軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

単位と呼ばれた女の逆襲

見渡す限りの広野は荒れ果てて、乾ききった地面にはところどころに亀裂が走っている。ちょっと足に力を込めるだけで跡がつくほど弱った土壌、軽い微風で宙を舞う土、自然の色たるべき緑の姿はどこにも無い、そんな場所で。

デジレ・マクレインの頬を冷や汗が伝った。

隣には同僚のグリンドル。同じくひきつった面持ちでグローヴを填め、周囲に三つの球体を纏わせて既に臨戦態勢はできあがっていた。デジレ自身も自らの得物である大薙刀を手にとって、上体を捻りいつでも飛び出せるようにしてある。

目の前の敵は、まるで予想だにしなかった脅威であった。

「まさかお前を危険物として排除することになるとはな……」

「僕が以前に戦った時は、そんな脅威には思えなかったんだが……」

相対するは、一人の少女。年の頃は見た目十八かそこらだろうか。

人間と違うところをあげるとすれば、耳の代わりに側頭部に飛び出した三角形。獣耳とも呼ぶそれ。そして、片手の指では足りない数の、たっぷり毛を蓄えた尾。

かつて帝国で封印され、今はかの妖鬼の眷属であるらしき、九尾の妖狐。

名を、ヒイラギというはずの、少女。

魔導司書二人との距離は、そう離れていない。相手の表情くらいは手に取るように分かるこの状況は、グリンドルにとっても、デジレにとっても、既に己の攻撃の届く範囲内だ。

だが、だと言うのにも拘わらず手出しをすることは出来なかった。

魔導司書の手にかかればあっさり殺せそうなほどに微弱な力しか発していないあの少女。今だってそうだ、大した魔力も覇気も感じない。なのに、なぜか今は。強大な力を持つ化け物が、己の爪を隠しているようにしか思えないのだ。

「……なに、やるの?」

「依頼を受けてきた。この辺り一帯を消し飛ばした凄まじい力を持つ妖狐が居ると。なれば帝国を守る書陵部の者として、戦わない訳にはいかない」

「死んでもらうぞ、クソ妖狐。一秒だって魔族をのさばらせたくはねえんだ」

「……そう」

「それがまさか、ヒイラギとは思わなかったが」

ヒイラギ。

きっと今グリンドルの口から出たその名詞は、彼女を指して居ながらにして今の彼女に向けた台詞ではない。"ヒイラギ"とは、彼女のあまりに絶妙な実力の小ささから一個の単位として使われてきた言葉だ。彼女一人の力を1ヒイラギと仮定し、その大きさで人の実力を計る。改めて見るとひどい話だが、それを止める者は誰も居なかったのだから仕方がない。

そして、グリンドルの言葉の外に込められた意味を理解して、ヒイラギは笑った。

一笑に付す、という言葉がある。その一例として辞書に載せられるくらいに、今の彼女の笑みを説明するには似合い過ぎた。

「ヒイラギ……ヒイラギ、か。失礼なものよね、こんな妖狐を捕まえて、強さの指標にするなんて。……でもね」

「っ!」

「なっ……!!」

ヒイラギの纏う空気が変わる。圧倒的な実力とその覇気が、ヒイラギの体全身から納豆のねばねばのように発せられた。

「私はッ!! もう昔の弱いままじゃぁないッ!!」

「この……覇気は……!!」

彼女の覇気と同時に吹き荒れる荒野。

デジレは慌てて己のモノクルへと手をやった。彼の最新式スカウトモノクルの画面に、大量の数値が浮かび上がる。

「10ヒイラギ……20ヒイラギ……ばかな、まだまだ伸びるだと……!?」

「なんだって!? ヒイラギは所詮1ヒイラギでしかないはずじゃ……!?」

両の腕でその砂塵の嵐を防ぎながら、横目でデジレを見るグリンドル。だが、当のデジレはといえば、その砂嵐すら気にする余裕もなく食い入るようにモノクル越しに映るあの少女を睨み据えていた。

「200……400……クソ、奴のヒイラギは無尽蔵か……!?」

「そんなことが……!?」

驚愕に目を見開くグリンドル。

デジレ・マクレインが研究の末生み出したスカウトモノクルは、この上なく正常に、レンズに映った者の実力を計ることが出来る物。その数値に狂いがあるとは、グリンドルには思えない。

