軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

過ぎ去りつつある冬と、大時計台の話と。

エレンディルの屋敷に、レンの両親から手紙が届いた。

事後報告ではあるが、レンは帝国士官学院を目指す旨を認めた手紙を村に送り、両親がどう思うかどうか尋ねていた。これはその返事である。

この朝に届いた手紙には、両親の熱い思いが綴られていた。

レンは一つ一つの文字をかみしめるように、丁寧に目を通す。

「二人も喜んでくれてるのなら、やっぱりこれで良かったんだ」

帝国士官学院が誇る特待クラスについて、アシュトン家の面々は若干苦い思い出がある。ギヴェン子爵の件が脳裏を掠めてしまうためだ。

とはいえそれはそれで、レンの両親は彼の決断を尊重し、まるでレンが貴族になったかのように喜んだようだ。

特待クラスの性質を思えば当然なのだが、どうもレンが受験に落ちるとは思っていないようにも思える。それもレンを信じているからこそで、彼は両親の強い信頼に心温まる思いだ。

これからも頑張ろうと言う気持ちにさせられる。また今度、発展しているであろう村を見に行こうと心に決めた。

「少年、どうだった?」

屋敷のエントランスで手紙を読んでいたレンの傍に、ヴァイスが足を運んだ。

「両親も俺の決断を喜んでくれていました」

「それはよかった。私も少年とお嬢様の受験を応援しているからな」

レンの肩に手を置いたヴァイスの手から、彼の真摯な気持ちが伝わってくるような感覚だった。

レンは嬉しそうな声で「ありがとうございます」と答えた。

次に、今日は帝都に行こうと思っていた旨をヴァイスに伝える。

「ん? 獅子聖庁か?」

「はい。そんな感じです。――――ところで、リシア様はどうしておられますか?」

今日はまだリシアを見ていない。

寝ているのならレンも起こすつもりはないが、起きているなら何も言わずに外出というのもどうかと思った。

「お嬢様なら――――」

「はぁ……はぁ……レ、レン! 待って! 私も一緒に行くっ!」

レンがヴァイスに尋ねてすぐのことだった。リシアは息を切らしながらエントランスへ足を運び、乱れた前髪をそっと整える。

すぐに呼吸も整えはじめ、その慌てた姿を見たレンが尋ねる。

「どうしたんですか!?」

「だ、だから私も一緒に行くのっ! 獅子聖庁でしょ? いまお父様に許可をいただいてきたから、私も行くわ!」

ここに来たリシアの手には、年が明けてすぐに届いた紹介状があった。ユリシスが約束通りリシアのために用意した、獅子聖庁に入るためのものだ。

(やっぱり、リシア様も早く剛剣技を学びたかったんだな)

面と向かってレンが何を考えているか、リシアは彼の微笑みを見て気が付いた。

彼女は少しむっとしつつ、でもこれまで自分が積極性に欠いていたせいであると自覚しながら唇を尖らせる。

「……絶対勘違いしてるし。もう」

「勘違いですか?」

「ううん、気にしないで。レンが悪いわけじゃないから」

彼女はそう言うと、レンの横を通り過ぎる。

レンがヴァイスの顔を見ればヴァイスは肩をすくめ、「獅子聖庁まで護衛しよう」と言った。

ヴァイスはそれ以上のことは言わず、二人のことを見守るに留める。

屋敷を出てすぐ。

庭園を少し進んだ先で、リシアは唐突に振り向いた。

純銀に 紫水晶(アメジスト) を溶かし入れたような髪は今日もその艶やかさが健在で、振り向きざまにふわっと広がる。

少し腰をくの字に折り、レンを見上げた彼女は凛と勝気にレンを見つめた。

「――――私だって負けないんだから、覚悟してよね」

このときのリシアはいつになく可愛らしく、レンは思わず見惚れかけた。

しかし、いまの言葉はいったい?

