軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

俺は家族を護りたい 【前編】

日は少し前にさかのぼる。

俺は父の国葬に向けて、王宮を訪ねていた。

普段、あまりここに来るのは好きではない。異国人の血が入った人間を、忌み嫌うディルツ人は多い。それが貴族、王族にもなればなおさらだった。

「――と、いうことで。グラナド公爵の位と領地は、アルフレッド・グラナドの遺言により、長男キュロスに引き継がれることとなる」

国中の上位王宮貴族が集う枢機院で、ロイ国王が宣言する。

「また、グラナド商会と呼ばれる財閥も、引き続きキュロス・グラナドが経営する。すなわち現時点での彼の財産、および伯爵位の称号、および、王都中央市場の管理官、および、運河の管理官という公職、および、報酬もまた、継続される。国葬の最終日、公爵即位の儀以降、そこに公爵の資産と権限が付与される。すなわち王国南部の地、および、港町、および、貿易港の使用料、近海の運航税、関税、および――」

国王陛下が読み上げる、「キュロスのものになるもの」の数が増えるごとに、貴族達の顔が引きつっていく。俺はただ黙って、陛下の前に跪いて顔を伏せていた。

……正直、しんどい。公爵の後継としての重責……だけでなく、この視線が気持ち悪い。半分以上は憎悪と羨望、もう半分は、さてどうやって取り入ろうか虎視眈々と狙い、こちらの顔色をうかがう視線だ。床を見つめたまま、俺は密かに溜息をついた。

そんなにウラヤマシイなら、くれてやろうかと、口をついて出そうだった。

自分で働いて得た財産と、伯爵位はともかく、公爵家のほうは惜しくない。俺以外の、もっとふさわしい後継者がいるならば、そちらに譲ったって構わなかった。だがそれがいなかったからこそ、父アルフレッドも妾腹を嫡子に指名したのである。四歳の時から、それは理解して、諦め、覚悟していたことだった。

いいさ、別に。好きなだけ恨め、憎め。なんとでも罵ればいい。

枢機院や社交界の連中がどれだけ陰口を叩こうとも、俺には何のダメージも無い。俺にはくつろげる 城(いえ) があるのだ。

耳の奥、脳に限りなく近い場所に、赤ん坊の声がこびりついている。それはお世辞にも美しい音色とは言えなかったけど、俺には何よりも心地がいい声だった。泣く娘を抱いてあやす時間は、俺にとって癒しの時間だ。癒しと言えば妻のマリー。王宮でのドロドロ視線に辟易しても、彼女の涼やかな声を聞けば浄化される。公務と商売で疲れ果てたとえ一睡も出来ぬなくても、妻子と抱き合えば心は満たされるのだ。

早く帰りたい――そして妻と娘を抱きしめて、一緒に持ち上げてぶん回して、高い高いして……。

「――くん……キュロ――君」

……リサにまた何かお土産を……薔薇を模したコランダムのブローチを買って……マリーに離乳食をあげて、オムツを交換して……。

「――ス君。キュロス君」

くそっ、わが身が一つしかないのがもどかしい………!

「キュロス君っ! いつまでそうしてるんだ、終わったよ!」

鋭い男の声で、俺はハッと覚醒した。慌てて顔をあげると、そこにはもう国王陛下の姿はなく、王侯貴族の姿もすでにまばらだった。そして俺の目の前には第三王子……ルイフォン・サンダルキア・ディルツが、腕を組んで立っている。跪いている俺を、笑って見下ろして。

「ははっ、いい眺めだ。せっかくだからこのまま僕に忠誠を誓いたまえよ」

「誓うかっ!」

叫びながら立ち上がる。……いかんいかん、国王陛下の御前で、うっかり居眠りをしていたらしい。さすがに気恥ずかしくなって、俺は後ろ頭を掻いた。ルイフォンはニヤニヤと笑っている。

「全力でからかい倒してやりたいところだけれども、マリーちゃんとリサちゃんに免じて許してやろう。お疲れ様、パパ」

「からかってるだろそれ」

「まあそう怒らないで。すぐに城に帰るんだろう? 送ってやるよ。戦馬車は足が速いし道も空く」

「横暴だなあ、そのうちクーデターで暗殺されるぞ」

はっはっは、と無駄に爽やかに笑い、歩き出すルイフォン。俺は黙って、彼の後ろをついていった。

実際、ルイフォンの申し出はありがたかった。戦馬車は、うちの馬車より一回り大きく中も広い。この俺の体躯でも横になれるスペースがあるのだ。ルイフォンもそのつもりだったらしく、俺が車室に入るなり、毛布を投げ入れてきた。……助かる。

俺は毛布にくるまり、シートに横たわった。目を閉じようとした時、御者台からルイフォンが話しかけてきた。

「クーデターと言えば、さ。次期公爵の座を狙って、キュロス君を暗殺しようって輩はいないのかい?」

「……世間話にしてはえらく物騒な話題だな」

「いやあ、子育てにかまけてフラフラになってたら、いざって時に危ないんじゃないかと。騎士を何人か護衛につけてやろうか? なんならこの僕が、夜通し枕元に立っててあげよう。子守歌は軍歌でいいかい」

