軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十一話 魔界六丁目X 『ヒイラギ』

『逆に眷属にされちゃったの!! この私が!!』

『そのたかだか数か月、随分楽しそうにしちゃってさ。あーあ! 私も一緒に遊びたかった!』

『だいたい幾つくらい集まったのよ。旅の目的は』

――魔界地下帝国は魔界六丁目跡。

「超高密度不定形魔素結晶。あのイカれたクソ妖鬼に言わせりゃ"神秘の珠片"」

「それが三つ、ヤツの体内に取り込まれてやがった」

帝国書院書陵部魔導司書現第二席デジレ・マクレインの口から苦々し気にもたらされた報告は、魔導を専門とする者の表情を引きつらせるに十分なものだった。

グリモワール・リバース。この地に集った聖典への叛逆者たちは、しかしそれでもこの窮地に諦めの感情などはない。

帝国書院魔導司書の中でも、魔素構造理論に精通する面々がこの場には揃っている。

第八席ベネッタ・コルティナ。第十席グリンドル・グリフスケイル。

魔素を欠乏させて気を失っているヤタノや、基本的に学問に明るいわけではないテツに比べて、若手の魔導司書たちは現代魔導の理論観点から、この状況を理解していた。

特にデジレは、その超高密度不定形魔素結晶を題材とし、これまでに何本も論文を仕上げている研究者だ。

ただ捜しものとしてソレを追っている妖鬼よりも、遥かに珠片に対する理解は深い。

ベネッタやグリンドルも彼の論文には目を通しており、彼ほどではないにせよ珠片への知識はあると言える。そしてここにはもう二人ほど、魔導の学問に見識を持つ者がいた。

「つまり超高密度不定形魔素結晶とやらを切除することが出来れば勝ち目はある……ということだね」

「やりようはある。問題はあの魔神……ないしは不定形魔素結晶にしっかりと圧力を加えることが出来るかどうかだ。このボクたちにね」

赤髪をツインテールに纏めた少女――ミネリナ・D・オルバが口元に手を当てる。口にしたはいいが現実的には難しい。そう言わんばかりの彼女の表情に対して、しかしもう一人――シャノアール・ヴィエ・アトモスフィアの顔色は比較的明るかった。

やってやれないことはない。

そう、心から信じていそうな頼もしい瞳。

彼自身から感じる魔素も覇気も乏しいながら、それでも流石は導師シャノアールというべきか。リーダーシップを取る姿は、魔界六丁目を今まで守ってきた傑物としてのカリスマを感じさせるものだった。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

