軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

オグラン

やっぱり、そういうことだったのね!

これで、夜闇に隠された事件の全貌が見えてきた。

最初、現場にいたのは四人。カエデさん、アンジェロさん、ガイドのオグラン、そして雇って三日目の奴隷の男だ。そこにやってきたのが『通りすがりの強盗犯』。奴隷の男の仲間である。

強盗犯はナイフを突きつけ、四人を脅した。だけどそれを恐れるカエデさんではない。アンジェロさんに、返り討ちにするよう命令しただろう。

カエデさんの命令に、アンジェロさんは従った。格闘か刀剣の鞘を使って、手加減はしながらも容赦なく、犯人に傷を負わせた。やはりわたしたちが最初に聞いた悲鳴は強盗犯のもの。この時点ではアンジェロさんは無事だったんだ。

だけどそれは犯人たちの罠。強盗犯と対峙するアンジェロさんに、忍び寄るもう一人の刺客。この計画を立てた真犯人――奴隷の男が、アンジェロさんに襲い掛かった。隠し持っていた刃物を、彼の脇腹に突き立てたのだ。カエデさんの悲鳴はこの時だろう。

そうして二人組のうち一人が荷物を奪い、逃走。もう一人が残って牽制し、時間を稼いでいた。キュロス様が駆けつけたのがこの時――と。

キュロス様はうんうん頷いた。

「間違いない。こうでもしなければあのアンジェロを刺すなんて無理だからな。二人組の強盗犯、一人が潜入し数日掛かりで油断をさせ、虎視眈々と機会を狙う。絶好の機会が来たら、相方と挟み撃ち、と。なかなか手の込んだ作戦だ」

「そうなると、またひとつ疑問がわきますね。その二人はいつ、共犯関係の契約を結んだのでしょう? 日時の打ち合わせも、どこでどうやって? 一人は奴隷として、自由が利かなかったんじゃないですか?」

「確かに。とすると他に、比較的自由が利く第三者……もう一人、共犯者が紛れ込んでいたと考えるのが自然、だな」

と――わたしたちは頷き合って、再び視線をオグラン少年へと向けた。

彼は……特に表情を変えなかった。

本当に、何の話をしているのか分からない、と言うふうに。幼さの残る顔立ちで、きょとんとしている。わたしたちの視線にしばらく刺されるままになり、やがて、ひょいと肩をすくめた。

「難しい話だねえ。ふたりとも、頭いいんだな。オイラみたいな子どもには何を言ってるかも分かんないや」

「……ただの子どもが、奴隷斡旋なんてできるのかしら。スフェイン語も流暢だし」

「このくらい、イプスにはゴロゴロいるよ。ここは観光地で、外国人相手の商売は金払いがいい。オイラたちは金のためならなんでもやる――」

「――ルハーブ島への出稼ぎも?」

わたしの言葉に、今度こそオグランは表情を変えた。

よし、掴んだ。

このタイミングを逃さない。きっと時間を与えたら、彼はまたもっともらしい言い訳を創造し、追及を躱されてしまう。動揺している今、最後まできっちり詰めて捕まえる。この手ごたえを握りこんで離さない。

「……な……なんのこと、オイラは」

「あなた、ルハーブ島にいたわよね? 船の発着場、砂浜の港で海産物やルハーブ土産を外国人相手に山ほど売りつけてたでしょう。タコイカアサリ、大きな海老と、米とレモンはサービスで」

「えっ? えっ、なに言ってる?」

「ごまかしても無駄、わたし記憶力だけは自信があるのよ。おかげで美味しいパエーリャが作れたわ、ありがとう」

「ああっ思い出した! 確かにいたな!」

キュロス様も思い出したらしい。

「ルハーブ島では珍しく、ずいぶんぼったくってくるなと思ったんだ。ルハーブ人は新鮮な魚介類の価値を知らないし、金儲けにもあまり興味が無い。なるほど、イプスからの出稼ぎ商人だったなら納得――ん?」

と、まくし立ててからふと新たな疑問が湧いて、動きが止まった。端正な顔を歪ませて、みるみる機嫌が悪くなっていく。

「……ルハーブで、俺たちと出会ったのは初日。俺たちが滞在したのは三日間だけで、あとはほぼ最短ルートでイプスに来た。……『バルトアンデルス号』は、近海最速の貿易船だぞ。なんで、俺たちとほぼ同日にイプスにいるんだ」

