軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四話 ウスノロの道I 『でんせつのおの』

「手を伸ばしてぎゅっとね、背を向けたきみの服、その裾を掴むんだ、だってあたし離れたくないから」

さらさらと流れる水で、食器の一つ一つを洗浄していく。

気分をあげる為に歌を口ずさみながら、丁寧に一枚一枚。

汚れてしまったものが綺麗になっていく、そんな過程を見るのが好きだった。

可愛らしいその歌詞は自らが作詞したものだ。

ほんの数週間前を端に、ここ最近作っている曲。新たなシングルとして売りだそうという気よりも、どちらかといえば堪え切れない心情を形にして吐き出そうとする心の方が強いかもしれないそれ。

「……どうして、それでもきみは」

ぽつり、と呟いた。

かちゃかちゃと食器が鳴らす音が、やけに耳にさわる。

だいたいの洗いものが終わり、シャノアールが作った水脈流送装置を停止させて。

びしょぬれの手を拭いながら、少女は一人ぼんやりと窓の外を見やった。

相変わらず、魔界の黒い太陽が照らす悪くない昼下がり。

真の日の光の下には出られない彼女にも許された、仄かな光。

と、少女が一人で居たキッチンにひょっこりと顔を出す壮年の男。

「やあユリーカ、お疲れさま。お客さんが来てるよ。きみにね」

「シャノ兄。……お客さん?」

こてん、と首を傾げ、その桃色の髪を揺らす少女ユリーカ。

シャノ兄――シャノアールはそんな彼女に頷いて、客間のある方を指さした。

「あたしだけに?」

「ヴェローチェはもう、出かけてるからね」

「……そっか。うん、そうだったね」

若干陰のある表情で、ユリーカは頷いた。

ヴェローチェ。ヴェローチェ・ヴィエ・アトモスフィアは、複雑な事情を抜きにして単純に言えばユリーカの妹に当たる。種族から戦闘スタイルから性格から何からなにまで異なるその妹は、現在この家には居なかった。

ユリーカやシャノアールとは違いきちんとした役職についておらず、基本的には魔導研究を行っている彼女。たまにアトモスフィアの人材補強の為に地下から出て表の世界に行くことがあり、今回も表向きにはそれと言えた。

が、今回に限り"表向きには"がつくことに関してはシャノアールもなにも言えない。

なんでこんな面倒なことになったのやらとも思うし、どっちがくっついても悪くないなと少々満足げに頷くことも出来る。

なんせ、この姉妹はなにもかもが違う癖に好いた男がもろ被りなのだから。

さらに厄介なのはそのもろ被りした男がシャノアール自身の親友であり、早い話がこの時点でどちらがくっつこうが親公認なのである。

シャノアールはどちらの少女も器量良しで可愛らしいと思っていたし、能力も魔界の中でトップクラスだと信じている。故に誰ぞ知らぬ者に嫁にやるよりも、親友を好いてくれたのは存外ラッキーと言えたことだった。

あの男が家族になるというのは、それはそれで愉快だろうから。

「……じゃ、行ってくるね」

「ああ」

頷くシャノアールに対して、渋面を浮かべたままのユリーカ。

こちらは仕方がないといえば仕方がなかった。

なんせ、シャノアールの心情を全て把握しているのだから。シャノアールは確かに姉妹のどちらかが 件(くだん) の男とつき合えばいいと思ってはいるが、逆に言ってしまえば姉妹のどちらかが成功してくれればそれでいい、なのだ。

家族であるからにはどちらかをひいきにするのも確かに違うのだろうが、どちらでもいいと思われるのは些か以上に癪だった。

件の男と一緒に旅をしたのは自分で、想いを打ち明けたのも自分で、プレゼントだってしてあげている。むしろこれだけこんな可愛い少女に献身されてもふらりと消えるあの男がどうかという話になるのだが、それはそれ。

あんな旅好きの男に惚れてしまったのに、一緒に外を回ることが出来ない自分の身が、憎かった。

堕天使。その特性は、日光属性に常時被ダメージ。全身を炎で焼かれるように、日光の下では悲惨な目にあってしまう。その特性が故に、彼女は魔界から出られなかった。

「……克服、出来るのかな」

小さく呟いたその言葉に返答など当然ない。

廊下を裸足でぺたぺたと歩き、客間に向かう自分に供はいない。

もしかしたらその体質を克服出来るかもしれない。そんな話を、友人のツテで聞いたのだ。

それが、本当だとしたら。

「……きっと、一緒に」

一緒に、何なのか。そんなこと、口にするまでもなかった。

客間の前にたどりついたユリーカは、ゆっくりとそのふすまを開ける。

中には一人の少女が居た。

寝ころんでいた。

「……あんた」

「このタタミ? っていいにおいだねー……」

「いや、そんな顔面突っ込んで嗅ぐようなもんじゃないから」

「……そっかぁ。お茶と合いそうだねぇ」

「シャノ兄がもってきてくれるでしょ」

「それは、素敵だねぇ……」

べちゃ、という表現が一番しっくりくるだろうか。顔面をタタミにくっつけて、うつ伏せになったその少女。オレンジの髪をツインテールにした、ゴシックドレスを身につけたそのやたら無気力な少女は、ユリーカの友人の一人だった。

