軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

パエーリャを作ろう!

イサクの歌はまだ続いたが、キュロス様は頭を抱えて、返事をしなかった。わたしはとりあえずキュロス様の背中をポンポン叩き、そっと耳打ちした。

「ルハーブって、島民みんなこんな感じなの?」

「ああ。思い返してみろ、あのトマスの故郷だぞ。覚悟はしておかねばなるまい」

……そう言われてみれば、すんなりと納得する。

ルハーブって、あらゆることでこう……即興で歌い出すところといい、身分っていう概念の無さといい、なんというか。…………自由だ。

キュロス様は苦笑いした。

「まあこれが、ルハーブの良いところだ。彼らにとっては、こちらが神経質なんだよ。郷に入っては郷に従えという、格言に従って慣れていこう」

「わ、わかりました。なるべく馴染めるように、頑張りますねっ」

両こぶしを握って気合いを入れるわたしに、キュロス様は「そういうとこだぞ」とクスクス笑った。

なぜ笑われたのかは分からないけど、宣告通り頑張らなくちゃ。キュロス様の言う通り、常識やマナーは国によって変わる物。郷に入っては郷に従う、これが異文化交流の鉄則だ。

わたしはルハーブのことを、教科書でしか学んでいない。そこには『元スフェインの植民地、ディルツの飛び地領』とだけ書いてあり、文化についてはトマスからの又聞きだ。仲良くなるにはまず知ること、触れること。

わたしは立ち上がり、イサクの前に身を突き出した。

「あっ――あの! 夕飯の支度、お手伝いさせてもらえませんか?」

「へっ?」

疑問符はキュロス様とイサクの両方が上げた。イサクは鳶色の目をまん丸にして、

「お手伝い……マリー様が? うちの厨房で?」

「は、はい、ごめんなさい、非常識なお願いだとは分かってるんだけど……」

本当に、わたしのお願いは非常識だった。本来、貴族は家事をしない――傲慢で怠けているわけではなく、してはいけない。そういう役割分担なのだ。

水場は侍従たちの職場であり、主人がむやみに手を出せば、彼らの仕事が無くなってしまう。すなわち彼らから生活の糧を奪うということだ。グラナド城が特別に異質で、料理長トッポの厚意で入らせてもらっているのである。

わたしは別に料理が趣味というわけではなかったけど、シャデラン家では手に入れられなかった食材を使い、初めての料理に挑戦するのはとても楽しい時間だった。

だけどグラナド城料理長トッポを 以(もって) てしても、スフェイン料理はなかなか、城の食卓には並ばなかった。スフェイン料理最大の特徴である新鮮な魚介類が、ディルツでは手に入りづらかったのだ。

「わたし、スフェイン料理ってほとんど食べたこともないの。それでこの機会に、現地の調理を勉強させてもらえたら嬉しいなって……」

話しながらどんどん恥ずかしくなってくる。やっぱり厚かましいお願いだったか――と後悔しかけたけど、何かを察したらしい、キュロス様がフォローをしてくれる。

「マリーは異文化交流が好きでな。ルハーブ観光のオプションアクティビティとして、やらせてやってくれないか」

「なるほど! いいですよ!」

イサクは満開笑顔であっさり承諾。さっそく厨房を訪ねると、包丁をもった女将が驚いた顔をした。

「どうしたんだいお客さん? 心配しなくても、海老は逃げやしないよ」

「いえ、お邪魔でなければ、お手伝いもさせてもらえないかなって」

「おやそうかい、いいよ! じゃあ海老の殻剥いて」

やっぱり、あっさりと快諾された。

「俺も何かやろうか。味付けなどは分からんが、単純な包丁作業ならキャンプでやるぞ」

と、キュロス様まで腕まくりをしたけれど、わたしは首を振った。

「キュロス様は待っていて。わたしの手料理をあなたに食べてもらうのって、城でもなかなか機会が無かったし」

「そうか? まあ、君がそう言うなら」

彼は頷いて、ついでにわたしの手の甲にキスをし、厨房をあとにした。

その背中を見送って、さっそくわたしは腕まくりする。

――ようしやるぞという意気込みで、わくわくしていた。ああ、ちゃんとお料理をするのって久しぶり。実家にいた頃は毎日家族の食事プラス侍女の賄いまで作っていた。トッポみたいに凝ったものは作れないけど、結構出来るつもりでいるの。

