軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編 ノーマルエンド:ユリーカ

「ま、過去の連中ともう会えなくなるってのは確かだしな。……出会いも別れも、するときゃするもんだ。名残惜しくはあるが、そこで足踏みしてたら次の新しい出会いはやってこねえってもんよ」

「それでも、ちょっと寂しいよ」

「その辺は人情よ。また会いたいと思える出会いが山ほどあれば、きっと人生楽しみは尽きねえさ」

「なんかシュテン、自分勝手」

「はっはっは、自分にも素直に生きられねえ奴の人生のなにが楽しいってんだ」

「……むぅ」

からからと、シュテンの笑い声が草原に響きわたる。

数羽の野鳥が空に向かって飛び立つのを眺めながら、彼の言葉の意味を咀嚼して。

もしかしたら、自分のところからもあっさり居なくなってしまうような気がして。

「シュテ――」

「おー、あんたらそこに居たのかい! 探したよ!」

「お、オカンにシャノアールにタリーズに……もうめんどくせえ、ようみんな!」

「あれ!? せめてオイラのことくらい呼んでくれてもいいんじゃねえですか兄貴!?」

声をかけようとして遮られた。

聞きたかったことは、聞けなかった。

だから、悟った。

もう未来に戻ったら、一緒にいられないということを。

「しばらくの間逗留認めてくれるそうっすよ」

「あ、わざわざそれ話してくれてたのね」

「や、そりゃあ!」

ぽりぽりと頭を掻く一号に苦笑して、ユリーカとシュテンは顔を見合わせる。

どうすると言われても、目的は特にない。

だがだからといって無為な毎日を過ごすなど、シュテンの魂が許さない。

バリバリ、と凄まじい電撃の音がしたかと思えば、草原の中央に黒い球が出現した。

それはまるでブラックホールのように広がりながら、ところどころに稲妻を走らせる。シュテンはそのホールに、そこそこの見覚えがあった。

「……ゲート?」

「あ、兄貴なんっすかこれ!?」

ちょうどシュテンとユリーカの目の前。

レックルスがよく使うゲートと似たようなものが展開され、シュテンが二人は入れそうなサイズにまで拡大される。

だがレックルスのゲートに、こんな禍々しい紫色の稲妻が走っていたような覚えは、シュテンにはない。

「誰かくんのか?」

「……違う」

「あん?」

であれば他人のものだろう、と考えたシュテンの言葉に対し、ぽつりと呟かれた否定。隣をみれば、唖然とした表情でゲートを見つめるユリーカの姿。

「違うってのは、なによ」

「レックルスのゲートは普段確かにこんな稲妻走ったりしないけど……過去に来る時を思い出してよシュテン……」

「……え、まさかこれレックルスの迎えのゲート? 早すぎねえ?」

「ちょ、兄貴!? 一体全体何が起こってるんっすか!?」

慌てる一号。背後ではイブキも訝しげな表情。奥の堕天使たちの間にも騒然とした波紋が広がっている中で、シュテンは顎に手を当てて思考する。

「もし迎えのゲートなら飛び込む他ねえな。一号、オカン、タリーズ。悪ぃが、俺たちもお別れの時間だ」

「ええっ!?」

「……そうかい」

「……!」

三者三様の反応を見せた彼らに対して手をあげて、シュテンはそのゲートに足を踏み入れようとして、その腕を止める少女。

「待って。おかしい。こんなタイミングにレックルスがゲートを発動したとしたら、きっと向こうで何かがあったとしか思えない。……一緒に行く。バラバラに入って時間差とかあったらしゃれにならないし」

「……そうだな。よし……じゃあな、お前ら!!」

「あ、兄貴!!」

離すまじとシュテンの手を握ったユリーカ。

そこで、どこか悲壮感漂う表情の一号が目に入る。

あまりと言えばあんまりな別れだ。

シュテンはふ、と口角をあげて、一号やイブキ、タリーズに視線を向ける。

「そろいもそろって鬼がなんつー顔してやがる。……オカン、マジで魔導には気をつけろ。いつか洗脳系の何かを使って山を襲う連中がいるかもしんねえ」

「……あいよ。ま、またどうせ会うさね」

「タリーズ。きっちり鍛えてくれよ。いつか会おうな」

「……」

「一号。……お前、きもいぞ」

「兄貴ィ……!!」

シュテンの言葉に頷いたタリーズとイブキ。

その二人とは別に、一号は覚悟を決めたような表情でシュテンにむきなおった。

「兄貴……、今生の別れとは思いませんが……おいら、あんたに言ってなかったことがあるんっすよ」

「なんだ突然」

「いや、ここで言うのもあれなんっすけど……こう、一つ許可というかっすね。なんかこう、いただければと」

「だからなんだよ」

じれったい一号に、シュテンは首を傾げる。ゲートが閉じればおじゃんだ。

そう考えると、一刻が惜しい。シュテンの右手を握るユリーカの力が強くなっているのが、その証左だった。

が、一号の言葉はその斜め上を行った。

「兄貴は……ずっとずっっとカッコよかったっす! そんなカッケエ兄貴のことを、オイラはいつか越えたいと、思ってるっす!! ……オイラ……オイラ……実は本名、兄貴と同じなんっすわ」

