軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

僕は怖いので帰りたい 中編

「ムチャクチャだ……デタラメにも程がある……」

揺れる馬車の上、呻く僕に対し、ミオ様は涼しい顔をしていた。

宿屋での攻防戦――それはあっという間の出来事だった。初撃でパワーワードをぶちこんだミオ様。激しく動揺する宿屋のおかみに、下手な嘘を重ねたりせず「詳しく話せない。とにかく学生証を見せろ」の一点張り。おかみが差し出すと、「少しの間、お借りします」と穏やかに強奪し、即退却という素早さである。

「別になにも、嘘などついていませんよ」

そんなことを言いながら、ミオ様は帽子を脱ぎ、代わりに村娘らしいボンネットと、丸眼鏡を装着した。もちろん、普段の彼女は眼鏡なんか掛けていない。

「探偵は警察と違い、公の機関でもないし資格も不要。名乗ったもん勝ちの職業です。実際、私はこういった捜査を旦那様の命令で行うこともありますから、もとよりプロの探偵だったといっても良いでしょう」

「良くないと思います。それに事件だのなんだのって何ですか!」

「事故死した男爵令嬢が生きているかも知れない、大事件でしょう。カリナ・バートンが関係している可能性もゼロではありません」

「何ひとつ接点ないでしょ!? 名前もさっき、学校で聞いたばっかりだし!」

「接点がない、という調査結果は出ておりません。調査してませんから」

なんという強引な理屈。えっ、ミオ様って前からこういう調査の仕方してたのか? 大丈夫かこれ、法に触れない?

今更怖くなってきた僕に、ミオ様はクイっと伊達眼鏡を持ち上げて、

「安心して下さい。大嘘をつくのは、これからです」

なにが安心なのか。そしてこれ以上の嘘って一体?

「トマス、ここからは下手に騒がれると本当に困ります。わたしが何を言ってもポーカーフェイスを貫いて下さい」

「ううっ、事前に台本の打ち合わせをさせて下さいよう」

「そうはいきません、現場に応じて詭弁を弄していますから。あなたももう少し、臨機応変にお願いしますよ」

「分かりました、ずっと黙ってます」

「そういえばあなたも、シャデラン男爵には一度お会いしてますね。特徴のない顔だし、私服なのでだいぶ印象は違うと思いますが、一応名前を変えておきましょう。ヘンリーとかでいいですか?」

「……今すぐ帰りたい……」

「全部終わったら、生卵を奢りますよ」

「なんでそれでチャラに出来ると思ったんです?」

そんな馬鹿話をしながら、馬車は進む。

用水路はやがて小川になり、小麦畑は途切れ平原となる。何も無い砂利道をさらに進むと、丘の上に、シャデランの屋敷があった。

身長の倍ほどもある鉄の柵に、左右に果てしなく続くかのようなレンガ塀。

門の前で馬車を降り、僕は思わず、感嘆した。

「でっかい……想像してたより全然立派なお屋敷じゃないですか」

「そうですね。――あの通り、管理が行き届いていませんが」

ミオ様の指さす方に目をやって、眉をひそめる。

錠が壊れたらしい、錆びた鉄塊が門にぶら下がって、開きっぱなしになっている。門番も番犬もいない。僕たちは何に遮られることもなく、そのまま門をくぐり侵入した。

いいのかなーとビクビクしている僕に、ミオ様はあっけらかんとしたもので。

「前に来た時もこうでしたよ。だからこっちは裏門なのかと疑って、逆に裏門のほうへ回ってしまって――」

「――ちょっと! なんだいあんたたち!」

不意に、鋭い声が飛んできた。ビクッとした僕を隠すように、ミオ様が背に庇う。六十がらみの女が、こちらに向かってつかつか歩み寄ってくる。

シャデラン家の侍女だ……!

「何の用? どなた? 商人? なら裏門の御用聞き口へ回りな。いったい何の用でここに来たの。誰? まさか借金取り? だったらあたしに言われたってわかりゃしないよ!」

うっ。勝手に侵入したことを怒っているわけではないようだが、なんだかすごい剣幕。話しにくそうなひとだ。

たじろぐ僕にミオ様は視線で「黙っていろよ」と念押しし、侍女のほうへ向き直る。そして、両手を顔の横まで上げて、フリフリ振った。

「わーっなにー? びっくりしたぁ。えーっ、私カリナ。門が開いてたから入ってきたの。こっちは婚約者のヘンリー!」

絶叫しそうになるのをギリギリでこらえた。

侍女の顔から、すうっと毒気が抜けた。警戒を解き、それでも怪訝そうに、ミオ様の顔をじろじろと見る。

「……なんだ? あんた本当に誰だい」

「だから、カリナだって。あのね、マリーちゃんの、学校でのお友達!」

またぎょっとすることを言うミオ様。

だが、侍女の反応のほうに、より驚かされる。

侍女は、鼻で笑ったのだ。

「友達? ははっ、いるわけないだろ。あのずたぼろ娘に」

一瞬、ミオ様の背中から赤い炎が上がったように見えた。が、ミオ様はまたパタパタと手を振って、明るい声で、答える。

「マリーちゃんとは、王都で知り合ったの。私が働いている店に来てくれて、アレッもしかして去年学校ですれ違ったひとじゃない? って。それで意気投合しちゃって」

「……王都で……。まあ、確かに今、あの娘は王都にいるらしいけど……」

「それでね、私が里帰りするって言ったら、お使い頼まれたんだぁ。ねえお姉さん、マリーちゃんのお部屋に通してもらえる?」

侍女は何か、ものすごく面倒くさそうな顔をした。が、ここで問答するのはそれ以上に面倒くさいと判断したらしい。手に持っていたホウキを適当に投げおいて、

「はいはい。案内するから、ついといで」

「……入っていいのですか?」

「うん? あんたが入れろっていったんでしょうが。変な子だね」

侍女は心底不思議そうに言うと、建物に沿って歩き始めた。あれ? 屋敷の中へ入るんじゃないのか?

