軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十三話 666ばんすいどう『鬼神シュテン』

――半日ほど前。

「古代呪法――葬魂幻影――改め」

「は?」

「第一創造魔導・還魂再霊」

「は?」

その言葉を聞いた瞬間、ヒイラギの黒馬をシュテンはどついた。

「行け、ヒイラギ!!」

「ちょ、シュテン!!」

「鬼いさん、本気出さなきゃいけねえみてえだからよぉ!!」

がらがらと馬車の遠ざかっていく音と、ヒイラギの後ろ姿を見送って。

シュテンは、一つ小さく息を吐く。

「さぁて、マジでちょいと洒落になんねえぞルノアール。暴走一号だけならまだしも、お前、ちょ、これ、おい」

還魂再霊。

ルノアールが唱えたその魔導は、彼の上空に豪奢な扉を作り出すものだった。

まるで天界への門。両開きの扉はシュテンもよく見る"RPGの扉"のような造形で、それでいて神々しく眩い光を放っている。

ただ扉が現れただけなら、シュテンとて「ちょ、おま、偉そうなこと言って、かっこいい技名で、扉出すだけ、とか、おま、ぶふぉ」と指をさして笑うだろう。

だが、その扉が開かれた先に、見覚えのある者たちが居るとなれば話は別だ。

古代呪法・葬魂幻影改め、第一創造魔導・還魂再霊。

葬魂幻影という魔導を、シュテンは確かに記憶していた。

魔界四天王"理"のグラスパーアイが使用した、死者の魂を縛り付け、使役するという人の道を外れたそれ。

あの時は五英雄が呼び出され、シュテンとてそのうちの一人"ヴォルフガング・ドルイド"を倒すのが精いっぱいだった。

あとの三人はテツがやっつけた。

その葬魂幻影に、改めなどという言葉が付いた。

ただでさえ大きすぎる葬魂幻影に、どんな改良が成されたというのだろう。

シュテンはRPG的に思考を重ね――目の前に現れたのは、考え得る限り最悪のパターンだった。

なんか、五英雄が量産されてわんさか出てきた。

「ふ――」

魔導を放ち、用は済んだとばかりに距離を取るルノアールに向けてシュテンは叫ぶ。

「ざっけんなコラァ!!! 馬鹿か、馬鹿なのか!? ここに来て五英雄がぽこじゃか出てくる!? ラスボス級が雑魚敵みたいに現れるラストダンジョンあるあるですか!? それが全部俺を殺しに来るの!? 馬鹿!? オバカさま!?」

