軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十二話 やまのみさきII 『魂を燃やせ』

もうもうと舞う土煙が晴れた頃、轟音と激震の応酬に顔を庇っていた妖鬼たちはようやく視界を確保することが出来ていた。

それはつまり、自身がまだ生きていることの証明。

凄まじい魔素の暴威をもろに受けたはずの自分たちが生きているということは、当然ながらここまで攻撃が届かなかったということ。

無事な妖鬼たちの心は、すぐに一色に染まった。

「族長!!」

「イブキ様!!」

「無事でいらっしゃいますか!?」

ヤタノ・フソウ・アークライトの天災が如き魔導の咆哮。

その残滓が未だ立ち込める中、濛々と土煙は空へ舞う。

晴れた先には対峙するように立つ二人の人影。

「イブキさっ……!?」

良かった、無事だった。そう安堵したのは束の間のことだ。

無傷だというのはおかしい。あれだけの魔導が、間違いなくイブキに殺到したのだ。

今のイブキには戦闘能力は愚か、生存能力さえほとんど残されていない。

そんな彼女を矢面に立たせたふがいなさは勿論すべての妖鬼の心の中にあれど、今優先すべきは悔悟ではなく状況把握だ。

よくよく見れば、対峙する二人の人影の片方――ヤタノではない方の影のそばに、尻もちをついたような状態で座している一人の妖鬼の姿があることに気が付いた。

あれが、イブキだ。

いずれにせよ生きていることには違いない。

良かった、と今度こそ肩を緩めて安堵する彼ら妖鬼たちの続いての疑問は、ではイブキの前に立っている人物はいったい誰だ、ということだった。

「……邪魔なのですけれど」

「ふぅん、そうなの。まあ、確かにね。邪魔してるんだから仕方ないんじゃない?」

「どいてください。貴女はもう――」

「――倒れたはず? ……確かに、あんたの知ってる私だったらあの攻撃で死んでいたかもしれないわ」

「……街道で会った時よりは確かに強くなっていますが、それは全盛期の貴女と大して変わらない程度。……何故、ここまでくるような元気が?」

「さて、ね。きっと、馬鹿の加護のおかげじゃない?」

土煙が晴れていく。

同時に、螺旋のような炎が 彼女(・・) を中心に渦巻いた。砂塵がまるで吸い込まれるように炎の渦に纏わりつき、かと思えばそれは指向性を持ってヤタノの方へと鎌首をもたげる。

そして。

「――紅蓮獄・火之夜藝速」

「天照っっ」

焔の突風が吹き荒れた。

蛇のようにうねり狂いながらその炎の渦はヤタノ目掛けて飛んでいく。

ヤタノの神蝕現象によって散らされた魔素にぶつかった先から削れていくも、それでもその全体を消すほどの力はない。ありとあらゆる方向から、食らいつくように炎は舞う。

さあどこからくらいついてやろうかと、四方八方から襲い来る火炎の大蛇。

ヤタノがその対処に手こずっている一拍の余裕のうちに、イブキは顔を上げる。

明確に自分を庇うように立った少女のことは、イブキも一度見たことがあった。

自分の霊域で、あの時も確かこうやって庇って。

シュテンの眷属だとか言っていた彼女。そう、名前は――

「……お前は、シュテンの――」

「あら」

炎の操作は片手で十分なのか、群青色の着物に身を包んだ少女はイブキの方を振り返る。

いつか見たシュテンの相棒ユリーカ・フォークロワと並ぶほどの可憐な貌が、まるでいつくしむようにイブキに微笑む。

「前回はまともに挨拶も出来なくてごめんなさい。ヒイラギと申しますわ。お義母様」

へ?

