軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

俺は楽しく仕事する②

フラリア王国の姫君、クローデッドは恥ずかしそうにもじもじと、小さな肩を縮こまらせていた。

「……あ……あの……ちゃんと、お会いする、のはハジメマシテ……です。わたくしはクローデッド・アメリ・マリア・ガブリエル・クリストレイク・オーギュスタン・リンドバーグ・シモン・エル・ド・ラ・フランシス……」

「公の場以外ではいちいち 正式名称(フルネーム) を名乗らなくても大丈夫だぞ、ディー」

「は、はいっ、わかりましたですリヒャルト様!」

「おれのことも、いつになったら様が取れるのだか」

「きっ、気をつけますリヒャ――じゃなくてリッキ、様、ああああ」

リヒャルトの隣で悶絶しているフラリア王女。その顔は真っ赤に染まっている。それを、リヒャルトは微笑んで見つめていた。

……なんだ? この二人、どういう関係だ?

やけに親密で、まるで恋人同士のように見えるが、まさか、もしかして。

俺は思わず背後のウォルフガングに助けを求めたが、彼も首を振った。少なくとも国際ニュースで公式発表はされていない、ということか。

俺はとりあえずリヒャルトと向かい合う椅子を引き、席に着いた。

「殿下、なぜこのようなところに」

「もちろん、貴殿に用があって来た。港で人探しをしていたら、ここを定宿にしていると聞いてな」

「……私に御用とは。それに警護らしいものも見当たりませんが、なにかやんごとなきご事情でも」

「まず殿下はやめてくれ、一応お忍びだ。リヒャルトで良い。ついでに敬語も、グラナド公爵に傅かれるほど第二王子は偉くない」

「……では、リヒャルト。俺に用って?」

訪ねると、リヒャルトはまた小さく笑った。どこか恥ずかしそうに、ほんの少しだけ頬を染めながら。

「実は、彼女と婚約したんだよ」

「彼女? えっ、姫と!?」

思わず大きな声が出る。リヒャルトは慌てて俺の口をふさぎ、人差し指を建てて「静かに」と命じた。

「大騒ぎしないでくれ、これはまだ国家機密なんだっ」

「す、すまん、もう叫ばない。いやしかし、ええ……婚約……。それはそれは、おめでとうございます……?」

俺は視線だけでクローデッドをチラと見た。姫は真っ赤に顔を染め、もじもじと全身をくねらせて、俯いている。一方リヒャルトは軽く笑って、

「そんな鯱張るようなものでもない。いわゆる白い結婚というやつだ。見ての通りの年の差、姫はまだ幼く、互いに異性とも意識していないから」

……そうだろうか? 今の一言で、クローデッド姫は涙を浮かべて小刻みに震えだしたのだが。

「正直、そうでなければこうして並んで座ることなどできない。おれが女性恐怖症――もとい苦手なのは、貴殿も知ってるだろう」

それはその通りだが……。

クローデッド姫はたしか現在十四歳。社交界デビュー前ではあるが、政略結婚ならば適齢期の範囲だ。年の差もさほどでない。彼女の年齢は、リヒャルトの女性恐怖症が発症しない理由にはならないのでは? むしろクローデッドに心を許してしまったあとで、リヒャルトが理由を後付けした気がする。

白い結婚もキッカケに過ぎないのでは? その可能性に、俺はニヤリと笑った。慌てて口元を隠したが、一瞬リヒャルトに見られてしまったらしい。「何がおかしい?」と怪訝そうな顔をされた。それはまた面白い。いつか彼が、彼女の想いに気付く時が来るだろう。その時どんな反応をするのか、俺は覗いてでも見てみたかった。

そうかそうか、あのリヒャルトにも相手が……なんだか感慨深い。出来の悪い弟の就職が決まったような気分だ。リヒャルトは俺より年上の、王子だが。

「なんにせよ、めでたいことだ。それで、俺に用事とはその報告に?」

促すと、リヒャルトは俺の背後のウォルフガングをチラと見た。視線の意味を察し、ウォルフガングは静かに去る。あたりに人気が無くなってから、リヒャルトは手で口元を隠し、ボソリと言った。

「先日、次期国王が内定した。おれだ」

「…………それはそれは。本当に国家機密じゃないか」

「ああ、一応、表向きはまだ長兄ライオネルが王太子ということになっている。仮に弟に下るとしても、ルイフォンが筆頭候補だと多くの民は考えているだろう。おれは三兄弟のみそっかすだからな」

そう言うリヒャルトの声に卑屈な響きは無かった。

「そうであるうち……こうして世を忍んで出歩けるうちに、貴殿と話がしたかった」

「グラナド城に来てくれたらよかったのに」

「悪いがそちらの侍従は信用できない。最近、スフェイン貴族の手の者に潜入され、夫婦関係まで荒らされたところだろ?」

しれっと言われ、俺は肩をすくめた。なにが三兄弟のみそっかすだ。この男の情報収集力は、なるほど次期国王に指名されるわけである。

そうでなくても、俺はリヒャルトが次期国王に最もふさわしいと考えていた。ルイフォンにはもう、騎士団という居場所があるしな。一国の王の重責を背負う友人が心配でもあった。

そして長兄、ライオネルはもう――この国に帰ってくることはないだろうから。

「兄弟と違い、おれは元来、国王の器ではない」

リヒャルトは静かに言った。

「兄のように、ただ立っているだけで人を傅かせるカリスマ性も、弟のような華も無い。おれにあるのは小賢しい知恵と知識だけだ。そしてこれからの時代必要不可欠な、金を稼ぐ力は……外部から仕入れるしかない」

