軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

僕も城を護りたい

「――それで、なんでまた僕が御供に連れられてるんですかね?」

手綱を緩く握り、前を向いたまま、僕はぼそりと呟いた。

その隣に座る上司、グラナド城の侍従頭のミオ様は、景色を眺める姿勢のまま即答する。

「旅は道連れ、私の好きな言葉です」

「またそれっ!? 僕は平和が好きです!」

「本当のことを言うと、他に暇そうな人がいなかったのです。ウォルフガングは国葬と相続関係の事務仕事で手一杯ですし、アダムはまだ若すぎました」

名前の挙がった二人と僕との共通点が何も分からない。

まあ、ミオ様が僕に不親切なのは今に始まったことじゃないし。抵抗しても無駄っていうのも、毎度の話である。僕は諦めて嘆息した。

ミオ様はそんな僕を無視して、やはりしばらく景色を眺めていた。が、遠くに街並みのようなものが見えてくると、突然ぼそりと呟いた。

「旦那様の義兄、ダリオ・アフォンソについて調査をしています。これから訪ねるのは、彼の姉の家。正確にはその夫の持ち家です」

「ダリオ……って侯爵様ですよね。そのお姉さんの夫だと、やっぱり貴族なんですか?」

「侯爵だそうです。現時点で伯爵の旦那様より上級の貴族ですね。雇われ門番の首など、不敬罪で簡単に飛ばすことができるような」

「僕帰るっ!」

思わず御者台から飛び降りようとするのを、後ろ襟首を掴んで引き戻される。……えっ今このひと、男ひとり片手で持ち上げなかったか?

「冗談です。今の時代、国王陛下だって、裁判も無しに死罪にはできませんよ」

「それ裁判で有罪にはなるってことです?」

「ご心配なく。エルヴィン・フックス侯爵は十年も前に亡くなっています。今、屋敷にいるのは未亡人とその子ども達だけですから」

「なんか嫌な予感がするんだけどなあ」

「気のせいですね」

そこまできっぱり言い切られたら、反論の余地はない。僕はいよいよ諦めて、おとなしく御者台へ戻った。

「――本当に本当の話をすると、この町はスフェインとの国境前。戦前は完全にスフェイン領だった地になります。それゆえ文化もかなりスフェイン側に偏っており、ひとによっては言語もそちらの方が得意としているそうです」

「通訳ってことですか? ミオ様もスフェイン語使えたんじゃなかったっけ」

「読み書きと、意思を伝えるくらいならば。ネイティブ同然に会話をするのは無理です。商談や社交界にはウォルフガングが付きますからね」

それは確かに。

よく誤解される……というか僕自身ウッカリ勘違いしてしまいそうなんだけど、侍女とは主人の話し相手、日常生活の癒しになる存在だ。当然、社交界に呼ばれることはないし、もし傍に着いたとしても、貴族同士の会話に割り込むことなどありえない。万能選手のようなミオ様だって、必要のないスキルまで全部覚えているわけではないってことだ。

「それに、トマスの人柄というか、雰囲気ですね」

ミオ様は意外なことを言った。

「あなたのその、いかにも人畜無害な空気感は天性のものでしょう。誰もが警戒心を解いてしまう、まさに潜入捜査にはピッタリの顔です。私やウォルフガングからは、血の匂いがしますから」

またなにかすごく気になることを追加されたけど……それよりも。僕は顔を伏せた。

「……それ、僕は今回、役に立たないかもしれないです」

そう言うとミオ様は一瞬、怪訝な表情をしてから、ああと頷いた。

「そういえば、いつもの明るさが無いですね。エラに、故郷の料理を台無しにされたんでしたっけ? あなたもさすがに腹が立ちましたか」

「いえ……。それは別に……これマリー様には絶対に言わないでくださいね? 僕、本当は彼女に全然怒ってないんです。むしろ――惹かれてしまっています」

ミオ様の眉が半分上がった。

「もちろん、いい気分はしなかったですよ。弟のアダムも本気で怒ってたし、他人に嫌われるのも仕方ないと思います。でもそれがなおさら、自分だけは、嫌ってはいけないと思ってしまうんです。自分なりに一所懸命頑張っているのに、誰からも嫌われてしまう、生き方の下手な彼女が可哀想で」

「自分が守ってあげたくなる、っていうことですか」

「……そうですね。なんか、そう言われたらほんとありきたりなんですけど」

僕は苦笑いでそう言った。

多分、そういう種類のものなのだと思う。

彼女は『良い女』じゃない、だけども――だからこそ自分だけは好意的であろうという自己催眠。自分しかいないっていう思い込み。それが、彼女の涙を見るたびに加速するのだ。

ここ数日、僕が彼女を避けているのはそこからの逃避だった。

ふむ、とミオ様は呟いた。

「私にはそういう、オトコゴコロはよくわかりませんので、何も言いません。それで、どうしますか。やる気が無いならここで引き返しても構いませんよ」

「いいえ、行きます」

僕は言った。

「エラさんのことと、ダリオ侯爵の調査は関係ないし。なんかちゃんと働きたい気分なんですよ。エラさんへの感情って、彼女への優越感とか、支配欲とかそういう……気持ち悪いやつだと自覚があるんで」

言いながら、何を言っているんだ自分はという気になってくる。

でも本当に、うまく言葉に出来ない感覚だった。彼女の良いところなど何も上げられない。見てて不快で、苛つきすらしてくる。そんなに気持ち悪いのに、なぜか、気持ち良くなっている自分がいるのだ。

僕も男女の機微なんてものに疎いけど、これが正常な恋愛関係なんかじゃないのは分かる。だって僕の雇い主、キュロス・グラナドは、妻をこんな目で見ていない。

旦那様は、マリー様の笑顔のために頑張っている。マリー様が傷つくと、自分のほうが悲しそうな顔をして、笑顔を取り戻すために必死だった。執事や侍女、マリー様と性別や年齢が近い従業員にまで自ら声をかけ、どうしてやればいいか相談していた。それで自分ではどうしようもないと悟ったら、頭を下げて言うんだ。「どうかマリーの力になってやってくれ」って。

僕はそんな旦那様のことを、格好いいと思った。自分もそうなりたいと思った。

女性のことを、自分より「下」だからって好きになるような、そんな男でいたくなかった。

唇を噛んで黙り込んでいると、隣からフフッと明るい声が聴こえた。振り向くと、ミオ様が目を細めていた。それから僕の頭をポンポンと叩き、慰めるようにヨシヨシしてくる。

「な、なんです?」

「いえ。あなたがこの城に来てからもう四年、大人の男らしくなったなと思いまして」

「それで頭を撫でるって意味が分からないんですけど」

「すみませんね、私は他に、男子の褒め方を知りませんので」

……なんだかよくわからないけど、とりあえず褒められはしたらしいので、僕はお礼を言った。ミオ様はもう一度にっこり笑うと、機嫌よさそうに御者台に身を乗り出した。

「では行きましょうか。悪の巣へ」

馬車が走り出す。行先はディルツ王国南西の端、スフェイン国境――少し長い旅になりそうだった。