軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

戦慄の古城②

結局、メンバーはわたしとキュロス様、そしてもちろんリサと、ウォルフ、チュニカ。ルイフォン様は別荘に残って、侯爵の見張りということになった。

トマスの証言を思い出しながら、鬱蒼とした森を進んでいく。

深い森ではあるが、それなりに人間の出入りがあって、細道が舗装されていた。古城はこの細道通り、まっすぐ進めば見えてくるという。

背の高い木々で見えないだけで、古城はすぐ近くなのだ。

別荘からしばらく歩いていくと、やがて川に行き着いた。それほど大きな川ではない。思い切り石を投げれば向こう岸に届くくらいの幅で、深さも船が行き来できるほどとは思えなかった。運河ではなく、自然の河川だ。

「これ、御屋敷の前に流れていた用水路の源流かしら」

「たぶんそうだろうな、すこし上り坂になっているし」

キュロス様はそう答えて、リサのおんぶ紐を確かめてから、桟橋に踏み入った。

橋はまだ新しく、頑丈そうではあったけれど、簡易的だった。手すりがわたしの腰よりも低く、幅も狭くてちょっと怖い。

心もとない手すりをぎゅっと掴み、慎重な足取りでキュロス様の背中に続いた。

「……結構水量がありますね。ここのところ晴れが続いていたのに……」

「ここは窪地になっていて、辺りの土から染み出た水が集まってきているようだな」

さすが、運河を治水し販路を作った貿易商、キュロス様はさらりと、周辺の地形について説明してくれた。

「今はこれでも水位が低い時。ほらあの大きな岩、頭の先までコケが生えている……雨が降れば、あそこまで水位が上がるということだから」

そう言って彼が指さしたのはとても大きな岩で、今の水面よりもはるかに上、この桟橋の床にかぶさるほどの高さだった。

……怖い。シャデラン領でも、水難事故は毎年必ず起こることだった。せいぜい腰までの水位と侮っていると、流れの速さと、踏ん張れない砂利に足が囚われる。底なし沼と同じ、足が嵌まって身動きが取れなくなってしまうのよね。海水と違い浮力も無いから、背丈より水深があるともうどうしようもない。

「頼むからうっかり橋から落ちないでくれよ」

珍しく、キュロス様が厳しい声で言った。

「夏とはいえ、川の水は冷たい。たとえ呼吸ができてもあっという間に体温を奪われ、意識を失うぞ」

「それに、感染症も心配ですわぁ」

チュニカも言った。

「水難事故で一番危険なのはもちろん水死、次いで低体温症による衰弱死ですけれど、せっかく助かったと思ったら破傷風やらなんやらの感染症で後日に高熱を出し、そのまま帰らぬ人に……なぁんてことも多いんですよぉ!」

最後の言葉はわざと大きな声を出して、わたしを脅かしにかかるチュニカ。わたしは素直に「わっ」と驚いてしまってから、「き、肝に銘じます」と言って頷いた。

うんうん、水の事故は本当に怖い。言われるまでもなく冒険はしない性格のわたし。桟橋の真ん中を、足を踏ん張ってゆっくり歩いた。

トマスから聞いていた通り、その建物の周辺は背の高い木々が多く生え、鬱蒼としていた。初夏とは思えない、冷ややかな風が梢を撫で、ガサガサと乾いた音を立てている。木々に遮られ、陽の光がほとんど届かない場所に、巨大な影があった。

古城――というより、石造りの豪邸、と言った方が印象としては近い。

煉瓦と漆喰で造られた、背の高い建物だった。国を代表する城塞グラナド城と比べれば小ぢんまりしているようだけど、こちらも十分大きい。綺麗に住まれていたころは、美しい白亜の城だったのかも。廃墟となってから数十年、蔓植物に覆われ、一部の壁は決壊していた。

