軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

おまけの番外編④ それゆけセドリック

こんにちは。ぼくの名前は、セドリック・シャデランです。

年齢は六歳です。姉を二人持っています。帽子の色は青です。好きな動物はロバです。好きな食べ物もロバです。友達のヨシュアは、ぼくよりも背が高いです。

ぼくの職業は、まだありません。ディルツ王都北区にある学校、レザモンド記念学園に入学するつもりです。

ぼくは今、学園の学生寮で寝起きをしています。そこから毎日、敷地内にある学舎へ向かい、授業を受けます。一ヶ月間のそれは、入学試験でもあります。ぼくはこの学園の生徒になりたいので、一所懸命、勉強しています。

同じ部屋で、ヨシュアが暮らしています。ぼくと同じ年で、四級生です。

この学園は、年齢を問わず、学力で級が上がっていくそうです。ヨシュアは侯爵家の子どもで、家でずっと外国語や算数を習っていたのだそうです。すごいな。

出会ったとき、ヨシュアはぼくに言いました。

「シャデラン領? ああ、王国端っこのド田舎か。旅行に行くのに一度、跨いだことがあるな。馬車の中まで牛の匂いが入ってきて、死ぬかと思った」

ぼくは嬉しくなって言いました。

「領まで来たことあるの? なんだ、それじゃあうちまで遊びに来てくれたらよかったのに!」

「……いや。なんでだ。半年も前だよ。おれたち今日が初対面だろう」

「あっそうか! じゃあ今年の夏休みね。大丈夫だよ、屋敷に牛はいないから臭くないんだよ。うちは貧乏だから牛の世話が出来なくて、酪農家さんにミルクを分けて貰ってるの」

「ツッコミどころが多すぎて追いつかない……」

ヨシュアは頭を抱えて言いました。ぼくは首を傾げましたが、途中で気が付いて、あっと声を上げました。

「だめだ、ぼくもう、シャデラン家には帰らないんだった」

「……なんだって?」

「おうちがね、乗っ取られちゃったの。だからぼくのおうちはもう、グラナド城なの」

「……ぐ――グラナドっ!?」

ヨシュアは後ろにひっくり返りました。思っていたよりビックリされたのでビックリしたけど、ビックリするだろうなとは思っていたので、ビックリしませんでした。

「グラナドって、王家に次ぐビッグネームじゃないか……おまえ一体、なにものだ……!?」

なにものと言われても……こういうことになったのは、ぼくがなにかしたわけじゃなくて。色々とあってのことなので……。

ぼくが初めて、グラナド家のひとたちとお話しした日――初めてお城に来た、その翌日。

ぼくの前に、マリーお姉ちゃんと、アナスタジアお姉様、キュロス様と、そのお母さんのリュー・リュー様。それにルイフォン王子様までがずらっと並んで、ぼくにお話してくれました。

「セドリック。あなたの人生を決めることだから、ちゃんと聞いて、ゆっくり考えてね」

そう言って、マリーお姉ちゃんは本当にゆっくり、ぼくに全部話してくれました。

お父様やお母様みたいに、『子どもは何もわからなくて良い、言われたとおりにやれ』なんて、言いませんでした。とても嬉しかったです。

まず、お姉ちゃんは、シャデラン家が間違ったことをしていたこと。それを立て直すために、グラナド家にお世話になるということ。それは決して、シャデランにとって悪いことではないのだと話しました。ちょっと難しかったけど、なんとなく感じていたことでもあったので、よく分かりました。ぼくが頷くと、リュー・リュー様が、「よかった、賢い子だ」とホッとしていました。

それからマリーお姉ちゃんと、アナスタジアお姉様が、順番に語りました。

「あなたが望むなら、シャデランの家で、お母様と二人で暮らしてもいい。そこから市井の学校に通えば、将来シャデラン家当主にはなれるでしょう」

「でも、それじゃあそれまでよ。男爵領荘園の運営は、一般庶民の読み書き計算で務まらない。家の主にはなれても、領にはやっぱりグラナド家や国の手が入ることになるわ」

「……わたしが家に入って、陰であなたを支えていけばいいんだけど……お父様はそう考えていたんだけど……ごめんね。わたしはもう、シャデラン家には帰らない。わたしの家はここ、グラナド城だし、キュロス様たちが家族なの。……アナスタジアお姉様も」

