軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四話 ラムの村III 『魔族の宅配便』

酩酊状態とまでは言わずとも、それなりには酔っていた。

村長がそれを自覚したのは、外の妙な喧騒に胸騒ぎを覚えた時だった。

「ん、ぅ?」

突っ伏していたテーブルから顔を上げる。旅の妖鬼が持ってきた瓢箪に入っていた酒は、凄まじく芳醇で美味いものだったから、思わずそれなりの量を呷ってしまっており。

一瞬ぐらついた視界を、片手で側頭部を抑えることで固定する。

室内は真っ暗だ。燭台の上で頼りなく揺れる蝋燭の灯りだけが、唯一状況把握の材料として役立ってくれる。

ざわざわと、普段はこのような時間にはしない騒音。

鈍い鉄のぶつかるような音。人々の決して小さくない言葉が集合したようなざわつき。

村長は、これをただ"なんだろう"と疑問符を浮かべてもう一度眠りに就くような事態ではないことを一瞬で把握した。ただ事ではないどころか、もう何度も経験している悲劇の前兆。

「狂った奴らだ!! 奴らが出たぞ!」

叫び声。

その声の主を、村長は知っていた。間違いなく大切な村人の一人。いつも歳寄りを労わって農作業を人一倍こなす、心優しい青年。

はっと酔いが覚めた。

「……借りるぞ、ジュリウス」

立ち上がり際に、一瞬たたらを踏んだ。しかしそんなことを気にしている場合ではないだろう。

戸棚の横に立てかけられた、柄の折れた薙刀。

毎日輝いて見えるように手入れをかかさなかったそれを引っ掴み、状況を見るべく外に飛び出そうとした、その時だった。

バン、とけたたましい音を立てて開かれた玄関扉。

無遠慮に入り込んできたのは、ワーウルフ。

既に瞳は尋常の者のそれではなく、常にきつく噛みしめた歯の間から延々と涎を垂れ流し、血走った眼と血管の浮き出た形相で部屋の中を睨み据える。

「ぐっ」

「ゥゥゥ……!!」

反射的に、両の手で握りしめた薙刀を構えた。

と、そのワーウルフの背後からもう一人の男が現れた。中肉中背の、キツネのような顔をした壮年男性。赤の鎧に身を包んでいることから、彼が目の前のワーウルフを操っていることは村長にも察しがついた。

「よぉ、金目の匂いがしたから遊びに来たぜ。ここが村の長の屋敷で間違いなさそうだな。……おおい! ここが当たりみてえだぜ!!」

村長を見るや否や口元を歪ませたその男は、外に向かって機嫌よさげに叫ぶ。

「この前はよく分からねえ狐の魔族にしてやられたが、今回はそう上手くはいかねえ。命あっての物種と逃げ出して正解だったぜ……んじゃ、死ね」

「……このっ」

す、と手を差し伸べたその指先が村長に向く。

瞬く間にワーウルフがテーブルを薙ぎ払い、村長へと迫る。

「う、おおおお……!」

「グラゥ!!」

思わず柄でワーウルフのこん棒を受ける。凄まじい膂力が腕越しに伝わり、村長は後方へと跳躍した。

だが、それを素直に逃がしてくれるワーウルフではない。勢いのままに吹き飛ばされ、裏の勝手口扉を突き破って畑の方へと転がりこんだ。

そういえば、先ほどまで居た鬼の青年はどこに行ったのか。

振り向き、周囲を見渡すもその存在は確認できない。

背中から落ちた畑の土は、柔らかかった。

精を込めて耕してくれたあとを実感するような時間は、ない。

「グゥウワッ」

「くそっ」

右に転がる。

地面に響きわたる、ワーウルフの振り下ろし。

土塊(つちくれ) が飛び散る中、村長はさらに後方へと下がった。

「本当はよ、丸々財産いただけりゃそれでいいんだが、腹の虫が収まらねえのよ」

「……なんの――」

――話だ。と続ける前に、村長は絶句した。

男の後ろから、ぞろぞろと現れた魔族や特導兵たち、合計で十人ほど。

ワーウルフの他にケンタウロスとウィッチまで居る状況に、村長は歯噛みする。

が、そんなことを気にした様子もなく。キツネ顔の男の表情が凶悪に歪んだ。

「救国の意志を胸に帝国に突貫しかけて、散っていった同志が居て。敗走したにせよ、俺たちは英雄であるべきで、少しくらい諸々恵んで貰ったってバチは当たらねえはずだ。つーのによ、魔族如きを呼び出しやがって……」

