軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エピローグ リンドバルマだったところ 『立ち上る紫煙二つ』

リンドバルマ第三層。

外周を第一層、第二層によってドーナツ状に守られた、いわばリンドバルマ市内で最も安全な場所。

しかし、優雅さを感じさせる煉瓦造りの暖かな街並みは最早見る影もなく、本来は中枢であるはずのこの区画は本当の意味でドーナツの中心となってしまっていた。もとい、街並みにぽっかりと空いた大穴である。

瓦礫の山が積み重なり、生活の跡が垣間見える家具の類や調度品は、無残に引き裂かれ叩き壊されてほうぼうにまるで出来の悪いデコレーションか何かのようにちりばめられていた。

時折巻き起こる風が塵を運んで灰色に靡き、地面や煉瓦の破片に擦れる音だけが小さく響いている。

荒野か、それとも廃墟か。何れにしても人の生を感じさせないような場所に、リンドバルマ第三層はたった数分で成り下がってしまっていた。

「――ふむ」

がらり、と、積み上げられた壁や屋根の破片の中から一人の男が現れる。

全くの無傷である彼は、外にでてきた影響で少々塵を被ったベストの肩を軽く払うとポケットからシガレットを取り出して一人頷いた。

「下手人、もといドラ息子と闇堕ち童女はどこかに行ったようだね。しかし……あの場に何人要救助者が居たのか分からないから、少々魔素を無駄遣いしてしまったようだ。よくないなぁ、このボクとしたことがね」

「なんか若干混じってんぞ息子の口癖」

「何を言うかと思えば、息子が勝手にボクの口調を真似たか何かだろう。オリジナルだよ、このボクがね!」

同じように、というには少々優雅さに欠けるやり方で、もう一人青年が瓦礫の中から這い出てきた。

三度笠を被り直し、その金瞳を細めながら、邪魔な瓦礫を適当な場所に投げつつ男のそばまで歩いてくると、周囲を見渡して「こりゃひでえ」と呟いた。

その肩には、これまたもう一人の青年が担がれている。

「彼は?」

「今回の案内役で、ポールって忍だ。まさかこんなことになるたあ思わなかったが……ヴェローチェは無事か、シャノアール」

「もちろん無問題さー。ほら、ここに」

す、と右手を水平に右へ振り払う、シャノアールと呼ばれた男。

その手から放たれた魔素の動きを追うことは、目の前の青年には叶わなかったが。

それでも、シャノアールが先ほど現れた場所から、横たわった状態で出てきた少女を見て青年はほっと息を吐いた。

砕かれた壁の一つが、おあつらえ向きに平坦な地面を形成していたのでそこに寝かせると、シャノアールはシガレットに火を点けた。

「……吸うかい?」

「んじゃ、貰うわ」

シャノアールは慣れた動作で指先に小さな火をともして、青年の咥えたそれに点火しようとして。

青年は断るように手を出した。

「ふんっ!!」

そしてその手を握りしめると、拳そのものに苛烈な炎が灯る。

その名を修羅・煌炎。鬼神イブキが彼に伝授した、エネルギー倍化の魔導であった。

驚いたように目を丸くするシャノアールに、青年は満面のしたり顔で答える。

「……それは」

「どやぁ……」

「ちょっと点火程度には燃費が悪いね」

「うるへー」

一気に拗ねた青年がそっぽを向いて煙を吐き出すと、シャノアールも軽く自嘲するように笑ってからシガレットの長さを縮めていく。

小さな間が出来た。

「デジレの野郎とか、ジュスタとか、生き埋めかねえ」

「一応見たよ。流石は神蝕現象のエキスパートだね、敵の魔導発動と同時に自分の周囲の魔素を全て断ち切って、少女を小脇に抱えて一気に離脱していた。まあ、それでも危なかったから守ったけどね。このボクがね!!」

