軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ごめんなさいを言いに

早朝。白い光が部屋を照らす頃。わたしは娘のリサに、黒いドレスを着せていた。

喪服ではあるけれど、赤ちゃんの服だからフワフワで可愛いベビードレス。その胸元に、真珠のブローチをくっつける。これはイプサンドロスで作ったものだ。ミズホの商人カエデさんがデザインした、冠婚葬祭の式典用である。 普通、真珠はまんまるな形が良いとされているけれど、これは円錐の形――まるで涙粒のようになっている。

真珠には月の涙という異名があるらしい。結婚式など、喜びの舞台においては感涙の涙。葬儀では悲しみの涙として――泣きじゃくっている場合ではない淑女の代わりに、真珠が悲しみを表すのだ。

わたしも真珠のイヤリングとネックレスを着ける。喪服は、いつもよりは華やかで高級感のあるブラックドレス。葬儀とはいえ、喪主の妻ともなればある程度は華が必要らしい。万が一ほつれなんかあってはいけないと、わたしは鏡の前に立ち、全身のチェックをしていた。

「うん、大丈夫そうね……」

その時、こつこつと遠慮がちに、扉が小さくノックされた。あらかじめ約束していた通り、チュニカが髪を結いに来たのかと思い、招き入れる。すると、入ってきたのは小さな少女だった。

「ツェリ……」

わたしは彼女の名前を呼ぶ。ツェリの後ろには彼女の祖父ウォルフガングと、チュニカもいた。だけど彼らはあくまで付き添いらしい。彼らは扉口に立ったまま、ツェツィーリエだけが小走りでわたしに近づいてくる。

ツェリはわたしの前に立つと、ピタリと足を止め、うつむいた。

「マ、マリー」

と、つぶやいたきり、何も言わない。わたしは微笑んで、ツェリの手を取った。

「ツェリ、わたしの髪を結ってくれる? チュニカは娘のをお願い」

はぁいと明るく返事をし、リサを抱き上げるチュニカ。ツェリは弾かれたように顔を上げる。

「いいの? だって今日は公爵様のお葬式で、大切な日でしょ?」

「ええ、だからよ」

わたしはツェリに言った。

「わたしが外国にいた間、ずっとチュニカに髪結いや着付けを教わっていたんでしょう? 帰ってきてからも、お人形を相手に毎日練習して」

「おじいちゃんから聞いたの?」

「うん。でももし聞いていなくても、頑張り屋のツェリなら、そうしてくれると思っていた」

わたしがそう言うと、途端にツェリの目に大粒の涙が浮かんだ。涙粒をこぼすまいと歯を食いしばり、スカートの裾を握りしめて震える。

「マリー……あたし、あたしね」

何かを言おうとしたが、しゃくりあげるのに邪魔されて言葉が詰まる。わたしはたまらなくなって、ツェリを抱きしめようとした。それを拒絶するように、ツェリはポケットから紙きれを取り出し、わたしにグイっと突き出した。ピンク色の封筒だった。

「……これ、お手紙? わたしに?」

コクコクと頷く。けれど、開けていいかを聞いても答えてくれない。扉のそばで待機をしていたウォルフガングが、ここでやっと助け船を出す。

「マリー様への、ごめんなさいのお手紙です。本当は自分の口から言うつもりでしたが、もしうまく言葉にならなかった時のため、念のため用意しておきました。……読んであげてください」

わたしは頷いて、封を開いた。

ツェリはしゃくり上げながら、わたしの後ろに回った。小さな手がわたしの髪を掴み、櫛で梳き始める。

わたしはツェリに身を任せながら、手紙を黙読した。

『マリー。ごめんなさいを言いに来ました。嫌いだなんて言ってごめんなさい。ツェリは嫌な子でした』

手紙はそんな文章で始まっていた。

……ツェリ……。胸の奥がきゅうっと痛くなる。

『ツェリは、本当はいろんなことがしたかった。それがうまくできなくて、ダメになってしまいました。マリーがいない間ずっと、マリーが帰ってきたらいろんなことしてあげたいって、思ってました。毎日抱きついて、おはようって言って、おしゃべりしたかったの。だけどマリーは赤ちゃんをずっと抱っこしててツェリとお話してくれませんでした。だからツェリは赤ちゃんと遊んであげようと思いました。だけど赤ちゃんはツェリの抱っこでは泣いてばかりでした。だから、ご機嫌のいいお昼間に遊んであげようって思ったらエラがおもちゃをとってしまいました。ツェリはマリーに何もしてあげられなくなってしまいました。それが悲しくて悔しかったんです』

「……うん……うん……」

わたしは頷きながら、ところどころ綴りの間違った字を、ゆっくり大切に読んでいった。

『でも、ケンカしたかったわけじゃないの。みんなで仲良くしたかったの。だから、仲直りをしてください。マリー、嫌いだなんて言ってごめんなさい。また仲良くしたいです。よろしくお願いします ツェツーリア』

「うん……うん……」

わたしは、読み終わった手紙を大切に畳み、膝の上に置いて、深呼吸をした。わたしの髪を握りしめ、ポロポロ泣き続けている少女を振り返る。ぎゅっと抱き寄せると、ツェリはわたしの胸に顔を埋め、わあっと声を上げて泣きだした。

「マリぃーいっ、ごめんなさい、ごめんなさい!」

「わたしこそ、ごめんね。ありがとう……ツェリ大好きよ」

「あたしも大好き」

「仲直り、わたしもしたい。これからも一緒にいてくれる?」

「いるぅー!」

女ふたり、抱き合って泣きながら、笑った。

それからツェリは洟をぐしゅぐしゅさせながらも、わたしの髪を、それはそれは見事に結い上げてくれた。リサのほうも、チュニカの手によってピカピカふわふわのお姫様ヘアになっている。

鏡の前で、お化粧の最終確認。ウォルフガングが恭しく告げてくる。

「旦那様はすでに城門の前にいらっしゃいます。このウォルフガングも同行いたしますので、ともに」

「はい。参りましょう」

わたしは頷き、部屋を出て行った。