魔神が咆哮すると同時、一歩前へと踏み出す。

彼女の周囲から噴き出た魔素と、その纏った炎が吹き荒れて、ついに魔界の空へと届こうかという魔力量に達してしまっている。

これ以上彼女に力を蓄えさせる前に倒さなければ、魔界地下帝国はおろか地上の世界も破滅の一途をたどってしまうことになる。

魔神の熱量によって、既に地下を支える天空の岩盤は融解寸前だ。

これで崩落などしようものなら、魔神はそこから地上へと乗り出すに違いない。

そうなればこちらの敗北だ。魔神が地上へと乗り出す前に、決着を付けなければならない。

この場に居る戦力がどれほど貴重かなど、火を見るよりも明らかだ。

魔神を睨み、集ったグリモワール・リバースのメンバーを見て、シャノアールは一人考える。

人類最高戦力たる帝国書院から、

第二席デジレ・マクレイン

第三席ヤタノ・フソウ・アークライト

第八席ベネッタ・コルティナ

第十席グリンドル・グリフスケイル

光の神子率いる、打倒魔王を掲げる一派

クレイン・ファーブニル

リュディウス・フォッサレナ・グランドガレア

ハルナ

ジュスタ・ウェルセイア

魔界地下帝国はシャノアール派より

シャノアール・ヴィエ・アトモスフィア

ユリーカ・F・アトモスフィア

ヴェローチェ・ヴィエ・アトモスフィア

レックルス・サリエルゲート

ミランダ・D・ボルカ

他にも、イブキ山からの援軍であるフレアリール・ヴァリエやタリーズ、ヒイラギ。そしてテツミナカンパニーのテツとミネリナ。

これだけのメンバーが揃って魔神に勝てなかったのなら――たとえ地上に帝国書院の頂点に座す現人神が居るとは言え、世界の行く末は地獄のそれだ。

ヤタノとミランダ、そしてシャノアールにベネッタと、殆どの力を使い果たしてしまった者も多い。

他の皆も、万全とは言い難い体力魔力の状態に無理を言わせてこの場に立っている。

状況は苦しい。

だがそれでも、ここで食い止めねばならなかった。

とはいえだ、とミネリナが言葉を遮る。

「そもそも切除なんて出来るのかい? 私の知る限り、一度取り込まれてしまった珠片というのは魂に溶けて混ざり合うものだったはずだけれど」

「あァ、その解釈で合っている。だが今回のケースであれば、おそらく魔神降臨を無理やりにでも成す為の媒介にしたんだろう。切除ないし、吐き出させることは可能のはずだ」

魔神を一瞥し、飛んでくる炎を大薙刀の 神蝕現象(フェイズスキル) で打ち払いながら、デジレは続ける。

「あの巨体を支えるほどの魔素ともなりゃあ、自分で生み出すのはほぼ不可能に近い。あの召喚方法では到底、空気中から魔素を循環させることなど出来はしない。そして、魔素を失えばその時点でヤツは自重を支えることなんてできなくなる。そうなりゃ詰みだ」

つまり。

「逆に言えば奴ら魔王一派はこの神秘の珠片の使い道を、己らの強化ではなく魔神のサポートに使ったってわけだ。魂に取り込むのとは、使い道が全然違う」

オレも研究の時に色々試したもんだがな、と最後に締めくくって、デジレはシャノアールへと視線を寄越す。一度は目を瞬かせるシャノアールだったが、呑気に会話をしている余裕もないことだ。

軽く咳込んでから、シャノアールは頷いた。

「専門家の意見に従おう。神秘の珠片を魔神から切除するのが最優先目標にして最終目標となるだろう。となると、有効打たりえるのは……」

「まぁ……デジレと、ぼくじゃあ、あらんせんか?」

「そうだね。魔素を無効化出来るキミたち以外にはあり得ないか」

「僕も、やれます!」

「クレインくん?」

魔神からの攻撃を防いでいたクレインが、振り向きざまにそう言った。

胸の辺りをぎゅっと握りしめた彼の瞳には、強い意志が宿っている。

目を細めたシャノアールは、しかしそこで気が付いた。

なるほど確かに、魔王を倒す光の神子の力ならば、魔神にも有効に働く可能性はあるのだと。

「危険だが、やれるかい?」

「はい! もとより僕は、世界を救うために旅に出たんですから!」

「はは、そいつぁ頼もしいじゃああらんせんか。ねえ、導師」

「……そう、だね」

からからとテツは笑う。その屈託のない笑みに、シャノアールも少し絆されたように口角を上げた。

先の魔王城での戦いで築いた信頼。テツにとっても、シャノアールにとっても、クレイン・ファーブニルという少年が培った意志の力は敬意を表するに値するものだったのだから。

「なら、こうしよう――」

シャノアールの提案で、簡易的な班編成が成された。

ヴェローチェとレックルスは、依然セクエンス・サリエルゲートと事を構えているから一旦保留。

また、シャノアール、ミネリナ、ミランダ、ヤタノは既に戦力外として、タリーズとベネッタはその護衛として後衛待機。

クレインと共に魔神へと突貫するのは、いつものリュディウス、ハルナ、ジュスタの三人に加えてグリンドルとフレアリールだ。

見知った面々であれば動きやすく、フレアリールを加えることで遠距離にも即応可能とシャノアールは判断した。

魔神突撃第二班は、テツとユリーカの二人組だ。

ユリーカは最初、テツに護衛など必要ないのではと首をひねったが、テツが自ら頼み込んだ。実際、この二人の組み合わせであれば、ただ敵に突っ込むだけならば無敵に近いだろう。