「お、お義母様? シュテンの野郎、あの気立ての良い 堕天使(ユリーカ) 振ったのか。あとお前さんなんかキャラ違うくない? シュテンといるときはもっとこう」

「いえいえそんなことはありませんわ。私、嫋やかな九尾ですもの」

「お、おう」

そういやあの時は一度も言葉を交わすことは無かったから、こんなキャラだと気づかなかったのかもしれないな、いやでもシュテンに対しては割りとイキイキとツッコミを入れていたような……。

そんな疑問を抱えたまま、ふらりとイブキは立ち上がる。

と、同時にヒイラギの表情が強張った。

「――お遊びはそろそろお仕舞いにしましょうか、ヒイラギ」

「ちっ……時間稼ぎにすりゃならないのね、私の炎」

「申し訳ありません」

「その謝罪は嫌味にしかならないってえの!!」

だ、とヒイラギは前方に駆けだした。

おそらくはイブキを守るため。彼女に攻撃を及ばせないため。

小さくイブキは息を吐いた。

「なにさね。あの 息子(バカ) 、良い女ばっかり引っ掛けるじゃないか」

鏑矢が飛んだ。

放たれたのは氷の槍という名の一矢。魔素を帯びた棒を握りしめた妖鬼に向けてその矢は勢いよく飛んでいく。

「はっ」

妖鬼は鼻で笑ってそれを弾いた。

鉄と氷のぶつかり合う小気味良い音が鳴り響き、氷の槍はそのまま森の奥へとはじけて消える。しかし、未だ余裕はない。氷の槍を弾いたかと思いきや、その背後からは十数にも及ぶ投擲武器が妖鬼目掛けて殺到していたのだから。

「おりゃりゃりゃりゃりゃりゃあ!!」

刃を失った鬼殺しは最早ただの鉄の棒。

とはいえ、その強靭な構成は武器としての性能を遺している。

時に弾き、回転させ、棒高跳びのように跳躍し、振り払い、自由自在に棒を操り全ての武器を躱していく。

炎の矢、風の剣、氷の槍。

見覚えのあるそれらの属性武器は全て、目の前の緑髪の男が古代呪法で繰り出した得物だった。

「……随分と器用に避けるなぁ! 鬼神シュテンンッンー!!」

「懐かしいねぇおい! この古代呪法はどっかの社畜ヘッドに思う存分練習させてもらったからなぁ!! あと、お前、口癖に俺混ぜんな! やめろ、不愉快!」

襲い来る大量の剣戟をしかし妖鬼――シュテンはいとも容易く回避している。

攻撃の応酬は殆ど尽きた。森羅襲撃と呼ばれる古代呪法による攻撃は、あっと言う間に打ち尽くしてしまったのだった。

「んっんー……斧だけが取り柄だと思っていたが」

「棒術は確かに習ったことねえが……槍術なら最高の手本が居たもんでよ」

「見取り稽古でその捌きはちょっと不公平すぎないかぁ……?」

こぉん、と石突を地面に叩きつけ、シュテンは肩を竦めて嗤う。

最高の手本。そう言って差し支えないだろう存在が捌いていた二本の槍。

単槍であろうと、彼の槍捌きは凄まじいものだった。それは、一度彼の槍を借りて戦った時や彼が一本の槍を投擲した時にしっかりと把握している。

天下無双と呼ばれた男の見よう見真似なのだ。

そんじょそこらの見取り稽古とはレベルが違う。

「ちいと軽ぃが、手に馴染むな」

口元からこぼれる笑みは優し気で、苦楽を共にした相棒に掛ける声としてはこの上ない。

シュテンが破壊された鬼殺しを刺したこの岬は、新たな旅路の始まりとして考えていた場所だ。そこに戻ってきて、正面切って巨悪と戦っていることに小さな浪漫を感じて口元を緩ませる。

「……んっんー。鬼神シュテン。キミの不愉快さにはほとほと疲労させられたものだが、そろそろ幕引きといきたい」

「そりゃこっちの台詞だわ。お前の脳天かち割りたくて仕方がねえよ。ルノアール」

肩に鬼殺しをかけ、シュテンは改めて緑髪の男――ルノアールを睨み据えた。

「の、前に一つ聞かせろ。テメエ、なんでヤタノちゃんをあんな風にしやがった。払暁の団だか何だか知らねえが、ただただ迷惑まき散らす公害と何も変わりゃしねえ。吸血皇女たちのこともそう、共和国領のリーダーだったシュラークのこともそう、ヤタノちゃんのこともそう、ヴェローチェのこともそう。テメエ一人に何人の命が振り回されたと思ってんだ。……なんの為に、こんなことをする」

