軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八話 アルファン山脈III 『修行パートとはよく言ったもので』

――帝都グランシル。帝国書院本部最上階、魔導司書総括執務室。

帝国にほど近い場所にある山で、盛大な妖鬼の親子バトルが行われているなどとは露知らず。この場所ではとある人物が執務を行っていた。書簡の山を一つ一つ熟読し、丁寧に仕上げていく為一つの案件にかける時間はそこそこ以上にかかっている。しかしそれでも、その一つ一つの熟読を十も二十も纏めて執り行えるマルチタスクの力があれば、結局仕事にかかる時間は大して変わらないのかもしれない。

「……そろそろか」

午前の日差しが心地よく、日が段々高くなってきたのを一瞥してその人物――アスタルテ・ヴェルダナーヴァは呟いた。あいもかわらず、男なのか女なのか判別出来ない中性的な声色が、誰もいない執務室に響きわたる。

しばらくの間この帝都を空けてしまっていた影響と、それから第二席並びに第五席の着任式などもあり、ばたばたしてしまったせいか仕事は多くたまっていた。

「動くべき時に動けないのは組織のしがらみか……いや、こうして帝国書院の優秀な諸君らが精力尽くして作ってくれた報告書だ。一つ一つ、きちんと処理していかねばあるまいな。次の報告は……ほう、迷子の少女を導いたのがこれで十五人目、か。称号でも考えてあげねばその功に報いることは出来ないな。ふむ……アリス・マスター? などどうだろうか」

「それは辞めて差し上げろ」

「やあ、時間通りに来たようだね」

ノックもせずに部屋に入ってきた青年を、しかしアスタルテが咎めることはなかった。少々眉を寄せたのは事実であったが、些細なことと割り切ったようだ。

アスタルテは一度立ち上がり、その青年を出迎えて。

「さて、きみを呼んだのはほかでもないよ、デジレ・マクレイン第二席」

「……本当にオレが第二席でいいのか、未だ納得しきれた訳じゃねえがな」

「いや、きみの現在の実力を鑑みれば、至極当然だよ」

「オレの体内にある珠片ってのの力だと思うが? まだ完全に解明出来た訳でもねえし、何とも言えねえが」

「その珠片というものの力を最大限に引き出し、実際に自らの力に昇華させた。今なら、ヤタノ・フソウ・アークライトとも戦えるのではないか?」

「冗談。あれとテメエは絶対に相手したくねえよ」

フン、と鼻を鳴らして青年――デジレ・マクレインはそう言った。

窓から差し込む日差しに反射して、そのモノクルがきらりと輝く。煩わしそうに目を細めて、意図せず鋭くなった瞳でアスタルテを睨んだ。

「んで、用件は何だ」

「きみが今、懸命に研究してくれている珠片とやらのレポートはじっくりと読ませて貰った。その上で、適任がきみしか見あたらなくてね。――共和国領に出向いて欲しい」

「は? なんでまた」

再度チェアに腰掛けたアスタルテは、こともなげに辞令を下した。が、その意図が読めずデジレは当然の反応として疑問を投げた。文脈がまるで理解出来ないからだ。

しかし、そんなデジレに対してアスタルテは薄く微笑むのみ。まともに答えるつもりがないのかと一瞬沸点を上げたが、冷静になってもう一度思考すれば簡単なことだった。

「……共和国に、その珠片が?」

「きみの報告では、人間の体内に入れてしまうとその魂の器の許容量をオーバーして暴走または破裂し、何れも死に至ると書かれている。……しばらく前から共和国領の動きが不穏だったので調べさせてみたら……どうやらそういう形跡のある死体が幾つも見つかった」

「っ……胸クソ悪ぃなおい。ってことは何だ、珠片が絡んだ人体実験が行われている可能性がある……テメエはそう言いてえのか、クソが」

「相変わらず話がスムーズで助かるよ。流石は研究院のトップだ」

「……まだ珠片の研究が途中だ。余り気乗りはしねえんだが――」

「ああそうだ、もう一つ」

渋る、という訳ではないだろう。デジレ・マクレインという男は至極真面目な性格だ。なんだかんだでこの仕事は引き受ける。アスタルテはそれが分かっていながら、一本指を立てた。細く、華奢で綺麗な指先。それを視界に納めたデジレは、片眉を軽く上げた。別段面倒くさそうとか、煩わしいとか、そういった感情は抱いていなさそうにしろ、早く言えと態度にありありと出ている。

