軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

おまけの番外編⑤ ずたぼろ赤猫ものがたり 前編

「ふはははは、とうとう追い詰めたぞ魔王。姫を我が手に渡すのだ!」

「おのれ勇者め。ぼくの大切なお城をめちゃくちゃにしおって。もう許さんぞ!」

「きゃー勇者様、助けてぇ」

夏のディルツ王国、グラナド城は、とても平和である。

園庭で、わたしはベリーを摘んでいた。侍女のミオも手伝ってくれている。そのすぐ近くで、子ども達がワイワイと遊んでいた。

何か芝居のマネゴトをしているらしい。作業しながら眺めていたわたしには、物語がよく分からなかったけど。

「生意気なやつめ、内臓をえぐりだしてぶちころしてくれる!」

と、小枝を掲げて悪役としか思えないことを言う勇者が、銀髪の少女、ツェツィーリエ。

「かえりうちにするぞ、出でよ四天王! だんごむし軍団!」

と、可愛い魔王がうちの弟、セドリック・シャデラン。来週から王都の学生寮に入るので、諸々の支度のため城に来ている。四天王はふつう四人だけなのだと、あとで教えてあげようと思う。

そして、

「ちょっセドリック君、じゃなくて魔王様、虫をばら撒くなよっ! あああ僕の背中ぃぃ」

泣き叫んでいる哀れな姫が、グラナド城の門番、トマスであった。

「……平和ね」

「平和ですね」

わたしとミオはそう言って、ベリーを籠に摘み取った。

うん。グラナド城は、今日もとても平和だ。

ディルツ王国の夏は短い。その刹那を逃してなるものかとばかりに、草木は一気に枝を伸ばし葉を増やし、国中が緑色に包まれる。同時に一年で一番、実り豊かな季節でもある。野菜はもちろん、果物も豊作。たくさんの種類のベリーに山桃、鈴なりになったブドウで、あっという間に籠が一杯だ。

思わず笑みがこぼれる。

「ふふっ……おいしそう」

「おいしいですよ」

というミオを振り向くと、籠のベリーをすごい勢いでパクパク食べ始めている。せっかく摘んだのに、食べ尽くしてしまいそうだ。

わたしは首を巡らせて、庭師のヨハンの姿を探した。ヨハンは面倒な雑草抜きを自分が担い、収穫の喜びをわたしに体験させてくれていた。採れたてをつまみ食いするなら、彼へのお礼が先だわ。

わたしはヨハンのもとへ駆け寄って、大ぶりのベリーを一粒摘まみ、差し出した。

「ヨハン、たくさん採れたわ。お味見をどうぞ」

「……いえ。それは、奥様が。わしは満腹ですので」

「あらそう?」

相変わらずだけど、愛想のない様子にちょっと残念な気持ちになりながら、わたしはベリーを口に入れた――直後、「ウグッ」と呻く。

口を押さえて涙目になったわたしに、ヨハンは破顔した。

「それはジャム用、生では酸っぱくて食えたもんじゃない品種だ。勉強になりましたかな」

「ん、ぐ、うぅーっ!」

「早う、水で口を 漱(すす) いでいらっしゃい。はははははは」

声を上げて笑うヨハン。もーっ覚えてなさいよ!

小走りで水道へ向かう途中、子ども達の前を横切る。口を押さえたまま駆け抜けようとしたのだけど。

「あっ待ってマリー、そっちは……っ!」

ツェリが何かを叫ぶ。用事ならあとで聞くわと視線で伝え、わたしはそのまま走っていった。

グラナド城は二百年前の要塞で、無骨な石造りの古城だけど、中庭から奥は近年、リュー・リュー夫人とグラナド公爵によって造られたもの。上下水道が敷かれており、あちこちに上水道の蛇口がある。いちばん近いのは、 東屋(ガゼボ) のそばにあった。

「ふうっ……」

綺麗な水で口を漱ぎ、ハンカチーフで拭いながらどうにか人心地……と。

みゃぁ。

足下から、かすかに甘く高い声が聞こえた。

……ん?

東屋の内側に入ってみる。ここは庭師や、花園を見て回るひとの休憩スペースだ。白い塗料が塗られて綺麗だけども、簡素な木造で、雨よけの屋根とベンチがあるだけ。

誰もいないし、隠れる場所もない。おかしいな……赤ちゃんの泣き声みたいなのが聞こえたんだけど……。

空耳かと立ち去りかけたところに、またみゃぁみゃぁと聞こえた。……ベンチから?

