作品タイトル不明
第一話 魔王城I 『ルノアール・ヴィエ・アトモスフィア』
――魔王城内部、最奥エリア。玉座の間。
荘厳でありながら華美でなく。
暗黒でありながら陰気でなく。
詰める魔人は星の如く、控える軍勢は波の如く。
ここは魔王城。魔王の住まう禍つ城。
その最奥に近い、数多の者が魔王の尊顔を拝する地。
百を超える魔族が頭を垂れる中、玉座に腰かけた魔王は口角を上げた。
悪魔の捩じれた二本角。
一対の黒翼は、その恵まれた体躯よりもさらに巨大。
絶大な覇気を垂れ流しながら睥睨するその瞳は赤く、愉快気に細められていた。
「……ああ、ようやくだ。ようやく、事は整った」
黒々としたその手を叩き、魔王はゆっくりと玉座の肘置きに手をかけた。
おもむろにゆったりと立ち上がる彼を、幾百の瞳が見上げる中。
「時は満ちた。これより我々は、憎き者どもに蹂躙された魔大陸を、地下の地に甘んじた二年間を、あまねく魔族の全ての本能を、これより取り戻しにかかる」
「貴様らは何十年、辛酸をなめ続ける日々を送ったはずだ。シャノアール派による台頭、魔界ですらも我々の本能をむき出しに出来る場所はない。どれもこれも、死した我々の同胞が失敗し続けた結果だ。受け止めるほかはなかった。だが」
「我々には未来がある。これより始まる輝かしい未来が。今の魔界は滅ぼすべき惰弱である。ここに! 本物の魔大陸を作り直してみせようぞ!!」
漆黒の魔杖を魔王が掲げると同時。
つんざくような咆哮が、玉座の間に鳴り響く。
喝采と快哉の鬨の声。
さあこれより、本物の魔族による真なる蹂躙を始めよう。
「……ルノアール」
「は、ここに」
魔王の玉座、その隣に立っていた緑髪の男がそばにかしずく。
「邪神降臨の儀は」
「万事準備出来てございます」
「グラスパーアイの残したあの古代呪法は」
「改良が済み、エウレカ、エウレイの二人に伝授してございます」
「サリエルゲートの魔素は」
「最大限に溜めてございます。幾らでも、どの国にも、強力な……葬魂幻影で降ろした強き魔族を狂化した最高の化け物を放つ準備が」
「……よい。最高だ」
いよいよ魔王の口元が愉悦に染まり上がる。
「それでは私も、今まで溜めた魔素をもって――最高の邪神を降臨させてやるとしよう」
地下帝国の維持と偽り、この二年間自らの力を削ってため込んだ強烈な魔素の波動が、魔王から噴火のようにあふれ出す。その様を、ルノアールは楽し気に見つめていた。
――一方その頃、魔界地下帝国は魔界三番街門。即ち、大陸と地下帝国を結ぶ扉。
地底世界と地上世界を結ぶ扉は、教国のある離れ小島に存在する。
地下深くへと掘りさげられた洞窟は直径にして二十メレトはある巨大な通路になっており、魔獣も魔族も人間もいないこの道を、しばらく皆で進んでいた。
クレイン・ファーブニルは光の神子だ。
教国の地に生まれ、三年ほど前に神託を受けて光の神子の座を継いだ。
あれから色んなことがあった。
隣を見れば、一皮も二皮も剥けた精悍な表情の王国王子リュディウス。
一人の 冒険者(ブレイヴァー) として皆を支え続けてくれたハルナ。
二人との絆を中心に、本当に多くの人々と出会い、戦い、共に生きてきた。
その想い出は今もクレインの中に息づいている。
胸に手を当てれば、その温かさを感じることが出来る。
だから、大丈夫。どんな試練が待ち受けていようと、自分は戦える。
ほら、俯き気味な顔を少し上げれば、目の前には最後の――
「ハァイっというわけでやって参りましたァGOGOシュテンくん浪漫旅最終回、本日はこちら"オモイデ島の大扉"!! こちらはですねえ千年以上前に作られた封印の呪を現魔王が再構築したもので、材質はヒヒイロノカネ、その大きさは8メレトを超え、この世界では魔王城の正門を抑えて最大級の扉として有名です!! この洞窟の湿気た香りと荘厳かつ怪しげな緑炎を吐き出す松明の群れを合わせ、不気味で強大な空気を演出していると言えまぐぇ!?」
「突然何をやってんのよアンタは!」
突然躍り出てきて、鬼殺しを集音器に変化させた妖鬼が盛大かつ妙に声高に解説を始めたと思ったらオトモの狐に炎をぶつけられて沈んだ。
「あの……シュテンさん大丈夫ですか?」
「死ぬかと思った!! あー死ぬかと思った! あれだな、こういう場所の前に突然現れる敵だなこれは。何故か引き返せない仕様になるから逃げられないヤツ。勝負だお御籤狐!」
「これ尻尾!! 籤じゃねーから!!! ほんと焼き殺されたいの!?」
全身の毛を逆立てて威嚇するヒイラギに、しかしシュテンはへらへらとした笑みを崩さない。
その空気感は本当にいつもと変わらず、こんな重々しい空気の場所に居ながらも不思議と街中で騒いでいる時と同じような安らぎが、確かにクレインたちの中に息づいていた。
この場に居るのは、クレインハルナリュディウスのいつもの三人の他、シュテンとヒイラギの五人のみだ。
いつか、メリキドの頃を思い出すこの組み合わせ。
グリモワール・リバースの面々がバラバラな行動を取っている理由は幾つかあるが、シュテンは頑なにクレインのそばを離れようとはしなかった。
