軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

漆黒の騎士たちと。【後】

つづく日は日の出すぐに屋敷を発ち、獅子聖庁を目指した。

昨日の疲れはとれていないけど、思いのほか楽になっていたから安堵する。このくらいで休む気にはなれず、レンは昨日以上のやる気に満ち満ちていた。

早朝にもかかわらず、獅子聖庁には昨日と同じく騎士がいた。

今日のレンは帝都に着いてすぐエドガーと合流して獅子聖庁に足を運んだため、昨日と違いまっすぐ中に入った。

吹き抜けが広がる最奥の訓練場に足を運べば、昨日と同じ大柄な男が居た。

「随分と早いな」

「まだまだ修行中の身ですから、できるときに頑張らないといけませんしね」

「良き心構えだ。若い正騎士たちにも聞かせてやりたい」

若い正騎士全員がそうと言う意味ではないが、と男は添えて言う。

「正騎士になったことを終着点と思う者も少なくない。我ら騎士の在り方を問いかけたくなる情けなさは、まさしく心にできた贅肉だ」

あくまでも流派を問わず、ということである。

あまり聞くことのない話を楽しそうに聞いていたレンは、男に倣い訓練のために身体をほぐしていく。

同じく、先に獅子聖庁で待っていたエドガーが言う。

「本日は私と昨日の復習をしてから、時間があれば誰かと実戦を交えて技術的な指南をいたします」

「エドガー殿、であれば昨日と同じく私が付き合おうか」

「おや? よいのですか?」

「ええ。今日の私は非番ですので、時間を気にせずお付き合いできますからな」

「それはありがたい。でしたら是非」

この男は昨日、自身が剣客級である旨を示唆していた。

相手にとって不足はない。レンも多くを学べると思えば強い者との立ち合いは歓迎だし、そこにエドガーの指南が加わるとあらば望むところだ。

十数分後、支度を終えたレンはエドガーと昨日の復習に取り掛かる。

冬の暗かった朝の空が、少しずつ少しずつ明るくなっていく。エドガーは理論を伴わない実戦に勝ちがないと考える者のため、復習は丁寧に時間を掛けて進められた。

――――そんな日々が二日、そして三日とつづく。

とうとう年が明け、それでもレンは剛剣技の鍛錬に没頭した。

リシアと対魔物訓練に勤しむ予定もあったが、彼女とレザードが貴族としての仕事をこなすため余裕がなくなってしまったため、互いに都合が良かった。

エドガーはユリシスの執事のため、常にレンの傍にいられたわけではなかったけど、レンはこの獅子聖庁で剛剣使いたちを相手に腕を磨きつづけた。

ある日の朝、レンの様子を見に足を運んだエドガーが「……ふむ」と髭をさする。

「気づかれましたか。エドガー殿」

一人の騎士が彼の傍に足を運び、そう言った。

「レン様のあのご様子は、いつからですか?」

「昨日からです。レン殿は毎日、身体が動かなくなるまで懸命に取り組まれておいででして、何か閃きを得かけているところのようです」

「道理で、ご様子が違ったのですね」

獅子聖庁の騎士にとって、レンは排除すべき敵ではない。

だが訓練と言えど彼らは剛剣を用い、つまり纏の力を駆使してレンと立ち合っていた。剛剣を受け止めつづけるレンの身体はとてつもなく消耗しているはず。

なのにレンは、決してくじけることなく取り組みつづけていた。

「……まさか本当に、纏いを会得するのではないかと思っております」

「不思議ではありませんよ。先日皆様に披露したレン様の資質に加え、努力を厭わぬ人となりを鑑みれば、何らおかしなことはありません。ただでさえレン殿は、はじめてここに足を運んだ日以来、鍛錬を積み重ねて来たのですから」

「ええ。剛剣を受け止めつづけることで、身体もその感覚を覚えつつあるでしょうからな」

するとエドガーは、騎士の言葉を聞いてすぐ踵を返した。

レンに何か助言することもなく、獅子聖庁を出るべく歩き出す。

「エドガー殿、レン殿と話されなくてよいのですか?」

「ええ。いまは私が声を掛けない方がよいかもしれませんので」

エドガーは訓練場の中心で剣を振り、剛剣を受け止めつづけるレンの姿をもう一度見て頬を緩めた。

大粒の汗を浮かべ、剛剣を前に膝をついたところで猶も猛るレンに楽しみを覚える。

いま、レンは何かを掴もうと必死なのだ。

そこに声を掛けて邪魔をするようなことは、できなかった。

◇ ◇ ◇ ◇

年が明ける前から計算して、ちょうど十日目のことだった。

時刻は朝の八時を回ろうとした頃、腕時計を見たエドガーが「そろそろですね」と言う。

この日、エドガーは終日レンの鍛錬に付き合う予定だった。

彼は他の騎士と訓練に勤しんでいた大柄な男に声を掛け、復習を踏まえた今日の立ち合いをするよう頼んだ。

立ち合いは、以前と同じようでどこか違った。

レンは相変わらず相手の膂力と剛剣技の強さに苦難していたが、彼の動きは見違える。身体に疲れが残っているも、硬さがない。剣閃に宿る余裕が巨剣の衝撃をいなしていた。

「……ほう!」

これには男も驚かざるを得ず、ニヤリと笑った。

レンには以前と違い巨剣の受け止め方に僅かながら余裕があって、重心も落ち着いていた。たかが十日程度でこれほど成長したのかと、男は愉しげにしていた。

やがて、昼食の直前になってから。

何度目かわからない鬩ぎ合いの中、巨剣を振り下ろされたレンがその力をはじめて真正面から受け止めた。

(――――いまのは)