ここが、魔神の珠片を仕留める為の本命となりそうなチームだった。

そして、デジレと共に魔神へ立ち向かうことになったのが――

「ま、余りもの同士仲良くしましょ?」

「誰が余りものだ、誰が」

九尾狐の魔族、そしてあの鬼神の眷属である少女――ヒイラギだった。

大薙刀を肩に掛けるデジレの隣で面倒臭そうに魔神を見据える彼女のことを、彼はふと思い返す。

思えばこの九尾とは、何度か相対したことはあったものの、まともに会話をした覚えは殆ど無かった。

魔法少女呼ばわりされたのがせいぜいだが、どうせあのクソ妖鬼の入れ知恵なのでカウントには値しない。

なのに突然連携を、と言われても困るのが正直なところだった。

そも、出会った当初を考えれば目の前の彼女は魔界四天王"理のブラウレメント"にすら劣る存在で――とそこまで考えて気づく。

そういえば、今はあの頃よりも遥かに強い覇気を感じると。

「オレは突っ込む。テメエはどうすんだ」

「そーね。魔神に一撃入れられるかって言ったら微妙だし。まあ、試したら近くに来た炎は操れたから、露払いでもしてあげる」

「……炎が、操れた?」

「そうだけど、なに?」

煩わしそうに眉をひそめる目の前の駄尻尾は、発言の重大さには気が付いていないらしい。

今彼女は、至近距離という条件付きとは言え魔神の炎を操ることが可能だと言ったのだ。魔素により出現した炎というのは、決してただの物理現象によるものではない。

魔神を相手に、魔導の所有権を簒奪するという意味に他ならない。

何をきょとんとした面してやがる、と内心嘆息しかけたデジレだったが、思い直した。

アレの眷属なんだ。おかしくたって不思議ではない。

ただ、気になることがあるとすれば。

そんなことが出来ている辺りも含めて、記憶にある時よりもずっと強くなっているという部分か。

「見ない間に随分と力が増したか?」

「あんたには関係ないけど、戻ったって言う方が正しいのよね、これが」

「そうか」

澱みの無い返答。

彼女の言葉に嘘がないのだとしたら、むしろ好都合だ。

力というのは、いたずらに増えただけでは意味がない。逆に邪魔になることもしばしばある。それはデジレ自身が良く知っていることだった。

だからこそ、彼女の言う「戻った」というのが正しければ、それはそのまま身の丈にあった実力が今の彼女の覇気相応のソレということになるのだ。

歓迎こそすれ、足手纏いと断ずる理由はない。

「なら、さっさと潰すぞ」

「言われなくてもね。――ねえ、あんたさ」

さっとそのボブカットの銀髪を払って、ヒイラギは言った。

モノクル越しに視線だけを寄越したデジレに、彼女は続ける。

「三つの珠片が、あの魔神の中にあるってことで間違いないのよね?」

「オレの目に問題があるとでも?」

「別にそうは言ってないわよ。ただの確認」

「……三つだ。間違いはない」

「そ」

それがどうかしたのか。

問いかけるよりも先に、ヒイラギはその綺麗な白い手で指折り何かの数を数えていた。

「シュテンが五個でしょ。私が一つ、あの吸血皇女が一つ。で、堕天使とそのお友達が一つずつって話で、鎮めの樹海の鬼神が二つ持ってた。で、このモノクルが一つ持ってるってことは……」

魔神が三つ持っているのなら、これで合計15個になる計算だ。

ほう、と小さくため息を吐いたヒイラギは、改めて魔神を見据える。

しかしその瞳はどこか遠くを見ているようでいて、郷愁のようなものさえ感じさせる。魔神に対する敵意や殺意とは無縁の、魔神越しに何か別のものを見ているような、そんな視線。

