軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八話 トゥントII 『再会、或いは物語との別離』

クレイン・ファーブニルは光の神子だ。

教国南方の片田舎で農家の息子として生きてきた少年は、二年と少し前に突然自らに宿った光の神子の体質を見込まれて、教国の切り札として育てられることになった。

そんな彼が旅に出てしばらく。久しぶりに訪れた教国の景色は、以前と余り変わることもなく"戻ってきたこと"をクレインに教えてくれていた。

第一大陸南部ならではの、温暖な気候。

それに伴い、街道に根付く木々もどれも懐かしいものばかりだ。

たまにトレント系の魔獣が湧くことがあり物騒なのも、教国ならではの道中風景と言えた。

とはいえ。

今のクレインにとって、それらは余り関係の無いことだった。

「ねえクレイン」

「……」

「クレインってば!」

「うぇ!?」

若干の怒りを含んだ声に慌てて反応して、クレインは反射で視線を動かす。

耳が音を受信した方角そのままに右方に目を向ければ、"あたしは今怒っています"と言わんばかりに頬を膨らませた桃髪の少女が腰に両手を当ててお冠だった。

はっと我に返って辺りを見渡せば、いつの間にかトゥントの街に到着していたようだった。山道に入ったところまでは覚えているが、色々と考えている間にどうやらトゥントまで到着してしまったようであった。

近くに居るのは、"状態異常:お怒り"のハルナのみ。

この場にリュディウスが居ないところを見ると、おそらく宿を取りに行ってくれたのだろう。前回ナーサセス港でクレインが行ったので、確かに次はリュディウスの番であった。

「ちょっと大丈夫? ぼーっとしちゃって」

「あ、ああ」

先ほどのぷんすこ状態から、打って変わって心配そうにクレインを見上げるハルナ。プリーストという職業であることもそうだが、やはり彼女の性格的な優しさもあって、こうして気遣ってくれているのだろうことはクレインにも分かる。

だが、実際のところクレインはそれどころではなかったのだった。

思い返すのはナーサセス港での出来事。

"妖鬼シュテン"を追って旅をしているという青年――デジレ。彼の出自は分からなかったが、とにかく圧倒的な強者であることは伺えた。

であればこそ、妖鬼シュテンという存在と長物の扱いを教わろうと思ったのだ。

デジレは、妖鬼シュテンについては教えてくれた。"珠片"と呼ばれる危険物を集める為に世界を放浪する魔族。"珠片"をデジレが研究している折にその場所へと襲い掛かってきたばかりか、様々な重要建築物を破壊したシュテンに対して、大きな恨みがあるのだとか。それ以上に魔族が嫌いらしいが、詳しいことは聞いていない。

そして、長物の扱い。棒術と法術を駆使して戦うクレインは、基本的に中距離での戦闘を行うポジションだ。だが、ハルナやリュディウスと違い自分の役割が少し中途半端であり、このままではこれからの戦いに支障が出てくると考えていたのだ。

そこに、長物を扱うらしき強者。

教えを乞いたいと考えたクレインの提案に対して、デジレはクレインを頭からつま先まで眺めてから、言った。

『……どうなりたいんだ?』

『え?』

『見たところ、基礎はしっかりしている。師が良かったんだろう。体幹も出来上がっている。足りないといえば筋力だが、それは過度に鍛えればきみのような年齢ではむしろ成長の妨げになる。よって体力トレーニングと柔軟くらいの指摘しか出来ない。だが』

『だが……?』

『それで満足できていないからオレにそんな提案をした。それは現状に満足が出来ていないからなのだろう? ではまずきみがどう強くなりたいか、その方針を決めなければならない』

『いや、でも長物の技術が向上すれば』

『オレたちが扱うこの武器は、直剣や弓とは違い多くの戦闘スタイルがある。極めたい、強くなりたいと思うのなら、その中の一つに絞らなければ人間では時間が足りない』

『……そう、ですか。スタイルの、確立……』

『レイン。きみは、一人で旅をしているのか?』

『いえ、仲間とブレイヴァー稼業を』

『ならその仲間たちに出来ないことを最優先に考えるべきだ。もっとも必要な力の振るい方。それを見つけたら、その時は……いや、もしかしたらその時にはオレの指南など必要ないかもしれないが。またその時にレインがオレなどの話を聞きたいと思うのならまた来るがいい』