「鬼神も居るよ」

「オオオオオオオオオオオオオオ!!」

「やかましいわ!!!!!!!!!!!!!!」

魔導の鎖で固められた鬼神が、シュテン目掛けて解き放たれる。

同時、還魂再霊の門をくぐって現れる――五英雄だったもの。

教国史上最強の光の神子ランドルフ・ザナルガンド。

公国が誇った唯一のSランク 冒険者(ブレイヴァー) アレイア・フォン・ガリューシア。

王国における今代の聖剣の担い手カテジナ・アーデルハイド。

共和国に生まれた突然変異の斧使いヴォルフガング・ドルイド。

彼らが――まるで際限のない軍隊蟻のように何人も何人も湧いて出る。

「んっんー!! これでお前もおしまいだぁ、鬼神シュテン!!!」

「残念だなルノアール!! こういうお約束は、だいたいこの五英雄は量産型でオリジナルよりも何倍も弱いって相場が決まってるんだよ!!」

「えっ、なんで知ってるの」

「俺だからかな!!!!!」

――第一神機・草薙、展開――

背中に負った棒を引き抜き、斧へとその姿を変える。

同時横薙ぎに一振りすれば、眼前に迫っていたアレイアもどきの魔導は打ち消せた。

そのままステップして振り下ろし、ランドルフもどきを一刀両断。カテジナもどきの聖剣を紙一重で避け、襟を掴んで斧で殴る。

「なんだよ……やれんじゃねえか!!」

はっ、と気炎を吐くシュテンとて気が付いていた。

確かに弱い。おそらくはもう、彼らの中に魂などは残っていない。

力だけはあるが、それを十全に使う技術がない。

だが、数が多すぎる。

おまけに。

「ヴォオオオオオオオ!!!!!」

敵味方の境なく、ただひたすらシュテンを目指して斧を振り回すもう一人の鬼神の存在が、もはや災害と化していた。

「ざっけんなチクショウ、完全に圧殺状態じゃねえか、冗談じゃねえ!」

「ヴォオオオオオオオ!!」

「うるっせえなステージギミック!!」

飛び掛かってくる鬼神の背後から、カテジナもどきの聖剣によるビーム。

アレイアの魔導まで飛来して、避けきれないよう的確にヴォルフガングもどきが逃げ場を塞ぐ。

連携は稚拙にしろ、どこを見ても敵というこの状況は些か以上に体力を持っていかれるものだった。

以前、デジレと数日間ひたすら殺し合いをしていたのが可愛く思えてくるくらい、綺麗に一撃入ろうものなら命を持っていかれるという状況はシュテンにとっても苦しい状況だ。

草薙――鬼殺しを二本の棒へと切り替えて防御態勢に入るシュテン。

しかし際限なく増え続ける敵を前に、この状態を続けるのも悪手だ。

何かしらの打開策がない限りこの均衡は八方ふさがりで、しかしその策そのものが賢くないシュテンには浮かばず仕舞い。

ただ、一つ分かることがあるとすれば。

「んっんー! 早く死なないかなあ」

ルノアールが後方で見守っていること。

そして、彼の表情にある程度の疲労が垣間見えるところだった。

この魔導の維持には相応の魔素が必要で、尚且つルノアールは所詮ただの人間。

ならば、時間稼ぎそのものが効果的な可能性もある。

そう踏んだシュテンは、がむしゃらに斧を振るった。

なに、自分がここで足止めされていようとも、頼もしい仲間たちが居れば魔王ごときどうとでもなる。

惜しむらくは、その雄姿を見届けられないことくらい――

「ってそれ結構重要じゃねえか!!! クレインくんが魔王倒すシーンだぞ!? 行かせろよ!! ルノアールてめえ絶対!! 絶対許さねえ!!」

「え、なんで突然殺意むき出し?」

「お前これあれだぞ!! これで俺が、クレインくんの魔王退治シーンに間に合わなかったらお前、お前!! えっと、その……ばか!!」

「唐突なボキャブラリーの貧困に、ワターシも困惑せざるを得ないんだが」

ルノアールはともかく、シュテンにとってはこの戯言もある種の発破だった。

自分が意識を保ち、戦い続けるために。

まるで蟻地獄だ。

終わりの見えない戦いは坩堝のようで、だからこそ苦しい。

だというのに、この男は。

「――っておい、どこに行くつもりだ量産型ども」

ルノアールが小さく、何かの合図のように手を振ったのをシュテンは見逃さなかった。

同時に動き出すのは、少数の幻影たち。

彼らの行く方角にあるのが魔界六丁目と魔王城であることは、すぐに分かった。

だから、

――第一神機・草薙、展開――

その手に持っていた二本の棒を、そのまま二本の鎗に替えて、そのまま投擲した。

魔王城への道、魔界六丁目への道。

双方の地面に、鎗が突き刺さる。

と、五英雄の量産型たちはその気配に気づき振り返った。

ルノアールが一人、額を押さえる。

「んっんー、妙に苦戦してるみたいだから加勢を送りたかったんだがぁ? まあ、こいつらに思考能力は殆どないしなあ」

「俺との戦いばかりに気を取られるわけにはいかないってか。なめんじゃねえぞ。魔王城でも、魔界六丁目でも、俺の大事なダチが必死こいて戦ってんだ」

無手に炎を纏わせて、シュテンは構える。

「――全員纏めて相手してやるよ、かかってこい」

「ぎゃあああああああああ!! やっぱりおひとりさまずつ、おひとりさまずつお越しください! あんたさっき来たでしょ!? 卵の割引は一人一回だ帰れ!!」

数刻後。シュテンは必死こいて戦っていた。

もはや数百人目になろうかというカテジナの腹部を拳で貫き、吼える。

「誰の卵だよ!!」

「ワターシも知らないよ!!」

ぎゃーすかぎゃーすか、気の抜けるようなやり取りであっても殺し合いには変わらない。挙句、シュテンの武器は生身一つだ。ルノアールの表情に表れていた疲労は今も健在だが、シュテンの体力はその比でないほど持っていかれている。

もはや、息継ぎすらもしんどい有り様だった。

気づけば着流しもボロボロで、裂傷のない皮膚なんて殆どないほどで。

それでも致命傷だけは避けていられるというのは、これまでの旅で培った経験の賜物だろうか。

「ヴォオオオオオオオ!!!」

それでも凌ぎ切れないのは、鬼神――つまりは、暴走状態にある一号だ。

珠片を二つ取り込み、シュテンの知っている彼よりもずっと強くなっていた豪鬼の男。

そんな彼を相手にしているからこそ、ここまでの疲弊があった。

一瞬、シュテンは目を伏せる。

「なあおい一号てめえよお。悔しくはねえのかよ。こんなにされて」

「ヴォオオオオオオオ!!!」

「イエスかノーで応えろよぉ!!「おおおお!」おおおじゃねえよこんタコ!」

「ヴォオオオオオオオ!!」

クソが、と舌打ちするも、それで一号が正気に戻るわけもなく。

「……そうかよ、わかった」

――覚悟を、決めた。

このまま戦っていても、きっと一号が目覚めることは無いだろうと。

そして、これ以上時間を取られるわけにはいかないと。

ルノアールに攻撃を届かせようとすれば鬼神が邪魔で、その鬼神を倒すにはためらいがあった。

二百年前、旅を共にした友なのだ。

だが、これ以上はシュテンの身ももたない。

「なに、テメエの頑丈さは俺がよく知ってる。死にはしねえと信じてるぜ」

半ば祈りにも似た台詞を吐いて、シュテンはその身体を緋色に染め上げた。

――鬼神化。

鬼族が使用する一時的な強化手段である鬼化よりも、さらに上の力を発揮できるようになる鬼族の固有スキル。中でも鬼神と呼ばれるような者にしか使用を許されない、神の域にある業。