彼女が何を想っているのか、デジレには全く理解が出来なかったが。

そんなことはお構いなしとばかりに、彼女は一度目を閉じて。

そうして、しみじみと呟いた。

「旅の終わりね」

思えばこれまで色んなことがあった。

あの陽気な妖鬼と出会ってから、思えばそう。ちょうど、ちょうど一年の月日が経とうとしている。

長い長い時間を封印されて過ごしてきたヒイラギにとって、一年などという時間は本当に一瞬のはずなのに、この一年はあまりに濃密だった。

殺生石を割って出てきた時の自分は本当に弱くて、そしてまさか今のようにグリンドル・グリフスケイルと共闘することになるなんて思ってもみなかった。

帝国書院の面々とも、顔合わせはちょうどその頃だ。

グリンドルでさえ格上という環境で、ヤタノと遭遇した時の空恐ろしい感覚は今でも忘れない。ベネッタに助けられたのも、ちょうどあの時か。

人間なんて、と嫌って見下して憎悪して、けれどあの妖鬼に付き合って旅をするうちにクレインたちと出会った。もう一度、人と接してあげてもいいかもしれないと思った。

ヴェローチェとヤタノの戦いに巻き込まれた時は、このまま死ぬのではないかと思った。今はどうだろう。彼女らが目の前で戦い始めても、防御に徹すれば怪我をおわずに済むくらいは出来るかもしれない。

シュテンが消えた後は、本当にどうしようかと思った。

色んな場所を巡って、色んな人と出会った。クレインたちに再び同行したり、テツミナカンパニーの二人にシュテンの捜索を頼んだり。

まさかその後で、彼らとシュテンがまた愉快な旅路を刻んだとは、その時は思いもしなかった。

ようやく再会できたと思ったら、今度はヤタノが大変なことになっていて。

グリンドルやベネッタと一緒に、シュテンを支えて彼女を救った。

その時の達成感は、なるほど確かに。あの馬鹿の言う浪漫というものが、初めて理解出来た気がした。

珠片を集める旅が、女神に命じられたものだと知ったのはその後のこと。

この世界に散らばった15個の珠片を集める旅路。それをついでとばかりにただの観光を楽しんでいた彼との軌跡。

今まで出会った人々と、再会を繰り返す度に喜ぶあの姿は、見ていて楽しくもあり、そして羨ましくもあった。

再会は確かに良いものだろう。けれど、どうしても。

彼と別れている間にあった、彼の楽しい軌跡を聞けば聞くほど、どうしてその場に自分が居なかったのかと思わずには居られないのだ。

「……まったく」

小さく胸元に手を当てれば、あの馬鹿なご主人様との繋がりは潰えていない。

どのみちあの男が死ねば自分も死ぬ。それが眷属の契約というものだ。

だから自分が死んでいなければ、彼は死んでいない。大丈夫。

あいつなら、殺されても死なないだろうことは分かっているのだし。

けれど、それでも早く会いたい気持ちは変わらない。

「別に感動的な再会なんて要らないんだから」

だから。

「早く帰って来ないと、旅の最後は勝手に終わらせるわよ、ばか」

――紅蓮獄・火之夜藝速――

狐火が閃光のように迸り、次の瞬間炸裂する。

宙を舞う魔神の火の粉と混ざり合ったそれは、瞬く間に周囲へと熱を膨張させていく。

「じゃ、進むわよ。デジレ・マクレイン」

そう彼女が言い放った時に、デジレは「ああ」と一言口にして気が付いた。

今まであった、熱の息苦しさが消えていること、そして周辺の魔素が切り替わり、魔神の影響下から完全に逃れていることに。

これが意味することは二つ。

圧倒的な不利を押し付けられていた、生態的な辛苦が消えているが故の戦いやすさ。

そしてもう一つが、相手の魔素に触れていないが故の、魔神の知覚範囲からの離脱。

不意を打ち、魔神の珠片を抉り取ることがより現実的になりつつある。

最初から彼女に援護を頼むのが正着だったかと、デジレは複雑な気分で大薙刀を構えた。

魔神の珠片を取り除けば、それで戦いは終わる。

そう信じたグリモワール・リバースの、最後の作戦が今開始された。

デジレとヒイラギが左方から。

ユリーカとテツが右方から。

そしてクレインたちが正面から。

三方位から魔神へ向けて突撃するその光景を、シャノアールは一人、後方からじっと見守っていた。