「ほんっと、お前さんには三歩も四歩も及ばねえなあ」

「及んで貰ったら、積もってしまった恩が返せなくなるから構わないよ」

「それは釈然としねえなあ。恩だの何だの考えずに、助け合わせてくれや、ダチ公」

「……ふっ。助け合わせて、か。参るね、本当に」

立ち上る二本の紫煙。

二人が見上げる青空は雲一つなく、心地の良いものになっていた。

それがもし、先ほど起きた暴風の影響なのだとしたら、それは随分な皮肉だろう。

清々しい気持ちになって、目的が何もかもまっさらにされてしまった現状。

何かを整理して、色々なものを整理するには、都合がよすぎる環境だから。

「シュテンくん」

「あん?」

「すまなかったね」

「何がよ」

ぽつり、と呼ばれた名前に青年――シュテンは反応した。

また無駄に気合を入れて出した炎で、寿命間近のシガレットを消し飛ばして。

タイミングよくシュテンの拳に、同じようにシガレットを放り込んだシャノアールを見れば、随分と困ったような笑みを浮かべていた。

「"助け合わせて"と言っただろう? またしても、色々隠していたと思ってね、このボクがね」

「ああ、そこが何かに触れたのか。まあ、話したくねえことまでは聞かねえが……それを差し引いても、聞きたいことは色々あるわな、ちょっとこの現状だと、もろもろと」

「だと、思うよ」

肩を竦めたシャノアールは、自前のシガレットをもう一本取り出した。

何を語るにも、つまみや肴、そしてこうした小道具があると、気まずい間を凌げてちょうどいい。

いつの間にかしたり顔で拳をぼーぼー燃やしていたシュテンに火をもらう形で、シャノアールはもう一度煙をめいっぱい肺に吸い込んだ。

「ふぅ……。まずは、そう。どこから話そうかな。ルノアールとの離別から、か」

「"払暁の団"とか言ってたな。そのまま意味を取るなら、夜明けを迎える準備でもしてるってことだが……奴さんにとってこの世が今"夜"って定義付けられてる辺りはちょいと気になるところだぁな」

「ルノアールが生まれたのは、シュテンくんとユリーカ……あの時はユリーカちゃんと呼んでいたかな。まあ、二人と別れてからしばらくしてのことだ。あの頃は色々と忙しくてね。ルノアールの幼少期には、よく研究の手伝いを頼むこともあった。……血、なのかもしれないね。随分と、魔導にはのめりこんだよ。彼もね」

遠い眼をするシャノアールを横目に、シュテンは大きく伸びをした。

よくよく考えれば、今シャノアールが思い出している過去というのは、もう二百年近く前のことになる。

ルノアールも同じように長生きしていることが分かって、ますます意味が分からなくなった。

ヴェローチェは人間であり、シャノアールも人間だ。

そうなれば、ルノアールの母親も配偶者も人間であろう。

シャノアールと同じように、何等かの方法で長生きしているのか、或いは。

「魔導は、それなりに優秀だった。それこそ、単純に"魔導使い"としては魔王軍でも凄まじい使い手だった。例えば、そう。きみが言っていたように、"このボクが操られていたり死んでいれば"、ナンバーワンの、それこそ導師にもなれていたんじゃないかな」

「――」

「……自分で言うのもなんだけどね。次元がちがったんだ。ルノアールと、このボクはね。その時、尽くした手は全て愚策だったのだろう。励ましたり、新たな道を示したり、研究のサポートをしてあげたこともあった。今思えば、その全てがプライドを叩き折る所業だったに違いない」

コンプレックス、か。

まずルノアールが感じていたわだかまりをある程度理解して、シュテンは一人頷いた。

確かに目の前の導師シャノアール・ヴィエ・アトモスフィアはあまりにも優秀だ。

その実力も、知能も、あらゆる面で時代最強の魔導使いと言ってもいいかもしれない。もしシャノアールに対抗できる魔導使いが居るとしたら、それこそ二十年後のヴェローチェか、それか三年前に死んだ五英雄の一角であるアレイア・フォン・ガリューシアくらいのものだろう。

「そんなある日にあいつは突然、何かを思いついたように研究を始めた。その時点で疎遠になってしまったこともあって、成果を上げるまで何をしているのか分からなかったけれど。それが失敗だった」

『父上! これは貴方でも思いつかなかった研究ではないですか!?』

「――もうその時点であいつの瞳が濁ってしまっていることに、気づかなかった。このボクはね。"魂"の変革。部下を騙して、身寄りのない魔族を捕まえて、或いは人間を拉致してきて、大量の人体実験を行って、"対象を狂化することでリミッターを解除し、凄まじい身体能力を得る"なんて研究レポートを提出した」

「――そいつが、そもそもの始まりか」

「何故手をつけなかったか、などと考えもしなかったみたいだよ。人の魂というのは高潔で、そして神聖なものだ。それを弄ろうなど……特にこのボクなどは考えもしなかったさ。自分がされかけたというのもあるけれど、それ以上に許せなかったからだ。だから、追放した」