と言っても、ここは異国文化の島。そして献立は女将が考え済みだ。

「まずは何をすればいいかしら?」

女将に尋ねると、彼女は頼もしい肉付きの指で、食器棚を指さした。

「あそこに見えてる、茶色いお皿を取ってちょうだい。ほら一番上の、陶器のやつ。それでパエーリャを焼くんだよ」

「出来たものを盛り付けるのではなく、この器ごと焼くんですか?」

「そう、心配しなくても割れやしない。鉄のフライパンを使う家もあるけどね、テンダーママの味にするにはこの皿で、強火でガンガン焼かなくっちゃ!」

「強火で焼いても割れない陶器……触ってもいい?」

わたしが聞くと、彼女は簡単にはいどうぞと渡してくれた。触った感触はまさに陶器、内側は滑らかにやすりで整えられていて、裏側はざらざらしている。とにかくずっしり重くて、頑丈そうだ。

「その皿に、まずオリーブオイルを塗りたくっておくれ。それからにんにくを入れて弱火にかけて、じっくり香りを出すの」

女将がにんにくを焼いている間に、わたしは海老の処理をしていた。浜で押し売りされたあの海老だ。ついさっきまで生きていたのだろう、とても新鮮で瑞々しい。

「殻の切れ目は、こんな感じで合ってますか?」

わたしの手元を覗き込み、女将は「おっ」と楽しそうにいう、

「オッケー! 硬いところまでしっかり切れてる。お嬢様なのに、包丁を使うの上手だね」

「ふふっ、ありがとうございます。実はわたし、包丁捌きはちょっと自慢なの」

わたしが言うと、女将はなんだか楽しそうに、はははと笑った。

それからも、女将にレシピを教わりながら、指示をもらって調理を進める。

パエーリャという料理は、スフェインの代表的な伝統料理だ。

平たい陶器の鍋にたっぷりのお米、山盛りの海産物を乗せ、サフランというスパイスで味をつけるという。お米の料理もディルツではあまり一般的ではないので、わたしにとっては何もかもが初めて。どんな味になるのか想像もつかないわ。

「魚介の下準備、終わりました」

「それじゃあ鶏肉と一緒に炒めていくよ。ざっくり火が通ったら、生のお米、さらに白ワイン」

女将さんの料理はとても豪快。分量を量ることはせず、手づかみでどんどん材料を入れていく。大雑把に見えるけど、鍋からは一かけらも零さない。

わたしへの指示も端的でわかりやすいの。わたしは彼女に言われるまま、どんどん食材を切り、手渡していく。

白ワインのアルコールが飛んだら、ブイヨンスープを投入。それから海老、サフランを加え、強火で沸騰させる。これで調理は終了! あとはこのまま十五分くらい、放置していれば出来るという。

「魚介の処理に少し手間取ってしまったけど、意外と短時間で出来るものなのですね」

わたしが女将さんにそう言うと、彼女はなんだか誇らしげに胸を張り、

「まあ家庭料理だからね。材料が安くて簡単で、何度食べても飽きないようでなくちゃ」

「家庭料理? こんなに稀少な食材がたくさん使われて、豪華なのに?」

女将は再び、わははと豪快に笑った。

「ディルツのひとにとっては、海老や魚は貴重なんだね。でもうちらにとって海産物は、そのへん歩いてりゃ落ちてるもんだからさ」

それから耳打ちで、食材の原価を教えてくれた。想像していたより百倍も安い。

料理の味は必ずしも材料費と比例するものじゃない――とは、わたしも思っているけど。

……だ、大丈夫かな。キュロス様、美味しいって言ってくれるかな……?