アスタルテは軽く苦笑して、しかしゆっくりとそれを伝えた。

「あそこには、我々に襲撃を仕掛けてきた子細不明の魔族たちが潜伏している可能性が高い。さらに言えば、あの場には魔王軍が出現する理由があるということだ。同胞の気が狂っている訳だからな。流石に調べにも来るだろう」

「……分かりやすい餌だな?」

「お前はその方が食いつくだろう?」

不快そうに、しかし愉快そうに。

デジレはそんな複雑な表情を軽く浮かべてアスタルテに背を向けた。

コートに描かれた数字はII。魔導司書の副長にして、最強に近しい者である証。

「前任に勝てる日も、そう遠くないやもしれないな」

「アスタルテ……それだけは口にするな」

「そうか。では、行ってきてくれたまえ」

IIの背が遠ざかり、執務室の扉が閉じられる。

デジレが出て行ったその無機質な木製の扉を眺めて、アスタルテは一つ小さくため息を吐いた。

「運命の糸……それが 解(ほつ) れてしまうというのは、どうしようもなく 僕(やつかれ) を恐怖させるのだと……きみたちのようにきちんと生きている者たちとっては情けない話ではあるのだけれどね」

――右だ。

シュテンはたった一瞬ブレた眼前の影を見てそう悟った。

そう思考が働いた瞬間には既にシュテンの体は動き始めている。軽くスウェーして上体を倒したところを、すぐさま炎を纏った拳が通り抜ける。

「……へぇ」

「何とかっ、見えるようになってきたぜ!」

そのままバックスプリングの要領で両手を地面につけ、拳を放った状態のイブキに向けて両足を蹴り出す。

「っ」

「オオオオラアア!!」

両腕を交差させ胸元をガードするイブキ。彼女の体を、全身の力で弾き飛ばす。

イブキはその力を利用して浮き上がると、2、3のフェイントステップを踏み込んでさらなる速度でシュテンに突っ込む。

「修羅・煌炎」

「シャコルァアアッ!!」

火炎竜と火炎竜が真っ正面から激突した。

イブキの放った業に対し、全く同じもので対応する。

迎撃するシュテンの方が不利かと思えば、そうでもなく。地面にめり込んだ足をうまく軸にして、イブキの運動エネルギーを相殺した。

「ラァッ!!」

「ふっ……」

そうなれば不利なのはイブキの方だ。再度空中に浮いた体をスピンさせて、華麗に着地する。彼女はそこで動きを止め、溢れだしていた覇気を仕舞い込んだ。

そしてゆっくりと顔をあげ、シュテンに向けて笑いかける。

「それなりに、モノになってきたじゃねえか。……元々、肉体的にはできあがっていたとはいえ。ついてくるのがやっとだったのが、短時間でこれか。恐ろしいな」

「あー……レベルが上がっただけじゃやってらんねえってのはこういうことか。体の練度が増しても、操る俺自身が変わってなきゃ意味ねえってな」

霊域に入ってから、半日ほど。

最初こそイブキにさんざんに殴られていたシュテンだが、既に十分手合わせになってきていた。むろん鬼子母神イブキが手加減しているとはいえ、手加減の具合は最初からまるで変わっていない。

はじめからシュテンが本来持っているスペック。それと同等の力で戦っていただけなのだから。

だからこそ、シュテンは既にその域まで引き上げられて、今は楽しい試合になっていた。

「あー……良い汗掻いたぜ全く。風呂入りてえ」

「昔のように、一緒に入るか?」

「多感な年頃なもんで、パス」

「そうか、親離れが早いなあ」

けらけらと快活に笑うイブキの表情につられて、シュテンも思わず笑みを浮かべた。

二百年の時を経て、イブキは恐ろしいほどに強くなっていた。それは嬉しいことでもあり、乗り越えるべき高い壁という意味では、少々厳しいものでもあり。

しかしながらシュテンの心に陰はなかった。

「さて」

「あん?」

と、切り替えるようにイブキはシュテンを見据える。

その瞳に一瞬前のような明るさはなく、どこか一抹の寂しさがあるように思えた。

「……アタイが教えられることは……鬼神が教えられることは、全部教えた」

「お、おう。何だよ急にしみったれやがって」

「まぁ、らしくねえってのは分かってるがな。それでも、仕方ねえの。アタイはこの霊域以外で、もう殆ど戦えない」

「なして」

「少し前に、ヘマしちまってよ。もう、まともに体が動かねえんだ。わざわざテメエをここに呼んだのも、それが理由だ。ここなら、魂の力で動くことが出来る。お前もここを出たら少し体を慣らした方がいいかもな。今はいい具合に動けても、体の方が今度は出遅れるかもしれねえ」