「何のため?」

ルノアールが目を瞬かせた。

シュテンの質問がそれほど予想外だったのか、それとも別の琴線に触れたのか、それはシュテンには分からなかったが。それでも、ルノアールは額に手を当てて高らかに笑いだした。

「ふっ……はは、はっはっは!! 何のため! 何のためか!! きみは、実に! 実に面白く不愉快な鬼神じゃないか!」

「あん?」

「きみの周りにいる多くの生命! それをワターシは蔑ろにし続けた! それでもきみは、ワターシに崇高な目的でもあれば許そうと、そんなことを思っているのかい? 滑稽滑稽滑稽だぁ……! 前にも言ったはずだ。ワターシの目的は、払暁の団の目的は、聖域。そこに到るためならば、何万の命だって冒涜してみせよう!」

「そうかよ」

ふぅ、と深く息を吐き出す。

「聖域なんて、ただ真っ白けなところじゃねえか。何が良いんだか」

そして、ぽつりとつぶやいた。

「なに?」

その、瞬間だった。突如、空気が変わったのは。

ルノアールのむき出しの感情が、シュテンに突き刺さる。

「……鬼神。きみは、聖域を知っているのか?」

「あ? あー、どうだったかな。いや、あんな女神が居るだけの真っ白いところなんて知らないかなあ!」

「うんうん、知るはずがないだろう。あっはっは!」

「あっはっは!」

「……」

「……」

「鬼神シュテエエエエエエエエエエエエエエエエン!!」

まさしく、烈火というに正しい憤りだった。

ルノアールの背後から"森羅襲撃"の属性武器が展開し、地面からはシュテンを縛り付けんと樹木が大地を割るように這い出てくる。その勢いたるや先ほどの比ではなく、シュテンは危うくバックジャンプをして直下からの攻撃を回避、鬼殺しを高跳びに使って跳躍し、蔓蔦の真上に飛び乗った。

「あっぶねえじゃねえか!!」

「払暁の団の悲願……聖域に、きみのような不愉快な男が何故到れる!! 真っ当な魔導すら微塵も使えない男が、何故!! 何故あの場所にいいいいいい!!」

「え、褐色女神の気まぐれじゃねえの」

「クルネーアの気まぐれ……? きみは、いったい何者なんだ!」

「通りすがりのビスケットです」

「食いもんっんんんんんんんんんんんんんんん!!!」

咆哮。

会話は誰のせいやら意味不明ながらも、ルノアールの怒りは本物だ。

シュテンとしては何に対して怒りを向けられているのか理解不能だったが、「まあルノアールだし」という自己解決ですぐに攻撃に対処することが出来ていた。

右、左、下、上。縦横無尽に迫りくる数々の魔導を、シュテンは棒一本と体術だけで凌いでいく。時折頬や腕をかすめる炎や風はあれど、それすらかすり傷一つ与えることも出来ずに消えていく。

妖鬼という、魔導に弱いはずの種族でありながら。

今や鬼神と呼ばれる彼は、その大前提を覆すほどの屈強さを誇っていた。

「ルノアール、お前、聖域に遊びに行って何がしてえんだよ。クルネーアんちゲームねえぞ?」

「ワターシだけの悲願などではないんだ、聖域への到達はぁ。救いもしない、ただ在るだけの神クルネーア。観測者として生命に試練しか与えないトグルーム神。そして、知恵という名の毒を、語らない聖典などという唾棄すべきものをこの世に落としたオモイカネ神。その全てに報復をするため、そして来たるべき終焉に備えるため、我らは聖域を潰さねばならない!」

「……なんかよくわからんけどあのブレイクダンス狂に聞きたいことが出来たな」

――古代呪法・冥月乱舞――

拡散する混沌冥月が、ルノアールの身を切り裂くようにして出現する。

まるでプリズムのようにちりばめられたその多重砲撃を、シュテンは舌打ち一つしてステップで回避する。右に、左に。分身したかと思われるほどの速度での移動に、シュテンは小さく笑ってまるで弾幕ゲームだなと棒を振るう。

