軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三話 花の街コマモイIII 『個々人の事情』

『えと、わたしフレアリールって言います!』

『血を吸わせてくれませんか……?』

『す、すぐに強くなって会いに行きます!』

「……あれはどんくらい前になるんだ? 前世の記憶が混ざり合ってすぐのことだったってことを考えると、もうかれこれ数ヶ月? もう半年? いやさすがにそれはねーか。でもまあ、数ヶ月は経ってるよなきっと」

昼間に訪ねていたテツミナカンパニーのある、煉瓦作りの雑居ビルのような建物をあとにした後。

今日一日を準備に当て、明日の早朝に出発するとのことで。テツの案内で俺はとある宿の一部屋を借りることができていた。

そう、宿である。

どうやらケトルブルグ港ではつい覇気をたれ流してしまっていた俺なのだが、いざ覇気を留めてみると思ったより苦しくなかったのである。一晩くらいなら抑えられるくらいには、どうも覇気の制御ができるようになっていた。

やったね!! これで旅の醍醐味である宿屋宿泊ができるようになったぜ!!

まあそんな訳でバカみたいに上がったテンションの赴くままにひたすらベッドの上でブレイクダンスをしていたところ、気がついたらだいぶ外の闇も深まっていて。

どうにも二時間以上はひたすら我を忘れてブレイクしていたらしい。

ブレイクはブレイクでもリミットブレイクしてしまっていたようだ。

リミットブレイクダンス。つよそう。誰か大会やろうぜ。あのモノクルハゲがダンスするとこが見たい。げらげら指さして哂ってやる。ダンスってんならなんだかんだ順当にユリーカが上手いのかねぇ。

いや、リミットブレイクダンスははっちゃけたもん勝ちだ。

地面に突き刺した鬼殺しの上にふんどし一丁指一本で逆立ちしつつ両足で皿回しをする俺には敵うまい。

ここに追随しそうなのなんてシャノアールとヒイラギくらいのもんだろ。

意外に未知数なのはヤタノちゃんだな……。

ブレイクダンスから現実に戻ってきて、そんな風に諸々夢想していたところでだ。ふと思った訳よ。これから行われる 吸血鬼捕獲(ヴァンパイアハント) について。

や、どんな繋がり方だよと思うかもしれねえけど、まあその辺は簡単だよ。

吸血鬼のフレアリールちゃんだったらどんなリミットブレイクしてくれるかなーと。やっぱり吸血鬼らしく、日光を反射してやばい熱持った鏡の上でタップダンスかな。死ぬか。

「しっかし、あの子が目をつけられた、ねぇ」

ヴァンパイアハンターから追われていた、か弱い女の子。

確かにあの時俺の血を吸って、そこそこの強化が成されたことは知っている。翼の音、偉いことになってたしな。けれどそれでも、周囲を脅かすほどのものではなかったはずだ。となれば、珠片を使ったのだろうか。それとも、あの場所を根城にかなりのレベルアップを行ったのか。

同じレベルでも、種族によってパラメータの差はかなり出る。特に吸血鬼はバランス良く多くのパラメータにおいて高いポイントを示す強種族だ。そんな彼女が、俺の血を吸ってさらに基礎ポイントを強化したとすれば、レベリングによって得られる恩恵もそうとうなものになるだろう。

「……それに加えて珠片も取り込んだ、とでもなればまあ。目をつけられるくらいには、なっちまえるな。確かに」

一人現状に頷く。

そうなってしまえば間違いなく認知度は高まるだろう。

ただでさえ、マイゾウキントクガワなどという高額のアイテムが最深部に眠るとされているダンジョンだ。重ねて強い吸血鬼の根城などということが知れれば、 冒険者(ブレイヴァー) 連中が目を輝かせて侵入してきたとしても何ら不思議ではない。

「とはいえ、別に血を吸わせたこととか珠片あげちまったことを後悔する理由もあんまなさそうだな。生きてっし。うん、生きてるってのはいいことだよほんと」

執念で二百年間生き延びた人間も居るが、あいつは例外だ。ほとんどの奴はころっと死んじまうし、そうでなくてもヴァンパイアハンターに狙われていた訳だ。そう考えると俺はあの子を助けられた訳だし、何なら今からも助けに行けばいい。

「……本当にあの子ならの話だけどな。いや可能性はやたら高いんだが」

腕を組み、一考。

珠片の反応は確かに東方面にあるし、ヒイラギとのパスも繋がったままだ。ここのところしばらく変化はないから、ゆっくり探していきたいと思ってる。パスがあるってことは、死んだはずはねえしな。