俺に背中を向け、馬を操りながら、軽薄な口調でそう言う。俺は知っている。こういう話し方をする時、この男は本気で他人を心配しているのだと。

俺は礼を言って、軽く手を振った。

「いや、護衛は要らない……もし本当に、あの男が何か狙っているにしても、命を狙うような直接的な手段は取らないだろうから」

「あの男って誰。やっぱり厄介なやつがいるのか」

ルイフォンの問いかけにはもう答えず、俺は今度こそ目を閉じた。

そのまま一瞬で深い眠りに落ちたらしい。次に意識を取り戻した時、戦馬車はグラナド城の門前に到着していた。

揺り起こしてくれたルイフォンに礼を言い、起き上がる俺に、ルイフォンは呆れたように苦笑する。

「やっぱり、いくらなんでも睡眠不足が過ぎるぞキュロス君。君が倒れたら、悲しむのは君の家族だろう」

「それはマリーも一緒だ。娘の親は二人しかいない以上、半分ずつするしかないさ」

俺は即座に言い返した。ルイフォンはさらに不満気な顔になり、肩を竦める。

「他に頼れるひといないの? 身内で子育て経験者と言えば、リュー・リュー様とか」

「母は……今頼むのは酷だろう。ミオもリュー・リューのそばにいる」

「外注は?」

「一応、ひとり……正式にグラナド城で雇っているわけではないが」

俺はなんとなく、言葉を濁した。

期間限定の乳母――もともとは腹違いの姉、ソフィアの侍女だった女、エラ。人見知りの激しい娘が懐くほど、子育てに慣れていた。今まで他の誰でもダメで、正直、俺もマリーも疲れ果てていた中に現れた救世主だった。確かに、彼女は優秀な乳母だった。

……そう、優秀な乳母……実際、かなり助けられていると思う。だが、かすかにちらつくこの黒い予感は何だ?

エラを雇い入れてから、グラナド城の空気が淀んでいるのはなんとなく感じていた。しかしちょうど喪中の時期、それで当然かと流してしまっていた。エラがあまりうまくいっていないと聞いても、さほど心配はしなかった。今まで雇い入れたどの従者も、新人のうちはそんなものだ。老若男女、出自も違う人間が集まれば軋轢は生まれる。それでもうちの従者なら、それなりにうまくやってくれると信頼していた。だが……。

俺が帰ってくると、マリーはホッとしたような顔をする。リサがエラの元にいても、俺の帰還で「助かった」という表情になるのだ。そして時々溜息を吐き、ぼうっと外を見つめている。明らかに心が疲弊していた。エラを乳母に迎えて、ゆっくり休めているはずなのに、だ。何か悩みがあるのか、俺に出来ることはないかと問い詰めても、なんでもないの一点張りだが。

――一見、どうということもない平和な日常。

だが何か……肌がちりつく。まるで城壁の向こうに、鉄の矛を構えた軍勢が息をひそめて身を伏せているような――。

戦馬車がグラナド城の門前に辿り着く。馬の脚が止まり、俺が荷物を掴んだ途端、扉が激しくノックされた。開いてみると、門番のトマスが慌てた様子で、俺の顔を見るなり叫んだ。

「旦那様お帰りなさいませ、ミオ様も先ほど帰城されました。ウォルフガング様から伝言で、急ぎ執務室へと――」

皆まで聞かず、俺は駆け出した。

本当だったらまず真っ先に、妻の部屋へと向かい、労うべき――だが、いやだからこそ、急ぎ確認せねばならないことがある。

俺は執務室の扉を開いた。

「ミオ! ウォルフガング!」

勢いあまってノックを忘れてしまったが、ウォルフガングは俺を窘めはしなかった。代わりに、もっと聞きなれた声で叱責された。

「なんですか旦那様、ノックも無しに……もしもウォルフが麻薬の調合などしているところだったらどうするのです。消されてしまうところでしたよ」

「調合しません。消しません。もしそんなことをするならば、旦那様の執務室ではやりません」

律儀に突っ込むウォルフガング。俺は息を整えるのに忙しく、ミオの冗談を拾わなかった。それより、話を急かす。

「よく帰ってきてくれた、ミオ。……リュー・リューは」

「馬車に乗れる程度には持ち直したので、 城(こちら) へお連れしました。ご本人も、グラナド城に行きたいとのことで」

「そうか。まあ、目の届くところにいてくれた方が安心だ。公爵邸には口さがない者もいるしな……。それで、調べはついたか」

「もちろん。だからここへ来たのです」

ミオはそう言って、手に持った封書を俺に差し出した。俺は中身を取り出し……ほうと感心の声を漏らす。

「――ダリオ・アフォンソの調査書……うまくいったのか!」

「ええ、まあ」

「さすが、と言いたいところだがどうやったんだミオ。おまえ、公爵邸には何年か居住していたとはいえ、聞き込みに答えてくれるような味方はいなかっただろう」

「公爵邸はここグラナド城と違い、有り余るほどに従僕がおります。相手組織が大きければ大きいほど、潜入は容易なんですよ」

「旦那様……ダリオ侯爵のことを調べて、それで彼が何を企んでいるか、分かるのでしょうか?」

ウォルフガングが慎重に進言してくる。

「もしも誰かが旦那様を蹴落とし、次期公爵の位を狙うとしたら、確かにこのダリオしかいないでしょう――というより実際、なにかしら狙っているに違いないでしょう」

「ああ。父が危篤状態になって以降、喪中の今でも、奴の動きは不自然すぎる」

「ですがそれが、彼の経歴に関係あるのでしょうか? そして企みを阻止できるのでしょうか。僕としては、旦那様は他にするべきことがあるように思いますが」

「確かに、その通りだ。だが取っ掛かりが何もない今、思いつくだけのことをしてみた。せっかくミオが公爵邸にいたしな。次の手は、この報告書を見てから考えよう」

「承知しました。差し出がましいことを申し上げ、失礼いたしました」

ウォルフガングは一礼し、一歩後ろに下がった。

俺はデスクに移動して、椅子に座り、書類を膝の上に取り出した。