軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八話 魔界三丁目I 『一方その頃』

シュテンとベネッタの二人が帝国内部を進んでいる頃、魔界地下帝国にはまた変わった来客が訪れていた。

太陽の光が届かない、黒く濁った闇属性の日輪が世界を照らす、そんな場所。

魔王城からしばらく西部へと突き進んだ先にある"魔界三丁目"。

ごちゃごちゃと入り組んだ道はどれもしっかりと整備されているが故に、むしろ迷宮のように入った者を惑わすこの地区は、魔界の中でも特に"高位"として扱われる魔族たちが住む、所謂貴族街だった。

「……ここに、"ミランダ"ってぇ人が住んでる、と。そういうことで、間違いはあらんせんか?」

「あ、ああ。しかし、本当にここまで来て良かったのか?」

一行の構成は魔族が二人と、人間が一人。

しかしグループわけをするならばどちらかと言えば魔族と人間のペアが一つと、もう一人案内役の魔族が居るという風だった。

最初に問いかけたのは、優し気な雰囲気を醸し出す長身痩躯の青年。背中に交差させるように差した二本の槍を見れば、誰もが想起するであろう英雄その人。

答えながらも、訝し気に顔をしかめるのは案内役の魔族。恰幅の良いその体格からイメージ出来るおおらかな人情と、そして忍耐強く力強いことに定評のある魔界四天王の一角。

テツ・クレハとレックルス・サリエルゲート。

そしてもう一人が、テツに寄り添うようにして周囲を窺いながら歩いている少女。

「魔界三丁目。久方振りに訪れた感覚だけれど、これはもしかして魔大陸からそのまま地下に移してきたってことなのかい?」

紅蓮の長髪を二束に纏めた、シンプルなゴシックドレスに身を包んだ少女が問う。

ミネリナ・オルバ。今はもうドラキュリアのミドルネームは外して、ただ一人の"人"として公国でテツと共に暮らしている彼女にとって、この場所はある種故郷のようなものであった。

懐旧の念があるかどうかといえば、首をかしげざるを得ないが。

「そうなるな。地下帝国にすることで、一度"外界"とは距離を置こう。そういう方針はもともとからあったんだ。さんざん、人間界最強の連中に痛い目遭わされたしな」

「痛み分けってくらいにしときませんか。こっちも、いっぱい仲間を失ったんでさぁ」

「正直、俺も世界巻き込んでの闘争はもうめんどくせえ。チケット取る戦争のが大事だ」

「チケット?」

「こっちの話な」

聞いても益も損もねえ話だ、と手を払ったレックルスは、二人に先行して貴族街を進んでいく。

レックルスにとって二年半から三年前に起きた戦争は、実は大した意味を成していない。その頃はまだ四天王ではなかったし、戦いに積極的でもなかった。

しかしながら降りかかる火の粉を払える程度には強かったので、こともなげにあっさり生き残ることが出来た。だがそれは、本人に限ってのこと。

その時"同格"として扱われていた仲間たちは最前線に送られては殆どが殺された。

今目の前に居る双槍無双の魔導司書にも何人かやられたそうだし、レックルスの同僚の過半数――五十人以上ものレックルスレベルの実力者は皆"先代光の神子"によって赤子のようにくびり殺されたと聞いていた。

仲間を大量に失った今、あまり"攻める戦い"にモチベーションを抱けていないのが本当のところである。だから今回"借り"が出来てしまったアイゼンハルトとの間には、一つの制約を設けたうえで地下帝国に入れていた。

