軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

新婚初デートは蜜の味【後編】

――ということで、なぜか追い出されてしまったあたし。

だけどここで素直に従うあたし、ではない。

「行ってきまーす」

と病室を出てすぐドアに張り付いて、聞き耳を立てていた。

……ノーマンとルイフォンは、一体どんな話をするのかしら?

ふたりはもともと知り合いだ。あたしが見ている限り、そんなに仲が悪そうでもない。だけどやっぱり王族とその御用達職人、ノーマンに遠慮があった可能性は高い。

……あの式の前日……あたしが彼との結婚を伝えた時、ノーマンは何も言わなかった。ただ「そうか」とだけ呟いて、自分が伯爵位を戴くこともあたしが養女になることも丸呑みした。

もともとそんなに喋るほうじゃないけど、それにしたって不自然なくらいに無口だった。そして今に至るまで、その真意は謎のまま。

……もしノーマンが、ルイフォンを嫌いだったらどうしよう。この結婚に大反対だったら? あいつと結婚するくらいなら 工房(うち) を出ていけなんて――はノーマンに限って無いと思うけど、工房にあいつを入れるなくらいはありそうで。

ちょっとでもその可能性を減らせるよう、今日という日にはノーマンの好物を山ほど持ってルイフォンを連れてきたけれど……。

ノーマン爺……あたしを追い出して、ふたりきりになるなんてどういうつもりなのっ?

「今日は、いい天気ですな」

ノーマンの第一声は、そんな軽い世間話だった。ルイフォンもさすが社交に慣れているので、ふんわりやわらかく応答している。

「ああ、この時期にしては暖かいね。ノーマンの目が早く完治するといいな。知ってる? この病院、花園のまんなかに建っているんだよ。コスモスが本当にきれいだった」

……だけどあたしにはわかる。ルイフォン、めちゃめちゃ緊張している。いつものにこやかな顔をしながら、背中にダラダラ汗かいてるぞきっと。

ふたりはそうしてしばらく、表面上は穏やかに話をしていた。

このまま当たり障りなく終わるのかな?

もう盗み聞きはいいかな、と思ったそのとき、ノーマンが低い声でぼそりと言った。

「ふたりは今、離れて暮らしておられるのですか」

ルイフォンは、少し悩んでから回答した。

「うん。いずれは一緒に……たぶん王宮で暮らすことになると思うけど。アナスタジアにも仕事があるし、僕も騎士団でやらなきゃいけないことがある。まだしばらくは別々で暮らすと思う」

「新婚早々、別居ですか」

「そういう言い方するとなんか不仲みたいでつらいんだけど、仕方ないかなと」

「……そうですか」

ノーマンはなぜか、深いため息をついた。

「あなたの立場でしたら、今すぐあれの仕事を辞めさせて、王宮に引き込めるでしょうに。殿下の慈悲深さに感謝を申し上げます」

「いや、それは違うよ」

ルイフォンはすぐに、きっぱりと言い切った。

「確かに別居は寂しいけど、彼女の仕事に関してはむしろ、僕の本望だ。もしも彼女が遠慮して王宮に入ると言ったら反対した」

「本望……とは」

「僕は、彼女が好きだから我慢しているんじゃない、一所懸命、自分のやりたいことをやっている彼女を好きになったんだよ」

――扉越しの盗み聞きでは、ノーマンの表情は見えない。だけどきっと、今のあたしと同じだろうと予想がついた。

ああ――そうだ。そういえばそうだった。

この男は、社交界で初めて会った時、あたしに興味を示さなかった。

多分もともと『わたくし』は好みのタイプじゃないんだろう。それはあたしも同じだ。だけど色々とお喋りをして、彼の本質を知っていくうちに惹かれていった。普通の貴族なら鼻をつまんで嫌がりそうな職人仕事を、楽しそうに眺める視線が心地よかった。あたしのことを、カワイイじゃなく、尊敬すると言ってくれた。自分には無い自由を満喫するあたしを妬むでもなく、むしろ応援してくれていた。あたしはそんな彼のことを好きになったの。

ノーマンが、フッと小さな笑い声を漏らす。

「わしは、あの子の実親ではない。だからこそ、老いてくたばるより前に、あの子に残さねばならぬことがある。わしがおらずともひとりでやっていけるよう、職人の技を……意中でもない男にすがらずとも、生きていけるように」

ルイフォンは何も言わない。ただ黙って、ノーマンの言葉を聞いている。

「童話の王子は、娘が働き者であるのに感心し見初める。しかし口説き落とした後は王宮に連れ帰りドレスを着せて、箒など二度と持たせん。

わしは……ふたりが結婚すると聞いた時……アナスタジアの夢が破れると思った。王宮に入れば二度と帰してはもらえぬ、あの子はもう鋲を打てないのだと――わしはもう、その音がきけなくなると思うと、寂しくて、恐ろしかった」