……なんか……不気味な雰囲気。

「これはまず外観の修繕が必要になるな」

キュロス様はそう言って、蔓草を取り払った。

古城は全体的に、蔓草と落葉にまみれていた。長い年月ほったらかしにされていたのを、つい最近に人間が入ったのだろう、扉の周りだけが掃除されている。

いかにも重そうな、分厚い鉄の扉だった。錆に覆われ、半ば朽ち果てている。わずかに開いた隙間から内部の闇が見えた。

「鍵は開いているようですね」

ドアノブを引きながら、ウォルフガングが小声で言った。

「入って見ましょう。錆が移るので、皆様は触らないでください。開けますよ」

ぎぎっ……と重い音と共に、ゆっくりと、扉が開く。

闇に包まれていた室内が、陽光によって照らされた。

それでも全然、光量が足りないので、めいめいカンテラに火を灯す。明かりを掲げ、周辺をぐるりと照らして一瞥したキュロス様は、ほうと感嘆の声を漏らした。

「割と綺麗だな? こういう廃墟は落ち葉や木片が散乱して、野生動物の死骸の一つや二つ、転がっているものだが」

「エラが先に来て、掃除していたようでしたからね。あの人、そういうところやっぱり優秀でした」

ウォルフガングを先頭に、わたし達は一歩ずつ、古城を進んでいった。

中は想像以上に広く、立派な建物だった。

アルフレッド・グラナド公爵の功績をたたえるミュージアムにして、スペースの不足はなさそう。だけど何か少し……この建物の作りは、変わっていた。

まずは、大きなホール。普通、このスペースは大勢の貴賓を招き入れるため、何も置かない。せいぜい花を飾るくらいで、だだっ広い空間にしておくのが一般的だ。だけどここはあちこちに、家具らしいものが置かれていた。

天井、壁、窓に破損は無く、雨漏りや床が腐っている様子もない。壁には古びた絵画が掛かったままで、大型の家具らしいものもいくつか残されていた。受付台と向かい合うように、木製のベンチが置かれている。奥には受付台のような机があり、その裏には巨大な棚が天井まで作りつけられている。

わたしは首を傾げた。なんだろう、この作り……どちらかというと教会の、礼拝堂によく似ている?

横にある扉を開いてみると、やはり大きな部屋。シンプルな作りで、なぜか細いベッドが六台ほど並んでいた。

……これだけ大きなお城の城主が、六人家族、ひとつの寝室で寝ていた?

いやまさか、きっと住み込みの侍従用だろうな。それにしてはロビーの真横って、ずいぶん便利のいい場所に寮を作ったものだけど。

まあそういうこともあるだろう、と雑に納得しながら、隣の部屋をのぞいてみる。すると、そっくり同じような部屋だった。さらにもう一つ隣の部屋も同じ。

つまり、ベッドが十八台。

わたしはさらに首を傾げた。

「ここって……城主が都へ移住した後は、ホテルにでもしていたのかしら。それにしては簡素なベッドばかりで、飾り気がなさすぎる気がするけど……」

「いや、もっと血なまぐさい施設のようです」

わたしの背後で、ウォルフガングがぼそりと言った。ギョッとしたわたし達の前に、彼は何か、手に持っていたものを掲げた。

「うわっ!」

「ひっ――」

「あっ……!」

それの正体に気が付いて、悲鳴を上げるわたし達。

こ、これって、焼き 鏝(ごて) じゃないの!?

そう、それはどう見ても焼き鏝だった。

一言で言うと、拷問器具である。棒の先端に金属を付けたもので、炎で先端を熱し、動物の肌を焼く。シャデラン領では昔、家畜の識別用に使われていたらしいけれど、今はそのストレスが肉を不味くするとされ、使われなくなった。現在ディルツで利用されるのは罪人への刑罰――金属部分に刻まれた文様により、犯した罪が分かるよう体に刻まれて、一生罪人と呼ばれ続けるという罰、になっている。それも非人道的ということで、よほどの重罪で無ければ出番はないはずだ。

しかしこれは間違いなく焼き鏝、それも使用感がある。

ということは、まさかここって刑務所? あるいは戦争捕虜の収容所とか……なんにせよ怖い!

