軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【挿話】春の冗談③

夜。

俺の部屋で、そろそろ就寝しようかと寝間着に換えたあたりで、扉がノックされた。「入れ」とだけ返事をすると、侍女が入りこんでくる。

深夜だからか、いつも以上に音もなく。

扉を閉めてから彼女は言った。

「お呼びですか、旦那様」

「なぜマリーに嘘を吐いた? ミオ」

俺の問いに、ミオはしばらく何も答えなかった。

数秒間――彼女にしてはとても長い沈黙のあと、何事も無かったかのような口調でしれっと返す。

「フリューリング・シェルツの話ですね。この度はたいへん失礼いたしました。マリー様に楽しんでもらいたい一心でしたが、少々興が乗りすぎて、意地悪をしたようになってしまったかもと反省を――」

「嘘を吐くな」

再び、ミオは沈黙をした。

その様子で「やはり」と察する。ミオがマリーについた嘘とは、「フリューリング・シェルツという存在があること」ではない。「自分の先ほどの発言は、嘘である」――という嘘、だ。

ミオは、マリーに何か、真実の話をした。それにより、ミオの想定していた以上にマリーが強いショックを受けたのだ。ミオはそこで、話してしまったことを後悔し慌てて訂正した――ただの冗談だと。

だがその「冗談」は、およそ平常のミオが口にしそうにない内容だった。マリー・シャデランは聡明だ。その訂正こそが嘘であり、最初の発言は真実だと見抜いてしまう。そう悟ったミオは、己の記憶の隅っこにあった雑学――異国の文化を持ち出した。今日はこういう、悪趣味な冗談を言って相手を驚かせる日なんですよ、と。

そこまで、俺に見抜かれたことをミオは感じ取っただろう。諦めたように嘆息した。

「……旦那様は、単純なようで掴みどころのないおひとですね。誰よりも騙しやすそうなのに、最終的には真実を見抜く。私もまだまだ修行が足りないようです」

「そういう修行ならしなくていい。……それで? マリーに何と言ったんだ」

「侍女を辞めて、この城を出ていくと」

あっさりと、ミオは言った。

俺は眉をひそめた。だがそれ以上は何も言わず、嘆息する。

――何を言えることがあるだろう。そうか、と頷くしかない。

もちろん、引き留めたい理由はたくさんある。マリーのこと、娘のリサのこと、俺自身の業務や私生活の面でもミオを頼りにしているし、いつまでもそばに居て欲しかった。だがそれはミオが決意を覆す理由にはならない。ミオの人生は、ミオに決定権があるのだから。

俺が無言でいると、ミオはほんのわずかに微笑んだ。

「ご安心ください。あくまで可能性、いつかの未来の話をしたまでのこと。今すぐ絶対に出ていくと決断したわけではありませんので」

「……やはり、リュー・リューのことか?」

「ええ、もしもリュー・リュー様がひとり公爵邸に戻り、領地の運営に携わるとおっしゃったなら、私が支えるつもりです」

それは正直、息子としてはありがたい話だった。当然ながら母親のことは心配だし、元来、公爵領の運営は俺の仕事だった。だが俺はキュロス・グラナド伯爵として、この城を拠点に商会を経営、王都の市場を監督する責任もある。早々にこちらを放り出すわけにはいかない。

現在、俺は名前ばかりの公爵となり、実際の領地運営は、親族や大臣に任せている状態だ。それでもたまには顔を出して、政治方針に問題がないか、赤字経営や不正が無いかのチェックが要る。それをリュー・リューが担ってくれるのであれば、俺としてはとても楽……というのが、正直なところでもあった。そしてそれを、ミオが支えてくれるのであれば、これ以上なく心強い。

だから、反対をする理由がない。ミオを引き留める理由が思い浮かばないのだった。

黙り込んだ俺に、ミオはもう一度、今度は分かりやすく声を立てて笑った。

「今すぐのことではありませんよ。マリー様にも言った通り、しばらくはマリー様のおそばにいるとお約束しました」

「……しばらくは、か」

「そして確定しているわけでもありません。確かにリュー・リュー様は一時期ひどく気落ちされていましたが、リサ様のお世話をし、元気を取り戻されています。あの状態ならば今まで通り、このグラナド城と公爵邸を行き来しながら、明るく領地経営をこなせるでしょう」

「…………そのうちガクッとくる可能性もあるがな。若作りしているが、アレでもいい年だし」

「その時は、その時。私は予告通り、この城を御暇させていただきます」

ミオはそう言って、片足を少し下げた。祈るように手を握って、膝を折り、腰を落とす。

……王侯貴族に対面する際の、最敬礼だった。

「マリー様を悲しませたくはありません。旦那様はどうか、マリー様を大切に……慰めてさしあげてくださいませ」

「もとより。おまえに言われるまでもない」

「坊ちゃんもあんまり無理しないように」

「それこそ言われるまでもない、というかもうそんな年齢じゃないよ」

「私にとっては、いつまでたってもオムツ取れたての可愛い坊ちゃんですので」

「やめろやめろ、わかったからもういい。明かりを消すから出て行ってくれ」

シッシッと追い払う仕草をすると、ミオはクスクスと笑いながら、軽やかに部屋を出て行った。

その笑い声に、なんとなく釣られて、笑ってしまう。俺は笑顔のままベッドに入った。

仰向けに寝転がって……そのままずっと、天井を見つめ続けていた。