「……それでもノーマンは、二つ返事で許可してくれたと聞いてるよ」

ルイフォンの言葉に、今度はノーマンが黙り込んだ。

師弟、親子、同居人――名前が付けられない関係で、ノーマン爺はどうしていいか分からなかったんだ。どうなるのがあたしの幸せなのか、自分はどの立場からどう動くべきなのかって。ぐるぐる考えながら、それでもあたしが急かすまま頷いてくれた。それからもずっと……。

……ごめんねノーマン……。

「申し訳なかった、ノーマン」

あたしの思考とルイフォンの声が重なった。

「本当だったらもっと、アナスタジアには時間が必要だった。あなたに相談して、一緒に考えてもらうべきだったんだ」

「……わしは、部外者です。あの子の親ではありませんので……」

「もう書類上は正式に親子だ。それに、『アーサー』に命を与えたのはきっとあなただよ」

ガタッ、と椅子を動かす音――とたん、ノーマンが悲鳴じみた声を上げた。

「殿下! おやめください、あなたはそんなことをしてはいけない――」

「いいえ、僕はあなたに失礼なことをした。もっとずっと前にこうするべきだったのです」

えっ、えっなになに? 何やってるの?

覗きたいけど扉には窓が付いておらず、開けたらきっとバレてしまう。どうしようか迷っている間に、あちらは盛り上がっているようだった。

ルイフォンの、静かな、だけど熱っぽい声が聞こえる。

「これから未来、何が起きても、どんなことがあっても、僕は彼女の夢を壊さないと誓います。

あるがままの彼女を愛し、大切に守り続けていきます。油で汚れた爪も、頑固な家族も一緒に――それが、僕の惚れたアナスタジアという 人間(ひと) だから」

また、ゆっくりとした、沈黙の時間――

「……ルイフォン様。あの子をよろしくお願いいたします」

あたしは扉から耳を離した。

身をひるがえし、足音軽く、その場を離れる。

「もしあの子を泣かせたら、涙の粒だけ殿下の舌に 待針(まちばり) をブッ刺すのであしからず」

「あ、あっはい、肝に、銘じておき、ます」

という、 舅婿(おやこ) の声を背中で聞きながら。

病院の周りでは色とりどりの花が咲き乱れていた。

東屋(ガゼボ) があったので、ベンチに座る。

市場で買ってきていたお弁当、甘じょっぱい味付けで煮込んだ豚肉をパンで包んだものと、ブリキの水筒に入れてきたコーヒー。冷めていたけど、彼は猫舌だからちょうどいい。

中に入っているお砂糖は、庶民向けの黒砂糖。ルイフォンは貴族様御用達の白い精製糖じゃなく、こっちのほうが好きなんだ。植物の自然な甘みがコーヒーと良く合うから。

最初の上澄みは薄く感じるけど、底のほうに近づくにつれ、ご褒美みたいにとびきり甘い。あたしたちは二人で分け合って飲んだ。

「美味しいね」

あたしが言うと、頷くルイフォン。

「うん、美味しい。君と一緒に食べるものはなんだって、宮廷料理よりもずっと美味しい」

「……またそんな、いい加減なこと言って」

「嘘じゃないよ」

ハンカチーフで手を拭きながら、本当に当たり前みたいに言う。

「僕はもう、嘘をつかないって決めたんだ」

……ふうん。

ふと、あたしはとびきりのイタズラを思いついた。並んで座る彼をツンツンつついて、

「じゃあさ、キュロス・グラナド伯爵様とあたし、どっちのほうが好き?」

んぐッ、と咽喉を鳴らすルイフォン。明らかに動揺している。

「そ、そんなの……比べるようなことじゃないだろ。分野が違う」

「ほほう。ふたりから同時に遊びに誘われたら?」

「そういうのは奥さん優先。キュロス君だったらそうするだろう、彼は愛妻家だからね」

「なるほど。じゃあふたり同時に溺れてたら?」

「そりゃもちろん君だよ。キュロス君なら自力で岸まで泳ぎきる。それにもしも溺れ死んだとしても、僕たちを恨むような男じゃない」

「……あたしと伯爵のどっちが好き?」

「……だから……そういうことを聞かないでください」

うはははっとあたしは笑った。

「正直に言ったって怒んないわよ! あたしだって現時点、マリーとあなたとどっちが大事って言われたら困るしね」

ルイフォンは心底困ったようで、頬杖をつき、そっぽを向いた。

あたしは彼にもたれかかる。するとすぐにルイフォンは手を伸ばし、あたしの肩を抱きよせる。あたしたちは見つめ合うわけではなく、同じ方向を向いたまま座っていた。

「ねえ、ルイフォン。あたしたちって似てるよね。生まれてきてからの役割分担とか……性格、考え方、外面がいいところ、器用に立ち回ってるようで実は誰よりも不器用なところとかさ」