振られて、お姉様はンッと微妙な声を漏らしました。気まずそうに目を逸らしてから、頷いて、

「まあね。あたしは、住処が見つかればすぐ、グラナド城は出ていくけど。どのみちシャデラン家には帰らない。ノーマンがどうあれ、あたしは王都で職人を目指す」

「だからー、 王宮(うち) に来ればいいって言ってるのにー」

真横でパタパタ手を振って、ルイフォン王子様が言いました。シリアスに俯いていたお姉様の手を取って、

「結婚となると色々しがらみがあるし、ぼくはほかに婚約者もいるけどねっ。独身のうちは自由に遊べばいいから大丈夫、僕はちゃんと避妊」

と、喋っている途中で、キュロス様が王子様をポカリと殴りました。同時にアナスタジアお姉様も、王子様のおなかに正拳を突き刺していました。なんとマリーお姉ちゃんまでが拳を握っていたので、ぼくは驚いて聞きました。

「この国の王子様って、殴ってもいいひとなの?」

「……だめよ。王子様じゃなくてもだめよ?」

お姉ちゃんは拳を下ろしました。それから居住まいを正し、まっすぐに、王子様に言いました。

「ルイフォン様。恐れ入りますが、わたしたちに十五分ほどお時間を頂けますか?」

「はっはっは、こんなに綺麗に『だまれ』って言われたのは初めてだなあ」

王子様はヘラヘラ笑っていました。ぼくは王子様のこと好きだけど、マジメなお話をするときは邪魔だなって思いました。

リュー・リュー様が言いました。

「いっそ全部丸投げしてもいいわよ。男爵領をいったん取り潰し、完全に王国や、グラナド家に吸収させる。領民は、多少税金が上がるだろうけど、それ以上の福祉と土地開発の援助を受けて暮らしは豊かになるでしょう」

「そうなると、シャデラン家は領に住めたものじゃなくなるがな」

低い声でそう言ったのは、キュロス様でした。

「悪政がたたって爵位を奪われた元領主――史実の例でいうと、村人に私刑される。屋敷は衛兵で護れるが、出歩けば何をされるか分からない。男爵夫妻は自業自得だし、それでも家に執着するなら止めはしないが――君は、まだ六歳。王都で保護をして、人並みの暮らしをさせてやりたい」

言葉はすごく怖かったけど、優しさから言ってくれていることは、分かりました。

それはお姉ちゃん達も同じです。

みんながぼくに勉強をさせたいのは理解しました。そしてそれが男爵家存続のためじゃなく、領民と、ぼく自身のために、いちばん良い方法だからっていうのも分かりました。

「いちばん良い方法が、いちばん楽な道とは限らない。セドリック、今すぐ決めなくていい。何年でも、この城でくつろぎ、色んなものを見て考えてくれ」

キュロス様に言われたとおり、ぼくは考えました。

それから質問しました。

「……お父様が男爵じゃなくなったのは、お勉強が出来なかったから、なの?」

「あ、そうかそこからか……うん、そうだな。正確にはそれを隠そうとしたからかな」

「……じゃあ、『お勉強しないと領主になれないぞ』っていうのは、本当だったんだ……」

ぼくは呟き、ここではじめて、納得しました。

「お父様はね、ぼくに言ってたの。こんな出来じゃ家を任せられんって。でも、解き方を教えてっていったら、ぜんぜん教えてくれなくて」

「ああ、マリーが君の家庭教師をやっていたんだったな……」

「うん。だから困ってた。でもそれより不思議だったの。どうしてお父様は教えてくれないんだろう――もしかしてぼくより出来ないのかな――だとしたら、勉強なんかできなくても領主になれるじゃないか――って」

「セドリック君は、領主になりたいの?」

リュー・リュー様に聞かれて、ぼくは頷きました。

その場にいた大人達は、みんな驚いた顔をしました。でもぼくはそれが不思議でした。

ぼくは、生まれた時からずっと、将来は男爵になりなさいと言われていました。シャデランの家で、唯一の男の子で、そのためにおまえを作ったんだと言われていました。

なんとなく、悲しい気持ちになっていました。

……けれど、それだけじゃなくて――

その全てを投げ出してもいい、と言われたとき、ぼくは、思ったんです。『やだ、もったいない』って。

ぼくは言いました。

「はい。ぼくはシャデラン領が好きなんです。草原も川も、遊ぶ場所がいっぱいあるし、野菜は美味しいし、牛も羊も可愛い。屋敷も古いけど大きくて、なかなかあんなおうちに住めるひとはいないって、ぼく知ってます。