相互不干渉。

魔王が復活した今、アイゼンハルトにとって彼の人物は仇敵にも等しい相手だろう。

だから、魔王城への干渉はしないこと。今回地下帝国を訪れた要件を終わらせたらすぐに撤収。

レックルスの方からもアイゼンハルトたちに対して何をするということはしない。

お互いに、何もせず。

ただアイゼンハルトがやると決めたあることだけを終わらせる。

「それにしても――」

魔王城から随分と離れているとはいえ、この男にとっては駆けて数分程度の距離だ。

それを分かっているからかあまり気を抜けないとはいえ、当の本人であるアイゼンハルト――テツは逆に気の抜けたコーラのような声を出して、レックルスに話しかけた。

「――奇妙な縁じゃ、あらんせんか」

「存在自体が奇妙な奴のせいで出来た縁だしな。さもあらん」

「あっはっは、どこでも彼はそういう扱いなんでしょうや。ぼかぁ、まさか魔界にまた来ることになるなんて、微塵も思いはしとりゃせんでした」

「あいつの話になると、こう、殺意と恩義がごちゃ混ぜになってとても不愉快な気分になるんだよなあ」

「自称不愉快な妖鬼だそうで、まあ彼にとっちゃあ満足のいく印象なんじゃあらんせんか」

「どこまでも迷惑極まりないなあいつああくそあの野郎」

お互いに高笑いする不愉快な妖鬼を脳裏に浮かべながら、のんびりと言葉を交わす。

妖鬼シュテン。

あの頭の中にハチミツでも詰まっていそうな妖鬼が居ればこそ、孤児院の子供たちが救われたのだと思うと色々と業腹ではあるのだが。それにしても、奇妙な奴が一人いるだけで人生の歯車はこうも斜め上の方向に回るのだと、変な感心もなかったといえば嘘になるわけで。

「……まあ、結局あいつが何なのかは分かったもんじゃないんだが。鬼神シュテンとの繋がりもないっぽいしな」

「ぼかぁ両方と面識があるんですが……正直、本当につながりがないのかどうか怪しいところですわ。テンションとかが、そらもうそっくりで」

「あいつが二人いるとか悪夢も逃げ出すわ」

「あっはっは、騒がしいのは間違いなさそうで」

けらけらと笑う、テツ。

心の底から楽しそうな彼からは、魔界での緊張などは微塵も感じられず。

彼の本性を知っているレックルスは少々その肝の太さに表情筋を引きつらせるが、それはそれ。

愉快に話す二人の隣で、少々一人思考の海に沈んでいた少女がぽつりと漏らす。

「……で、"ミランダ"っていう人は在宅なのかい?」

「どうだろうな。俺も人伝に聞いただけだから分からんが、何分怠惰な人らしくてあんまり家の外には出ないんだそうだ。……ただ、問題は来る時にも言ったように――」

「分かってまさぁ。もともと、"グラスパーアイの一派"だったってえ、そういうことでしょうや」

「ああ。そうだ」

テツがこの魔界地下帝国を訪れた理由は、ひとえに"遺言を伝えるため"だ。

共和国は孤児院の前で戦った狂化魔族の一人、オーガの男が最期にテツに伝えた一言。

『なあ、あんた……伝言を頼まれちゃ貰えねえか』

『故郷のダチに、"すまねえ"と。そう伝えてくれ。ブレンから、ミランダへ』

戦場で散った数多の魔族のうち、たった一人テツに言葉を伝えられた、言ってしまえばただそれだけの相手。恩も義理もない。しかしそれでも、テツはその役目を全うするためにわざわざレックルスについてこの場所を訪れた。

レックルスはレックルスで、その"ミランダ"という名前に聞き覚えがあった。

ミランダ・ドラキュリア・ボルカという、グラスパーアイ一派の少女。吸血皇女の一人であり、吸血鬼派の主流に属していたらしい彼女だが、実はレックルス自身はまともに会ったことがない。

魔界のパーティや儀式の際に顔を見たような見ていないような。

その程度の間柄であったが、レックルスの直属の上司はまた違った。

『あたしちょっとミランダのところ行ってくるね』

ちょうど先日、ユリーカがそう言い残して魔界三丁目に足を運んだことを、彼は知っている。

単純に遊びに行ったような感じではあったが、具体的に何をするのかを教えてくれる空気ではなかった。故に少々心配はしていたのだが、さて。

「この辺りのはずだが……」

「さすがは四天王のトップともあって、さくさく入れるものだね。いやはや、恐れいったよ」

「まあ、その辺りは一応な。それなりの肩書担いじまってるし、権利は結構ある」

レックルスの案内で辿り着いたのは、魔界三丁目の中でも最奥。

吸血鬼派と呼ばれる者たちの総本山である、魔王城並とはいかずとも砦程度の大きさはある屋敷だった。

「……ああ、なんだかここは、記憶に残っている気がする」

「ミネリナ嬢……」

「大丈夫。それを承知でやってきたんだからね。力はなくとも、心までは折れないさ」

感慨深げに呟くミネリナを、テツは若干伏せた目で見るが。当のミネリナはあまり気負った様子もなく、まっすぐに屋敷を見据えていた。

「んで、この邸宅の中に居るはずだが――」

そう、レックルスが言いかけた時だった。

けたたましい破砕音と共に、降り注ぐは瓦礫の雨霰。

「うわぅッ……!?」

「ちっ、めんどくせえッ」

レックルスがゲートを展開し、自らの周囲への影響を少しでも減らそうとするが。

「――心配にゃ、及びませんので」

それよりも早く眼前に躍り出たテツが、全ての瓦礫を二本の槍で叩き落とした。

ミネリナ、レックルスを避けるように積み上げられた、もともとは"壁"や"屋根"であっただろう岩の破片。礼を口にしようとするミネリナを置いて、テツは上空の爆心地を睨み据えた。