追随する草木を弾き飛ばしながら、ルノアールに向けて突き進む。

「で、そのための決戦兵器がヤタノちゃんってかぁ!?」

「百年近くかけて準備したからなぁ! ……第一席はそれを分かっていた上で抱え込んだようだがぁ、あの現人神ですら全力でぶつかったら消滅必定となるほどの力を、ヤタノは秘めている! あの力を、八咫烏の権能を持ってすれば、必ず聖域に辿りつく!」

「八咫烏、ねえ……天照らす摂理の調和。偶然を全て味方につけるチカラが、八咫烏の権能か」

「んっんー、きみは少し思い違いをしている」

「あん?」

「それが分かったところで、もはや無意味なんだけどなぁ!!」

――古代呪法・月牙龍撃――

「っべ」

金色の龍が、至近距離まで近づいたシュテンを喰らわんと噴き出した。

振りかぶり、今にルノアールを叩き殺さんとしていた状態のシュテンは歯噛みして後方へ宙返り。そのままステップで回避を試みるも、あの日ヴェローチェに捕まった時同様見事に腕に食いつかれた。

「ぐっ……」

「妖鬼というのは、接近戦しか出来なくて不憫だなぁ」

「の割に随分にやけ面じゃねえか。可哀そうなものを見る目でもしてみろよ」

「……」

「あ、むかつく。やっぱそのままでいいや」

「んっんー、きみは大概不真面目だぁ」

「おめーもだろ」

両腕を龍に食らいつかれ、まるで見えない十字架に磔にされたかのようなシュテンの状態。

力を入れても身動きが取れない。シュテンは脳内で脱出方法を検索する。

そんなシュテンをしかし、ルノアールは相変わらず警戒を解かずに睨み据えた。

「この霊脈を確保し、全ての魔素を吸い上げる。そのうえでヤタノに八咫烏の権能を使わせれば、おそらくきっと届き得る。偶然が、我らに力を寄越すはずだぁ」

「我ら、ねえ。払暁の団ってお前しか知らねえんだが、本当に他に団員いるの?」

「んっんー。それぞれ別の場所で動いている。今頃は王国にでもいるんじゃないかぁ?」

「……そうかよ。安心したわ」

「HA?」

ばりん、と。

何かが割れるような音がしてルノアールは目を見開いた。

「……月牙龍撃を、砕いた?」

「あー、きつかった。身動きとれねえところに混沌冥月叩き込んでくる娘ほど鬼じゃねえな親の方は。……聞きたいことも聞けたし、もう十分だろ」

「何故、そんなあっさりと」

「仲間が来ねえって分かってるなら、素直にてめえ潰してヤタノちゃん止めてハッピーエンドだ。何の心配もいらねえわな」

確かに、月牙龍撃の力であればシュテンであろうと抑え込めるはずだった。

語らない聖典の攻撃方法にはずれはない。それは間違いない。

だというのに。

「く、鬼神シュテンンンンンンンン!! ワターシに喋らせるためだけに今、わざと捕まったというのかぁ!?」

「え? あ、いや、ええっと……おおそうだよ!! 見たか俺の頭脳プレイを!!」

「おかしいおかしいおかしいなあ! 月牙龍撃を外せるほどの力は、先ほどまでのきみにはっ……!!」

絶句するルノアールだが、無理もない。

今のシュテンの状態は、先ほどまでとはくらべものにならないほど魔素に溢れている。

ゆらりと立ち上るは、焔のような赫。鬼神の具現そのもののようなその覇気に、ルノアールは口元をひくつかせる。

対峙距離はもはや数メレトもない。

シュテンは、口角を上げて嗤った。

「オカンが言ってたそのままなんだがよ。『魂を燃やせ。越えるべき壁を前に、ハイになるイメージだ』だとさ。お前を超えて、さっさとヤタノちゃんを救いにいくこのシチュエーションに、ぴったりだと思わねえ?」