そう首をひねったレンはどうせ、剛剣技の鍛錬について誤解するだろうとリシアは思った。

でも、いまはそれで構わない。

これから彼を振り向かせられるかは自分次第だろうから。

そして、レンが二人の美姫の恋心に気が付けないのにも理由がある。

おおよそは機微に敏いレンだけど、今日まで色々なことに一生懸命生きてきたレンにはそうしたことへの余裕がなかった。

村や家族、そして二人を守ることにすべてを賭してきたことによる弊害とも言い換えられるかもしれない。

故にこの先どうなるかは、まさに神のみぞ知る話となるのだろう。

先ほどの言葉を口にしてから、リシアは頬を僅かに上気させながらはにかんだ。

すぐに「ほら、行きましょ」と言い、レンとヴァイスに先んじで歩いていく。

その後ろで、

「そういえば少年。少年の荷物をクラウゼルの旧館からこちらに運んでも構わないか?」

本格的に生活拠点を移すことになったいま、レンはもちろん、既にリシアの私物もクラウゼルから運ぶ予定が組まれている。

それにレンの荷物も一緒に運ぼうという話だ。

「大丈夫ですが……手間になりませんか? 何でしたら、今度俺がクラウゼルに戻って自分で運びますが」

「ああ、気にしないでくれ。実はだな――――」

荷物に限らず、クラウゼルに残してきた使用人の中から、レンとリシアの二人と関わることが多かった者たちもこちらに連れてくるとのこと。

だから荷造りに関しては気にせず、甘えてほしいとヴァイスは言った。

「私とご当主様はクラウゼルとエレンディルを往復するだろうが、少年とお嬢様はそうならないだろう。使用人と一緒に、イオのことも連れてくる予定だぞ」

「何から何までお気遣いいただいてしまってすみません」

「気にするな。我々にとっても、少年がお嬢様の傍にいてくれること以上の安心はない」

話の後でレンの目が上に向けられる。

上といっても空ではなく、このエレンディルにおけるシンボルの一つである大時計台だ。大時計台の針はちょうど朝の八時を指し示していた。

そのことに気が付いたレンの耳に、朝の八時を知らせる鐘の音が届いた。

「ほんとに大きいですよね、アレ」

レンの声にリシアが反応する。

少し先を歩いていた彼女がレンの隣にやってきた。

「レンは知ってる? あの時計台って魔道具なのよ」

「え? そうなんですか?」

リシアはレンが知らなかったことに頬を緩めた。

普段のレンは大概のことを知っているから、彼に教えられることがあって嬉しかったのだろう。

「ここからは見えないけど、大時計台には屋上には庭園があるの。そこに 大時計台の制御装置(、、、、、、、、、) があって、帝都とエレンディル周辺を守ってるんですって」

「守るってことは、魔導兵器とかそういう物なんですか?」

「ううん。大時計台が兵器とかってわけじゃなくて、強い魔物をこの辺りに寄せ付けない効果があるそうよ。七英雄の一人が魔道具職人だったって話は知ってるでしょ? あの大時計台も、その人が作った魔道具なの」

「おー、道理で俺のような凡人には理解できない効果だったわけですね」

冗談半分の言葉を聞き、リシアが「変なこと言わないの」と朗笑。

「動力源の魔石も、常にSランク級の魔物のものを使ってるの。その魔石は数十年に一度交換するんだって、お父様が言ってたわ」

ただ、大時計台に限っては帝城の管理にあるそうだ。

魔石の入れ替え作業にレザードはまったくかかわらないと言う。

「ちなみに、最近交換したのっていつ頃なんです?」

「もう何十年も前になるかしら」

「ってことは、そろそろ交換する時期ですね」

「うん。レンが言う通り、 次の夏頃(、、、、) に交換するみたい」

(おお……もうすぐなんだ)

つづく話の中で、ヴァイスからどのようにして屋上へ向かうかも聞くことができた。

その答えは単純明快。頑張って階段を使うしかないそうだ。

――――この日、獅子聖庁に出向いたリシアははじめて剛剣技に触れた。

彼女を気遣ってか、獅子聖庁に勤める女性の騎士が相手を務めた。彼女ははじめての剛剣技を前に、その強さを身を以て理解したのである。

騎士たちは口々に言っていた。

リシアの才も間違いなく稀有なそれである、と。

◇ ◇ ◇ ◇

もうすぐ二月になろうとしていた頃、レンは例によって慣れた足取りで帝都に足を運んだ。

この日は帝都の本屋に行って、勉強に必要な参考書を何冊も購入した。

コートを着ていると少し暑かったから、帰りはボタンを外して歩いていた。

(どうしよっかな)

このまま帰ってもいいと言えばいいのだが、まだ日中なのだし別の店でも覗いて帰ろうかと迷ってしまう。

そうしている間にも、レンの足はある区画へ向かった。

向かった先は種別を問わず多くの店が並ぶ区画で、老若男女問わず多くの人で賑わっていた。

ここは帝国士官学院からも、そう遠くない場所だ。

レンが先日フィオナを送った際の道も、すぐ傍にある。

紙袋に詰め込まれた参考書を片手に抱きながら帝都を歩いていたレンは、そこでおもむろに足を止めた。

気になる光景に対して、「あれ?」と呟いて立ち止ったのだ。