軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

誓います

『みんなの敵』が居なくなって、静まりかえった礼拝堂――静寂を破ったのは、やはり国王だった。

ぱんっ、と両手を高く打ち鳴らして、

「あい、これにて一件落着っ!」

「ふはああああっ! やっとスッキリいたしましたわぁーっ!」

真っ先に歓声をあげたのはレイミアだった。王女がドレス姿でぴょんぴょん跳ねると、場の緊張が一気に緩む。隅っこで震えていた神父は、またいつのまにか参列者の席に戻っていて、グラナド城の侍女に絡んでいた。

「はっはぁ、我は成したり! 悪は駆逐されたり! 今夜はいい酒が呑めそうですなあ!」

「私は酒は飲みません」

「たまにはいいじゃありませんか! 神父が呑むのに侍女が呑めない理由がない!」

「神父も侍女も呑んではいけない理由がたくさんあると思いますが。しかし、そうですね。マリー様たちもいないことですし。被害者が出ても、別に」

「待ってあなた酔ったらどうなるんです?」

「わーい宴会だぁー」

「あのーそれって、私たち騎士もお伺いしてよろしいか?」

「あと実は騎士団のみんなも事の次第を知っていて、砦でヤキモキしておりまして」

「いいよ! トッポ頑張る、みなさんのごはんたくさん作るよ!」

「おおさすが、太っ腹!」

「ディルツ王国騎士まで……なんだかなあ」

僕は頭を抱えた。やれやれ。王族フル出演、王太子追放という大事件のはずなんだが、みんな緊迫感がないというかなんというか。まあ他人事だから仕方ない――と思ったら、ちょいちょいと僕の袖が引かれた。父王である。

「楽しそう。ボクも行ってきてよい?」

「よいわけがあるかっ!」

と、思わず突っ込んでしまったが、よくない理由もないな?

そこへススッと静かに近づいてきたのは執事服の老紳士、ウォルフガングだった。

「恐れ入ります、さすがにこれからすぐ宴会というわけには。陛下には今しばらく、お手数をお掛けせねばならぬことが多くございます」

おおっ、さすが城主の執事、商会経営の相棒だけあってしっかりしている。

「ですので宴会はそのあとで。おもてなしの支度もございますしね」

「ああ宴会はするんだね。……父上の仕事って?」

僕の問いに、執事はにっこり笑った。

「はい。まずはミレーヌ王女様との対談です。ひとまずルイフォン殿下の体調不良により結婚式は延期、と伝えておりますが、改めてクローデッド姫との婚約破棄を成立させなくてはいけません」

「あ……そうか、姫を引っ込めただけで、ミレーヌを説得できたわけじゃなかったんだな。それで退くような女帝じゃないし――大丈夫かい?」

「大丈夫ですよ。旦那様がすでに手を打っておりますので」

と、執事と侍女が代わりばんこで語っていわく、グラナド商会とフラリアとの貿易は以前から交渉されていたらしい。ただしお互いが自分に有利な条件を譲らず、商談は宙に浮いていた。

それをキュロス君が折れるかたちで受け入れ、交渉成立したのだと。

「それじゃあ、グラナド商会は、僕のために大損するってこと……」

「いえいえ、儲けが減るというだけです。それにしたって大きな利益。もとより、国家予算レベルの商談でしたからね。兵器の売買よりも、ずっと高値の」

ぽかん、と口が開く。

……ああ……そうだ、そういえばミレーヌは、そのままそう言っていた。兵器の代金なんてフラリアにとってはお小遣い、それで 第三王子(オマケ) が付いてくるなら安いもの――なんのことはない、まさしくその通りで。初めから、ライオネルはフラリアに相手にされていなかったんだ。

「それから書類仕事ですね。市民生まれのスミス・ノーマンに伯爵位を与えるには、国王の許可が必要で御座います。その後、アナスタジア様との養子縁組をし、アナスタジア様は正式に伯爵令嬢と致します」

「え? ちょっと待って、さっきライオネルには、そうなったと言ったんじゃなかったのか」

「あれは、ハッタリです」

ミオちゃんはあっさりと断言した。

彼女の隣のウォルフ、僕の隣ではアナスタジアまでもがウンウン頷いている。

「は、はったり?」

「はい。上級貴族の称号を、ものの数日で動かせるわけがありませんから。伝書では、これこれこういうふうにしましょうね、と相談し約束を交わしただけですよ」

「普通に考えたらわかるでしょーが。なんであんたまで騙されてるのよ」

「ええー……」

だってそりゃあ……確かに、そうだけど。でもあの場面で、相手は王太子で、あれだけ堂々と語っておいて全部ハッタリだなんて誰が思う?