『あ、ありがとうございました……!』

とても親切な人だった。

突然絵画に叫びだしたり、よほどその妖鬼シュテンに恨みがあるのだろうことは分かったが。それを差し引けば、とても素晴らしい人だとクレインには思えた。

それこそ、偽名を名乗るのがとても申し訳なくなるくらいに。

だが、それ以上に"自身のスタイルの確立"という課題が大きくのしかかった。

教国で光の神子として鍛えられた棒術は、所謂法術ありきのオールラウンダーとしての力だった。けれども今は仲間がいる。

自分よりも前衛として長けたリュディウス、自分よりも後衛として優れたハルナ。

その二人に挟まれる形で、自分だけが出来る仕事というのが見つからずにいた。

だからせめて長物をもっと強く。そう思ったのに、棒術のスタイルを確立するのが先であるとデジレは言った。

棒術のスタイルの確立。一人ではなく、パーティ単位での働きとしての自分。

考えれば考えるほどに、分からなくなる。

強くなりたい。けれど、がむしゃらにやったところで意味がない。

そうすると、ぐるぐると思考は巡るばかりでどうしていいか分からなかった。

自分が、棒術でどのようなスタイルを築けばいいのか。

どうすれば、パーティに必要不可欠なポジションに立てるのか。

そんなことを悩んでいると、ついぼうっと呆けてしまうのだった。

「で、ごめん何だっけ」

「もー。だから、あたしトゥント初めて来たから案内してって言ったの!」

「リュディは?」

「リュディは夕方に酒場で合流! さっき言ってたじゃん!」

「そうだったっけ。ごめんごめん。……いいよ、トゥントの案内しようか」

「うん!」

ハルナに心配させていたことは素直に申し訳ないと思いつつ、クレインは頬を掻いた。クレインにとっても、久々のトゥントだ。それこそ、幼少期に来て以来。

山と山の中間に造られたこの街は、元々は小さな集落だったらしい。

だが教国が力を付ける内に要衛としての機能を持ち始め、それからどんどん城塞都市としての増改築をされ続けてきた。

実際クレインが以前に来た時よりもさらに街が広がっている気がするくらいだ。

少々無骨な、土を焼いて作ったであろう白い壁。街全体に四角い建物が多く、そのほとんどが矢掛などの防衛手段を持っていた。

民家に至るまで戦闘に備えることが出来、もしナーサセス港が落とされてもすぐに奪還出来るように 十字軍(クロスレギオン) も多く駐屯している。

そんな街だから、武器や防具の品ぞろえも良く、後でより良いものがあれば買い替える予定も立てていた。

「トゥントは鍛冶も盛んなんだよね? ちょっと色々みたいな!」

「ああ、じゃあメインストリートの方へ行こうか」

山の中腹というだけあって、粘土や鉄の出土も多い。このトゥントが防衛に適するもう一つの理由が、武器を余裕を持って生産出来ることだった。

もちろん、武器の他にもアクセサリや工芸品なども売られている為、きっと露店の冷やかしも楽しいものだろう。ジュスタの動向が掴めない今、ひとまずトゥントで情報収集をする予定ではいた。

買い物ついでに諸々聴いておくのもいいかもしれないと、クレインは考えていた。

「おっかいものー! おっかいものー!」

「あんまりアクセサリ増やしてもダメだからね」

「えー。備えあれば憂いなしだよクレイン! いつどこでどんな敵に会うか分からないんだから、アクセサリはあるに越したことはないよ!」

「それでも防具より高いものをいっぱい買うのはちょっと……」

わくわくが隠せない、と言った様子で街中へと進んでいくハルナ。人通りも多いこの街の中ではぐれてはいけないと、慌ててクレインは追いかける。

と、そんな時だった。

「あれ?」

人通りの多い中にあっても、目立つ存在というのは居るものだ。

それはプレッシャーで分かったり、感覚で分かったりと色々あるが、一番すぐに気づくのはやはり視覚から来るものだ。

頭一つ抜けて長身の人物が通りの中に居れば、クレインでなくとも一度は視線を向かわせてしまうだろう。目的の人物に声をかけようとクレインは近くへふらりと向かった。

「見つけたら連絡を。こちらまで連絡を求む。報酬は書いてある通りだ」

「……何してるんですかデジレさん」

「ん? ああレインか。数日振りだが……そうか、きみもトゥントに」

「ええ、ちょっと色々ありまして」

蒼髪をオールバックにし、知的なモノクルをかけた青年。いつ見ても冷徹で鋭い印象を受けるが、こうして親切に対応してくれる御仁。元々年上の知り合いが多いクレインであったから、彼がどんな人物であるのかだいたい分かる気がしていた。

部下や年下には優しく、そして容赦をしないタイプ。

もし彼に部下がいれば、人気は高いだろう。優しさと甘さをはき違えない、頼もしい上司のような存在。それが、デジレという青年にクレインが持ったイメージだった。

そして、強ち間違っているというわけでもない。

「で、何をしてるんですか?」

「ビラ配りだ。奴を探す為のな。あの時は世話になった」

「いえ、こちらこそ」

す、と差し出された一枚のチラシ。そこには、クレインが以前書いた妖鬼シュテンの似顔絵と、発見者に対する報酬額や、デジレ・マクレインのサインが書かれていた。現在はトゥントの一部屋を借りているらしく、その住所も記載されている。

「妖鬼シュテンもこの近くに?」

「ナーサセス港で、一人の老婆からの報告があってな。それによると、ナーサセス港付近の浜にそれらしき男と九尾の魔族の姿があったらしい。となれば、ナーサセス港よりもトゥントに向かったのではないかというのが、オレの予想だ」