「……それって、グラナド商会を国に取り込みたいってことか?」

俺が言うと、リヒャルトはニヤリと笑った。

「いやいや、とんでもない。ただの商品発注、お得意様の一つに国庫が加わると思ってくれ。そちらにとってノーリスクの儲け話だよ」

「ノーリスクなわけがあるか。国からの注文となると、莫大な数量だろう? 船も倉庫も、人員も大量に増やすことになる。そのあと取引中止にされたら大赤字だ」

「心配無用、そのあたりの投資は国が負う」

「…………国の資材を借りる、ということか?」

「ああ、ちょうど国内には仕事を求める者が溢れている。技術の発展により、労働力が余っているんだ。特に昔ながらの職人や力自慢の人夫がな。彼らを国が雇い、グラナド商会に派遣しよう――格安で」

「なるほど、それが真実の狙いか」

俺が言うと、リヒャルトも「バレたか」という顔で笑った。

次期国王の狙いとは、つまりこの公共事業――失職者への就労斡旋だったのだ。

戦後、ディルツでは工業が飛躍的に発展した。科学技術によって、非力な女性、素人の少年でも効率的に生産できるようになった。それは良いことばかりではない。これまで稀少扱いされてきた手仕事の価値が落ちた――端的に言えば、職人が稼げなくなった。ディルツは今、失職者の増加が深刻化しつつある。

「皮肉なものだ。科学が発展し国が豊かになるほど、貧しい民が増えていく」

リヒャルトは肩をすくめて苦笑した。

「貧民を放置すれば治安が悪化する。しかし国庫から出せる支援金にも限りがある。それに過保護に支援すればますます就労意欲を削いでしまい、復職から遠のいていく。悪循環だ。民に『仕事を作る』のは、国政として絶対必要なんだよ」

「……それは、俺も領主として理解する。しかし無作為に誰も彼も雇い込むわけにはいかないぞ。誰にでもできる仕事ばかりじゃないんだ」

「もちろん、そのへんは精査をして配員させていただく。どうしようもない奴は遠慮なくクビにしてくれ。国が護る。最終的に、福祉の対象人数をなるべく減らせたら良いのだから」

……なるほどな。

課題は多いが、悪い話ではない。商売としても、領主としても、リヒャルトの提案は受け入れるべきと思えた。

詳しいことはウォルフガングや、各所の責任者と相談しながら決めることになるが。

俺が頷くと、リヒャルトはホッと大きく息を吐いた。

「ありがとう、キュロス卿。……今こうして友好な関係が結べたこと、心から嬉しく思う。貴殿とは少々……色々あったが……」

「俺は商人だからな。益のある相手なら握手をするさ。たとえ恋敵でも」

と、ちょっとばかり意地悪な冗談を言ってやる。すると、

「――恋敵っ?」

リヒャルトの横で、クローデッド姫が唸り声を上げた。あ、しまった。ずっと黙っていたから存在を忘れていた……。

俺は慌てて口をつぐんだが、当のリヒャルトはどこ吹く風、「やめてくれよー」と照れ臭そうに笑いながらも婚約者に笑顔を向けて、

「昔の話だ。卿の夫人、マリー・シャデラン嬢とお会いした時に……」

「り、リヒャルト。その話はまた今度。男同士、酒でも飲みながら話そうじゃないかっ」

クローデッドの肩がぷるぷる震えているのを見ながら俺が言うと、リヒャルトは首を傾げた。

とにかく、商談は成立した。俺は一度席を外し、店主に酒と食事を注文した。すぐに席に戻ると、クローデットが無言でリヒャルトの腕をぽかぽか殴っていた。小さな拳にぽかぽかされて、リヒャルトは「痛い痛い、何?」と怪訝そうにしている。

俺は笑って席に着いた。

ウォルフガングも呼んで、四人で夕食を楽しむ。

さっきのリヒャルトのセリフの通り、こうして新たな縁が出来たことを嬉しく思う。

食事が進み、夜も更けてきたころ。別の場所に宿を取っているといって、リヒャルト達は立ち上がった。

近いうち、また王都で――と手を振って別れる。

屋外へ出る扉を開いたところで、ふと、リヒャルトが振り返った。

さっきまでとは違う、低い声で囁く。

「最近、国営の織物工場に資材が不足している。特に生糸が、全然手に入らなくなった」

「生糸……」

「国内の綿農家が、王都に卸さなくなった。どうやらどこかの企業が買い占めているらしい。できればグラナド商会の在庫を買わせてほしいのだが……」

「……すまない。こちらもなぜか、イプスから衣料品関係の輸入が滞っている。原因が解明するまではあまり在庫を譲るわけにはいかない」

そう言うと、リヒャルトは険しい表情になったが、驚かなかった。どうやらその情報も、彼の耳には届いていたらしい。さらに声を潜める。

「――綿農家の前に金貨を積み、買い占めていったのは、オラクル国の商人かもしれない」

「……オラクル?」

「燃えるような赤毛に、見上げるほどの大男だったそうだ。オラクル人の特徴だろう?」

「……妻も赤毛で長身の、ディルツ人だが」

そう反論すると、リヒャルトはワハハッと軽やかに笑った。

「その通り! 何の確証にもならないし、そちらと同件かどうかすらもわからん。だが情報は多いほどいいだろう?」

「余計な情報に振り回されたくもないぞ」

「そこは自分でよく考えて、取捨選択してくれよ。――情報は兵器だ。うまくやりな、グラナド公爵」

言い捨てて、リヒャルトは宿を出る。

俺は彼に別れの挨拶をするのも忘れ、立ち尽くしていた。なんとなく――とても嫌な予感がしていた。