「食料を恵んでくれと素直に頼まれりゃ差し出したさ、ここはもともとそういう村だ」

「はっ! 頼む? いやいや、寄越せよ。何を対等気取ってんだ農民如きが」

「って姿勢だったからこうなったんだろうさ……最初っから盗賊やって女を犯してやりたい放題する気満々だったじゃねえかテメエら……」

はあ、とため息を吐くも、どうやらここは既に死地であるようだった。

村長が言葉を紡ぐ度に歪んでいく男たちの心には、どうやら選民意識しかないらしい。

特導兵というのがそういうものらしいことはうすうす感じ取ってはいたものの、同じ共和国民として少々寂しいものがあった。

「そんなわけで、村長には……そぉだな、ここの村人の骨で犬の真似でもしてもらおうかな。投げてやっからよ」

「っ……まさか」

「もう俺たちにこの国に居場所はなさそうだからな。別に村が地図から一個消えようが知ったこっちゃねえのよ」

意趣返しのように、村長の厳しくなっていく顔を見て嗤う男たち。

既に、村に特導兵の残党が流入しているのであれば確かに、全員でここに来るということもない。

なれば、残りの連中の向かった先は――

「あーあ、本当はアレだ、テメエんとこの娘もぶち犯したかったんだが……」

ぼりぼりと顎を掻きながら笑うキツネ顔の男。

その言葉に、小さく村長は微笑んだ。

「うちの娘は、"狂化魔族"の存在が許せないって二年前に己の正義を持って帝国に行ったよ。お前らみたいに共和国の民でありながら、憎き王国の"狂化魔族"を真似るほど落ちぶれてなくてな」

「帝国ッ……? テメエ、それこそ共和国民でありながらっ!!」

「俺がもうこの場で朽ちるなら、黙ってても意味ねえしな。帝国につくってことで相当揉めはしたが、誰にも言わなかった。共和国の人間が帝国書院に居るなんざ、ろくなことにならないからな。ハハッ、なんだその面白ぇ顔は」

「この、クソオヤジ……!!」

「しかし、うちの娘を知ってるってことは、お前――」

もしかして知り合いか、と一瞬首を傾げ。まじまじと男を見つめて、ポンと手を打った。

「あー!! 隣村のボンクラじゃねえか!! はっは、農民如きが、なんて言っておいて、農民以下の穀潰しだった野郎がちょっと貸し与えられた力で偉ぶってんのか!! こいつぁ傑作だ!!」