わたし達は震え上がった。と、そこへ。

「いやいや、むしろ逆ぅ。それって人を助けるためのものですよぉ」

奥の部屋から、のんびりした声で訂正された。チュニカだ。

彼女は何やら山のように書類を抱えて歩いてきた。いつも通り、ふわふわと機嫌のいい声で、

「焼き鏝は、内科医の治療具なんですぅ。内臓の病気に罹ったひとに、それで傷を作って化膿させれば、体内の毒が出てきて完治するって信じられてましたぁ。もちろん、それはただの膿で、治療どころかただ傷つけてるだけですけどねえ」

「それって、 瀉血(しゃけつ) のこと?」

「ああーそうそう、それと同じ理屈ぅ。アレが流行るよりもうちょっと前の医学理論ですねえ」

「というと、ここは……病院?」

わたしが呟くと、チュニカはニコニコ楽しそうに笑いながら、手に持った本を渡してきた。カンテラを翳して、書面を読む。

小さい字がびっしりと書き込まれた、難しそうな本だった。医療関係の専門書らしい。文章はディルツ語だけど、単語のほとんどが意味が分からない。ところどころ、医学の先進国オラクル語もあった。唯一理解できるのは挿絵、人間の体を描いた絵だけだった。

「これは人体解剖図、というか想像図ですね。間違いだらけですけど、当時は宗教的理由で解剖は禁止されてましたからしょうがない。頑張って考えましたねーって感じですぅ」

……なるほど。確かに言われてみれば、簡素なベッドはいかにも医療用だ。端々に転がっている謎の道具や設備も、古の時代の医療用具らしいと聞いて改めて見ると、それらしく見えてきた。

ウォルフガングも感心したように頷きながら、天井を見上げて呟く。

「となると玄関のロビーは待合室、広い部屋は相部屋の病室ですかね」

「大小さまざまな病室、感染症患者の隔離室、膨大な薬品や資料を補完するための倉庫……という作りか。ミュージアムに転用するのに悪くないな」

キュロス様はそう言って、興味深そうに考え込んだ。頭の中で間取りを想像しているのだろう。やがて、階段へと目をやって、

「ちょっと二階も見てくる」

と、その場を離れていった。

行ってらっしゃいませと見送りながらも、わたしにはひとつ懸念点があった。

たしかに間取りは良さそうだけど、元病院の古城……来客に、不謹慎だって言われないかしら?

刑務所よりはマシだと思うけど、やっぱりたくさんの人が亡くなった土地なんだし……。

わたしの懸念を、ウォルフガングは「わざわざ言わなければ大丈夫でしょう」と言ったけど、チュニカが首を振った、

「いやあ、ダメダメでしょぉ。外国人や、遠く離れた王都民ならまだしも、この『ディッペル城』近隣の町民が知らないわけが無いですもん」

「ディッペル?」

「ええ。サンダルキア地方の古城と聞いて、もしかしたらと思っていたんですけど――今ので確信しましたぁ」

ディッペル城……聞き覚えはないけれど、有名な城なんだろうか。

戦前、ディルツ含め西部大陸の王侯貴族は、競うようにして居城を建てていた。お金持ちならば二軒、三軒。縁も所縁も無い遠方の景勝地にとりあえず建立し、しかし多忙で居住はおろか訪問すらロクに出来ずそのまま放置するという、全く無駄な 流行(ブーム) があったのである。

この小ぢんまりとしたお城の形状から見ても、そういった類なんだろうけど……そんなに有名な貴族のものなら、わたしやキュロス様、ウォルフガングだって知っていそうなものだけど。

そう問うと、チュニカはますますニコニコする。

「うふふ……そうですねえ。一般的には、下級貴族がほんの一時期住んでいただけの無名のお城です。でもココ……知る人ぞ知る、いわくつきなんですよぉ」

そう言って、チュニカは心の底から楽しそうな、イジワルを極めた笑みを浮かべたのだった。