……うし、問題ないはずだ。フレアリールちゃん、助けに行こうじゃあないか。

「すみませーん」

「山!!」

「ふへ!?」

「いや、なんでもない入っていいよ」

「え、あ、はい失礼します」

ノックの音がしたので、お約束の合い言葉を言ってみたんだが通じなかった。

"なに言ってんだこいつ"とでも言いたげな表情の、バンダナを巻いた女の子が入ってきた。確か、ここの宿のお手伝いさんだったと記憶しているが。

「あの、階下にお客様が来ています。お上げしてもよろしいでしょうか?」

「客? んじゃ俺が行くよ」

「あ、はい。ではそうお伝えしておきますね」

一つ頭を下げて、給仕の少女は引っ込んだ。

はて、客とな。

思い当たるのは数人居るが、ヴェローチェやシャノアールがここを知ってるとは思えないし、テツかミネリナの可能性はそこそこ高い。

……アスタルテじゃ、ないといいなあ。

首をひねりながら廊下に出て、階段を降りる。

その先はそのままこの宿屋の食堂に繋がっていて、夜の時間ともあって随分込み合っていた。そんな中、降りてきた俺を見つけた給仕の少女が駆け寄ってきてこちらですと出入り口近くのテーブルに案内してくれる。

勧められた小さなテーブル席に腰掛けていたのは、さて。予想と違わない人物であった。

赤のツインテールを腰まで伸ばした、シックなモノトーンドレスに身を包んだ少女。

挑発的につり上がった青の瞳と、弧を描く自信ありげな口元が魅力的な吸血皇女ミネリナ・D・オルバその人。

「やぁ、すまないねお呼び立てしてしまって」

「俺は構わねえが、準備はいいのか?」

「もうほとんど整えたよ。あとはテツがまとめてくれるはずさ。……夕食はまだかい?」

「今から」

「ではご相伴に預かっても構わないかな? きみと少し話し忘れたことがあってね」

「うい。んじゃ食べるとしようか。んで、なんか忘れてたか?」

「報酬だよ報酬。依頼をするからには、対価が必要だろう?」

くすり、と笑った少女の表情に違和感。

なんつーか、あれだ。

結構用意周到そうなのに、報酬の話を忘れて……あまつさえ俺も気づかなかったこと。

「……それだけか?」

「さて、どうだろうね。やあ給仕さん、セット二つお願いするよ」

「かしこまりましたー!」

たまたま食器を下げに通りすがった給仕に声をかけ、彼女は左の髪房を払って楽しそうに店内を見回していた。そう、とても楽しそうに。まるで、ゲーム世界に飛び込んで楽しんでいる俺と同じように。

「こういう大衆食堂には縁がないのか?」

「なぜそう思ったんだい? むしろわたしはこういう場所が大好きだよ。暖かくて、やすくて美味しいものが出てくる。贅沢をするよりも遙かに、生きてる実感が沸くじゃないか」

「憧れの場所に来たとある奴と、表情が似てたから……かねえ。ミネリナの考え方は嫌いじゃない」

「憧れの場所、か。それは、強ち間違いではないよ」

肩を竦めて、彼女は言った。

大衆食堂には似つかわしくない上等な衣服に身を包んでいるからか、吸血鬼としての威厳がにじみ出ているからか。いずれにしたってこの場所にはアンバランスなはずの彼女の存在は、どうしてかそれでも馴染んでいるように見えた。いや、馴染ませようとしているように。

「シュテン。きみはこの場所が珍しいとは思わないかい?」

「珍しい……? どうだろうな。あいにく、あんまりこういうとこ入れなかったからな」

主に覇気のせいで。

しかしそれはそれとして、ミネリナの質問の意図が分からなかった。

俺にとっては、大好きなRPGの舞台であった場所ということもあり感動もそこそこ以上にあるわけだが……それを伝えたところで質問の答えにはならないだろうし混乱を招くだけだろう。

逆にこの世界の住人として答えるのであれば、大した珍しさもないただの大衆食堂のように思うんだが……。

「もう一度良く見回してみたまえ。ほかの街にはない、素敵なものがここにはある。だからわたしは、うれしいんだ」

「……んー。お」

あー、そういうことか。

「気づいたかい?」

「魔族も人間も、ともに仲良く飯を食うってところか」

「正解だよ、シュテン。帝国王国は論外として、教国でさえも若干の差別は残っている。人種のサラダボウルと呼ばれるこの公国でさえ、ここまで魔族と人間の境界を廃した街はそうそう無いんだ。だから、わたしはここが好きなんだ」