「え」

「けど、シュテンってぇ名前は酒呑み野郎って意味だ……オイラはあまり名前が好きじゃなくて……一号ってえ名乗ってました。兄貴の名前がシュテンと聞いて……オイラ、やっぱり名乗りたくなったっす。最強の妖鬼シュテン……オイラぁ 豪鬼族(ハイオーガ) っすけど、兄貴の背に憧れたんっすわ。だから、オイラはシュテンになりたいんっす!」

「……へえ」

シュテンは、何を言うでもなく笑って、親指を突きだした。

「いいんじゃねえの! 元々お前さんの名前に文句つける理由はねえ! 期待してんぜ、シュテンさんよ!!」

「はいっす!!」

気合いを入れる一号に、改めてシュテンは頷いて。

「じゃあ行くぜユリーカ!」

その笑顔が。あまりにも、未練のないその笑顔が、ユリーカの胸を痛く抉った。

大好きだったから。

好きな気持ちが、もうこれ以上抑えきれなかったから。

そして、

未来に戻ったらもう、一緒にはいられないと悟ってしまったから。

だから、だから、ユリーカは。

「みんな、えっと、その……」

「ユリーカ!? おい、早くしねえと!」

「……っ!」

シュテンは思わず手を伸ばした。もう、このままだと無理やりにでも引き込まないと間に合わないと思ったから。そうして、彼女の手をつかんだ。

そしてそのまま、ユリーカとともに、ゲートの中へと飛び込んだ。

……はずだった。

「……あ、ご、ごめっ……!」

「あー……」

目の前の光景に、一号は絶句していた。

過去に帰る為に唯一残されていたであろうゲート。収束し、迸る電光も蓄電の音さえもしなくなった、ただの野原で。シュテンはユリーカに地面へと押さえつけられていた。それも、まるで幹にしがみつく子供のように。

倒されたシュテンはそのまま空を見上げて。

未来へ帰る為のゲートが無くなってしまったことを悟ったようだった。

「……え、えっと……兄貴……?」

たまらないのは周囲の方だ。

あれだけ別れの空気になったその直後で、こうして残ってしまったこともそうだが。それよりなにより、ユリーカのとった行動の理由が分からなかった。

「……なした」

「え、あ……その……」

そんな雰囲気の中でも、シュテンは特に怒った様子も逆に冷えた様子もなく、いつも通りの口調で語る。それがむしろ堪えたのか、ユリーカはシュテンの胸に埋めていた顔を上げた。その表情は真っ赤に染まっており、そして今にも泣き出しそうで。

「……だ、だって……未来に戻ったら……シュテンは、いなくなっちゃう……から……それが、嫌で……分かってたのに……勝手に……ごめ……」

ぽろぽろと、滴が彼女の頬を伝う。

限界だったのか、腰回りに抱きついていたその手で自らの目元を拭ってから。

そんなユリーカの仕草と言葉。

途切れ途切れであっても、真剣なその気持ちは伝わってきた。

けれど、シュテンは困惑する。少しばかり眉根を寄せて、そして彼女にといかけた。

「あーいや……まあ、うん。そういう臭いを出してた感はあるが。ってか、元々出るって話だったしな。けどよ、何でまたそんな――」

「シュテン」

「――あん?」

「さっきも言ったよ、あたし」

さっき。

さっきとはいったい、いつのことだろうか。

シャノアールと別れた時か、タリーズがようやく声を出せた時か。

それとも――

とシュテンが口を開く前に、その口が塞がった。

「っ?」

「……んっ。……ごめんねシュテン。あたし……きみのことが大好きなの」

「………………。…………あー」

突然、迫った彼女の上気した顔。閉じられた瞳。長いまつげを間近に視認した時にはもう全て理解した。薄々分かってはいたことだ。「好きになっちゃうかも」とまで言われた後に、あんなに色んなことがあって。彼女を助けたことも一度や二度ではないのだって。分かっていてなお、実際に眼前にしてみると上手く言葉が出てこない。

