作品タイトル不明
第三話 魔界六丁目II 『ハルナ』
――魔界六丁目三番街。
ミネリナ、テツと連れ立って拠点の位置を把握し終えたシュテンは、その足で六丁目の観光へと繰り出していた。
いつの間にかヒイラギはどこかに消えているし、テツミナカンパニーの二人はどうやら決戦前最後のお別れでもするようだし、留まるのも無粋かと思って先に別れを告げてきたのだ。
別段そこに深い意味などないが、あの二人を見ているとふと思う。
「……連れの女かー」
『結婚式には呼んでくれよ!!』と元気よく言ってみたところ、ミネリナには物凄く悩まれた挙句歯切れの悪い返事をもらったシュテン。
そんなに仲良くないよね? 的な距離を置かれたのかと愕然とした彼だったが、その実“結婚式で何されるか分からない”という意味合いでの悩みだったらしい。
これにはシュテンもびっくり。まさか自分の人よりちょっとだけ明るい性格が仇になるとは。
『ちょっと……あかるい……?』
深淵に挑む哲学者のような顔をしたミネリナの表情が印象的だった。
それはさておき。
ミネリナとテツを見ていると、どうしても思うのだ。
「ああやって、男女でお互いを思いやってるってのも、良い浪漫だよなぁ」
ネグリ山廃坑での吸血鬼騒ぎの時は、ミネリナを救いたい一心でテツは鎗を振るっていた。
王国での大混戦では、二人は得た絆でシュテンたちを止めにかかった。
そして今回は、払暁の団――ひいては魔王の野望を止めようとしている。
きっとこれから先描く未来予想図のために。
「いーなーいーなー!」
シュテンにとって浪漫とは、旅とは、そも出会いと別れからくる人と人との絆に焦点を置いている。無論、グリモワール・ランサーの聖地巡りという側面はあるにせよ、彼が観光で見に行くのは基本的に人の営みを感じられる場所だ。
そういう意味ではテツとミネリナの関係を眺めているのも"観光"の一つではあるのだが……。
「なんかこう、俺も色々やりたいわけよ。教国で『後から追いつく。お前は助けを呼んでこい』は出来たけども、『最後かもしれないだろ? だから、全部話しておきたいんだ』はやれてない!!」
それをやったらシュテンは消滅するのでは、というツッコミは、今のシュテンには届かない。
「あとは、『ここは俺に任せて先に行け』か。うん、これも絶対どこかでやりたいもんだぜ」
などなど熟考を重ねていると、いつの間にか魔界六丁目の入り口付近にまで戻ってきていた。
どうやらなんだかんだで一番街をぐるりと一周してきたらしい。
賑わいを見せる繁華街の中を歩くのは楽しいもので、景色を眺めながら足を進めるだけで時間があっという間に過ぎていった。
ましてや、考え事をしながらとなればなおさらだ。
と、そんな時だった。
「あ、せんぱーい!!」
「むっ、その後輩ボイスは!」
振り返れば、背になびく銀の柔らかそうな髪。
華奢で細い腕をぶんぶん振って、なんとも小動物的な愛らしさを備えた少女がそこに居た。
「よ、ハルナ。さっきぶり」
「ですね!! もー、暇だったんですよー!」
――ハルナ。
公国の冒険者にして、光の神子ご一行の一人。
ヒーラーとして活躍しながら、クラスチェンジ後は 精錬術士(リファイニスト) としてバフデバフを自在に行う、パーティになくてはならない存在だ。
「っと、そういやもう一度クラスチェンジしたんだっけか」
「あ、はいっ! とうとう 精錬女皇(ティターニア) のクラスにチェンジ出来ましたー!!」
「よくやった!!!! 最高!!!!」
「てへへ……え、喜びの度合いが凄くないですか」
「当たり前だろ俺だってそうしたんだから!!!」
「せんぱいが 精錬女皇(ティターニア) !?」
最終クラス。
人間だけが精霊と契約して自らを昇華させることが出来るクラスチェンジの中でも、究極と言える完成形。その形は数あれど、 精錬女皇(ティターニア) は随一の魔導性能を誇るクラスだ。
魔導を同時行使できるダブルキャスト、トリプルキャストは勿論のこと、 精錬女皇(ティターニア) の神髄はバフ、デバフの類の魔法を際限なく重複させられるという点にある。
ゲームプレイ当時から、シュテンは常にハルナというキャラクターを精錬女皇のクラスにしてきた。バフを強めて物理で殴るのが大好きなこの男、ハルナの役割は基本的にバッファーだったのである。
もちろんそんなことをハルナは知る由もないのだが……。
「それにしても、もう最終クラスか……旅の終わりは近いな」
「え? そうなんですか?」
「え? そうなんじゃないんですか?」
感慨深く呟けば、隣に並んで歩き始めたハルナはきょとんと首を傾げた。
「だってまだあたし十代半ばですよ?」
「そりゃあハルナはそうだろうけど、光の神子は教国にがん籠りしなきゃいけなくなるし、王子だってそうじゃん? 少なくとも、今までと同じ旅は出来ねえよ」
「あー、まあそっかー。寂しくなるなー」
ハルナは、ちぇー、とつま先で地面を蹴って唇を尖らせる。
そんな彼女の姿がどうしても自分に重なった。
シュテンにしても、もう旅の終わりは近づいている。というか、グリモワール・ランサーIIという物語に寄り添っていられるのはあと少しの間だけだ。