げらげらと、笑う。

それはもう、全力で嘲笑った。

実際のところ、もはや村長に勝機はない。

なれば挑発して裏手から逃げるくらいしか方法はなかった。

だが、握りしめた薙刀がそうさせてはくれない。

『この村に必要だから』生き残った自分が、おめおめと村を捨てて逃げるわけにはいかなかったから。

「悪いな、ジュリウス。せっかく守って貰った命だが――」

もはや打つ手もなく、村全体にこんな化け物どもが放出されているというのなら、どうにもならないだろう。ならば、この男が言うような屈辱を受けるわけにはいかない。

いっそ華々しく、この薙刀でもって。

「このッ――殺せ!!」

キツネ顔の男が命じた。

それと同時に、残り数人の特導兵たちも各々の魔族に対して命令を下す。

せめて一人くらいは殺してやる、一兵卒なめんなよ。

そう己を奮起して、村長は薙刀を構えて。

「……ん?」

「――ウゥウゥ……!!」

「アアアア……!!」

何も、起こらなかった。

「おい! 何をしている!! 殺せ!!」

キツネ顔の男が怒り狂ったように村長を指さすが、反応がない。

いや、反応はしても、村長の方を向こうとはしなかった。

五人の狂化魔族は、揃って斜め上の方向を見上げている。

その絵面がどうにも間抜けに見えて、村長は目を瞬かせた。

「おい、この、ワーウルフ!! おい! 何を、見て――」

挙句の果てには、キツネ顔の男までも同じ方角を見て固まる。

そろいもそろって、屋根の上。

何なんだ、と。警戒しつつも村長は、同じように月の出た夜空に目を向けて。

「な、なんだぁ?」

そこに在ったのは、小山だった。

屋根の上に見えるシルエットは、譬えるなら「きのこ」だろうか。

まるで、一人が大量の何かを抱えているような、そんな。

狂化魔族たちがいち早く気づいたそれに、キツネ男が叫ぶ。

「何者だ!!」

それが、どうやら臨界点だった。

その巨大な何かが、降ってくる。狂化魔族たちが反射で回避した、そのど真ん中に叩きつけられたのは。

――大量の、狂化魔族の死体。

「なっ――」

「――何者だっつったな。そぉだな、差し詰め……」

声が響いた。

見上げると、そこには一人の男。

おそらくは、先ほど大量の魔族を抱えていたのであろう、青年。

にやり、と笑ったのが分かった。若干、狂気に染まったその嗤いに、気づく。

凄まじい覇気が、彼から放たれたのを。

「――魔族の宅配便。ってえのはどうだ?」

「は、え……」

跳躍。着地するのは、村長と狂化魔族たちの間。

「……お、お前は」

村長の口から洩れた言葉に、振り返った青年は楽しげで。

「思いがけず、飯の恩が返せそうだな」

見たことがある、どころではなく。先ほどまで一緒に卓を囲んでいたはずなのに、纏うオーラはあの青年の比ではない。

甦るのは昨日に交わした会話。

『何だよその思わせぶりな言い方はよ』

『いやなに、リンドバルマに"鬼神"が現れた。という噂がな』

『俺かもしれねえぞ? 俺かもしれねえぞ?』

今、彼の前に立つ青年は、まさしく。

それを言う前に、キツネ顔の男が声を漏らす。

「鬼神、シュテンッ……!!」

「を名乗るにはもうちょい技量が欲しいとこだ。――さて」

正面を向いた青年は、特導兵たちを見やる。

キツネ顔の男を含む彼らに動揺が走った。

「おい、あれ」

「リンドバルマで暴れたっていう、あのッ……」

「落ち着け!」

キツネ顔の男が叫んだ。

確かに、今は冷静になるべき時だ。突然降って沸いた、遥か格上の存在。それも、リンドバルマ第三層を単独で壊滅させたという噂までついて回る男だ。メンバーの数人は、リンドバルマから出陣する際に、暴れる彼の姿を目撃している者まで居る。

落ち着かねばならない。そう自分に言い聞かせるも、命令を聴くのは理性ある者だけだった。

「――グラアアアアア!!」

「――アアアア!!」

「あ、待て!! そんな奴に向かっていったらっ――」

特導兵に託された狂化魔族は、基本的に一人一体だ。

それそのものが彼らの武器であり、防具。特導兵たちにとって様々な用途に使える便利な品、狂化魔族は実は、替えの効かない一品だった。

だから、目の前の相手は、マズい。

パン、と両手を突き合わせ、口元を歪めた妖鬼。

「こんな歳喰ったハゲの村長さん相手によ、テメエら五人も魔族けしかけてんのか。――ったく」

先陣を切って飛びかかったワーウルフは、今の今までその場に居たはずの妖鬼が消えたことに困惑する。

だが、それも一瞬のこと。

魔族たちのど真ん中。五体の魔族を頂点に五芒星を描けば、ちょうどその中心にふわりと現れた妖鬼に、特導兵たちは目を見開く。

そして。

「ァ……」

殆ど、音もなく。崩れ落ちる五人の魔族。

「――ろくなことしねえな、特導兵」

振り向く、朱と金色の混ざり合った鋭い瞳。

「なにを、した――?」

思わずこぼれた言葉はキツネ顔の男。

対して、妖鬼はやたら満足気に誇りつつも人をコケにしたような表情で、軽く指を弾いた。

「……は?」

「今からお前らにもお見舞いしてやるよ――」

「で、デコピンなんかで狂化魔族がやられる訳がッ――」

「――修羅の炎を纏った、特別製のデコピンだがな」

いつの間にか。

キツネ顔の男の目の前に現れた妖鬼。

「――」

なにかを発する時間すらなかった。

重いものを受けたと思った瞬間にはもはや意識はなく。

妖鬼から見れば、男の首から上は消滅していた。

「……んじゃ」

残る四人の特導兵を見据え、妖鬼は嗤う。

「……幕引きと行こうぜ、このつまんねえ劇場の」