軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【閑話 僕は彼女と旅に出る】②

一般侍従の部屋はそんなに広くはない。交代制で夜勤のある僕ら門番は一応ひとり部屋ではあるが、その分狭くて簡素だ。ベッドとクローゼット、小さなテーブルの他は何もない部屋に入ったミオ様は、どこに座るか一瞬悩んだらしい。辺りを見回して、結局壁にもたれて立っていた。華というより置物のようである。どの道、あんまり馴染んでいない。

僕が自分のベッドに腰かけるのを確認してから、ミオ様はほんの少しだけ、溜め息を吐いた。

……ん? ミオ様、もしかして疲れている……?

そう思ったが、確認するより前にミオ様は話し始めた。いつも通り、感情のこもらない静かな声で。

「どうして城門にいなかったのですか。今日のあなたはこの時間、勤務中と記憶しておりましたが」

「ええ、まあ。一応、この間の怪我の療養ってことで」

「……そうでしたか。お休みのところを訪ねてしまって、申し訳ありません。痛みますか」

珍しく、優しいことを言われた。僕はわざと大きく首を振って見せた。

「全然大丈夫ですよ。それよりミオ様、僕に何か……」

「状況の説明をします。まずこの服装ですが、気にしないでください。ただ着替え損ねただけですので」

「どこかで仮装パーティーでもあったんです?」

「気にしないでください」

「はい」

僕は素直に頷いた。気にしないでくれと言う言葉が、聞かないでくれって意味だと初めて知った。僕が口を挟まないでいると、ミオ様は端的に状況説明を続けてくれる。

「ノックを 額(ひたい) で 行(おこな) ったのも、大した意味などありません。今は少しでも手を休めたかっただけです」

「……手を?」

僕の問いかけに、ミオ様は両手を挙げた。ギョッとして目を見開く。ミオ様の肘から手首までが包帯でぐるぐる巻きになっていたのだ。さらに包帯の中には何か補強の板が入っているらしく、異様な形になっている。

僕は驚きのあまり思わず手を伸ばし、彼女の腕を掴もうとした。すぐにハッとして慌てて引っ込め、空中でバタバタ無意味に羽ばたく。怪我をしているミオ様のほうがいつも通り冷静で、僕だけがバタバタしていた。

「ど、どうしたんですかそれ、怪我⁉ なんでっ⁉」

「ご心配なく、ただ骨にヒビが入っただけです」

「大怪我です!」

「折れてはしていません。一晩中腫れ上がってましたが、もう治まりました。あと二、三日もすれば完治するでしょう」

「普通しません大怪我です!」

「それまで添木をしているので、曲げられなくて不便ですが」

「安静にしててください大怪我です! ミ、ミオ様がそんな怪我をするなんて、一体何があったんです⁉」

言いながらも、頭の中では「誰にやられた?」と問うていた。

だってミオ様が、うっかり転んでこんな怪我をするなんて考えられない。誰かに攻撃されたんだ。それも武器を持った人間に、骨が傷つくほどの強い力で。

僕の背中に冷たい汗が流れる。

「ま、まさかこの間の連中と関係が……」

「それについても詳しく説明します。ですが、まず先に――」

そう言ってから、ミオ様は周囲に視線を配り、数秒間黙り込む。

――ん? 何だろう、この反応。

ミオ様はもともと、口数が少ない。僕達のような侍従相手には、基本、業務上必要な連絡事項を伝えるのみだ。しかし今日のこの沈黙は、彼女が無口で不愛想だからとかではなくて……言いよどんでいる、という感じがした。

……なんだ? ミオ様が僕に言いにくいことって?

やがて、彼女は口を開いた。いつもの通り、単刀直入に感情のこもっていない声で。

「あなたにお願いがあって参りました」

「え…ええっ?」

「私を、助けてほしいのです。トマス」

出てきた言葉に絶句する――。

ミオ様……今なんて?

助けて、って言った? 僕にミオ様のことを――それって……どういうことだ?