「……ん? ちょっと待て」

「……気づいたかい? シュテンくん」

ことのあらましを聞き切って。

シュテンの頬に一つ、冷や汗の雫が零れ落ちる。

追放。そこまでしたのは、確か。最後にシャノアールとルノアールが会ったのは、先ほどの再会の時の言葉を考える限り――

『十年振り、くらいかな』

最悪、シャノアール自身が長く生きすぎたせいで時間感覚が適当になっているとしても。

「すぅ……すぅ……」

シュテンが視線をやったのは、傍らで眠り続ける少女。

穏やかな表情なのが救いだが、見た目も実年齢も、彼女は確か十五歳前後。

「……シャノアールお前、ヴェローチェの存在をいつ知った」

「十年前、だね」

「そう……か……」

その五年間。

何をされていたのかなど、今までのシャノアールの話を聞けば容易に想像できることだった。

彼女が感情に少々乏しいことも、たまに妙に子供っぽいところも、全て"健全"に生きては来れなかった証拠。間延びする癖までは分からないにしろ、彼女の性格の根源はとても明るいものなどではなかった。

「助けたのが幼少期だったからよかったけれど。もしも、例えばルノアールが導師になってしまったような世界線があったとして。そうしたらきっと彼女は、無感情に人を殺す機械にされていてもおかしくなかった」

「そんな感じだった。誰も味方なんていなかったとさ」

「……シュテンくん」

「あん?」

シガレットを消し飛ばして、シャノアールはもう一度はにかんだ。

「改めて、生かしてくれてありがとう。この、ボクを」

「よせやい。なんだお前メインヒロインか」

「……ん?」

「いや、なんでもねえ。こういう時に茶化すのもよくねえな」

それよりシガレットもう一本くれよ、と催促して、シュテンはもう一度修羅・煌炎で火を点けた。

火力がでかすぎて少々もったいないくらいに燃えてしまっているのは、シュテンにとってはあまり関係ないらしい。

「人のサポートに回れる魔導をヴェローチェさんが会得してたってのは、過去から戻ってきた時に驚いたことの一つだったからな」

「そうか。それは……良かった」

安堵したようなシャノアールの声に、シュテンは無言で返した。

その"ルノアールが導師であった世界線"で、シュテンはシャノアールが思っているほどヴェローチェに対して友好的ではなかったから。何なら、ボス戦気分で戦いを挑んだことがあるくらいだ。

彼女のそこまで深い過去について触れたことはなかったし、何よりも彼女が話そうとしなかった。

紫煙を吐き出して、シュテンは考える。

シャノアールに礼を言われるほどに、過去改変は成功したと言っていいだろう。

だが当然のように、シュテンの過去改変によって別の道を歩んだ者が居るということだ。

もし。

もし、ヴェローチェ以外にも、大きな変化を迎えた者が居るとすればそれは。

以前は友好的だったにも関わらず敵対することに、なったりはしないだろうか。

「シャノアール」

「なんだい?」

「"語らない聖典"ってえのと契約した。お前、そう言ってたよな」

「ああ、そうだね。そうして、こうやって生きていられる」

「……ルノアールが言ってた、"奴隷"ってどういうことだ」

「――」

過去から帰った日、魔界でこうして二人で話した記憶はまだ鮮明だ。

"語らない聖典"について、シャノアールは生き永らえるために必要だったとそういった。

そして、副作用やらなにやらについてシュテンが言及したときに。

『……ないよ。きみが心配するようなことは、なにも』

そう言っていたのを、おぼえている。

だから。

「俺が心配しないようなことでもいい。お前、契約っていうからにはアレがあるんじゃねえか。長生きできる代わりにお前が差し出す、対価が」

シャノアールの表情は見えない。

何も、言葉を紡ぐ様子は見えない。

だからこそ、シュテンは妙な悪寒に身を任せてシャノアールの両肩を掴んだ。

「おい。答えろ。いつものように笑ってみやがれ。お前、何をどうやって"契約"とやらをしやがったんだ。俺に恩返しする、なんつー下らないたったそれだけの理由の為に、お前、何を犠牲にした!!」

「……さて、ね」

「シャノアール!!」

ただ、自嘲するようにして口角を上げるだけ。

そんな仕草で、答えるつもりはないと示したシャノアールに、シュテンは肩を落とす。

同時に、感情に任せて掴んだ両手もするりと垂れ下がった。

「……シュテンくん」

「なんだよ」

「人生はとても楽しいよ、このボクはね」

「……そう、かよ」

居たたまれなくなって、シュテンは唇をかむ。

無理やり聞き出すことはしない。そう言ったのは先の自分であるし、シャノアールの固い意志くらい見抜けないシュテンではない。だからこそ不安は募るが、彼は今もこうして生きている。それだけが、シュテンを落ち着かせるたった一つの鎮静剤だった。

「……寿命を延ばして、生きる。それが、"語らない聖典"の効果なのか?」

「一概には言えないさ。語らない聖典というのは、この世の摂理そのものを説明しうる巨大データベースだ。だから、摂理に反することを願い、摂理に反することを対価に支払えば相応のものが貰えるさ。まあ、優秀な魔導使いに限られるけれどね」

