軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六話 ラムの村V 『ぽぽいぽい』

『なんて……化け物……!!』

驚愕に目を見開く、そばかす顔の少女。

オカリナを使っての魔導攻撃に対して、欠片の恐怖を示さずに回避し突貫する妖鬼。

『今日はわりと調子良いみたいでな。というかデジレの強さが改めて分かるなオイ』

『デジレ……!?』

すぐさま憎々し気にその瞳を濁らせ、彼女は妖鬼を睨み据えた。

『許さない……魔族!!』

『いや知らんがな。魔族で一括りにされるとこう、ほら。なんか切なくなるからやめろ』

オカリナで焔を操り、攻撃する少女――第八席。

余裕を持って回避する妖鬼――シュテンに焔をかき消されて悔しそうに表情を歪ませる。その隙にシュテンは跳躍して、大斧を握りしめる。

それが一瞬の出来事であったなら、彼女の反応は自明だろう。

『っ!? 消えた!?』

『ありゃ、デジレなら一瞬で反応すんぞ』

敵意と敵意がぶつかり合い、振り向く前に背中の"VIII"を勢いよく斬りつける。

『あぎゃあああああああああ!!』

容赦の無いその一撃によって、空中戦の決着はついた。

『絶対に……許さないッ……』

散り際に呟かれた声はシュテンに届くことなく、高度数十メートルから墜落していく彼女を、見送ることさえせずにシュテンはヒイラギを助けるべく書院の奥へと駆けていった。

『こっちっぽいよ!! シュテンくん!!』

『わりぃなべねっち!! 助かったぜッ……!!』

『ベネっちってなんかばかっぽい!』

走る、走る、走る。

敵対した"第十席グリンドル・グリフスケイル"と同じ立場にありながら、"第三席ヤタノ・フソウ・アークライト"と同じようにシュテンを手助けしてくれる頼もしい味方が、今彼の前を駆けていた。

コートに刻まれた文字は"VIII"。頼もしい、軽く叩いてやりたくなる背中。

第八席ベネッタ・コルティナ。

振り返り際にそばかすの印象的な可愛らしい顔を振り向かせ、困ったように眉根を下げつつも駆ける速度は落とさない。

この先に、シュテンの探している眷属が居ると知っているから。

そして、戦うための覚悟を決めたことも、知っているから。

『しっかし、なんでここまでしてくれんのかねぇ!』

『逆に聞くけど一人だったらやれるっぽい!?』

『無理っぽいいいいいい!!』

『あ、真似!! 似てないっぽい!!』

『似てない"ぽい"なら似ている可能性も――』

『うるさいっぽい!!』

がるるるる、と威嚇"っぽく"彼女は唸る。

緊迫した状況の中で、しかしお気楽さを崩さないシュテンに対し、彼女は応えるかのように明るく振る舞いながら一路"紅蓮の間"を目指していた。

『――ヒイラギちゃんの境遇は可哀想っぽい』

『あん!?』

ぽつりと口から零れ落ちた言の葉は、駆ける慣性に従って後方へと流れていく。

決して大きな声ではなかったけれど、それはしっかりとシュテンの耳に届いた。

『あんな風にされて、今も総帥に酷いことされようとしてる。そんなの、見過ごせないっぽい。アスタルテさまに命じられたわけでもないし、あたいを縛るものはない。なら――』

くるりと、もう一度だけ振り向いて、彼女は笑った。

『――"囚われのお姫様"を助けてあげる王子のサポートをする方が、気分が良いもんね!!』

『――』

一瞬声を失ったシュテンはしかし、呼応するように口角をふっと緩め。

『おう!! そうだな!! ガラじゃねえけどな!!』

そう叫んで、より一層駆ける足に力を入れた。

全く同日同時刻。別の軌跡をたどった世界線の出来事。

「第七席、ルノー・R・アテリディアだぁ……?」

「シュテンくん、相対した相手すら覚えてないっぽい?」

「……目の前に居るなんて言えねえ」

妙に引っかかる、どころではない名前にも気になるところはあったが、やはり隣でおいしそうに白湯を飲む少女のことが気にかかる。実際のところ、シュテンとしてもベネッタに"こうだったよね"と言われれば確かに朧げにそんなようなことがあった気がしなくもない、程度には思い起こす何かがある。

しかし"新しい記憶"の方はその程度にしか想起できないほどには曖昧で、そして靄掛かっていた。

別に、ベネッタが今回辿ってきた歴史は嘘ではないのだろう。それは、笑顔になれたヴェローチェや生きて戻ってきたイブキ、そして二百年越しの恩返しをするためだけに生きてきたシャノアールを見れば一目瞭然だ。

シュテンに起きていることが、女神の言っていた"改変前の記憶が残っている"状態なのだろう。

つまるところ、シュテンにとっては真実でもこの世界にとっての真実ではない。

シュテンが築いてきた軌跡が否定されたわけではないにせよ、目の前の少女は正しくシュテンを"好意的に接することが出来る相手"として認識している。

「鬼神サマよぅ。あまりベネッタを危ない目に合わせないでやってくれないか」

「何言ってるのお父ちゃん。シュテンくんがやらかした時よりも遥かに危ないことがいっぱいあるっぽい。それに、ヒイラギちゃん助けるのはあたいの望みでもあったっぽいんだから」