あのライオネルだって、ものの見事に騙されてたわけで。

「わたくしも忙しくなりますわね! アナスタジアお姉様のデザインを仕立て屋に出さなくては。神は裁縫技術も素晴らしいですが、やっぱりお一人で作業は不可能ですもの」

「下請けの職人はあたしが声をかけて手配しておいたわ。型まで出来しだい届けにいくから、契約書と支払いだけお願いね」

「畏まりましたっ!」

「……それもこれから?」

妹とアナスタジアの二人から、当たり前でしょって顔をされた。

「服一着作るのにどれだけかかると思ってるの。レイミアの侍女たち数人分ならまだしも、騎士団の制服なんてひとりじゃ無理よ。デザインすらまだ出来てないわ」

「というか俺たちそれ初耳でーす」

「さっきわたくしが勝手に決めました! いいですよねルイフォンお兄様?」

「ほんとにまだその段階かい。いいけどさ」

「ルイフォンが却下しても、ボクが推すぞよ」

父王がニコニコして言った。

「先ほど言った、キュロス君とフラリアとの貿易というのがまさに、これなんじゃ。グラナド商会が仕入れる絹や金、宝石など、海外の良質な素材に縫製手法――それをディルツの優れた工業技術でもって大量生産に持ち込めば、国を代表する産業になりえる」

「そして神の能力です! たおやかな女性をも凜々しく見せ、かつ華やかさを失わないデザインは、芸術大国フラリアにも無いものです! さらに騎士が剣を振れるだけの機能性もあるとなれば、まさに唯一無二ですわ!」

……あ、そうか。

僕は服飾品についてはよくわからないが、新たな衣服のデザインが市場に求められているのはよくわかる。

戦後、世界中で男性の働き手が減少し、科学の発展により腕力の無い女性でも出来る職種が増えてきた。都市部では特に、恋人を喜ばせるためでもなく家事ができるだけでもない、優美かつ機能的な衣服が強く求められている。兵器などよりよほど、みなが買い求めるディルツの国家事業――

「おなじく、服飾品を主に輸入販売しているグラナド商会にとってはライバルとなりますが、市場が活性化すれば購買層の絶対数が増える。貿易船のレンタルや、運河や港の使用料もいただけますから、たいへんに美味しい話ですなあ」

「鉄道駅周辺の都市開発はフラリアに持って行かれそうですけどね」

「旦那様からは取られてしまって構わないと伺っておりますよ。もうひと交渉、粘ってはおきますが」

「純利益の一割でも従業員全員ぶんの年俸になりますからね。しかし相手はあの女帝ミレーヌ、これくらいあげてしまったほうが円滑な交易ができるかもしれません」

僕は呆れて、もう笑うしかない。

……そうか。本当になにもかもこれからだったんだな……。

ライオネルに言ったことは全部ハッタリ……王太子を退かせ、屈服させるための嘘だったのか。

そう考えるととても腑に落ちた。

そう、こんな突貫で執り行えるようなものじゃなかった。商売も国交も、結婚も……王族の政略結婚ならばなおさらだが、民間人の恋愛結婚だってそうだろう。

僕とアナスタジアは、恋人同士ではない。僕は本当の想いすらまともに伝えていないのだ。いやたとえ伝えたところで答えは決まっている。つい数日前、僕は彼女にボコボコに殴られたんだぞ。彼女が僕と結婚してくれるなんて、ありえない。それこそ普通に考えたらわかりきったことだった。

「やはりしばらくは忙しいですね。宴会は、また日を改めてに致しましょう」

穏やかに微笑んでいるウォルフガング。彼を含め、楽しそうに今後のことを相談しているひとたちに向けて、僕は、頭を下げた。

「ありがとうございます。みなさん、お世話になります」

みんなのお喋りがピタリとやんだ。何かひどく気まずそうな、冷えた空気が流れる。顔を上げると、そこには呆れ果てたといった表情のミオちゃんがいた。

気にするなとか、あるいはいきなり素直になって気持ち悪いなどと言われるかと思ったが、

「ルイフォン様は、もっと早くにそうやって、素直になれば良かったんですよ」

いつも以上にぶっきらぼうに、厳しい口調でそう言った。

「旦那様なら、たとえご自身がまだ幼くとも死力を尽くし、親友を助けようとしたでしょう。逆に、もしあのまま絶縁することになっていたら、旦那様は己を責め、ひどく悲しんだでしょうね」

