軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

高貴な方々との作戦会議……です!

ディルツ王宮。言わずと知れた、王族たちの住む宮殿。

もともと軍事城塞であるグラナド城と違い、王族たちの住居と社交を目的とした建物はひたすらに優美で豪華だった。柱に施された繊細な 彫刻(レリーフ) を眺めて、わたしは思わず、ホオと溜め息をついた。

なんだか硬い石床ではなく雲の上を歩いている気分。心がフワフワして落ち着かなかった。

そんなわたしの様子に気付いたのか、隣を歩いていたキュロス様が足を止めた。私の顔を覗き込むようにして、尋ねる。

「緊張しているのか、マリー?」

「え、ええ……少し」

「王宮に来るのが初めてではないよな? たしか国に帰ってきた時、陛下にご挨拶を」

「は、はい。それに記念式典の時にも何度か。でも、こんなに奥まで来たのは初めてです」

わたしは答えた。王宮は、まず手前に式典や王族会議を執り行う巨大な広間があり、続けていくつかのサロン、客室、執務室が配置されている。わたし達のような来訪者は、これらの部屋だけで用事が済む。

さらにその奥は、王族の私室、いわば日常生活スペース。ここに出入りできるのは専属の侍従の他は、特別に許可を受けた者しか入れない。たとえば学生時代からの親友とかね。

キュロス様の歩調には躊躇が無かった。心なしか、いつもより歩く速度が遅い気はするけれど、きっとわたしに合わせてくださっているのだろう。ひとりの時にはきっと、もっとスタスタと進んでいるんだわ。

「キュロス様は通い慣れてらっしゃるのね」

「ルイフォンの部屋だけはな」

そう言ってから、キュロス様は首を振った。

「だから俺も、これから行くところは初めてになる。さすがに……緊張しているよ。君と同じように」

苦笑いをしながら、呟くように言う。その言葉の通り、彼の声にはほんの少し、緊張しているのが感じられた。

石床の廊下をまっすぐに進み、やがて、大きな扉に突き当たる。扉のそばには武装をした紳士が居た。王家専属の筆頭侍従なのだろう、わたし達が近づくと無言のまま一礼し、扉を開いてくれた。

大きな部屋だった。だけどこのメンバーが集まる場所としては小さすぎるかもしれない。

わたし達以外、みなすでに着席していた。彼らの前で、キュロス様は今まで見たことが無い深さの礼をする。

そして一番奥に鎮座する、一番小柄な老人に向けて。

「キュロス・グラナド公爵、並びに妻マリーが参上いたしました。お待たせいたしまして、深くお詫び申し上げます。国王陛下……」

「――ほほっ。良い、良い。そんな畏まらんでも良い」

ディルツ王国で最も尊い人物はそう言って、丸みのある手をパタパタと振った。

「それに今日用事があるのはワシではなく、息子のほうだろう?」

そう言って、隣に座る青年を視線で差した。

王に名指しされ、青年は戸惑ったように視線を揺らす。

これと言って特徴のない青年だ。中肉中背、少しくすんだ銀髪を肩の近くまで伸ばしている。

リヒャルト・ニールセン・ディルツ――このディルツ王国の第二王子であり、そして現在は、第一王位継承者としてこの席に座っている。

彼は一度小さく嘆息してから、やがて、視線を上げた。青い瞳がわたし達をまっすぐに見つめる。

「……では、おれがこの場の指揮を取らせていただく。まずは二人とも、無駄な緊張を解いて席に座ってくれ」

わたし達は用意されていた椅子に腰かけて、もう一度深く一礼をした。

儀式的な挨拶を交わすこともなく、リヒャルト様はは手元の紙束を一度、パンと叩いた。それから一枚ずつ広げ、わたし達の前に並べていく。

「先日、おれの元に届けられた書状は、全て目を通させてもらった。もちろん、この地図にも」

そう言って、一枚の紙をコツンと指先で突く。

小さな紙だった。子どもの落書きとも図形ともいえそうな簡素な絵。黒色のインクでいくつかの文字も書いてある。わたしは問いかけた。

「あの……やっぱりこれって、地図……だったんでしょうか?」

「ああ、そうだな。あなたには信じにくいだろう。ディルツ王国内にこんな地形の場所はどこにもないのだから」

――そう、ハドウェルから渡された、ブリキのおもちゃの中に入っていた謎の地図だ。

わたしはそれを手に入れて、まずキュロス様に相談した。

キュロス様はグラナド公爵の位を継ぐ以前より貿易商であり、この国の運河を管理する伯爵位でもある。田舎の男爵領で十八年間ひきこもっていたわたしより、王国の地図を見慣れているはずだった。

