軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八話 魔王城I 『魔王』

――――魔王城内部最奥、玉座の間。

むせ返るほどに鉄錆びた血臭が、溜まり込んだ穢れのようにこの場所を埋め尽くしていた。

半球状に広がった強烈な魔の波動に吹き飛ばされる魔族たちは、壁に床にと激しいクレーターを作る勢いで強かに限界まで打ち付けられる。呼吸を失い絶命する者も居れば、まだ足掻くとばかりに口の血を拭って立ち上がる者も居る。

殆どが後者であった戦場は、徐々に徐々に魔族側の戦力を削る形になり始めていた。

数十の魔族が取り囲むは、たった二人。

グラスパーアイ・ドラキュリアの娘であり、正統な血脈を受け継ぐ吸血皇女ミランダ・D・ボルカ。

魔王軍導師にして、魔界の人心を掌握した人間。シャノアール・ヴィエ・アトモスフィア。

放たれた魔導の波動によって吹き飛ばされた魔族たちの握っていた大鎌が、くるくると回転して地面に突き刺さる。

一部始終を玉座で眺めていた魔王は、小さく嘆息した。

「もう少しばかり、興じさせよ。やがて変わりゆく世界に弱者は不要。変革の前哨となる戦ならば、せめて散り行く世界の有り様を記憶と残すに足るよう――」

――古代呪法・闘志精錬――

「――足掻け、魔の者どもよ」

さほど強くもない魔素の反応。ミランダとシャノアールを避けるように、しかし空間一杯を満たすように放たれた魔王の力の恩恵は、その場に居た魔族たちに強烈に宿った。

その古代呪法の発動に、シャノアールは眉を軽く動かし、ミランダは煩わし気に魔王を睨んだ。

「闘志精錬、か。ふむ」

「こっちは死にかけだっつーのにー……なに、ふむって」

「いや何、突破口はありそうだと思ってね」

軽口を叩きながらも、魔導を行使するシャノアールの手は止まらない。

軽く彼が腕を振ったかと思うと、瞬く間に彼を中心に発生する六つの魔導円陣。

そのどれもが古代呪法級の強力な魔素を孕んでいると知ってたじろぐ魔族に対して、突き刺す刃のように魔導の砲撃が放たれた。

「闘志精錬は対象の魔素を強烈に強化する古代呪法だ。デメリットも存在しなければ、強化そのものも大幅。確かに強力な魔導と言える」

そんな強化を貰ったにもかかわらずシャノアールの魔導で串刺しになり絶命していく魔族たちを眺めながら、ミランダはぼんやりと彼の話を聞いていた。

「――だが、魔王には闘志精錬以上に優秀かつ大きなデメリットを孕んだ強化用魔導が幾つかあるはずだ。それを使わない理由は、なんだろうね」

「デメリットは?」

「恒常的な思考の鈍化、及び破滅願望。要は暴れさせるだけ暴れさせて自滅させるための魔導だよ」

「なるほど、"その程度"なら、魔王が行使を躊躇う理由もないかー。で、なんでなの?」

ミランダの問いかけに対し、一度シャノアールは魔王を一瞥した。

彼はシャノアールの声が届かないような後方の玉座で寛いでいるものの、いつまでも倒れないシャノアールとミランダに対しては苛ついているような節が見受けられる。

それならば、闘志精錬を放った理由も想像がつこうと言うもの。

「……さきほどミランダに撃ってきたという"爆破"。あれもおそらくは純粋な魔力爆発の類だろうから、答えは一つだよ。単純に、自分の魔素を削りたくないのさ、魔王はね」

「あー、魔神降臨の儀式」

「そういうこと。そして、その為の魔素は魔王が今持っている。貯蔵分だけでは足りないと見た。よってここで魔王の魔素を削れるだけ削れば――グリモワール・リバースに勝機が見えてくる」

「というか光の神子だよね」

「いや――」

シャノアールはそこで難しそうな顔をして顎を撫でた。

隙と判断した魔族が魔導を放ってくるも、突如彼の前に現れた鏡に反射されて吹き飛ばされる。

「いやって何?」

「これはちょっと判断に苦しむところだ。またあとで話すよ、このボクがね!!」

ミランダは言及を諦めて、寝ぼけ眼をこすって自らの血による古代呪法に専念することにした。

シャノアールと違い、彼女には余裕がない。ちょっと気を抜けば殺される状況なのだ。

いまだに数えるのも嫌になるくらいの魔族が敵に回っているのだから、致し方のないことではあるのだが。

それに、疲労が身体を蝕んでいる。元々大して体力のない身であることに加え、単独であれだけ大立ち回りを演じたあとだ。シャノアールに助けられなければあと一歩で自爆していたことを考えれば、彼女の疲労困憊ぶりは察せようというもの。