「で、ミランダ。何の用事?」

「用事と言えば、用事だねえ……」

ミランダ。ミランダ・ドラキュリア・ボルカ。

そう、なにを隠そう彼女は吸血皇女である。そしてそのビジュアルは、やたら無気力なことを除けば、髪色以外どこかの誰かに瓜二つだと……きっとユリーカの想い人なら気づくであろう。

もそりと顔をあげたミランダは、顔にかかったツインテールを払ってユリーカの対面に座る。ローテーブルを挟んで向かい合った彼女の瞳は、相変わらず半眼も開いていない。柔らかく弧を描いたその糸目のせいでいつもぼんやり笑っているようにも見えるこの少女だが、本性はわりと危険であるとユリーカは知っている。

「ふわぁ……住んでいい?」

「いいわけないでしょ」

「タタミきもちー……うちにも持ってこさせようかなー……クソ親父くたばって部屋空いたし」

「……ああ、グラスパーアイ・ドラキュリアか。親父ってほどの歳じゃないと思うけど」

「まあ、死ぬなら死ぬでほかの氏族が勝手にやるっしょー……んで、なんだけど」

ぼんやりと、のらりくらりと。物騒な言葉を吐く彼女は、自らの親戚が死んだことなどまるで意にも介していないようで、ユリーカに目を向けた。

ユリーカとミランダの関係はこれまた複雑だ。出会いが殺し合いという時点でぶっ飛んでいる。しかしながら幾度かの邂逅を重ね、いつの間にかこうして会う程度の友人になっていた。

「どーにも、出来損ないの吸血皇女が何らかの強化で日の下にでることが出来たらしいって情報が一個」

「っ」

「それからー。また別なんだけど……いやに力を高めるアイテムが魔界で二つ見つかってるらしいってのが一個」

「……いやに力を高めるアイテム?」

「そ。なにがなんだかわっかんないけどー……関連性、あると思わないかにゃ?」

「にゃってあんた」

指を二つ立てた彼女の物言いに、ユリーカは熟考する。

確かに、言われてみれば関連性はありそうだ。

ミランダが持ってきたこの情報は、元々ユリーカが彼女から聞いていたものだった。付き合いは短いが、それなりに信用が置けるのもまた事実。

何せ彼女は、あのドラキュリアの血筋にして"グラスパーアイの影響を受けない"という貴重な人材だったのだから。

二つの情報に関連があったとすれば、一番わかりやすいのは「いやに力を高めるアイテムがあって、その恩恵でデイウォーカーと化した吸血皇女が居る」ということ。そのアイテムが複数あるとするならば、ユリーカにもその恩恵を手に入れる手段があるということに他ならない。

「……場所とか、分かるの?」

「魔界に二つ"見つかった"ってことはー……」

「保有者が、居るの?」

「そ。んで、私が"車輪"にこの話を持ってきた理由はねー……?」

ぎらり、とミランダの瞳が光った。その眠そうな 眼(まなこ) の中で強い意志を放つそれ。"車輪"という含んだ言い方といい、何かが引っ掛かる。ユリーカもミランダを睨むようにして見据える。

小さく腕組みしたその華奢な体躯は大変可愛らしいが、その細腕に武器が握られた瞬間、軽く首の一つや二つ平気で飛ぶことくらいミランダとて分かっているはずだった。

しかし、そうであったとしてもミランダは怯まない。楽しげに口元をやんわりと緩めて、言った。

「……保有者であるうちの親戚ぶち殺して、私とユリーカでその面白そうなもの、山分けしよーよ」

「ミランダ、自分で何を言ってるか分かってるの?」

「分かってるよー……? 友達けしかけて、わるーい親族やっつける為の駒にしようとしてる」

「あ、うん、そこじゃない。いやその言い方も癪だけど。……何であたしが私欲で人殺しなんかに加担しなきゃならないわけ」

ユリーカの返しに、ミランダは一瞬きょとんと虚を突かれたような表情。

まさかそんなことを言われるとは思わなかった、とばかりにミランダは不思議そうな目でユリーカを見据える。

なにせ彼女らは、欲しいものがあれば力づくで手に入れる魔族なのだから。

「……人間に育てられたせいで感性でも変わった?」

「シャノ兄を悪く言うなら、あたしには考えがあるけれど?」

「考えというかもう行動じゃないですかー……カトラス仕舞ってー」

一瞬でユリーカの左手に具現化された刃に、ミランダは慌てて手を振る。

しかしどうにも無気力なせいで、ユリーカもその手が止まった。

ため息交じりに横目でミランダを見れば、彼女は特に何を感じた様子もなくにんまり笑ったままだ。

害意はない。害意はない。それは分かっているが、それにしたって彼女が今回持ってきた案件は事が事だ。自分の身内を殺してでも奪い取りたいものなど、少なくともユリーカには無い。……そう、今は。