「……うん」

「何の権力もない私でも、あなたの身を攫うくらいはできました。あるいは、公爵やリュー・リュー様にでも。お二人は国王に謁見し、あなたの境遇改善を諫言できるお立場でした」

「それでいうとボクこそが国王であり、実の親子じゃがのう」

父が自身の髭を撫で、苦笑いする。それから手をかざして、僕に屈むよう促す。そうしてひくくなった僕の頭頂部に、ぽんと丸い手を置いた。

「こんなに切羽詰まるより前に、話しに来て欲しかったぞ。ほんに、甘えるのが下手な子じゃ。我慢強すぎる。兄弟のなかで、おまえが一番、 奥(おく) に似とるの」

ぐりぐりごしごし、子供みたいに撫で回された。

「気付かんで、すまんかったの……」

「父上……」

「わたくしにも言って欲しかったですわっ!」

レイミアが体当たり、もとい、僕の腰に抱きついてきた。

「ライオネルから言われるまで、わたくし何にも知りませんでしたもの! ルイフォン兄様が犠牲になるくらいなら、わたくしがフラリアに行きました!」

「それは、だって……僕は兄――」

「先に生まれた男だからなんですの? それに、アナスタジア様にも!」

と、ビシッとアナスタジアを指さして、

「もっと早く、素直に好きだと打ち明けていれば、こうして成就と相成りましたのに!」

「ぶはっ。げほっ、ごほん」

思わず思い切り吹き出し、噎せる。横でアナスタジアも同じようにゴホンゴホンと激しく咳をしていた。それはどういう反応だ。

二人してゲホゲホ言い続ける。

「それじゃあまあ、帰りましょうかね」

帰り支度を完了したミオちゃんは、ほかの侍従たちにそう促す。侍従達はおのおの、扉の近くにいるひとから勝手に出ていく。実にしまりのない適当な解散の仕方である。

あっという間に人口が激減した礼拝堂。最後にテクテクと歩き出した父王のあとに続いて、僕も帰ろうとした――が、父はくるりと振り向いた。

「なんでおまえまで付いてくるんじゃ?」

「なんでって……父上が王宮に帰るなら、僕も一緒に……いや騎士団の砦が先か。たぶん仕事が溜まってる」

「そりゃあそのうち帰ってきて貰わんと困るがの、しかしその前に、おまえは何よりも大事な仕事があるじゃろう?」

大事な仕事?

父の指さすほうを振り返ると、神父がニッコリ満面の笑みを浮かべていた。懐から、丸めた羊皮紙をふたつ取り出した。

「こちらがあなたの父上、ディルツ国王陛下の。もう一つはアナスタジア様の養父、スミス・ノーマンの。それぞれサイン済みの、お二人の婚姻許可書でございます」

「……は?」

僕の目が点になる。アナスタジアは、無言だった。

「これをこの台に、左右に分けて置きまして。真ん中にはこちら、婚姻証明書……お二人自身がサインを入れるものを置きます」

と、言いながらその通りにする神父。

「さて――では、えー。よし。

新郎、ルイフォン・サンダルキア・ディルツ。あなたはアナスタジア・シャデランを妻とし、健やかなるときも病めるときも――」

「待てええええっ!」

僕は慌てて台に飛びつき、三枚の羊皮紙を凝視した。穴が開くほど見つめていると、アナスタジアがヒョコッと背伸びで顔を出す。

「眼鏡は? まさかまた壊したの」

「違うっ! じゃなくてっ、これ、こんいんっ、僕と君が、結婚って――」

神父が実父が同時に首を傾げた。

「何を今更。そういうことになったじゃろうが」

「な――った、て、いやだってさっき嘘って、ハッタリだって……!」

「あなたがたが結婚するための、諸々の準備が整っている、ということが嘘でした。まだ、というだけで、結果は変わりませんぞ」

「少なくともアナスタジア嬢の同意は得ておるぞ。ほれ、あのように」

と言われて振り向くと、アナスタジアが何くわぬ顔で婚姻証明書にサインを入れていた。うぉおおおおお!?