「先に吸血皇女を狙え!!」

「鮮血御手を潰せ!!」

そしてその隙が分からないほど、この場に居る魔族たちはバカではない。

曲がりなりにも魔王の玉座の間に招かれる者たちだ。それぞれが魔王城でうろつく魔族として申し分ない実力を持っている。

もっとも、目の前に立つ"人間"は彼らをさらに上回る導師であるのだが。

「第二構成魔導・秘奥結晶」

氷柱のようなプリズムを繰り出し、ミランダと魔族たちの間を阻む。

しかしこの魔導の真価は無論、ただの盾などではない。

「第三砲撃魔導・改――混沌冥月II!!」

漆黒の砲撃が秘奥結晶に直撃すると同時、乱反射した混沌冥月が縦横無尽に室内を漆黒へ染め上げる。かろうじて射線を逃れた魔族以外、殆どの魔族が重軽傷を負う中で。魔王も首を傾けることで魔導を回避していた。

「ぎゃあああああああああ!!」

「しゃの、あーるう……!!! 殺す、絶対に殺す!!」

ゆらりと立ち上がる魔族たちは流石にタフだ。

しかしその額や腹部からの出血は夥しく、顔に疲労も浮かんでいるものばかり。

本来であれば魔王のステータス強化まで貰った魔族たちがこうも蹂躙されることなどありえない。だが、導師の前では無意味だったというだけの話だった。

「ねー、この秘奥結晶って誰でも使えるのー?」

「使ってみたいかい? なら"承認"するよ、このボクがね!!」

シャノアールの許可が下りるが早いか、ミランダの身体を食い破るように血潮が指向性を持って秘奥結晶へと迸る。

――古代呪法・流斬鮮血――

流動する一刺必殺の血刃が、勢いを増して秘奥結晶に突き刺さったその瞬間、弾けるように幾重にも刃は増殖し暴れるように波打って魔族たちに迫る。

「ぐっあ!?」

「うおおおおお!?」

「怯むな、殺せ!」

魔族の腹部に、脚部に、肩に、胸に。突き刺さった血の刃は、そのまま貫かんと無理くりこじ開けるように魔族の身体を貫通した。生きた鎗のようなその古代呪法に、宙に浮かされ弄ばれた魔族たちは、そのまま地面へと放り出される。

「――死ね」

ミランダはそのまま流斬鮮血から放り投げるように魔族たちを――魔王に向けて投げ飛ばした。

流石の魔王もただ回避をするのは不可能だ。苛立たし気に防壁を張り、魔族たちを跳ね飛ばす。

「あれも純粋な魔素で作った防壁ー?」

「そのようだね……やはり、古代呪法は出し惜しむか」

ふむ、とシャノアールは一つ思考を巡らせる。

継戦はややこちらが不利。ミランダの体調に難が見られる。

シャノアールの魔素は未だ潤沢。魔王相手にも凌ぐことは可能だろう。だが打倒は確実に不可能。

相手の魔族たちは既に死に体。魔王とて、シャノアールと正面切って戦うのは嫌なはず。

ならば、こちらの力が尽きるか、魔王が根負けして姿を晦ますかのチキンレース。

あわよくばグリモワール・リバース側の援軍を期待したいところだが、無論他人頼りに作戦を立てるつもりはない。

「……やっぱ自爆しよーか? ……あいたっ」

「もっと自分を大事にすることだよ。でないと、せっかく身体を張ったのに報われないじゃないか。このボクがね!」

状況は依然不利。けれど、まだ戦える。

ミランダの瞳にも諦念は無い。最悪の事態になれば自爆をも辞さない覚悟だろうが、そうはさせないのが"導く師"たる自分の役目。

「第三砲撃魔導・改――混沌冥月II!」

シャノアールの攻性魔導が火を吹いた。

「第十四攻性魔導・冥月乱舞!!!」

四方八方に放たれる黒の奔流が、蹲る魔族たちにトドメを突き刺す。

その勢いのままに連動して、ミランダの古代呪法が放たれる。

――古代呪法・鮮血御手――

飢えた血の腕が湧き出でて、気を失った魔族たちを地面に引きずりこんでいく。

力尽き、身体を動かせない魔族が悲鳴を上げながら飲まれていく中、とうとう最後の一人すら飲み干して。

ミランダはがく、と膝をついた。

シャノアールは彼女と魔王の射線上に立ちふさがると、そのまま魔王を見据える。

「さあ、ありったけの魔素を削らせて貰うよ」

「……余興はこんなところで良いか」

自らの部下が地面に飲まれたにも拘わらず、取り立てて動揺も憤懣も感じられない魔王の仕草。だが彼の眼光はシャノアールに対し敵意と――そして嘲笑を孕んで向けられており。