あの時の記憶を掘り返すと、彼の頭のおかしさが如実に現れていて苦笑いしかできない。
『い、いやだあああああああ!! 俺はクレインくんたちと一緒に扉を開けるのおおおおお! ごごごごごごって開くのを後ろから見ていたいのおおおおおおお!! グリンドルとジュスタも必要なのおおおおおおお!! いいいいやああああだあああああ!!』
『ジュスタはデジレを帝国に送るだろうし、グリンドルも同様。帝国書院としての仕事を全うするのは当然のことだろうよ、シュテンくん。諦めなさい、キミもね』
『しゃああああのあああるううううううう!! おのれええええええ!!!!』
『え、悪いのかい!? このボクが!?』
妥協案としてこのメンバーで門をくぐることになったのだが、ついさっきまでヒイラギの尻尾の上に乗せられ失意の海に沈んでいたはずのこの男、もうだいぶ元気である。
「仕方ねえ、今日は俺がグリンドルだ」
「あんたほんと何を言ってるのよ」
「やあジュスタ。ちょっと尻尾が多いね」
「なんで私まで……」
変わらない人だなあ、と曖昧な微笑を張り付けるクレインの前を、リュディウスが通る。
正面には、大扉。
これを開けば、その先は魔界地下帝国だ。人間が入る正規ルートは、ここしかない。
そして、扉の中央には円を描くように鍵穴が七つ。
縁が赤、橙、黄、緑、青、藍、そして――紫の色に輝いている。
「ハルナ」
「うん、わかった」
ハルナは懐からキーホルダーを取り出した。虹色の輪。これは教国でクレインが預かって以来所持していた、七つの鍵を保管しておく"だいじなもの"。
そこからついに、七つの鍵を解き放つ。
中央上部に赤。そこから時計回りに順番に鍵を差し込んでいく。
入れる度に手に入れた時の思い出が甦る中、最後の紫の鍵を手に取り……リュディウスは振り向いてクレインに手渡した。
「さあ、行こうクレイン」
「……ああ、行こう」
クレイン・ファーブニルは光の神子だ。
魔王を倒す唯一の手段を携えた少年が今、魔界への扉を開く。
紫の鍵を差し込み、錠を回したその瞬間。
全ての鍵が自然に回った。そして、鈍い鉄の動く音。
鍵穴が光を増し、その光はそれぞれの玉となり、混ざり合って虹になる。
それが輝く輪となって、扉の枠と重なるように虹の橋を描いた時――扉がひとりでに開き始めた。
重く、鈍い音を立てて。
その先を見据える三人の後ろで、シュテンは楽し気に彼らを眺めていた。
ふと、ヒイラギは彼に問いかける。
「これが見たかったの?」
「いいや」
シュテンは小さく首を振った。
その視線は未だ三人から離れないまま。
リュディウスが一歩前に出て言う。
「王子の名にかけて、必ず世界を救う!!」
ハルナがクレインに振り向く。
「さあ、最後の旅が始まるよ! クレイン、準備は良い!?」
二人を見て、クレインは頷いた。
そして、胸に手を当てて彼は言い放つ。
「……ああ!! クレイン・ファーブニルは光の神子だ!! 世界を滅ぼす魔王を倒して、今度こそ平和をもたらそう!!」
扉をくぐろうとするクレインの背中に、シュテンは口角を上げた。
「これが見たかったんだ」
「そ。……あの子たちも、立派になったものね」
ヒイラギが「行きましょう」と歩き出した。
それに合わせてシュテンも踏み出そうとしたその時。
クレインは振り向いて笑顔で手を振る。
「シュテンさん!! 行きましょう!! 僕たちで世界を救うんです!」
その言葉に、シュテンは足を止めた。
不思議そうに振り向くヒイラギは、見たこともないアホ面を引っ提げているシュテンを見て目を瞬かせる。
けれど、どうしたのか問うよりも先に、彼の口元が緩む。
「そうか。俺もか」
「当たり前でしょ」
さあ行こう。旅の終わりへと。
ただ真っ暗な、どことも知れぬ場所。それはまるで、女神の聖域の正反対。
黒く黒く、闇にまみれた昏い場所。
ぱ、と。スポットライトが誰かに当たる。
エレガントにポマードで固めた緑の髪。
楽団の指揮者のような燕尾服。
片手に抱えた、経典のような一冊の本。
「さあ皆さん、最後も最後、クライマックスを飾るラストダンジョンの始まりです」
彼は楽し気に両手を広げ、まるで最愛の友を迎えるかのように笑顔で歌う。
「BGMの準備はOK? 怒涛の戦闘に持ちこたえる体力は? 徹夜で学校に行く覚悟は出来てる?」
誰の答えも聞こえないのに、それでも笑顔は崩さないばかりか一層濃く強く。
「んっんー、そいつは重畳そいつは重畳良いなあ良いなあ素敵だなあ」
パン、と白い手袋に包まれたその手が打ち鳴らされた。
本が彼の前で宙に浮き、パラパラとめくれて音を刻む。
「それでは始めようか」
彼の口角が三日月のように吊り上がり、喝采を求めるように空を仰いだ。
「最後の語らない聖典の、最後のくだらない祭典の、聖夜に響く轟天を!」
さあ、物語が始まる。
グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~
巻之玖『 』