「…………あ……っと……そりゃあ、泳いで……? えへへ」

キュロス・グラナド伯爵は、怒ると怖い。端正な顔立ちに血管が浮き上がると、へらへらしていたオグラン少年はヒィッと呻き、がっくりうなだれたまま、小さく挙手をした。

「…………すみません。倉庫のスペースと、保存食をちょこっと、頂きました……」

「密航は、本来その場で海に放り捨てられても文句が言えない重罪だぞ」

もうため息しか出ない、というようすで、キュロス様は頭を抱えていた。

オグランはきっと、密航も押し売りも手慣れたもので、わたしのことも『よくいる小金持ちの外国人』くらいにしか認識していなかったのだろう。だけどこちらは初めての海外、初めて遭遇した押し売りで、ばっちり記憶に残っていた。バクラヴァ売りの少年が、あの商人だとはその日のうちに気付いていたのだ。

この時キュロス様は寝込んでいたし、今更告げても仕方がないからと、黙っておいたのだけど……まさかこんなに深刻なトラブルにつながるだなんて。

「ごめんなさいキュロス様、これからはきちんとその都度相談します」

「いや俺こそ、立ち聞きした話をマリーに伝えておけばよかった。どうせ真珠の件で式前日には再会できるだろうから、問い詰めてからにしようかと思って」

一通り謝罪合戦をしたけれど、「とりあえず今は横に置いておこう」で意見が一致した。再び、二人でオグラン少年に向き直る。

「――と、いうことで。俺たちはもう、おまえのことを子ども扱いする気が一切なくなっているわけだが。まだ、嘘を重ねるつもりかな」

「…………い……いや……」

オグランはまた何か、言い訳をしようとしたらしい。へらへら笑いながら口を開きかけて、固まった。キュロス様の眼光に、思わず震え上がったのだ。

キュロス・グラナド伯爵の顔は、怒ると怖い。いつもは甘く垂れた眼差しは刃のように鋭くなって、魅力的な緑の瞳も、禍々しいほどに強く輝く。本当はとても優しいひとと知っているわたしでさえも、この時の彼の横顔は、思わずぞくりとするほどだった。少年にはひとたまりもないだろう。呼吸さえ忘れて、顔がみるみる土気色になっていく。

キュロス様はトドメとばかりにゆっくりと、低い声で伝えた。

「――子ども扱いしない、とは、容赦をしないということだ。……今のうち、素直に白状しておけ。そうでなければ今回の事件、おまえが主犯と見做されかねないぞ」

「……主犯って……オイラがあの兄ちゃんを刺すように、あのふたりに言ったってこと⁉」

「疑われて当然だろう? おまえがカエデに、あの奴隷を紹介したんだ。何もかも初めからおまえが計画した通り、と考えたほうが自然だろう」

「そんな計画してない! ほ、本当にオイラは、事件には関わってない! むしろオイラは止めたんだ!」

オグランは叫んだ。

止めた? ではやっぱり彼は、計画を聞いていたということなの?

わたしは彼をじっと見つめる。

「オイラはただのガイドで、奴隷ってのも同じような仕事として紹介しただけだった。あのお嬢様たちが、ただごとじゃない財宝持ってるのも知っていたけど、すげー金持ちなんだな、よし報酬をぼったくってやろうと考えたくらいで……」

「本当か?」

「本当だよ! あんな馬鹿高いもの盗んだら、イプスの警察だって本気で動く。泥棒は死刑だ。殺人も死刑だ! リスクが高すぎる。そうまでしなきゃなんないほど、オイラはせっぱ詰まっちゃいないんだよ!」

ここまで、彼はさんざん嘘をついてきたけれど、この言葉は真実のような気がした。

彼は優秀だ。面白おかしく魅力的な接客で、売買の計算ができて、複数の言語を操り、密航までする行動力がある。彼の先ほどの言葉を借りるなら、『そうまでしなくても生きていける』――オグランが、アンジェロさんを襲ってまで真珠を狙う理由がないのだ。

わたしが頷いて見せると、キュロス様も納得したようで、質問を変えた。

「犯人二人とは知った仲だな? 三人、どういう関係だ」

「……出会ったのは、七つの時。……親が死んで……自分で稼げるようになるまでは、みんなが食べ物や布団を分けてくれた」

「今はおまえが、彼らに食事を分け与えている?」

オグランは一度頷いて、それから首を振った。半分当たり、半分外れということだろう。

「……食べ物をあげるのは、言葉もまだ話せないくらいに小さな子どもたちだけだよ……」

「……大人には仕事を斡旋していた?」

オグランはやはり答えない。

「おまえが、『奴隷』として紹介したのは、自分の仲間だったのか」

オグランは答えない――ただ黙って俯いたまま、唇をかみしめる。

かちかちに強張った頬を、一滴の涙が伝って落ちた。