巡る思考。

すでに、見上げた空に帰り道は消えた後だ。どうあってももう、未来に行けはしない。それこそ、レックルス・サリエルゲートをこの世界で捕まえない限りは。

確定していない未来に対して答えを出すことができない以上、今の自分にできることはあまり多くない。それをどこか諦観のような形で理解して、シュテンは。

「……マジ?」

それでも困惑が先に立った。

上気させた頬と、潤んだ瞳で頷くユリーカに、確信のダメ押しをされて。

そこに突如、高らかに響く笑い声。

「あっはっは!! こいつぁ良いねえ!! シュテン! あんたぁ、あたいの息子だってんならきちんと男を見せる時だぁよ!!」

「マジすかオカン」

「やー、なんかめでたいっすね。あれだけ色々こう……暴露しちまったあとだとちょっと恥ずかしいのもあるんっすけど」

「手を叩くな一号」

倒れた姿勢のまま、視線だけで周囲を巡れば、やんややんやとはやし立てる一同。

これはもう、どう足掻いても無理であるし、ふとシュテンの脳裏によぎるものが一つ。

どうせ、未来には帰れないのだし。

だったら、こんな可愛い少女の申し出を断る理由が、どこにあるのだろうと。

いやもちろんこちらに恋愛感情があるかといえば微妙だ。

彼女の仕草一つ一つに感じていたのは劣情なのか慕情なのかも分からない。

けれども、どちらにせよ彼女を"可愛い"と、"好み"だと思っていたのもまた事実。

「一つの大きな山場を抜けて――」

「ぇ……?」

答えを今か今かと待っていたユリーカの耳元で、ぽつりと紡ぎ始められるシュテンの言葉。全く脈絡のないその切り口に、戸惑いの声を上げずには居られなかった。

しかしユリーカのきょとんとした顔も全く意に介することなく、シュテンは言葉を続ける。

「譲れないものを守り通して、ずっと共に戦ってきた仲間から、そんなこと言われちゃあ」

「ぁ……」

ぽす、とユリーカの後頭部に触れた大きな手。

それが力強く、彼女の顔をシュテンの胸に埋める。

「――それもなかなか、良いもんって奴だ。浪漫じゃねえの」

無理くり顔を上げれば、そこにあったのはシュテンの屈託のない笑顔。

子供らしさもまだまだ抜けきらないその表情に、ユリーカの胸が高鳴って。

「じゃ、じゃあ」

「よぉし! そうと決まったらお前の弱点を克服する方法を考えるか!」

「えっ?」

交際の返事をもらえるとばかり。

期待していただけに、意味の分からないその発言にまたしてもユリーカは疑問符を浮かべることしかできない。しかし、シュテンはユリーカに向かって、当たり前のように。

「一緒に旅、すんだろ? これからずっと」

「……ぁ……うん!」

「おっしゃ。ちょぉっとこっぱずかしいが、これからもよろしくな、ユリーカ!」

「えへへ!! シューテンっ」

「おぅわ」

むくりと起きあがったシュテンに抱きついて。

「……さし当たっては、まああれだ」

「……?」

肩を抱き寄せられて、見上げたシュテンは周りをにらむ。

「ここまできちゃあ、男が廃るってもんよ!! いいかテメエら!!」

「お?」

「なんっすか?」

イブキや一号を初めとした、堕天使の面々やタリーズたちの注目をさらに集めるシュテン。その行為が何の意味を持つのか理解のいかぬままに、ユリーカはぽけ、とシュテンを見つめて。

そのまま、顎に添えられた手に気づくと同時、呼吸ができなくなった。

「んっ~~~!?」

「おおおおおおおおお!!」

「それでこそ兄貴!!」

「はっはっは、あたいの息子ってんなら、それくらいはしなきゃダメだあな!!」

「……ぁ……ちょ……シュテ……」

「ま……その、あれだ。これからよろしくってあれだよ」

離された唇が切なくて、でもそれ以上に恥ずかしくて。

顔を真っ赤にしながら、もう一つの一番大きな感情を押さえきれずに。

「シュテン……大好き!」

「分かってるっての!」

思い切り、笑顔で首もとに抱きついた。

これから始まるのは、過去のやり直しでも未来を紡ぐことでもない。

全く無意味かもしれない、ただの時間の浪費だ。

それでも、それでもかまわない。

ユリーカはそう思っていたし、シュテンも笑って許してくれた。

だから今から、始めよう。

時間なんて関係ない。ただの、たった二人の物語を。

ユリーカの心は晴れ渡る。

それこそ、このままならきっと青空のもとにも行けるのではないかと、思えるほどに。

これからを、刹那を楽しむ青雲のように。

「これから長い長い間、ずっと一緒なんだからっ」