軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

来客がいっぱい

朝ごはんは焼きたてのパンにフレッシュヨーグルト、野菜たっぷりのキッシュ、コーンポタージュスープだった。

相変わらず、すばらしい香りで美味しそう。だけど量や品数がずいぶん減っている。なんというか……人並みというか。まさに、ちょうど一人前。

わたしが見上げると、ミオは微笑んだ。

「適量でしょうか?」

「……はい! これなら完食できるわ!」

わたしは心から喜んだ。食事を減らされて喜ぶなんて、それこそ罰当たりな気はするけども、やっぱり純粋に嬉しいが勝つ。

「ああ、美味しい……」

マイペースで食べ進め、腹八分目で綺麗に完食。まだ余裕のある胃袋で、食後のお茶を堪能する。このお城ってご飯が美味しいけど、お茶も信じられないくらい美味しいのよね。この時間を楽しめることがとても嬉しい。

「お隣、失礼します」

ミオはそう言って、空いている席に腰掛けた。

疑問符を浮かべて眺めるわたしに、ミオは穏やかに、微笑んだ。

「食事中に、他人がそばで立ったままでは気が休まりませんよね。食事中は侍従の仕事がありますが、お茶ならばお付き合いを致しましょう」

わたしは歓声を上げた。

それは初めてこの城に来た日から、ずっと願っていたこと。貴族ならばこれで当然と言われても、わたしには全く馴染みのない状況だったもの。

嬉しい。ミオとお茶してみたいってずっと思ってたんだ。

――今朝、わたしを起こしてくれたのはハンナやイルザではなく、ミオだった。キュロス様はもうお出かけされたのかと聞いてみると、ミオは首を振った。

「担当交代、です。あの二人はとりあえず旦那様のほうに就かせました。……その方が全員にとって良さそうだったので」

ホッ――とした。その感覚で、わたしは自分で考えていたよりずっと、萎縮していたことに気がついた。

彼女らも、わたしと違って伯爵様なら『本物の貴族』だし、お仕えできて本望だろう。ミオの言うとおり、それでみんなが過ごしやすいならその方が良い。

お茶を一口吸ったところで、料理長のトッポが顔を出した。

「失礼します。奥様……トッポは試作品が美味しく出来て、嬉しくなって持ってきちゃいました。お腹に空きがありましたら、お召し上がりに?」

「頂きます!」

わたしが即答すると、トッポは空色の瞳をキラキラさせて、シルバートレイを持ち込んできた。またアップルパイかと思いきや、小さな皿が並んでいる。

お皿の上で、手のひらサイズの白い物体がぷるぷる揺れた。

「ブランマンジェ――アーモンドミルクプリンでございます。牛乳にアーモンドエキスをたっぷり含ませて、ゼリーと生クリームでぷるんっぷるんに固めてみました」

「わーぁ……ほんとにぷるんぷるん……」

「さあミオ様もどうぞどうぞ」

言いながら、トッポはわたしとミオの前にひとつずつ、空いた席にもうひとつ置いて、自分もそこに腰掛けた。

何にも言わず、トッポにお茶を淹れるミオ。

三人同時に、ブランマンジェをスプーンですくって、ちゅるんと一口。

とたん、口の中いっぱいにアーモンドの香り。ミルクの甘みが広がって、濃厚なのに一瞬で溶けて無くなる柔らかさ。

わたしの横で、ミオも目を大きくしていた。

「……おっ……」

「わあっ、コレすご――」

「美味しいーっ! やっぱりトッポの料理は世界一!」

トッポが叫び、お茶をぐびぐび飲む。

「お茶も美味しいー!」

「うん、本当に美味しい! 嬉しいわ。ミオが淹れてくれたお茶、他のひとにも飲んで欲しいってずっと思ってたの。本当に上手よね」

「……そうですか? 別に……リュー・リュー夫人に教わったままやっているだけですが」

いや特別だわ名人だ、そうだそうよと二人がかりでミオを褒める。ミオはやっぱり眉ひとつ動かさないで、そうですかと呟いた。

小さなデザートはあっという間に無くなって、トッポはレモンイエローの眉をハの字に垂らした。

「もっといっぱい作っておけばよかったです。今すぐ作ってきます」

あはは、いつもそうしたほうが良いように思うわ。

本当に作りに行こうとしたトッポを、わたしはふと思い立って、引きとめた。

「ねえトッポ、お城のみんなの分も作るのよね?」

「ええ、そのつもり」

「あのね、ハンナとイルザは牛乳が苦手らしいの。昨日わたしが紅茶にミルクを入れたとき、そんなことしたら何もかも台無しだって言ってたから」