「んっんー!?」

「まだ余力があったのかって顔だなおい、ルノアール!! ねえよそんなもん!! 俺が鬼神を倒すか、間に合わねえか、その賭けってヤツだよチクショウ!! なんで俺がこんな目に!!」

「日頃の行いじゃないかなぁ!?」

シュテンの瞳が金に輝く。

一閃と共に量産型が消えていく。

引きつったルノアールの顔。

魔素を削り切る時も近いかと、シュテンは少し口角を上げる。

「さあ、デッドレースと行こうぜぇ!!」

嬉々として拳を振り上げ、鬼神への一転攻勢。

右、左、上、下。次々に飛ぶ拳打に、さしもの鬼神も手硬い防御を選ぶしかない。

だが、その防御とていつまでも続くものか。

シュテンとて、これまでの戦いで得たものがある。

戦ってきた強い相手が居る。

ただ力自慢だけの鬼神に、今更負ける道理もない。

――この鬼神化で、体内の魔素が失われるその時までは。

「おらあああああああああ!!」

一撃が、顔面に突き刺さる。

大きく吹き飛び、量産型の十数を巻き添えに地面をがりがりと削って止まる。

残心とばかりに息を吐いたシュテンは、しかしすぐさま二の矢という名の拳を叩き込むため跳躍した。

だから。

「……あ、にき」

「っ!?」

瞬間、意識が戻ったように鬼神の瞳に光が映る。

「一号!!」

シュテンの一撃は、言うまでもないが重いものだ。

あのレベルから放たれる鬼神の物理攻撃。軽いはずがない。

シュテンが鬼神や五英雄の攻撃をかろうじて避け続けていたように、相手とて一撃を貰えば終わり。それがシュテンの戦いだ。

鬼神化をしている今となれば、猶更だった。

だから、意識の戻った一号の声も弱弱しい。

けれど鬼族の頑丈さはシュテンとてよく知っている。

声をかければまだ、息はあったのだ。

「――兄貴。すみません、迷惑をかけて」

「へ、ふざけんな馬鹿野郎。さっさとこんなとこ――」

おさらばするぞ、と言いかけて、背後からの五英雄量産型の攻撃を防ぎ、弾き、拳をくれる。

一号の意識が戻ったからか、確かに安堵はあった。

けれどその不意を打とうとする丸出しの殺意に後れを取るほど、鬼神シュテンは安くない。

は、ざまあみろ、と上がった息を整えながらシュテンは吼えた。

もはや魔素に残りはなく、鬼神化も切らざるを得ない。一号の意識が戻ったのなら、余計にだ。

だから、とっとと帰ろう。

ユリーカのやつも、一号が生きているとなれば喜ぶに違いない。

そう思って、シュテンは改めて振り返って。

鈍い、肉の音に瞠目した。

「ヴォオオオオ!!」

「て、め。意識、戻った、ん、じゃ」

腹部に突き刺さった、戦斧の穂先。

魔素を殆ど失ったシュテンの薄い防御を、紙切れのように貫いたそれ。

「んっんー!!」

薄れゆく意識の中響く、勝ち誇ったようなルノアールの声。

「一度意識を戻すくらいはぁ、造作もない!! 油断したな鬼神シュテン!!」

「こんの……ルノアールッ……!!」

睨む先には、最早ルノアールの姿はない。

シュテンの一撃に、ほぼ力尽きていた一号と。

折り重なるようにシュテンが倒れたその瞬間。

「ふぅ。さ、さっさと魔王城戻ろう」

量産型の魔導を切って、魔素の使い過ぎで息も絶え絶えのルノアールは、よろよろと魔王城へと戻っていった。

シュテン は めのまえ が まっくらに なった !▼

「ええ……どこですかここは」

真っ白な空間だった。

上下左右、全てに先行きの見えない不気味な白。

ここが、女神の聖域であるとシュテンはよく知っている。

だが、肝心の女神が居ない。

あいつどこに行った、としばらくうろついていたシュテンが見つけたのは――

「兄貴! 良かった!! ここに居たんですね!!」

久方ぶりに見る、いつかの旅の友人。

豪鬼一号だった。