考え出すと、心臓が痛む。わたしは胸を抑えた。唇を噛んで俯いてしまう――その背中を、女将はドンッとどやしつけてきた。

「何不安そうな顔してるんだい! 大丈夫、あんたが作った料理なら、あの旦那は何でも美味しい美味しいって皿まで齧る勢いで食いつくしてくれるだろうさ」

「な、何が何でも食べてほしいってわけではないんですけど……」

「もし文句言われたら、だったら食うなって取り上げちまえばいいのさ。作ってやる側が恐縮せんでよし」

「……そういうものですか?」

「そう、それが家庭料理ってもんさ」

……なるほど。女将さんから知見を得て、わたしは小さく息を吐いた。

パエーリャを蒸し焼きにしている間に、サイドメニューもいくつか作る。

やがてわたしは、出来上がったパエーリャを持って、キュロス様の待つ食卓へ向かった。

キュロス様は、仕事の関係らしい、分厚い書類を手に渋い顔をしていた。だけどわたしがリビングに入った瞬間、ぱっと顔を上げる。

「いい匂いがする! マリーが作った料理のにおいだ!」

「においで誰が作ったかまでわかるものですか!?」

彼は立ち上がると、さっさと仕事道具を片付けた。さらにとりわけ用の小皿を求めて厨房へ入り、料理やカトラリーを手に戻ってくる。彼は何度か厨房と食卓を往復し、給仕に勤めた。

子供たちも同様に、歓声を上げながらもお手伝い。

――ディルツ王家傍系を起源とし、公爵というほぼ最上級の嫡男に生まれた、国一番の大富豪伯爵――そんなことなど、忘れてしまいそうなくらい自然に。キュロス様は機嫌よく、子ども達にまで皿を配り、お茶を注ぐ。

作った人も食べる人も、みんな座って一緒に食べる。まるで身分の上下関係なんか何もないみたい――いや本当にないんだわ。お城で使用人に給仕される食事風景とまったく違う、穏やかな景色。そうか、家庭料理ってこということなのねと、わたしは温かな気持ちで思った。

大家族用の大きなテーブルに、ルハーブの料理がずらりと並ぶ。

パエーリャの他に、ガーリックを擦り込んだ揚げパン、フルーツを使ったサラダ、トマトの冷製スープなど。どれも共通してオリーブオイルが使われている。保存食が発達しているディルツと違い、自然の恵みを生かした料理の数々は、とっても色鮮やかで、食べる前から目で見て楽しい。

子どもたちも大はしゃぎ。

「わぁーい美味しそう!」

「あーっだめ! その海老はオレの!」

「こらあんた達、ちょっと待ちな! 今日はみんな『テンダーさんのお宿』の従業員! お客様が先だよ」

「あっそうかあ、はいお客様、海老をどうぞー」

末っ子の三歳児が、わたしの皿に取り分けてくれる。

「あ、ありがとう……」

まだいまいち慣れないわたしに、キュロス様はクックッと笑う。

キュロス様はディルツ人で、むしろわたしよりずっと高位の貴族ではあるけど、母親含め異国人との交流は広くて深い。異国の文化をすんなり受け入れられる土壌があるのだ。

騒がしい同席者のことは全く気にせず、わたしが作ったパエーリャを、ぱくりと一口。間髪入れずに前のめりになるわたし。

「お、お味はいかがですかっ?」

焦りのあまり、声が半分裏返ってしまった。彼は一瞬驚いたような顔をして、改めてしっかりと味わい始めた。しっかり咀嚼し、飲み下してから頷く。

「うん、美味しい。何の問題もなくちゃんと出来ている」

「本当?」

「味付けはスフェイン帝都のものと同じだな。素材が新鮮なだけこっちのほうが美味い」

キュロス様は、いつものようにロマンチックな褒め方はしなかった。「マリーが作ってくれたなら何でも満点!」なんて甘いことは言わず、わたしが求めた通り、客観的な審査をしてくれた。ほっと胸を撫で下ろしてから、わたしは笑った。

「レシピのメモは取ったわ。ディルツに帰ったらまた作ってもいい?」

「ぜひ!」

今度こそ、彼は満面の笑みで頷いた。

それを皮切りに、子どもたちや女将さん、それにわたしも、一斉に夕食を食べ始めた。やっぱり、どれも素材の味が生きていてとても美味しい!

「こっちのパンも、すごく美味しい。ディルツのものと全然違うわ」

「実際に材料が違うな。ディルツのパンは主にライムギ、こちらはコムギだ。世界的にはこっちのほうがよく使われている」

面白くて美味しい。

せっかくキュロス様に食べてもらうため作ったのに、自分で食べつくしてしまいそう。

いけないなあ、これはよくない……とハラハラしながらも、塩漬けハムをオリーブオイルにくぐらせて、揚げパンと一緒にパクリ。

「ああっ、美味しい……!」

その時だった。

――ドンドンドン。扉が三回、ノックされた。

決して乱暴にではなく、だけど、切羽詰まっているような強さで。