あたしが言うと、彼は「そうかもしれない」と頷いた。

「だけど、それが心地いいから、あなたと結婚するわけじゃないの。あなたが持つ、あたしにはない強さに惹かれたからよ。

生真面目で繊細で、誰より神経質なのに全部我慢してさ。それでもやらなきゃいけないことをちゃんとやる、責任感の強いところ。どんなに辛くてもルイフォンは、あたしと違って逃げたりしなかった」

「逃げるのも強さだよ」

あたしの体重を支えたまま、彼は言った。あたしは目を閉じる。

「僕はひとりじゃ逃げることが出来なかった。僕に出来ないことをしている君がかっこよくて、好きになったんだ」

「……そっか」

それからあたしは、彼に尋ねた。一緒に暮らせないことに、ほんとに不満は無いのかって。彼は穏やかに首を振る。

「結婚したからって、いきなり自分の人生を変えさせたいと思わない。こうして時々でも会えれば楽しいし。……いずれは親兄弟、親友とも離れる日が来る。だけど寂しくないよ。この大きな大地で、みんな一緒に暮らしているから」

「なんだか、王様みたいなことを言うのね」

「はは、確かに。政治と経済は、どこの国で何が起きても必ず影響を受けるし、与えていくからね。グラナド商会の商品は、どこにいたって手に入るようになる。二度と会えなくても、失くなることは無いんだ」

「……あたしも、マリーがどこにいたってあたしの名が耳に入るよう、頑張りたい。まだまだノーマンのもとで覚えたいことがいっぱいあるの」

ルイフォンはとても嬉しそうに笑った。

王族の妻になるって考えたら、怖くなることもあった。

だけど今こうして共に過ごすうち、大した問題じゃないなと思えてきた。まんいち彼が王になりあたしはその妃になっても、あるいは小さな工房で釦を彫りながら暮らしたとしても、変わらない。

この世界は広い。だけど繋がっているわ、空の下で、大地の上で、海と川によって渡ることが出来るの。

どこでどんな形でも、笑って生きていけるに違いない。大丈夫、あたしたちふたりともとても強いんだから。

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おまけ

「それはそうとしてアナスタジア、結局ノーマンっていつ家に帰ってくるの」

「もうじきでしょ、もうリハビリ段階だもん。あとは検査と、大事を取って来週には」

「……じゃあそれまでは毎日工房に通ってもいい? 日によっては顔出すくらいしかできないけど」

「ダメ。――って言うわけなくない? 来れるだけ来たらいいんじゃないの、過労死しない範囲で」

「ありがとう、じゃあ今日、朝までいられるんだけども、居てもいいかな」

「ん? あ……」

「嫌だって言ったら帰る。言われなかったら帰らない」

「んんー……ん……」

「お返事ください」

「………………」

「……アーニャさん?」

背中を向けたあたしに、大きな猫みたいに被さってくるルイフォン。熱々になった耳をつままれる。赤い顔を覗き込まれて、あたしはルイフォンを剥がしにかかった。

「顔みるなバカ」

「了解、目を塞いでおきます。だからちゃんと言って。結婚式で約束しただろう、夫婦はお互いに嘘つかないって」

「そんな文言あったっけ? ていうか別に嘘ついてるわけじゃ――ただ、何というか」

「というか?」

「というか――ちょっと、素直になれないだけよ」

「――くふっ」

ルイフォンは吹き出した。あたしの背中を抱きしめたまま、全身を震わせて笑っている。

ああもう、やっぱりこいつ、意地悪だ。嘘ついても正直でも、仮面でも素顔でも、正真正銘の意地悪男なのだ。

ホカホカのおでこを彼の腕に押し付けて、何も言えなくなってしまったあたし。

「アナスタジア、どうしよう? このままここでキスしたいくらい、君が可愛くて仕方ない」

「……すればいいんじゃないの」

ルイフォンはまた大笑い。

「君と結婚できて、良かった。僕は幸福だ」

「……そこは、僕がシアワセにするよ、じゃないの」

「いいや、僕がシアワセ。君が笑顔でいてくれるなら、それが何より、僕の幸せなんだ」

「……あんたってほんと、変わったひとね」

呟き、肩越しに振り向くと、すぐ目の前に彼の笑顔があった。

あたしと同じ、笑みの形をした唇を瞼に押し当てられて、お返しにこちらも、頬を摺り寄せる。

「やっぱりあたしたちって、よく似ているんだわ。いつもだいたい同じタイミングで、だいたい同じこと考えてる」

そうして同じだけ顔を傾けて、唇を合わせた。