お待たせしましたー、と運ばれてきたトレイの上には、サラダとパン、そして香りの良いシチューのセット。

その湯気を胸いっぱいに吸い込んで、ミネリナはご満悦そうだ。

「んー……いやぁ、いいねえ。さあ、乾杯しようか」

「お、じゃあ遠慮なく。うぇーい!」

「うぇーい!? うぇ、うぇーい!」

エールの入った木製のジョッキを片手に、ミネリナのそれとかち合わせる。若干困惑してはいたが、案外順応性は高いようで。女の子らしく両手でコップを傾ける彼女を目の前に、軽く半分くらいのエールをのどに流し込む。

うむ、うまい。

「それでね、シュテン」

「あん?」

シチューをスプーンで掬ったところに、声。見上げれば、ミネリナが「食べながらで構わない」と苦笑しながら言葉を続けた。

「わたしは魔族と人間が共存できるような街を目指して、小さいながらも貢献運動を続けている。もちろん、仕事として報酬は貰うが。犬を追いかけたり屋根を塗り変えたりする仕事のかたわら、この街がもっともっとみんなに住みよい場所にしたい。そう思っているんだ。……だから、吸血鬼捕獲の件も相手を殺すようなことは避けたい。……と一応釘を刺しに来たんだが、まあその心配は要らなかったかもしれないね」

「そういう精神、俺にはねえからなあ。素直に尊敬するぜおい」

「そういう精神、とは?」

「街をよくしようとか、そういう協調性のある……なんつーの? 輪を作ろうとする思考」

「あっはっは。そんなに殊勝なものではないさ。ただやっぱり、魔族と人間が争う世の中というのは、寂しいじゃないか。少なくともわたしはそう思う」

「テツも、同じようなこと言っていたな」

「そうだね……」

「ん?」

結構な勢いでエールを消費しつつ、食べながらの会話に興じていた俺とミネリナ。

饒舌だった彼女が少し口ごもったのは、意外にもテツの名前でのことだった。

……ふむ、何かあったのかね。

「テツは、わたしの活動自体にはあまり賛同してくれないからね」

「そうなのか? 思想は似通ってるみたいだったが」

「いや、もちろん種族間の壁について思うことは一緒だ。けれどテツは、現状を変えようとすることを渋っている。……気持ちは、分かるのだけどね」

「無理やりやらせる訳には行かない感じのあれなのね」

こくりと頷くミネリナは、一瞬ためらったようだったが。

す、とその瞳で俺を捉えると、ゆっくり息を吐いて続けた。

「わたしは、あまり強くないんだ。吸血皇女として保有魔力は多いはずなんだけどね。その大部分を、上手く行使することができない。だから、あまり強くはない」

「そんなお前さんを、テツが心配してるってか?」

「悔しいことにね。こういう活動は危険が伴うから。それから、もう一つ――いや、これはまた今度にしておこうか」

「何だよ、気になるじゃねえか」

「いずれ話す時がくるかもしれない。ただ、いえることは。テツは極端に、何かを失うことを恐れている。その何かというのは生活だったり、環境だったり。だから変革を嫌ってるんだ。テツミナカンパニーの仕事はスローライフの一環でね。それが、わたしにとっては違うということさ」

小さくニヒルな笑みを浮かべたミネリナは、平らげたトレー上の食器の前に数枚のガルド硬貨をおいて立ち上がる。

「変な話を、会ったばかりのきみにしてしまって済まなかったな。どうにもきみにはずいぶん話しやすすぎてな。良い長所だと思うよ」

「誉められんのはムズガユいな。まあともあれ、ある程度の話をしてくれた理由はどっちだ? 踏み込むなってことなのか、それとも何かを期待してんのか」

「そうだね……」

喧噪の中、彼女は。

「報酬は百万ガルドと、"観光"とやらに役立ちそうな情報だ」

「太っ腹ってレベルじゃねえが」

「……あいつが、誰かを連れてきたことなんてこの二年間無かった。人を見る目は誰よりも確かな男だ。だから、何か変化は起きるんじゃないかって。起こしてくれるんじゃないかって。変な期待をしてしまっているのかもしれないな。……話しすぎてしまって、申し訳ない」

「気にするない」

ぱたぱたと手を振ってやれば、彼女は今度は少し楽しそうに。

「不思議な奴だな、きみは。どうしてか、気を許してしまう。吸血鬼捕獲の件……よろしく頼むよ」

おう、と頷くと同時に、彼女はその場を去っていった。

どこかクールな雰囲気を漂わせる彼女だが、そういや昨日はアラモードパクってたんだよな。……それだけ仲が良いってことかねえ、あの二人。

ちらりと、彼女が置いていった硬貨を見る。

すべてが金の、一万ガルド。

「……金銭感覚狂ってんだろ。経営大丈夫か」

明日返すことにして。

俺はとりあえず、今日の話を覚えておくことにした。

テツミナカンパニー。吸血鬼捕獲。

なんだか、一波乱起きそうな予感がした。