ぼく、シャデランの領主になりたいです。村を豊かにして、ひとも牛も増やして、お祭りも賑やかにして、美味しいものを食べて、たくさんの友達とお嫁さんとみんな楽しく暮らしたいです」

「待ってセドリック、そのたくさんっていうのはお嫁さんには掛かってないわよね?」

アナスタジアお姉様がぼくの両肩を掴んで言いました。その横で王子様と、キュロス様も笑っていました。

「いいねえ、将来有望! ひとの上に立つならそのくらいの野心がなきゃ!」

「……実行は、ほどほどにな」

マリーお姉ちゃんは頭を抱えていました。

「セドリック、その道を進むのは大変よ。大丈夫? あなたそんなに勉強好きじゃないでしょう?」

「うーん。でも、領主になるのにホントに必要なら、やりたい」

「……でも……」

「まあまあマリーさん、心配なのは分かるけどとりあえずやらせてやりなよ。今まで力が入りきらなかったのは、勉強する理由、目標がぼんやりしてたからだろうし。それがハッキリしたんだから、これから伸びるって」

リュー・リュー様がマリーお姉ちゃんの肩を叩きました。マリーお姉ちゃんはハッとして、ぼくにゴメンナサイと言いました。

「そうね……あなたがやりたいと言うのだもの。わたしが否定してはいけなかったわね」

マリーお姉ちゃんよりも、その後ろ、キュロス様の方が心配していました。やるだけやらせる、というのは決定してからも、いざとなったら休学、退学して構わないぞとか、寮に入らずここから通った方がいいんじゃないかとか。

王都の学園って、そんなに厳しいところなの……? ちょっと怖くなってしまったぼくは、王子様を見上げました。王子様も、眉をしかめていました。

「厳しいというか――とにかく実力主義っていうか。評価されると級が上がるから、上を目指すほどキツくなる。適当に及第点を取っていくぶんには、のんびり学園生活を楽しめると思うけど」

「入学審査の担任によるだろう。万が一『鬼のウェスラー』にでも当たったら、地力のひとつ上の級に入れられて地獄を見るぞ」

「そのおかげでぼくもキュロス君も、一年目から六級生、十八までに全科目を修了できたんじゃないか。ウェスラー先生は恩人だよ」

「卒業式に、その恩人の靴箱を 膠(にかわ) で封鎖したのはどこの王子だ」

「キュロス君もあの日ばかりは嬉々として手伝ったくせに」

「俺はちゃんと、中の靴は退避させた上で――」

「すみません、キュロス様も少し静かにしていていただけます?」

マリーお姉ちゃんに叱られて、二人とも大人しくなりました。

「王子様と伯爵様が逃げ出した学園って、どんなだろ? おもしろそう! ぼくぜったい入学するよ。楽しみ!」

ぴょんぴょん飛び跳ねて叫ぶと、大人達はみんな、眉を垂らしてクスクス笑い始めました。

お姉ちゃん達はぼくを抱きしめて、おでこにキスをしてくれました。

「もう止めないわ。だけどキュロス様の言うとおり、どうしてもつらければ逃げていらっしゃいね……ほかに生きる道はあるのだから」

ぼくは笑って、お姉ちゃんにキスを返しました。

「平気さ。お友達をいっぱい作って、先生とも仲良くなって、みんなに助けてもらうから。大丈夫、ぼくって顔が可愛いもの」

「……まあっ」

目を丸くするお姉ちゃん。ぼくはお姉ちゃんの腕から飛び出して、隣のキュロス様に抱きつきました。ほっぺたにチュッてすると、キュロス様はすごくビックリしていました。アナスタジアお姉様、ルイフォン様、リュー・リュー様にもギュッとしてチュッとすると、みんな赤面して苦笑い。