わからない。

さっきまでと違い、自分はどうして巨剣を受け止め切れたのだろう。

受け止めたレンは理解が追い付かなくも、感じた衝撃が身体の芯から生じたものではなく、手元の――――それも指先に限られたものであることに何かを理解できそうな気がした。

また、エドガーは感嘆を覚え唇の端を緩めた。

相対していた男は「遂にか」と呟いた。

レンはそこでふらっと身体を揺らした。これまで息をつく暇のない訓練をつづけていたことで、身体が休憩を欲していた。

「そこまでです。レン様、つづきはご昼食の後にいたしましょう」

「え、ええ……わかりました」

レンは立ち合いの相手を務めていた男に礼を言い、エドガーに連れられて訓練場を後にする。獅子聖庁には食堂がないため、外にある店に行くため獅子聖庁を出た。

「なぁ」

レンの相手を務めていた男の元を、別の騎士が尋ねて声を掛けた。

「最後のって、もしかして」

「……ああ」

やってきた騎士に対し、大柄な男が自身の手を見せた。

その手は僅かに震えを催している。

巨剣を受け止められた際、逆に覚えさせられた違和感だった。

彼らがそんな話をしているなんて知る由もなく、レンはエドガーに連れられながら口を閉じ、じっと考えていた。

獅子聖庁内を進む自分の足音を聞きながら、どこか遠くを見つめながら。

彼を案内するエドガーは、声を掛けようとしなかった。この沈黙の一秒一秒が、レンにとって成長に至る財産であると知っていた。

二人の間で交わされる沈黙は食事中も、そして獅子聖庁に戻ってもほとんどの時間でつづけられた。交わした言葉と言えば、食事をする際に注文したり、獅子聖庁に戻ることを話す際に限られたほどだ。

――――会話らしい会話をできたのは、午後の訓練がはじまってから三時間が経ってからだった。

午前中の復習を経て、また大柄な男との立ち合いに臨んで。

午前中に感じた何かを追っていたレンが、ふとした瞬間に感じた熱。

身体の奥底、剛剣技を受け止めた際に生じた衝撃を感じたときに似た強さが、今度はレンの手元から生じた気がした。

……指先が、剣を握る手に何かが満ちたのだ。

「扉を、開けましたか」

二人の立ち合いを見守っていたエドガーが呟き、レンの様子に変化を確認しつつあった他の騎士たちも固唾を飲んで見守る。

訓練場の中央で剣を振るレンがおもむろに動きを止め、立ちすくむ。

それを見て、相手を務める大柄の騎士もまた黙りこくった。

(……)

何度も巨剣の一振りを受け止めていたレンの身体が、とんと落ち着いた。消耗していた筋肉が激しい脈動を抑えて、溜まりに溜まっていた熱がすんと消え去った。

訓練用の剣を握るレンは、小瓶の中にある水晶玉を割った日のことを想起した。

手元が、指先が、激しい消耗に見舞われていた全身から疲れが消えた。

本当はその消耗が消えたわけじゃないのだが、いまのレンは、はじめての感覚である種の万能感を覚えていた。

「もう一度、お願いできますか?」

レンが男に頼んだ。

これまで静かだったレンが唐突に話しはじめてから、一層の変化が皆の目に映る。

彼の目が、午前中までのそれと違った。

ひどく落ち着いていた彼の双眸に、以前エドガーが獅子と称した言葉の一端を見た気がした。

「ああ! 参ろうかッ!」

男は無意識のうちに、巨剣を握る手に膂力を込めた。

男は無意識のうちに、全身をより一層滾らせていた。

これまでよりずっと疾く、鋭い一振りをレンの頭上から振り下ろす。

待ち受けるレンはゆったりとした動作で、でも刹那に剣を構えると言う矛盾を披露して、その場で巨剣を受け止める。

「な――――ッ」

剣と剣がぶつかり合い、響き渡る耳を劈く強烈な音。

それを受け止め切ったレンの手元は、午前中以上に微動だにしていない。

逆に、巨剣を振り下ろした男の方が微かに後退した。

剣を持ち換え、今度はレンが男に向けて腕を振る。

「はぁぁあああああッ!」

「ぬ……ぐぅ……おぉおお……ッ!?」

男がレンの一振りを受け止めた、その刹那だった。

空を揺らす衝撃波が、男とレンの間から吹き抜けいっぱいに広がった。

男はカラン、と巨剣を地面に落とした。

いつの間にか額に浮かんでいた汗を地面に滴らせると、息切れた呼吸を整えながら白い歯を見せ、笑う。

「エドガー殿……ッ!」

「ええ。まだ手元に限られるようですが、末恐ろしい限りです」

何というものを見せつけられただろうか。

エドガーはやがて、拍手をしながら歩きだし、自分の手を見ながら呆然とするレンの傍へ足を運ぶ。

「おめでとうございます」

すべては唐突なそれではない。

今日に至る月日を剛剣技の訓練に費やしたレンの努力が実を結んだのが、この瞬間であっただけのことだ。

そこには間違いなく彼自身の資質も関係している。

エドガーの剣戟を経て、この日までの立ち合いを経て。

遂に感覚を掴んだ彼はいま、成った。

「いまでこそ両手に限られておりましょうが、また幾ばくかの月日を経て、貴方様は全身に纏うことでしょう」

「じゃあ、これが……」

「はい。その感覚こそ、まさしく」

猶も自身の手を見つめるレンへ、エドガーがずっと口にしたかった言葉を告げる。

「――――レン様は今日より、剛剣使いでございます」

剛剣使い、レン・アシュトン。

まだ剣を握る手のみではあるが、彼は練り上げた魔力をその手に纏っていた。

この日、彼は遂に剛剣使いとして一歩を踏み出したのである。