしまう者がよく現れる。口で言っても止まらず喧嘩が収まる気配がない場合には、多少強引でもいいから止めて構わないようだ。

(意外と力業でもいいのか)

レンが苦笑していると、

「思いのほか力業だと思ったか?」

ラディウスがレンの内心を察して笑う。

「そりゃね」

「私もそう思うが、やりすぎた生徒がいればこちらもやむを得ないということだ」

「そんな機会が訪れないことを祈ってるよ」

「ああ、私もだ」

見回りをつづけるうちに、二人の足は校舎の外へ向かう。

「お」

と、レンが校庭の一角を見ていて気が付いた。

武闘大会に出場する代表の選考が行われている場所があって、その場所が一際多くの生徒を集めている。

選考会を見守る生徒たちも、白熱した応援の声を響かせていた。

「見に行ってみるか?」

「大丈夫。ここからでも見えるし」

遠巻きに眺めていると、ヴェインが上級生を相手に剣を振って勝利を収めている姿が見えた。よく見ればセーラとカイトの二人も見学しており、勝利したヴェインの姿に笑みを浮かべて拍手をしていた。

彼らの様子を眺めていたレンは、傍にあった校庭のベンチに腰を下ろす。

彼に倣ってラディウスが隣に座った。

(結局、ヴェインってどこで覚醒するんだろ)

ふとした疑問は、レンが多くを成し遂げたことに関連する。

フィオナが生きていることから、イグナート侯爵が暴走する可能性は限りなくゼロだ。アスヴァルの名残と言えるものも、いまではレンが運んできた角だけなのだから。

故に、バルドル山脈でヴェインが覚醒する機会が訪れないことは明らかだ。

(獅子王大祭もその一つみたいなもんだし、いっか。どっかで覚醒するでしょ)

レンが覚醒の機会を奪おうと思って奪ったのではないから、ここで特別何かを考えることはできなかった。

色々な思いを抱きながら選考会の様子を見ていると、

「……どうやら、自分も参加したくて見ているわけではなさそうだな」

「へ? どうしたのさ?」

「わからないのか? いまのレンの顔はすごく楽しそうだぞ。しかし不思議と、競技に混じりたいと思っているようにも見えん。それが気になってな」

「あー」

レンはベンチの背もたれに肩ひじを置き、ややだらしない姿勢で言う。

「こうしてるのって、楽しくない?」

「こうしてるの、とは何のことだ」

「だから、祭りの裏方として見回りをしてる状況がってこと。他の人たちが頑張ってるのを傍目に見ながら、自分たちも後で事務仕事を頑張らないとなーって思えるいまが、俺は結構好きだよ」

ラディウスはレンと対照的に難しそうな表情を浮かべ、腕を組む。

時折、レンの表情を窺ったりして、自分の考えを整理しようとしていた。

だが結局、それらしい言葉は浮かばなかった。

「ほら、茜色の空の下で賑やかな皆を眺めてたり、校舎の方を見てもさ、窓から先生たちも様子を見てるわけじゃん」

「あ、ああ……確かにそうだが、私たちは祭りに直接参加してるわけじゃないぞ」

「それがいいんだよ。他の生徒より遅くまで学院に残って仕事をするのとか、普段はできないことを楽しめる立場にいるのって俺たちだけなんだよ」

ラディウスは改めて辺りの様子を見た。

茜色の空の下、普段は見られない生徒たちの賑わい。校舎の窓から見える賑わいもそう。普段よりも楽しそうに、生徒たちが交流を深める様子も目を引いて止まない。

「……こうした裏方仕事ははじめてだ」

「それでどう思った?」

ラディウスはここで体勢を崩し、彼にしては珍しくだらけてみせた。

しかし隠し切れない品があり、抜群の容姿と相まって男性的な色香を感じさせた。

「悪くないな」

年相応の、少年らしさに溢れたラディウスの笑みを見たレンは同じように笑った。

二人がそうして少し休憩していると、

「す、すみませんっ!」

二人の下へやってきた女生徒の切羽詰まった様子を見て、レンとラディウスがすぐにどうしたのかと問いかける。

すると彼女は呼吸を整えきる前に答えた。

「訓練場で揉めてる人たちがいるんですっ! 先生たちを呼びに行こうとしたんですが、途中でお二方を見つけたので……っ!」

「……訓練場は武闘の選考会に参加する生徒の準備場所だったな」

二人がベンチから立ち上がると、別の場所にいたはずのミレイがやってくる。

彼女も彼女で、何か用事があるようだった。

「殿下、少し相談があってお呼びに――――ニャニャ? 何かありましたかニャ?」

あまり悠長に説明していてもと思ったレンはラディウスに「俺が行ってくるから、ラディウスはそっちをお願い」と言う。

「大丈夫か?」

「多分ね。どうしても駄目だったら応援を呼ぶし、途中で先生も来てくれるはずだからさ」

レンは一人で走り、訓練場へ向かった。