無論、その後も楽しい旅を続けるつもりではいるし、きっと新たな浪漫が待ち構えていることだろうとは思う。しかしそれはそれとして、今の仲間全員で一丸となって何かに挑むという浪漫は、もうクライマックス間近であることも確かだった。
「お互い、寂しくなるよなー。頑張ろうぜ、最後まで」
「悔いのないようにぃ!」
ぶい、と二人でVサイン。
「でもでも、せんぱいとこうして二人で街を歩くって久しぶりですね。 ケトルブルグ港(第五章第八話) 以来?」
「だなー。他のメンツはどうしたんだ?」
「クレインもリュディも酔いつぶれちゃった。歓迎会? っていうの色々楽しかったけど、みんな酒場で豪快に寝ちゃっててつまんないんです」
「お前は酒飲まなかったの?」
「飲みましたよ?」
「……どのくらい?」
「さー? 飲んだ先から注がれるから覚えてないです。酔っぱらってたのかも」
てへへ、と頭を掻く彼女。
「……あれ、どうしたんですかせんぱい。なんか、顔がひきつってますけど」
「そんな環境でお前だけぴんぴんしてたの?」
「そういえばそうですね。あれ、じゃああたしだけお酒じゃなくてジュースだったのかもしれませんねー」
「いや……たぶん……お前って相当……」
鬼も戦慄する酒豪がここに居た。
魔族でさえぶっ倒れるほど飲んでいる環境でケロっとしているなどとてもではないが普通の人間には出来ないだろう。ここに来て新たな一面を知ったことに、楽しいやら複雑やら、素直に喜べないシュテンだった。
「でもこうしてせんぱいと会えて良かったです。そろそろジュスタちゃんとグリンドルさんを迎えに行かなきゃいけなかったので、一人だと不安だったんですよ!」
「あーそっか、作戦行動はジュスタと――ん? あれ、グリンドルも? え、グリンドルも!?」
「そうですよ? なんでそんなに嬉しそうなんですか!?」
ハルナにクレインとリュディウスを含めた三人は、魔王討伐の要だ。
シャノアールの作戦上でもその役割は損なわれることなく、最前線で戦うことを想定されている。シュテンもその護衛として動くことを(半ば無理やりシュテンがねじ込んだにせよ)命じられており、魔王城突入は彼らと共にというのは知っていた。
そこにジュスタが加わることも聞いていたのだが、彼女はデジレの搬送に付き合うべく、帝国書院の面々と共に帝国に一度寄ってから戻ってくるとのこと。
シュテンが知っていたのはそこまでで、まさかグリンドルまで一緒になるとは思ってもみなかった。
「元々グリンドルさんは単騎で戦うよりも複数の腕利きをサポートする方が得意らしくって、でも都合よくグリンドルさんと肩を並べられるほどの実力者ってベネッタさんくらいしかいなかったみたいなんですよ。それでですね、王国であたしたちと一緒に戦った時に、グリンドルさんが『とても戦いやすかった』って褒めてくれて! あたしたちもグリンドルさんが居ると凄く戦いやすくって!」
「そうだろう、そうだろう」
「――なんでせんぱいが誇らしげなんですか!?」
「だってそれ、俺は知ってたし……」
「えぇ!?」
目を瞬かせるハルナに対し、シュテンは「冗談だ」と笑う。
けれど、そのテンションの上がり具合は隠すことが出来ずにいた。
何せグリンドルを含めたそのメンバーというのは、シュテンも知るグリモワール・ランサーIIの最後の正規メンバーなのだから。
「しかしそうか、揃ったかぁ」
「せんぱい、ちょっと不気味です……」
満足げに頷いて、そのまま歩みを進めていくシュテン。
背に斧を背負った大きな背中を、ハルナはじとっと湿った目で眺めて呟いた。
「……って、そういえばヒイラギさんはどうしたんですか?」
「なんか居なくなった。集合時間には戻ってくるだろ。最悪パスを経由してあれこれする」
「あ、そっか。せんぱいの眷属だったんだ。なら安心ですね。せんぱいとヒイラギさんが居てくれないと、最後の戦い不安ですからっ」
「んなこたぁ無ぇと思うけどなあ」
とてて、ともう一度隣に並んだハルナは、自信なさげな笑みと一緒にそう言った。
顎を撫でながら否定するシュテンに、小さく首を振る。
「いつも、助けられてばかりですし」
「ネグリ山廃坑では、お前に命を救われたようなもんだぜ? 俺どころか、あのアイゼンハルトでさえだ」
「それだって、せんぱいやテツさんがクラスチェンジのやり方を教えてくれたおかげです。あと、廃坑の最下層までせんぱいが連れていってくれたからで」
「それでも、お前の力だよ。それに今回は仲間もいるんだしよ」
「そ、そですかね」
「胸張れ胸。俺は何一つ、お前の実力を疑ってねーよ。お前らなら、魔王を倒せる」
「……はいっ」
かつて、ハルナという少女は悩んでいた。
自分だけ、何もない。皆が皆重い荷物と悲壮な決意を抱えて戦っている中で、自分だけはお金稼ぎのために動いているただの 冒険者(ブレイヴァー) 。そんなコンプレックスは、完全に消えたかといえばそうでもない。
けれど、それでも。だからこそ仲間のために一番頑張れるのが自分だと、そういう風に割り切った。割り切ったからこそ、 精錬女皇(ティターニア) になれたのだろう。
ならばあとは、胸を張って進むだけ。最後まで、みんなの為に戦うだけ。
「でも、それはそれとしてせんぱいを頼りにしても良いんですよね?」
「もちろん。みんなを支えるお前の支えが、俺たちだぜ?」
「てへへっ、お願いしますね、せんぱいっ!」
突入の刻限は、近い。