「待て待てアナスタジアよく考えて!? それ婚姻証明書、僕たち結婚しますって神に誓うやつだぞ!」

「知ってるわよ、馬鹿にしないで」

「馬鹿にはしてないけども落ち着くな慌てろ、分かってるのか? 父は真実、君を気に入ってるようだけど、ああ見えて政治家、利害関係を考えてる。君の技術が国庫の利益になると見込んだだけだ。人畜無害の小熊に見えてもあれは腹黒人食い狸」

「シツレイじゃのー」

ヒョヒョヒョと笑う国王。しっかり説明をしたのに、アナスタジアは肩をすくめるだけだった。

「あら、王様に見込んで頂けるなんて光栄だわ。これから末永いお付き合いになるんだもの。利害関係は大歓迎」

あっけらかんと言う。僕はいよいよ言葉を失った。

「この話はね、あたしとしても願ったり叶ったりなの。ノーマンは、とりあえず目の治療はうまくいったけど、やっぱりもう年だからね。この先何十年も続けていけるわけじゃない。あたしはいつまでも少年の振りして暮らしていけないし、本物の職人として独立するのにはまだ後ろ盾が必要だわ。それが王家とグラナド商会の旦那様だなんて、これ以上なく強い味方」

「……それじゃあ、まるきり政略結婚だ。君は、仕事のために、好きでもない男と結婚するのか?」

アナスタジアは、睨むように僕を見た。

「あたしが、好きでもない男と結婚するような女だと思うわけ?」

「…………お……思ってない」

「まあつまり、そういうことよ」

アナスタジアは拗ねたみたいに顔を背けた。

父はもう一度、大きな声で笑う。

「ほんに、ええ子じゃのう。ルイフォンよ、おまえには、ディルツの第三王子という責務がある。さらに王太子が抜けた今、さらに多く、重い仕事がおまえの両肩に乗っかってくるじゃろう」

「……はい。承知しております」

「じゃがその前に、必ずまっとうするべき仕事がある。おまえが幸せになること。愛したひとを、幸せにしてやることじゃ」

父の視線の先、僕の隣にはアナスタジアがいた。

先ほど自身のサインを済ませたペンを持ち、僕に差し出している。

……恐る恐る、僕が受け取ると、神父が宣誓の定型文を読み上げはじめた。

「新婦、アナスタジア。あなたは、あなたの隣にいる夫を、心より愛していると、神の御前に誓えますか」

「はい、誓います」

……アナスタジアの声は凜として、すこしも震えていなかった。

「では――ルイフォン。あなたは……あなたの隣にいる妻を」

僕はまだ、困惑していたけれど。

「アナスタジアを、心より愛していると、神の御前に誓えますか」

この問いならば、答えることが出来た。

「……はい。誓います……」

では、と、神父は続けた。

「ふたりはお互いを生涯の伴侶とし

健やかなるときも 病めるときも

喜びのときも 悲しみのときも

富めるときも 貧しいときも

伴侶を愛し 敬い 慰め合い 共に助け合い

その命ある限り真心を尽くすことを、神の御前に誓いますか」

「誓います」

「誓います」

僕たちは、二人同時に頷いた。

神父は満足そうに頷いた。

僕は、婚姻証明書に向かい……少しだけ汗ばんだ指でペンを握り、いつもよりずっと長い時間をかけて、いつもよりも少し乱れた字で、自分の名を書いた。

書いた後、顔を上げて……眼鏡がないので少し目を細めて見る。

婚姻証明書

ルイフォン

アナスタジア

両名は、聖なる神の名において夫婦となり

新たなる家を作り 守り続け

互いの限りない愛によって

ふたりともが幸福な生涯を送ることをここに誓います

羊皮紙から、そのまま顔を横に向けると、アナスタジアが居る。

……緊張しているのだろうか。神父のほうを向いたまま。僕を決して見てくれない。

表情からどうにか心理を読み取ろうと、じっと見つめる。一瞬だけアナスタジアの視線がこちらを向いたけど、すぐに顔ごと逸らされた。

デコルテまで開いたウェディングドレス、その横顔も、耳も首も、肩までもが、赤く染まっていた。

触れてもないのに鼓動が聞こえる……いやこれは僕の鼓動? ほかほか熱いのは彼女の熱か、それとも僕が発熱しているのか。

耳が痛いくらいに熱くて、鼓動と一緒に脈打っていた。

「それでは両者……神の御前で、誓いのキスを」

――びきぃっ!

「あいたっ!」

突然の緊張で首の筋が強張り、激痛を覚えて呻く。隣ではアナスタジアが全く同じ格好で、首元を押さえて呻いていた。