わたしは木の床に膝をつき、這いつくばるようにして、ベンチの下を覗き込んだ。暗がりに、何か動物がいる。丸く、山吹色に光るものが二つ。ピンと立った三角形の耳。そしてフワフワと毛の生えた、長い尻尾。

「猫?」

呟いた瞬間、猫(?)はシャァアッと威嚇してきた。アッと思うより早く、爪の生えた腕が伸び、わたしの鼻先を掠めた。慌てて逃げようと身を起こし――

ガヅッ!!

「っあいっ……!」

後ろ頭に激痛が走る。そうだわたし、ベンチの下に潜り込んで……いたんだった……。

不意の衝撃に、脳しんとうを起こしたらしい。チカチカと星の瞬きが見え、わたしはそのまま倒れ込んだ。霞む視界を、赤い毛をした動物が横断していった。

――一瞬だけ、気を失っていたらしい。

わたしは目を開いた。意外にも、後ろ頭はもう痛くない。ただ何となくクラクラ、フワフワする。わたしは身を起こした。

ああ……酷い目にあったわ。痛かったし、怖かった。だってあんなに大きな生き物が、突然住処を覗き込んできたんだもの。はあ、まだドキドキしてる。

とりあえず、平静を取り戻そう。

わたしはその場にお尻を落とし、手首を曲げて、甲の部分をペロペロ舐めた。続いてもう一方の手も。わたしの舌は小さな突起でざらざらしていて、こうして舐めれば毛繕いになる。これが何より落ち着くんだ。

さらに柔らかい体をひねって、背中の方までペロペロ。最後に足を開いてベロリ。それでようやく落ち着いて、わたしは体を伸ばし、あくびした。

さて、と。そろそろお腹がすいてきたな。また畑に行って、野ネズミを狩ろうかしら。それとも厨房から魚でも奪って……。

……えっ?

「ぅあんにゃぁあ!?」

言葉にならない悲鳴を上げる。いやわたしとしてはちゃんと言葉を話したわ、だけどその口や喉は、ヒトの言葉を紡げなかった。わたしは首をキョロキョロさせて、自分の全身を確認する。

クセのある、鮮やかな赤毛はそのままだけど、髪だけでなく全身に生えている。腕も足も胴体も、背中もお尻も尻尾も毛むくじゃら。いや待って、そもそも尻尾って何? そんなのさっきまで生えていなかったはず。ドレスも無いし靴もない。

なにこれ、と叫んだ言葉は、「にゃー」という音になる。

わたしはにゃあにゃあ鳴きながら、四本の足で疾走した。やけに視線が低いけど、この場所は間違いなくグラナド城の園庭だった。だったらあっちにはアレがあるはず――小さな体のわりに、わたしの足はとても速かった。あっという間に辿り着いた、噴水のヘリに身を乗り出し、水鏡に顔を映す。

猫だ。

どこからどう見ても、猫である。

……しかも、あんまり……可愛くない。山吹色の目は大きいが、やっと乳離れしたばかりの子猫のわりに目つきが鋭く、いたいけさがない。全身赤毛で、顔の中心だけが白いのだけど、それがなんだか仏頂面してるみたいな模様なの。野良かしら? もとはフワフワの優雅だったろう、長い赤毛はモジャモジャで、毛玉だらけになっている。あちこち埃っぽくてやせっぽちでボロボロで。

……わたしはそんな、ずたぼろの赤猫になっていた。

……ど……どうしよう?

「にゃぁ……」

途方に暮れて、ただ鳴いてみる。

その時。

背後に砂利を踏む音。わたしは飛び上がった。猫の聴覚と瞬発力は人間の比ではない。後ろ足で地面を蹴り一瞬で加速、弾かれたようにその場を逃げ去っ――たと思ったら、わたしの手足は宙を掻いていた。

うなじの肉をつまみ上げられたのだ。

「んにゃぁああっ」

柔軟な体をひねり、捕獲者の顔を確認する。大きいっ! 頭だけでわたしの全身くらいあるその巨人は、どこかで見たことのある顔をしていた。

ふっくらした頬に、こぢんまりとしたパーツ。空色の瞳は小動物のようにつぶらだが、表情というものがない。暗い栗色の髪をおさげにし、侍女の制服を着た女性――!

「みゃおっ!」

ミオ! ミオ助けて、わたし、猫になっちゃったの。人間に戻りたいんだけど、どうしていいか分からないの。それにお腹がすいてるし、眠たいし、喉の下を撫でて欲しいの。とりあえず一回放して? そう一所懸命主張しても、口から出るのはニャアニャアという鳴き声だけ。

いつも無表情の侍女は、いつも通りの無表情で、じっとわたしを見つめていた。

その後ろから、ぬっ――と、さらなる巨人が覗き込んできた。

「……なんだミオ、猫を拾ったのか?」

キュロス・グラナド伯爵だった。

「……にゅおんにゃにゃ……」