「こいつめ、自分の能力をよく分かってるな?」

ルイフォン様に小突かれて、ぼくはペロッと舌を出しました。

◇◆◇◆◇

「――ということで。ぼくはこの学園に入学したいです。どうかよろしくお願いします」

原稿用紙を机において、ぼくは深く頭を下げた。目の前にいる老婦人、ミセス・ウェスラー先生が、少しだけ引きつった笑みを浮かべている。

「ウェスラー先生?」

「……ああ。はい。ええ、君のプレゼンテーションは、ちゃんと聞きましたよセドリック。お疲れ様でした」

ウェスラー先生は溜め息をついて、眼鏡を上げ下げしながら、書類をジロジロ眺めた。

「まず、フラリア語の試験としては合格。それだけの文章を書けて朗読できたなら文句なし。所々スペルや発音にミスはありますが、君の年齢なら母語でも普通にある範囲です。実家では良い家庭教師に付いていたようですね」

「はい! マリーお姉ちゃんです!」

「算術、歴史も及第点。教養にはやや不安がありますが、伸びしろを考えれば許容範囲です」

「はい! 歌も絵も楽しいです! これから上手くなります!」

「……実家であり、自身が後継者と決定した男爵家は取り潰し寸前……しかしその後見人には、あのグラナド家」

「はい! グラナド伯爵は、マリーお姉ちゃんの夫さんです。公爵と公爵夫人は、そのお父さんとお母さんです」

「それともう一つ、第三王位継承者が身元引受人になっていますね」

「はい! 欄が余ってしまったので、ルイフォン様にお願いしたら、書いてくれました!」

「……。……この条件で、君の入学を拒否する理由がありません。セドリック・シャデラン、合格おめでとう。明日からあなたは正式に、このレザモンド記念学園の生徒です」

今度こそ、ウェスラー先生はニッコリ笑った。ニワトリみたいに痩せたしわくちゃのお顔が、とってもチャーミングになる。ぼくは飛び上がって、先生に抱きついた。

「わあいっありがとうございます! やったぁ! これからもウェスラー先生に教えてもらえるんですね! 嬉しい! ぼく一所懸命頑張りますっ!」

ギュギューってしてから、チューしようとしたら、おでこを掴まれて引き剥がされた。ぼくは唇を尖らせたまま、老女を見上げて首を傾げる。

「もしかして学校って、友達に抱きついたり、キスをしてはだめ?」

「…………だめというわけでは――いえだめです。だめですね。この学園の誰にも、二度としないように、セドリック」

「はい!」

ぼくはすぐに返事をしました。もう大体のクラスメイトにはしてしまったけど、これから気をつければいいよね。

ぼくがニコニコしていると、ウェスラー先生は一度すごく怖い顔をして……それから何か諦めたみたいに、肩をすくめて苦笑いした。

――こうして、ぼくは学生になった。

これから寮で暮らしながら、毎日色んな事を勉強する。及第点を取ればどんどん進級して、うまく行けばとても若い年齢で卒業し、シャデラン男爵領の領主になる。

「容易なことではありませんよ。あなたの父上は、もう何度も脱走を繰り返しています」

ウェスラー先生が脅すように言う。ぼくは笑った。

「お父様は、お勉強が嫌いだもの。ぼくと違って、無理矢理入学させられて辞められないし」

「あなたは、勉強が好きなのですか?」

聞かれて、ぼくは正直に「いいえ」と言った。

「でも、やりたいことのために必要だもの。そう思ったら、そんなにしんどくないです」

「……あなたは……自分の立場や能力を、よく理解しているのですね」

ぼくはうふふと笑って、頷いた。

うん――分かっているよ、なにもかも。だって鏡に映るぼくは、明らかに可愛いもの。

お姉ちゃん達が美人で賢いことも、他の人と比べてみればすぐわかる。本を読めば、『普通』のひとと、自分の能力や立場の違いも知れる。優しいひとと意地悪なひと、自分のことを大事に思ってくれてるひととそうでないひと、言うことを聞くべきことと適当に聞き流しておくべきこと――チカラのある人間が誰かも大体分かる。

ぼくはとても恵まれているんだ。自分自身も、周りの人間も。

せっかくだもん、使えるものはなんでも使わなきゃ、もったいないよね!