ところが彼は首を傾げた。

「分からない……少なくとも俺が管理する土地に、こういう地形のものは無かったと思う」

「そうですか……ウォルフガングはどう? 見覚えある?」

有能な執事にも尋ねてみたが、彼もまた首を振った。

「これは、もし知っていても訪ねようがありませんな。ここの書き文字、オラクル語で『火山』とあります。ディルツ国内に現在、火山はありません」

「休火山の可能性もあるんじゃないか?」

「それだと今度は候補が多すぎますな。確定するのは至難の業ですよ」

「……わからん。この場所の地図をマリーによこして、ハドウェルは一体なんのつもりだったのかも」

頭を抱え、低い声で唸るキュロス様。

今度はわたしが首を傾げた。

地図に描かれていたのは川と山のような記号だった。その側には縦長の長方形がひとつ描かれ、その頂点あたりに赤いバツが描かれている。そしてハドウェルからのメッセージ……『たすけて』の言葉。

このバツ印の所に何かがある。ハドウェルがわたし達の力を必要とする、助けてほしい何かが。

それからわたし達は様々な文献をあたりできる限りの地図を読み漁ったが、どうにも絞ることが出来なかった。

キュロス様は天を仰いだ。

「らちが明かない。これはもう、専門家に意見を仰ごう」

「専門家?」

「といってもその道の職人と言うわけじゃないがな。だが俺が知る限り、最も世界の地理を記憶している男だ。本来なら、こんな用事で呼びつけられるような人物じゃないが……まあ緊急事態だ、書状を出して謁見を取り付けよう」

いったい誰のことだろう?

わたしが不思議そうな顔をしているのを見て、キュロス様は自分がじらすようなことをしていたと気付いたのだろう。「すまんすまん」と謝ってから、ふと悪戯っぽい表情をした。

「心配いらない、知己の仲だ。だがさすがに平服というわけにはいかないな。マリーもドレスアップをしなくては」

ドレスアップして会いに行かなければならない人⁉

キュロス様は速やかに書状をしたため、わたしはその間に、とびきりのドレスを手配して……。

返事が届いたその日のうちに馬車に乗り、出発したのだ。ディルツ王都中心部、王族の暮らす宮殿へと。

「――国土の地図というものは。本来、最重要国家機密なんだ」

リヒャルト様はそう言って。地図の一部を指さした。

「五十年前、この国を含む世界の大国同士による長い戦争が終結した。その後は友好な交流をしていくため、それぞれ自国の地図を提供し合い、世界地図を完成させた。……ただし、誰も馬鹿正直にはやらなかった」

「この地図はでたらめということですか?」

「いや、完全なでたらめだったら、自分達も不便だろう? だから暗号を混ぜるんだよ。例えば真ん中で切り分けて反対にするとか。鏡に映すとか。あるいは水に浸すとか燃やしてみるとか」

「そんなっ、それじゃあわたし達は答えにたどり着くことができないわ。一度燃やしてしまったらもう終わりだもの」

わたしが思わず大きな声で言うと、リヒャルト様はニヤリと笑った。

「それでこそ暗号だ。だが、この地図は違うと思う。これをあなたに渡した人間は、あなたに解読してほしいと願ってやまないのだから」

「じらすのをやめて、答えを教えてくれ。もう分かっているんだろう?」

キュロス様が促すと、リヒャルト様はさらに嬉しそうに笑う。そしてハッキリと言い切った。

「オラクルのイルダーナフ島だ」

わたしは目を丸くした。

「……オ、オラクル国……⁉」

「間違いないと思う。ディルツ国内はもちろん、近隣国でこの条件に当てはまる地形は他にないから」

あっけらかんというリヒャルト様。

「ここ、山のマークの所に『火山』と書いてあるが、これは暗号だ。古い休火山からは鉱石が取れるだろう? 代表的なのは鉄、だから転じて鉄鉱山のことを、火山と表記するんだよ」

「鉄鉱山、ですか?」

「そう、そしてその周辺にうねるように川が描かれているが、これはトロッコ線路。縮尺から考えてそれほど長い線路ではない。そして紙の端に鳥の絵があるだろう? これは海鳥――だから、ここは海上にある孤島ということになる」

コクコク頷きながら、地図とリヒャルト様の顔とを交互に見つめるわたし達。

「ええと……ということは、ここは鉱山がある小さな島ということ?」

「そう。そしてこんな地形はディルツ王国領土には無い。これはオラクル南部の離島イルダーナフ島だ」

「まさか、現地に行ったことがあったのか?」

キュロス様の問いかけに、まさかと首を振る。

「おれも現地に行ったことはない。だがこの大陸で火山はそう多くはないからな。近隣国の鉱山は大体覚えているよ」

さらりとおっしゃるリヒャルト様。いやいやそんな、簡単に言うようなことではないわ!