「……その一つが、寿命と。……ん?」

「気づいたかい?」

シャノアールの目が細まった。

先ほどシャノアールは"対価"を支払ってその寿命を得たといった。

そしてそれが、ルノアールから見れば"語らない聖典の奴隷"であるということ。

「ルノアールは無関係じゃねえんだな、寿命おかしいし。そして――」

「――ああ。 彼女(・・) は何を対価に差し出したのだろうね。あの幼い時分に寿命を願ったのは、何を求めてのことだったのだろう」

ヤタノ・フソウ・アークライト。

彼女が百年と少しも生きている人間であるという事実を、シュテンはとうに知っていた。

だが、彼女も"語らない聖典"の契約者だったとすれば。シャノアールを見ればわかる。契約した当時から成長も老いもしないことくらい。

なれば、彼女はあの幼い時にまず魔導使いとして相当な修練を積んでおり、そして語らない聖典に対して何かを願う理由があった。

「……ろくな話じゃねえよ、あいつ」

一つ、息を吐く。

「"払暁の団"、ねえ。帝国書院書陵部魔導司書と兼任できるのかなんて知らねえけどよ。あいつらにとって、今は"夜闇の中"なんだ。ルノアールは気に食わねえが、ヤタノちゃんがあすこまでになっちまってる理由が、本当にあいつが最後言ったように"俺のせい"なんだとしたら、あんな勝ち逃げされる訳にゃあいかねえよな、きっと」

す、とシュテンの瞳に火がついた。

隣で他人事のように笑っているシャノアールを睨んで、シュテンは言う。

「ヤタノちゃんとっ捕まえて事情聴いて、テメエの"対価"も聞き出すからな。へらへら笑ってんじゃねえよこの野郎」

「大したことではないから、気にしないことだよ」

「ふざけろ」

ふん、と鼻を鳴らして獰猛に嗤う。

するとシャノアールは一区切りついたところで、大きく伸びをした。

「さって。そろそろ魔界に戻るとするよ、このボクはね。ルノアールを追いかけたいのはやまやまだけれど、魔界での仕事も溜まっている。それに――」

眠ったままのヴェローチェに目を落として、シャノアールは続ける。

「――"初期化"なんてさせないためにも、もう一度彼女には施術しないといけないしね」

「帰るアテはあんのか?」

「レックルスは、この術が発動した瞬間のヴェローチェの座標がわかる。たぶん、近くには来ているだろうさ」

「そうか……じゃあ、短い間だったけど楽しかったぜ」

わしゃわしゃと、眠ったままのヴェローチェの頭を撫でくり回すシュテン。

どこか気持ちよさそうに微笑んだような気もしたが、触り方が荒いのかだんだんと表情が険しくなっていった。起こしてもあれだと、シュテンはさらりと手を放す。

「ふむ。……シュテンくん、嫁にしたくないかこの可愛い子」

「いちいち自分とこの女の子売り込むな馬鹿が」

「きみが家族になってくれると、安心して逝けるんだけどね、このボクはね」

「じゃあ猶更死んでもらう訳にいかねえから断るわ」

「言葉を誤ったか……!!」

「なんでそんな悔しそうなんだよ娘の気持ちを尊重しやがれ」

言い切ると、シュテンはシャノアールに背を向けた。

何か最後に言いたげであったが、シャノアールはその言葉を飲み込むと。

「それじゃあ、また。魔界に寄った時には歓迎するよ。それからユリーカが色々動いているみたいだから、もし太陽を克服したら宜しく頼むよ」

「ユリーカなあ。俺たぶん別れのせいで嫌われたと思うんだけど。……あと、俺なんかを好きになってくれたっぽい酔狂な女だからやりにくいんだよなあ」

「酔狂な女多いなあ……」

「は?」

「いや、なんでもないよ。また、今度ね」

「おう」

ヴェローチェを浮かせたシャノアールは、そのまま浮かんで、透き通るように消えていった。

「ふう」

地面に倒れたもう一人の青年ポールと共に取り残されたシュテンは、一息ついて。

「まずこの廃墟どうにか忍共に押し付けてから、俺も新たな旅に出ますか」

そう、一人決意した。

次の目的地は、分からない。

けれど何故か、先ほどまではリンドバルマに近づいてきていた新たな珠片センサーがぐんぐん遠くなっていくことを感じ取った。そのままこっちに来れば楽だったのだろうが、それなりに移動速度も速いことを考えるとそれなり以上に強い魔族かもしれない。

「……ジャポネに向かってる感じがするな」

もう一度里帰りが訪れそうな予感の中、シュテンは一人瓦礫の中に佇んでいた。