何が始まるか分からないと、警戒を新たにシャノアールは魔王と相対した。

「さて、シャノアールよ」

魔王は優雅に足を組むと、ワインを飲み切ったグラスを床に放り投げて頬杖をつく。

「せっかく貯めておいた魔素を食われるのは癪だ。故に問おうか。シャノアール・ヴィエ・アトモスフィア。我が魔界の導師。貴様はなぜ、わが軍に所属している」

疲弊しきったミランダが呼吸を整える中、シャノアールにとってもこの無駄話は良い時間稼ぎだ。しかしそれを分かっているかのように愉快げな笑みを浮かべて魔王は彼に目を向ける。

先ほどまでの飽食したような表情とはうってかわった魔王の顔色に、シャノアールは危険な予感を覚えながらも――しかし魔導が張り巡らされるような気配はない。

罠の類ではないのか?

分からないが、しかしただの問答とも思えない。

シャノアールはいつでも魔導を発動できるように準備を整えながら、口を開いた。

「魔族、人間、その他あまねく全ての種族から排されてきた者たちの縁の地。あの場所を作るためにです。別段、普段から魔王様に嘘を申告していたつもりはありません」

「そうか。そうかそうか。ああ、そうだろうな」

長く赤い爪で頬を掻きながら、魔王は頷く。

「そうだ。貴様は自らと――そしてレックルス・サリエルゲートの力を使い、方々からはぐれ者の人間や魔族を集め弱者の街を構築した。蒙昧共が暮らすあの地を我が魔王軍が容認していたことも、無論分かっていような」

「その恩を仇で返すのか、と?」

「いいや?」

そうではない、と魔王は首を振った。

その歪んだ口元と悪意の衝動。ざわつくような殺気に気づいたのは、もとより感性が魔族に近いミランダの方が先だった。

「違うっ……シャノアール……"人質"だよ……」

「っ」

弾かれたように顔を上げるシャノアールに対し、魔王の哄笑が玉座の間に響き渡る。

「ああ、正解だともドラキュリアの娘。光の神子をかくまったその街を、もはや残しておく理由などあるまい」

「魔王様――いや、魔王。光の神子ならもうあの街には」

「関係が無い」

言い切った魔王の言葉に、一瞬気圧されるシャノアール。

魔王は三日月のように吊り上げた口角と共に、シャノアールに向けてその節くれだった指を突き出した。

「誰が、光の神子を処分させるためだと言った。これはお前への罰だよ、シャノアール。魔界六丁目は、今日。――地下帝国の地図から消える」

「そんなことはさせない!!」

「良い口上だ。だからこそ輝く」

ああ。

ミランダは一足先に察した。

あの魔王が何を想い、今までの戦いを見ていたのか。

本当の意味で余興だったのだ。シャノアールが目指した一縷の望みも、魔族たちが見た次の理想郷も、それを食い合った後に残された現実も。

「如何にして魔界六丁目を滅ぼすのか。それを長々と説明したうえで起動ボタンへ手を伸ばす。その時に見える恐怖の表情がたまらない、と我は考えていたのだが。ルノアールの奴が面白いことを教えてくれた。なるほど、なるほど。"そんなことはさせない"か」

「何が言いたい」

訝し気に眉をひそめたシャノアールを、ミランダが後ろから抱きしめた。

「落ち着いて。落ち着いて、シャノアール」

「なにを、ミランダ?」

顔面蒼白になったミランダが首を振る。

だがシャノアールはこの後どうやって連絡を取り、魔王の手先から魔界六丁目を守るかで頭の中はいっぱいだ。

"だからこそ輝く"。

「面白いことを教えてやろう。――魔神降臨の地はここではない」

「なっ、まさか――」

ことここに至ってその危機的状況を察するシャノアール。だが、無論魔王の悪意はこのことだけにとどまらない。

「お前が裏切ったと聞いた時に、既に術式は起動した」

――魔界六丁目は今から滅ぶ。

そのセリフと。ミランダがシャノアールを落ち着けようと抱きしめる力を強めるのと。

光の神子クレイン・ファーブニルがこの場所に突っ込んできたのは、ほぼ同時のことだった。