リヒャルト様は、王太子ライオネルの実弟でありながら側仕えのように扱われていた。

ライオネルが思うままの 政(まつり) を行うため、情報収集を一任していたのだ。

そういえば、以前グラナド城に訪ねてこられた時も、建築物や地理についてお詳しい様子だったっけ。彼はわたしが思っていた以上に、この国の頭脳であったらしい。

すごい……。わたしは心の底から感心しながら、リヒャルト様のお顔をまじまじと見つめてしまった。

そんなわたしの視線に気づいて、リヒャルト様は少し頬を紅潮させた。

「そ、そんなに大げさな反応を、しないでくれ。そのっ、初めからディルツかオラクルだろうって絞れてたしっ」

「でもすごいです」

「すごくないっ。ほ、本当に暗号は簡単なものだったんだ!」

「それは、確かにそうらしいな」

キュロス様が頷き、地図を手に取った。

「俺も仕事柄、自分でも作ったり他社のものを目にする機会がある。それと比べれば確かにこの地図は、土地勘さえあれば簡単に読み解ける暗号だ」

「じゃあやっぱり、ハドウェルさんはわたし達をここに呼び寄せるために、この地図を……」

わたしが呟くと、キュロス様は神妙な表情で頷いた。

「……本気で助けを求めている、ということだろうな。あるいは罠か」

そこで、口を挟んできたのは国王陛下だった。ふくよかな手をヒョコっと挙げて、

「キナ臭いのう。どういった事情か、ワシらにも詳しく聞かせてくれんかね?」

「はい……実は……」

わたしとキュロス様は交互に状況を語った。

オラクルからやってきた、ヤンとハドウェルという二人組のこと。彼らのせいでグラナド商会は難しい局面に立たされたということ。

そして街で出会ったハドウェルから、おもちゃを渡されたこと、中に入っていたのがこの地図であること。その時、ヤンとハドウェルは不仲のように見えたこと……。それも、補佐役であるはずのヤンのほうがハドウェルに強く当たっているような。

二人の様子を思い出しながら伝えると、リヒャルト様は腕を組み、ウームと唸った。

「それじゃあその地図は、ハドウェルがヤンには内緒で預けてきたメッセージということで……ハドウェルは、何か告発をしたいんじゃないか? この場所に、ヤンが不正な商売をしている証拠がある、とか」

「そこまで断定はしかねるがな」

キュロス様は厳しい顔で言う。

「俺は、正直言ってハドウェル自体を信用していない。ヤンと不仲だろうがなんだろうが、あいつがマリーを詐欺にかけようとしたのは事実なんだ」

「ではこの地図は罠だと?」

「……それも、断定はしかねる」

「結論を聞かせてくれ。助けに行くのか、行かないのか」

「…………決めかねている」

低い声で唸り、それきりキュロス様は口を継ぐんだ。

リヒャルト様はそれ以上、キュロス様を追及しなかった。代わりに視線をわたしのほうへと移す。

「マリー嬢はどう考えている?」

「えっ。わ、わたしは……わたしも、キュロス様とほとんど同意見です。この地図が、わたし達を誘い出す罠である可能性はゼロじゃない……って」

「ふむ。キュロス卿よりはハドウェルを信じるほうに傾いているようだが」

「は、はい。正直その……ハドウェルさんは、あまり、悪い人には思えなかったので……」

わたしの答えに、その場にいた男性三人ともが複雑な表情をする。わたしは慌てて首を振った。

「で、でも、これはただのわたしの主観、甘い考えだとはわかっていますから! それにもし仮にこのメッセージが真実で、ハドウェルが心から助けを求めていたとしても、わたし達には関係ありません。地図を解読しようとしたのはあくまで一つの情報収集目的というか、罠にせよ彼らと接触できる可能性があるなら、何か有利に使えるかもしれないってことで――これまで彼らに何をされたか考えれば、助ける義務はないと思いま――思って、いました……」

思わず、だんだん語尾が弱くなっていく。当然、リヒャルト様は見逃してくれなかった。

「今、気持ちが変わったと?」

「……はい。今……どうしても、気になることができてしまいました……」

そこで言葉を詰まらせて、口をつぐんでしまう。リヒャルト様は、わたしに続きを促さなかった。キュロス様も、なんと口火を切っていいのか悩んでいる様子。

誰もが口にするのは憚かれる……そんな空気の中、口火を切ってくれたのは、ずっと黙っていた国王陛下だった。

「イルダーナフ島とは、ライオネルのセカンドネームと同じじゃの」

それによって、場の空気がさらに凍り付いたけれども。