「ユリーカが居ないと作戦の成功率ががくっと下がるからさー……協力して欲しいなーって思うんだけどー……」

「協力に足る理由がないんだけど。というか、親戚の悪口なんてよく言えるよね」

「……親戚に恵まれてるユリーカとは、状況が違うってことなんだよねー」

「ふーん?」

はぁ、と何やらめんどくさそうにため息を吐いたミランダは立ち上がる。

「じゃあ良い子のユリーカちゃんも一緒に動いてくれるよーに、わるーい親戚たちの悪行でも纏めてくるよー……。めんどくさいなぁ、もう」

「どっちが手間取らせてるんだか。はいはい、待ってるわ」

部屋を出ようとするミランダを、ユリーカはあっさりと見送った。

――それじゃあ、また会いましょうや。いつでも、歓迎したいと、ぼかぁ思ってますんで。

――再会を楽しみに待っているよ。今度はそうだね、のんびりとお茶でもしようじゃないか。

えっちらおっちら、のんびりと。

群青色の着流しに身を包んだ青年は一人、野山を歩いていた。花の街コマモイを抜けた先にある、一本の街道。この道こそ歩いたことはなかったが、実はここをまっすぐ行けばシュテンもよく知る場所へと繋がっているのだった。

「確か、こっちはジュスタが帝国に向かう時に使ったルートだったか。あいつを追った三人と、初めてアルファン山脈で会った日が懐かしく感じるぜ」

テツミナカンパニーの二人と別れてから、早二日。

きっとクレイン達一行はすでに王国に渡っただろうし、テツとミネリナの二人だって教国にたどり着く頃だろう。そんな中で、シュテンは久々の一人旅を実感しながら一歩一歩帝国に向けて進んでいた。

「……しばらく進んだらちょっと外れてアルファン山脈に行かねえと、そのままウェンデル高原に突っ込んじまうからなあ。……ウェンデル高原か」

故郷で母親であるイブキから伝えられた、"アルファン山脈の霊域"に寄れという言葉。その真意は分からずとも、了承の意を伝えた以上は向かった方が良いのだろう。

そんな訳でアルファン山脈に向かっている訳だが、このまま進んだ先にあるウェンデル高原という場所も、今となっては懐かしい場所だ。

「あいつと初めて会った場所。レベル上げつき合ってやんよ発言の矢先に別れた訳だからなあ。元気にしてりゃいいが……というか、そんなフラグを残して消えるあたりあいつも笑いを分かってるというかなんというか」

ついつい叩き割った岩から出てきた、一人の少女。初めて出来た旅仲間とは、もうしばらく会っていない。クレイン達から聞いた話では無事のようだし、胸に手を当てれば間違いなくパスが繋がっていることは分かる。

だが、すれ違いにすれ違いを重ねているようで、未だ再会のめどは立っていない。

「くそう、弄り倒してた頃が懐かしい」

思い返してみてもあの笑女――じゃないあの少女と一緒に居た頃は旅というものを一番謳歌していた気がする。強敵が居て、目的があって、それだけに特に教国での旅はシュテンにとっても楽しかった思い出でいっぱいだ。

「あの頃は、まさかラスボスから兄さんなんて呼ばれるとは思っちゃいなかったが」

思い返せば、聖府首都エーデンでの激戦以降は転がるように様々なイベントに巻き込まれてきたような気がしないでもない。これだから旅は止められないとも思うし、これからどんなわくわくが待っているのだろうかとテンションもあがる。

だから、再会の目も大いにあると、シュテンは踏んで。

「再会ってえのも、やっぱり楽しい旅の醍醐味だよな」

ぐ、と伸びをする。背中には、普段あるべき重さがない。

鬼殺しは破片を土に埋め、棒は墓場に突き刺してきてしまったままだ。

故に今のシュテンは無手であった。

「どっかに得物の一つや二つ転がっててくれるとうれしいんだが……なんか斧系のドロップアイテムってあったかなー……」

思考してみるも、少なくともこのあたりにはなかったはずだ。

さてどうしたものかと思って、その気持ちの良い草原を見回していると。

「なんか……あるんだけどぉ……」

シュテンの視線の先にあったのは。

無造作に草原のまっただ中に突き刺さった斧っぽい何かと。

そのすぐ近くに置かれた看板であった。

『かっこいい鬼の英雄だけが抜ける伝説の斧』

「……なんだこの露骨な釣りは」

呟いたシュテンの声は、誰にも届くことはなかった。