呆然とする僕に、ミオ様はふっと笑った。

どこか自嘲気味な、あんまり見たことがない微笑みかただった。

「そんなに大げさにとらえないで下さい。なにか特別なことをしてほしいわけじゃありませんよ」

「……じゃ、じゃあなんですか? 自分で言うのもなんだけど、僕、たいして役に立てることないですよ」

「そうですね。大抵の場合においてあなたがいるとむしろ邪魔です」

はっきりきっぱり、しれっと、ミオ様。ひどい。

僕は肩を落としたまま呟いた。

「まあミオ様、僕より圧倒的に強いし、おひとりで何でもできますもんね……」

「……そうですね。でも、それだけでは限界があった…それを、私だけがわかっていなかったんです」

ミオ様は自嘲気味に笑って言った。

「自業自得です。誰に求められたわけでもないのに勝手に動いて、なんの収穫もなく、この 様(ざま) です」

吐き捨てるように言って、包帯の巻かれた手を睨む。

僕はその様子で、彼女の身に何が起きたのかピンと来た。

「もしかしてミオ様、この間の兵隊を追っていったんですか」

「おや、あなたにしては察しがいいですね」

ミオ様は本気で驚いたような顔で言った。いちいち余計な一言が付くなあ。

「ご想像の通り、私は彼らに接触を図り、そして反撃を喰らいました。一時撤退を余儀なくされたあと、闇に潜みつつ再び追跡を続行しました。追いかけたのは国境までですが」

「国境……ってことは、あいつらオラクルまで帰って行っちゃったんですね」

「帰ったと言うと語弊がありますね。彼らはディルツ人でしたから」

……へ? さらっと、唐突に出された新情報に目が点になる僕。

ついていけない僕を置いてけぼりにして、ミオ様は言葉をつづけた。

「複雑さが増しましたが、彼らがオラクルで『異国人』になるのは朗報です。いくらオラクルの民族衣装で取り繕っても、長く接していれば異国人だと必ずバレる。オラクル国内にディルツ人がいるのはごくまれですから、彼らは酷く目立つでしょう。追跡はかなり容易かと」

「じゃあミオ様、これからまた奴らの行先を追うんですか? その怪我で?」

ミオ様は頷いた。

「傷ついたのが腕で良かったです。足だったら旅ができないですからね」

「そ、そんな無茶な」

僕は戦慄した。この人やっぱり痛覚がないんじゃなかろうか。

それにさっき「何の収穫もなく」とか言ってたのに、たっぷり情報掴んできてるし。彼女は本当に、僕には理解できない世界の住人である。

しかしそこで、ミオ様は困ったように眉を顰めた。

「平民である私は、上級貴族の承認無しで国境を超えることはできません。いったん旦那様に報告しようと思いグラナド城に戻って来たのですが……どうやら行き違いになってしまったようですね」

「なるほど……じゃあ他のひとから許可書をもらわなきゃいけないんですね。リュー・リュー様だったら今、リサ様の子守で城内にいらっしゃいますよ。なんなら僕が伝えに――」

「リューには秘密にして。許可なんか出ないし」

キッパリはっきり、ぎくりとするほど強い口調で、ミオ様は言った。思わず言葉を失う僕。

ミオ様は一度、大きく溜め息――いや深呼吸? をしてから、顔を上げる。そして僕の顔をじっと見つめた。

「不運を嘆いていても、仕方がありません。私は少しだけ、難しい旅をしようと思います」

「はあ……」

「その旅に、付いてきて欲しいのです。お願いできませんか、トマス」

まっすぐに僕を見つめて、ミオ様はいう。いつものミオ様――侍従頭からの業務指示ではなかった。これは懇願だ。ミオ様は僕に、お願いをしに来たのだった。

……なんで僕に? と、しばらく困惑していたけれど、やがて落ち着いて考えるとちゃんと納得できた。

「その腕ならたしかに、馬車を操縦したり身の回りのサポートをする者が要りますね。僕ならちょうど休暇中ですから、そのくらいのことならお伴しますよ」

「それもですが――本当に、ただの願掛けです。なんとなくですけど、そのほうが色々とうまくいくような気がしましたので」

「……へ?」

またもや想定外のことを言われ、ぽかんとする僕に、ミオ様はにっこり笑った。

「お願いします、トマス」

なんとなく――本当になんとなくだけど、初めて見る彼女の心からの微笑みのように見えた。