「……ぁ?」

ミオが低い声を出した。

「だから二人のために、牛乳を使わないバージョンって出来ないかしら? だいぶ違うものにはなってしまうだろうけど、アーモンドの香りだけでも美味しそうだし……」

「ふむぅ? んんー、わかりました。トッポ挑戦してみましょう。んんー、アーモンドミルクをたっぷり使って、ココナッツとフレッシュバターで……」

「ありがとう、トッポ」

わたしの無茶なお願いに、真剣に悩んでくれているトッポ。うまくいくといいな。みんながオイシイオイシイって言ってるのに、自分たちだけ食べられないのはつらいものね。

「マリー様……あなたは……」

ミオが呟く。その時、コツコツと扉がノックされた。

誰だろう、今朝はなんだか来客が多い。

ミオが扉を開く。来客は、巨大な木箱を抱えて立っていた。箱の上からほんのちょっとだけ、鳶色の大きな目が覗く。

ひょろ長い体型に鎧を纏った、年若い男性――門番のトマスだった。

「トマス。どうしました? 館のほうまで来るなんて珍しいですね」

「ああミオ様すいません、お、奥様も、朝早く、部屋に押しかけたりして申し訳ないです。コレ置いたらすぐ城門へ戻りますので」

「なんでしょうか。ずいぶん大きな箱だけど……」

「奥様にお届け物です。――ご実家、シャデラン男爵様から」

――えっ?

わたしが受け取ろうと、手を伸ばすより早く、ミオが吠えた。

「――トマス! なぜここへ持ち込んだっ!?」

初めて聞く侍女の怒号。トマスはもちろん、わたしもトッポもビクゥッ! と縦に震え上がった。その拍子に木箱を落とし、足を打ったトマスは悶絶する。木箱は横転し、中身を床にぶちまけた。開封済みだったらしい。

つま先を押さえ、ヒンヒン泣きながらトマスは言った。

「え? え? だ、だって、アレでしょ、シャデランからの便りは、奥様に渡すのは旦那様か侍女がオッケーしてからっていう話」

「分かっているなら何故? 旦那様はまだお休みだし私は検分していない!」

「え? え? え? でも奥様と旦那様の侍女二人が。僕は最初、館に運んできただけで。二人が開けて、大丈夫だから奥様に持って行けって……」

「はあ!? 誰がって!?」

二人が言い争う足下に、箱にあったものが散らばっている。わたしは床に這い、それらを拾った。手伝おうと、屈んだトッポが手を引っ込める。

「なにこれ汚い! 奥様触っちゃだめ! めっ!」

わたしは首を振った。トマス達が踏んで転ぶと危ないし、それは、間違いなくわたしの物だったから。

……泥だらけの手袋。何年もかけて握力で変形した羽根ペン、半分以上減ったインクの瓶。湿って、カビの生えた雑巾。その日やった作業を羅列しかしていない日記帳。

綴じ紐が腐ってしまったのを、そっと重ねておいた古い本……『ずたぼろ赤猫ものがたり』。机の引き出しに大切にしまってあったはずのそれは、無造作に放り込まれていたせいで 頁(ページ) はバラけ、破れ、丸めてクッションにされていた。

一番下にあったのは布だった。もとは生成りの白だったのに、煤と脂と泥に染まって、洗っても落ちない真っ黒なワンピース。穴だらけ、ツギハギだらけ――わたしがずっと着ていた、あのずたぼろの服だった。

「マリー様!」

指が触れる直前、ミオが奪うように拾い背中に隠した。そこからヒラリと一枚、小さなカードが落ちた。ずたぼろ布に包まっていたらしい。拾い上げるまでも無く、そこに書かれた文字は読めた。

『婚約おめでとう。伯爵家で働くのに、必要な物を忘れてる!』

お母様の字だった。

クスクスクス――どこからか笑い声がする。女二人の声だ。ミオはすぐさま布を放り捨て、廊下へ駆け出していった。

三を数えるより早く、「きゃあ!?」「ぎゃあ!」と悲鳴が聞こえる。

扉と、しゃがみこんだままのわたしとの間で、トマスがオロオロと首を巡らせていた。

「ごごご、ごめんなさい、僕、なにか大変なことをしてしまったのでしょうか!? ていうか何ですかコレ」

「奥様、トッポが片付けます。触らないで、大丈夫。全部捨てましょ、竈で焼いちゃう?」

「はい、焼きましょう。この二人も一緒にお願いします」

戻ってきたミオは、両手にハンナとイルザを一人ずつ捕まえ、ぶら下げていた。ぎゃあぎゃあ叫んでいる彼女らを、ぽいっと床に投げ捨てる。ミオの目……普段は澄み切った湖のような水色の、つぶらな瞳が、真っ赤に燃えたぎっているように見えた。