「……流石は、グリモワールランサーってか」

「あ、ありがとテツ。で、どうだい?」

「――どうやら、あの辺りで戦闘が始まってますが」

すわ何事かと、周囲の邸宅からも野次馬宜しく顔を方々の窓から覗かせる魔族たち。

街道のど真ん中に立っていたテツとミネリナ、そしてレックルスはそれなり以上に目立つかと思われたが、幸いと言うべきか彼らの関心は全て"上"に集中していた。

踊るように空を舞う、幾人かの高位魔族の戦いに。

「――ミランダ、宜しく」

「めんどくさいなーもー」

「あなたがあたしに協力持ちかけたんだからそのくらいしてよね!」

「へーい」

気力なさげな四翼の少女と、可憐さをそのまま体現したような六翼の少女。

その二人と対峙するは、"崩"のジェイルコマンドをはじめとした吸血鬼派の権力者たち。

「何故だミランダ!! "車輪"と組んでこんなことを――」

「なんでーって聞かれるとー……邪魔が消えたから?」

「こ、のッ……裏切り者がァ!!」

「人聞きわっるーい……」

四翼の少女は、橙色のツインテールを靡かせて吸血鬼たちの攻撃をひらりひらりと回避していく。お返しとばかりに繰り出される砲撃はおそらく、最初にあの辺りの壁を砕いたものだろう。髪と同じ橙色の奔流が、螺旋を描いて床や壁を抉っていく。

「ミランダはもう敵だ!! 殺せ!!」

「――ちょっとユリーカぁ、ヘイトを私ばっかりに集めるのは、ろーどーのつり合いとしてどう思うかにゃ?」

「にゃ、じゃないでしょもうっ」

ミランダと呼ばれた四翼の少女に躍りかかる吸血鬼たち。彼女は鬱陶しげに後方上空へと飛び下がると、バトンタッチとばかりに突っ込む桃髪の少女に文句を垂れた。

が、軽く言葉を交わしたその時にはもう、六翼を持つ桃髪の少女はあっという間に全ての吸血鬼をカトラスで両断したあとで。

「なっ、ななっ……ええい!! まだ 量産型(・・・) はたくさんいるだろう!! 出せ!!」

"崩"のジェイルコマンドが出した指令に、屋内がざわつくのを感じる。

そろそろ状況が読めてきたところで、しばらく街道の脇に退避していたテツは空を睨んで呟いた。

「レックルスの旦那。これ、止めた方がいいんですかい?」

「――俺としても止めたいところだが、正直なところ難しくないか?」

「そうですなぁ。ちょぉっとあのピンクの子ぉだけは別格ですわ。ぼかぁ、久々にあのレベルの武者を見た気分で。……あれさえどうにか無力化できればあとはどうとでも」

「待て待て待て待て!! 違う! 止めるとすれば吸血鬼たちの方だ!」

「え?」

「え!?」

状況を把握したはずのテツは、レックルスの思わぬツッコミにきょとんと呆けた顔になる。

「え、いや、え? どう見ても襲撃してるのは――」

「あれうちの上司!! ついでにあっちの橙色が"ミランダ"さんだから!」

「お前さん、吸血鬼派にドッキリでもしかける企画があったので?」

「そんなサプライズパーティみたいなノリで言うなよ!! 事情はよく分からねえが、ユリーカちゃんが戦ってるなら向こうはもう敵だ! 止めるならあっちだ!」

「……さようで。そんじゃ、ミネリナ嬢を頼んます」

「お、おう、そうか」

改めてレックルスのフォロー付きで理解したテツは、二本の槍を軽く手に馴染ませて跳躍する。その速度たるや、生半可な魔族には視認できないであろうほどのもの。

弾けるような音を最後にその場から消え去ったテツに目を瞬かせるレックルスだったが、"頼まれた"ミネリナを一瞥して、彼はため息を吐いた。

「……どこかで見たことがあると思ったんですが」

当のミネリナは、驚きに思考が止まってしまっているようで棒立ちで。

そんな彼女の"赤いツインテール"と、空を舞うミランダの"橙のツインテール"を交互に眺めて。

「……瓜二つの容姿、なんつーのは、よくあることじゃねーと思うんだがな。……思った以上に、めんどくさそうだこりゃ」

呟くように、空を仰いだ。