「……ヘマねえ。そんなん初めて聞いたわ」

「初めて話したからな。……それも、テメエ以外には言ってねえ」

「そう、か」

滔々と語るイブキに、シュテンは一つ頷く。

この霊域という場所が、どのような場所なのかは分からないが。

イブキが許した者しか入れないというのであれば、この話をするのもきっと呼び出した理由の一つに違いない。

「アタイはな、シュテン」

「あん?」

「お前なら、もっともっと強くなれる。きっと、アタイを超えてくれる。そう信じているんだ。親だからな、それが楽しみなんだ」

「いや、そんなこと今言うなやしんきくせえな。死ぬ訳でもあるまいし」

「さあ? いつ死ぬか、分かったもんじゃねえよ。だが、だからだ。死ぬ前に、アタイを超えてくれよ」

「……そうだな、そりゃ、そうするわ」

適当ながらも、力のある声で頷いた。

そんなシュテンに、イブキは微笑んで。軽く、指を鳴らした。

瞬間、彼女の隣に渦が巻き起こる。渦潮のようなそれはどこか、レックルス・サリエルゲートの"座標獄門"を想起させるものだった。故に、あれが出口であるとシュテンは容易に悟る。

「とりあえずは、だ。シュテン、お前は共和国に行ってきっちり用事を終えてこい。んで、すべて終わったらあの山を……イブキ山を、おまえに譲る。元々、次期当主だったしな」

「なあおい、あんまり隠居モードになるんじゃねえよ。寂しいだろが」

「ふっ、親離れが出来ていないな」

「そういうんじゃねえからな?」

言葉をかわしながら、シュテンは歩みを進めた。

向かう先はその渦。

当たり前のようにその足を渦の中につっこみ、反動がないことを確かめた。

「オカンはどうするんだ?」

「少し残る。なあに、この後は山に戻るしか用がねえからな」

「そうかい」

そいじゃ、行くわ。

あっさりとシュテンは体ごとその渦の中に突っ込んだ。

この先はおそらくアルファン山脈山頂だろう。

と、そんな彼の背後でイブキは一言。

「どうやら誰か待ってんぜ。歓迎してやりな」

「お、おう。歓迎、ねえ」

「……ユリーカちゃんじゃあなさそうだ。テメエ、何人もひっかけてんじゃねえぞ」

「俺なんかにそう何人も引っかかるかよ」

「ほーん?」

肩をすくめ、いったい誰だろうかと首を傾げながら、シュテンはそのまま渦の向こうへと消えていった。

イブキはその渦潮を打ち消して、一人ため息を吐いた。

霊域の空は瑠璃色に輝く。

「……アタイの息子は、元気だよ、シュテン。いつか見つけだして、助けるからな」

山頂の、扉が開く。

シュテンは自分が戻ってきたことを自覚して、そして正面に立つ人影に目を見開いた。

向こうはといえば、相変わらずのやる気のなさそうな瞳を少しだけ広げて。

ついで、嬉しそうに口元をゆるめると、覇気のない声で、そして楽しげに言った。

「やっほ」

「お前さんかい。昔はこうして旅の途中に遭遇するたんび、身構えたもんだがな」

「失礼しちゃいますねー……。でも、喜ぶがいいですー。貴方はわたくしの配下ではなく、同行する仲間なんですからねー」

「お、いいねえ。一緒に行っちゃう?」

「もとより、そのつもりですー」

ゴシックドレスを身に纏い、金のツインドリルをふわりと揺らして。

ヴェローチェ・ヴィエ・アトモスフィアは、楽しそうに微笑んだ。

ヴェローチェ が なかま に なった !▼