とりあえず黙って付いていく。

シャデラン家の侍女は、名をタニアといい、この家に仕えて四十年。もともとは、先代男爵夫人の髪結い師として雇われたのだという。この家のことならば男爵よりもよく知っていると豪語した。

本当に我が物顔で、男爵家の中庭を縦断していく。

シャデラン邸は、本当に広い。L字型の屋敷は広大な庭園を孕み、端から端まではけっこうな距離だった。……だが、なんとも寂しい景色。かつては薔薇が咲き乱れていたのだろう、アーチやラティスには枯れた蔓草がぶら下がるのみ。花壇と呼べる物は、噴水周りの一角だけ。それも夏の雑草に埋もれて、 萎(しお) れている。全く世話をされていないようだった。

僕は、花には興味がない。だけどマリー様のことを思うと無性に悲しい。園庭の世話は主に彼女がやっていた、つらいけどやりがいのある楽しい作業だったと、笑顔で語っていた彼女――オベリスクからだらりと垂れ下がる枯れ草を、ミオ様が指先で掬う。

「……前に来た時はもう少し、色々と咲いていたんですけどね……」

「しょうがないだろ、世話をするひとがいなくなっちゃったんだから」

ムッと不機嫌な声で、侍女が吐き捨てる。自己弁護の逆ギレ、ではなく、本当に他人の陰口をいう口調だった。たまらず、僕は口を出す。

「あなたの仕事じゃないんですか?」

「は? あたしゃ男爵家の侍女だよ。夫妻とご子息の身の回りの世話が仕事。それだって四人ぶんをあたし一人でやってんだ、屋敷の管理まで手が回らないね。前庭の掃き掃除だってサービス」

「でも――マリーさ、ちゃん、も。男爵家の娘さんで。間違っても使用人なんかじゃないでしょう」

「ああ。でもしょうがない、自業自得なんだよ。あの子は可愛くないからねえ」

ミオ様に止められなかったら、侍女の背中を蹴り飛ばしてしまうところだった。

侍女はそのまま中庭を縦断し、屋敷の隅っこで足を止めた。小さな井戸と扉がある。鍵のない小さな扉を、侍女はノックもせずにいきなり開けた。どうぞ、と導かれて、中へと入る。

……? ここは……倉庫、だよな?

薄暗い、小さな部屋だった。農具や掃除道具、段の欠けたタンスや足の取れたベッドなど、壊れた家具が詰め込まれている。意外と清潔にされてはいたが、物が多すぎて見通しが悪い。

向こう側の壁にまた扉があった。あちらは屋敷につながっているらしい。隅には大きなデスクがあり、その周りだけがスッキリ整然としていた。几帳面に角が整えられた紙の束、しおりの挟まった分厚い本……。

ぞくっ、と背筋が寒くなる。まさか、ここが……男爵令嬢の……。

「もとはね、あの娘の部屋も、ちゃんと屋敷の中にあったんだよ」

侍女の声が、蜘蛛の足のように僕の耳に侵入してくる。

「でもあの娘は要領が悪くってねえ。料理は代わり映えしないし、洗濯や繕い物は汚れるよりも遅くって。いつまで経っても仕事が終わらないから、ここで寝起きし出したのさ。道具も揃ってるし、井戸や台所、畑や厠も近いからね。ああ、自分で言い出したんだよ。あたしらが虐めたと思うんじゃないよ」

ミオ様は、声色を変えなかった。ただサラリと問うた。

「どうして、彼女はそんなに働かされているの?」

「だから、あの娘が可愛くないからさ。嫁の貰い手がない女は仕事をしないと。あたしだってそうしてんだ」

「では、いつから彼女は可愛くなくなったの?」

妙な問いかけだと、僕も、侍女も思った。マリー様が生まれるずっと前から仕えていたこの侍女は、ごく当たり前のように、回答した。

「そりゃぁ――もちろん、生まれつきでしょ。アナスタジア様と比べて、生意気で小賢しくて、可愛げのない……。

それでも、サーシャ様は可愛がっていたようだけどね。今はもうあの娘をヒイキにするひとなんかいないよ」

サーシャ。初めて聞いた人名だった。ミオ様のさりげない解説を期待したが、彼女は酷く険しい顔をしていた。鋭い眼差しに、僕の方が震え上がる。侍女に何かを言おうとした――その時。

不意に、扉が開かれた。やはりノックもなく、なんの気遣いもなく突然に。

屋敷の方から飛び込んできたのは、五、六歳ほどの男の子だった。

「マリーおねえちゃん!?」

叫んだ拍子に、天使のような金髪がフワッと揺れる。期待で紅潮していた頬は、僕らの顔を見てスッと冷めた。そして、

「誰だ、おまえ達は。そこで何をしている」

そう言ったのは少年ではなく、後ろに控えた中年男――シャデラン男爵家の当主、グレゴール・シャデランそのひとだった。