「はああああああああああああッ!!」

気合いを込めて力を溜めるヒイラギに、思わずグリンドルは固唾を飲んだ。

あまりにも、あまりにも桁が違い過ぎる。こんな奴を相手に、自分は戦えるのかという弱気すら顔を覗かせる。

金に染まったその瞳が、グリンドルとデジレを捉えた。

舞っていた砂埃が落ち着いたそこに居たのは、尋常ではない覇気を纏った少女。

「第五席……!!」

今、いくつだ。

言外にそう思いを込めてデジレを見れば、彼は震える手を自らのモノクルへとやって。

「戦闘力……八千ヒイラギ以上だ……!!」

思わずスカウトモノクルを握りつぶした。

「バカな……限界を超えているじゃないか……!」

「事実だ……オレのスカウトモノクルに狂いは無い……!!」

嘘だ、と思いたかった。だが、目の前にたたずむ少女を見れば、頷けるのもまた事実。恐ろしい力をその身に秘めて、ヒイラギは軽く地面を蹴った。

刹那、小石が音速を超える勢いでグリンドルの真横を通過した。

つぅ、と頬に走った傷から暖かいものが滴り落ちる。

あまりにも予想を超えたその力に、グリンドルがヒイラギを見れば。

彼女は不敵に笑って、言った。

「私はもう、過去のヒイラギじゃないッ!! NEWヒイラギとして、あんたたちに復讐する女ッ!!」

「NEWヒイラギ!?」

「そう!! 私の力、それは狐火に変わる新たな武器!! それは!!」

「それは!?」

「浪漫に溢れたこの拳だァ!!」

「KO☆BU☆SHI!?」

突き上げたその拳とともに、ヒイラギは跳躍する。

そして空中で一回転し、そのまま地面に自らの拳を叩きつけた。

まず、閃光が走った。

ついで、暴風が矢の如く魔導司書二人の周囲を突き抜ける。

そして最後に襲いかかってきたのは、やはりというべきか打ち砕かれて隆起した大地そのものだった。

「ぐおおおおあああああああああああああああああああああああああああ!!」

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

その凄まじい攻撃は、たった一発の拳によって引き起こされたもの。

まるでかの導師の動地鳴哭のような土の津波に、しかし必死になってあらがう二人。

「この拳がッ!! 私のッ!! 全ッ!! 力ッ!! だあああああああ!!」

しかしそれで収まることはなかった。

隆起し陥没し嵐のようにうねる大地に、さらにヒイラギは正拳突きを打ち放つ。

周囲に視認出来るほどの風圧を巻き起こしながら土の壁に叩きつけられたそれは、さながら水平方向に噴射された隕石を彷彿とさせる巨大な弾丸となって、魔導司書二人への追撃となった。

「積年の恨み諸とも、もってけええええええええええええええええええ!!」

まるで光り輝く己の拳に叫ぶかのように、ヒイラギは体の全身を使って最後までその右手を振り抜いた。残心を気迫でもって行い、巨弾の行く末を見据える。

吹き飛んでいく二人の魔導司書を眺めてほっと息を吐き、ヒイラギはニヒルに口元をゆるめた。

「もう、単位だなんて呼ばせない」

「っていう夢をみたんだけど」

バカか。バカだバカだとは思ってはいたが、バカか。

大まじめにそんな夢を語るヒイラギに、思わず白い目を向けていた。

「バカか」

結局声が漏れた。

「だ、だって! あんまりにもあいつらムカつくのよ! 人のことを単位なんかにしてくれちゃって!!」

「実際単位にしていじってんのは俺とヤタノちゃんだけだから。安心しろ、奴らはそんなこと思ってない」

「そういえばそうだったッ!!」

愕然とするヒイラギ。

いや、夢の中身には凄まじいツッコミどころがあるんだが、その中でもヒイラギの口調が完全にワイルドアー○ズなのが一番どうしてくれようという感じだ。

なにはともあれ。

「いや、お前に拳は無理だから諦めろ」

「えっ」

にわかにシャドーボクシングを始めた目の前の眷属に、さっさと素直にレベル上げさせてやろうと固く誓うのだった。