「なるほど、それは確かに」

「ところでレイン。もし時間があればでいいんだが」

「ああ、良いですよ。半分ください」

「……察しの良さが助かる。うちの研究員が懐かしいな」

何かに浸るように上空を見上げたデジレから、彼の持っている半分ほどのチラシを受け取る。時間があるなら、配るのを手伝ってもらえないかということだろう。

と、受け取ったところで気が付いた。

「……あれ、ハルナ?」

「ん? 誰かと共にいたのか? オレのところに来た時には既にきみ一人だったが」

「わ、そうですか! ちょっと探します! あ、これ必ず全部配り終えますね!!」

ヤバいヤバい、そう言いながら身を翻すクレイン。

去り際に一礼した彼に軽く手を上げることで応対して、デジレはその背中にポツリと呟いた。

「……光の神子、クレイン・ファーブニルか。きみはどちらの道を歩むのか……」

ハルナとはぐれたクレインはしばらくの間メインストリートを探し回っていた。

主立ったアクセサリショップはこの辺りに密集しているはずであったし、ハルナが向かいそうな場所は他に思いつかなかったからだ。

もしかすると、はぐれたことを察知して待ち合わせ場所として決めてある酒場に先に向かったのかもしれない。

粗方メインストリートを探し終えたクレインは、そんな思いと共に酒場までの道を歩むことにした。

律儀にデジレから貰ったビラを道行く人に配りながら歩いていたせいで、もうそろそろ受け取ったチラシが全てなくなりそうだ。あと十枚あるかないか、というところだろう。

酒場は、メインストリートからさらに少し奥に行った、住宅街との境目の辺りにある。この街では、宿屋とセットになっていないただの酒場は一つだけだ。

だからこそ兵士たちのたまり場にもなっていたし、情報収集には持ってこいだと言えた。

そんなわけで酒場に向かって馬車一台分程度の幅の道を歩いていたその時だった。探し人を見つけたのは。

いや、探し人と言っても、ハルナではない。

もう一人、わざわざその人物を追うためだけに教国に戻ってきた相手。

ジュスタの姿が一瞬見えた。

向こうもこちらを察知したようで慌てて逃げていく。それも、住宅街の奥の奥へと。クレインは、弾かれたように走り出した。

「待ってくれ! 僕たちは追手じゃないんだ!」

「……ブレイヴァーが何を……!」

「ブレイヴァーだけど、依頼を受けているわけじゃない!」

自分でも説得力がないのは分かっていた。

それでも、彼女の目的を聴いてしまったからには追いかけないわけにいかなかった。

"共和国の救済"

実際にどのようなことを考えているのかは分からない。だが、明らかに血の匂いしかさせないその言葉。かつての栄光、愛国心が突き動かす何かがあることはクレインにも分かる。

だが帝国に併呑されてからの共和国領が無下に扱われているかといえば、そうではない。そして彼女は、公国の法規を犯した。

公国といえば、自由の国としても知られている。よほどのことが無い限り法を破るなどということはない。ということは、よほど危険なことをしている証拠。

ハルナよりも年下に見える彼女が、何をしているのか。

いや、何をさせられているのかが気になった。

「待ってくれ……!!」

ジュスタはこの街に居た。

何をするつもりなのかは分からない。共和国領に戻らない理由も分からない。

だが、彼女が何かよからぬことに巻き込まれているのではないかという根拠のない確信だけがあった。

だから事情が聴きたい。けれど、ブレイヴァー登録をしている自分たちは"犯罪者を捕まえれば報酬が出る"。そうなれば、彼女を追う理由など邪推されても仕方が無かった。

「相変わらず、はっやいなあ……!!」

追い付けない。

駆けて駆けて、彼女は自分の得意な路地裏へと入り込んでいく。

そうなればもう、地形さえ理解できていないクレインが彼女を見失うのも時間の問題だった。

そして、鬼ごっこはまたしても終わりを告げる。

しかし今回は彼女を見失うという形ではなかった。

クレインが曲がり角を勢いよく曲がったその瞬間。

「ぶ!?」

「いて」

誰かにぶつかり、クレインは思わず手に持っていたチラシをばらまいてしまう。

追いかけるべき対象の姿はどこにもない。ひとまず、ぶつかった相手に謝罪をして、散らかったチラシをかき集めなければならなかった。

「すみませんすぐ集めます!」

「ああ、手伝うよ」

「ありがとうございます……!」

といっても、十枚程度だ。

石畳で出来た道に散らばったそれらを回収するのに、十秒も要らなかった。

三枚ほどを拾ってくれた目の前の人物からチラシを受け取って、そこで初めて顔をあげる。

「しかし、こんなに上手い絵をあのデジレが書けるとは思えないんだがなあ」

「あ、それ実は僕が書いたんです。人物画はあまり得意じゃないんですけどね」

「いや、中々ナイスガイだと俺は思うよ。うん、絵の才能がある人は羨ましいぜ」

「あはは、ありがとうござい、ま……」

「あん? ……あり?」

目の前の御仁は、先ほど話題に出たデジレと同じくらいの身長を持ち。

それでいて大柄で、どこか憎めない雰囲気を持った、

黒い二本角と群青色の着流しが特徴的な、

妖鬼であった。