「どうでもいいけどベネッちあれな、口調のせいで全てが曖昧になるな」

「シュテンくんは黙るっぽい!! あとベネッちはアホっぽいからやめるっぽい! 何度目なの!!」

「……一回目じゃねえのか俺……俺よ、お前はいつも俺だなぁ……」

どう転んでも大して変わらない性格になっているらしい己を愛しく思うやら悲しく思うやら。

苦笑交じりに表情筋を緩めるシュテンに、村長は軽くため息を吐いた。

「ま、命あっての物種だ。ジュリウスを失っちまった今、お前にまで先立たれたら俺ぁ」

「お父ちゃん、帰ってくる度にそう言うっぽい。あたいそれなりに強いし、別に大丈夫っぽい! お兄ちゃんがみんなを守ってくれた。ならあたいも、守れるものを守るっぽい」

「……そう、か。そいつを言われたら、俺は引き留められねえよ」

ベネッタは今日泊まってくだろ? との村長の問いかけに、ベネッタは微笑みを携えて頷こうとして。ふと、留まったようにシュテンを見た。

「そういえばシュテンはもう行くっぽい?」

「まあな。ちょっくら捜し物があるのと、あとあれだ。ヤタノちゃん」

「……そ、か」

その名前に、思わず顔をしかめたベネッタ。

何かあるのかとシュテンも首をかしげたその時、シュテンの正面から声がかかる。

はにかんだ村長がぺちりと己の後頭部を叩きながら、ゆっくりと椅子から腰を上げていた。

「あーなんだ、魔導関係のことやら、帝国書院がらみのことは門外漢だしあんまり聞いちゃいけねえだろ? それに鬼神サマなら間違いも起こさねえだろうし、というか恩もあるから間違っちゃっても強く言えねえし」

「お父ちゃん馬鹿っぽい」

「う、うるせえやい! とにかくみんなの方見てくっからしばらく色々話しててくれ」

気を遣わせた。それがもろに見え見えな行動ではあったが、村長に悪気はないのだろう。

特別気まずい空気になることもなく、ベネッタはため息交じりに先ほど村長が座っていた椅子に移動した。

正面に腰かけた彼女は、バンダナカチューシャをそっと軽く押し上げてから改めてシュテンに向き直る。少々広いおでこと、先ほど出て行った村長の後頭部のせいで色々不安になるものもあるが、流石にベネッタに悲劇が訪れることはないのではないかとシュテンはくだらないことを考える。

「……さて、と。でも、無事でよかったっぽいねシュテンくん」

「その切り出しってことは、教国での一件でも知ってんのか?」

「魔王軍に連れ去られた、なんて聞いてたからね。しかもあの"導師"の孫娘。ちょっとやな予感がしてたんだけど、変な魔導が施されている形跡もなし。精神パスはヒイラギちゃんとのものっぽいから、大丈夫っぽいなって。ごめんね、勝手に解析かけてたっぽい」

「お前その語尾だと素でやっちゃったのか自分の意志でやったのか分からないんだが」

「どっちでもいいっぽい」

「いやよくないだろ」

こともなげに肩を竦めるベネッタに、シュテンは頭を抱えるが。

それはそれとばかりに彼女はつづけた。

「ヒイラギちゃんが探してたっぽいからちょっと心配してた。あれだけ一生懸命助けてくれた相手が居なくなったらそりゃ誰でも不安になるっぽい。だから生きてて良かった」

「そこはぽいじゃねえんだな」

「どっちでもよくないことっぽいし」

「そうか」

シュテンの隣に置きっぱなしだった白湯を、テーブルに身を乗り出して取りながら彼女は言う。呑気な言葉とは裏腹に、それなり以上に心配してくれていたのであろうことは伝わってくる。

ヒイラギに関しては結局行方知れずだが、シュテンとしても早く再会したい気持ちは強まっていた。ミネリナにしろクレインにしろベネッタにしろ、みんな口々に"ヒイラギがお前を探している"と言うのだから。

健気な駄尻尾をもふるくらいは、してやりたい。

「で、第三席のことだけど」

「……ああ。ルノアールって野郎に何されたか知らねえが、ぶっちゃけ相当不安定だ。ついでに言うと第七席のルノー・R・アテリディアってもうあれだろどう考えても本人だろ」

「……アスタルテさまが魔導司書に招き入れたんだから、何かの理由があると思うっぽいけど……第三席がおかしいのは知ってるっぽい。あたいと同じで、魔族をどうにかしたいみたいなこと言ってたけど……その割に大量虐殺とかしてるっぽいし……あたい、別に仲良くはないから分からないっぽいけど」

「ううむ、流石の曖昧っぷり」

「あたいだって気にしてるっぽい」

「ぽいぽい」

「ぽぽいぽい!」

「なにこれ」

「あたいも知らないっぽい」

茶化すようなシュテンの言葉に、煽り返すようなぽいの応酬。二人しておかしくなって笑っていたりしたが、事態は切迫している。お互い危機的状況にあっても笑いあえるような相手なんだということは分かったが、これからどうするのかについては靄がかかったままだ。

「……とにかく、シュテンはこれからどうするっぽい?」

「一度故郷に帰る。というよりも、故郷からヤバい感じがする」

「ジャポネだっけ。そうするとあれっぽい。帝国通るっぽい?」

「ぽい」

「そういうことなら送るっぽい。帝国抜けるまでの間だけっぽいけど、今回の休暇はちょっと長いっぽいし」

「なんか悪ぃな。しかし、そんな長期休暇貰えるような役職だっけか、魔導司書」

「村を救って貰ったわけだし、そのくらい全然。あたいもシュテンとふらふらーってしてみたかったっぽい」

「そいつぁ何よりだ」

「休暇が長い理由は分からないっぽいけど、アスタルテさまが言ってたことだし大丈夫っぽい」

「ん、そうか。ならいいけどよ。……アスタルテってえのが甚だしく不安だが」

「……あー、っぽいねー。でも、だいじょぶ」

ぐ、とサムずアップして、ベネッタは朗らかに笑った。

「あたい、アスタルテさまの命令でも、友達を殺したりなんてしないから!」

ぽいを付けずに言い切ったその華やかな笑顔に、ウソの香りは欠片もしなかった。