私を裏切って義妹と結婚した人が私に会いたいそうです。え、裏切ってない?
作者: 忍者の佐藤
本文
今日は朝から気が重い。
義妹のアミシーが嫁ぎ先から戻ってくるからだ。
家族が帰ってくるというのに気が重たいというのは、変だろうか。だが本音を言えば、私はアミシーのことがあまり好きではない……というか苦手なのだ。
そもそも、彼女が結婚していたアルベール様だって、本来は私の……。
玄関の外がバタバタと騒がしくなり、キンキン声が聞こえてくる。どうやらお出ましのようだ。
勢いよく扉が開いた後、ふわふわの、ウェーブがかった栗色の髪がなびく。ピンク色のドレスを着たアミシーは家族の顔を確認するなり、大声でこう叫んだ。
「あの人は不能だったわ!」
◆
義妹のアミシーは昔からその整った容姿で、男性女性両方から人気があった。子猫のようにか弱く、庇護欲をそそる見た目から、特に男性からはひっきりなしに贈り物をもらっていた、というか貢がれていた記憶がある。
当然、私の両親も同じだった。父は最初、義母の機嫌を取るためにアミシーを可愛がっていたのかも知れないけれど、今では心から彼女を甘やかしているように見える。
私にはくれない誕生日プレゼントを、彼女には幾つも与えていたりする。
外面は良いアミシーだが私には最悪だった。「テオドラお姉さまのぬいぐるみが欲しいわ」「お姉さまの使っている化粧水が使ってみたい!」と、色々と私の部屋にあるものを勝手に持っていく。
両親にそのことを訴えても「テオドラはお姉ちゃんなんだから譲ってあげなさい」というばかり。
物だけではない。幼い頃から、私が男の子と話していると必ず彼女が割って入って、男の子の関心まで奪っていく。
自分が中心にいないと満足出来ないだけでなく、恐らく顔だちの地味な私を心から見下していたのだろう。
確かに顔ではどうあがいてもアミシーに勝てない。だから私は勉強や習い事に集中した。昔、叔父が「金は奪われることがある。物もそうだ。だが頭の中のものは取られない。しっかり勉強して、若いうちにいろんな経験を積んでおけば、何があっても大丈夫だ」と言ってくれたのが、私の脳裏にしっかり焼き付いていたからだ。
そして、その努力は予想外のところで結ばれることとなる。ある時、私の元に一通の手紙が届いた。差出人はアルベール・リラインとなっている。
どこかで聞いたことのある名前だな、と思った次の瞬間、私は「あっ!」と声を上げていた。リライン家といえば我が国に三家しかない公爵家の一つ。
そしてアルベール様は現公爵様の一人息子だったはずだ。
無論、最初は詐欺を疑った。しかし手紙には確かにリライン家の家紋の封蝋がしてあったし、書いてある内容にはよどみはなく、確かな教養がなければ書けない字の綺麗さだ。
後に文官などを通じて確認を取ってもらったところ、それは確かに本物の公爵家からの手紙だと分かった。
けれど、あまり茶会にも参加させてもらえない、一介の子爵令嬢である私に、公爵家の嫡男様が何の用だろう。
内容はこのようなものだった。
カリグラフィーのコンテストで出品されていた私の作品を、アルベール様が見たらしい。その時「こんな素敵な字を書ける人と話してみたい」と思い立ち、すぐに我がロシュフォール子爵家に手紙をくれたのだという。
※カリグラフィー:文字を美しく見せる、書くための手法。書道に少し概念が近い。
字を見て連絡を取ろうとするなんて、なかなか積極的な人だ。正直に言うと嬉しかった。字をほめられたこともそうだ。私がどんなに頑張っても、家族でほめてくれる人などいなかったから。
それに異性で、私に興味を持ってくれる人が居るというのもやはり嬉しかった。
それから文通は続いて、次第に恋文のようなやり取りになっていった。そしてついに「我がリライン家にお越し頂きたい。盛大におもてなし致します」という内容の手紙が来た。
嬉しさはあったが不安の方が大きかった。今は字だけのやり取りだ。字には自信があるけれど、容姿にはない。私の顔を見たらアルベール様に失望されるかもしれない。
しかし一晩悩んだ末、やはり行くことに決めた。これを逃したら次のチャンスはやって来ないかもしれないのだ。何より、いつも素敵な手紙をくれるアルベール様に会ってみたかった。
私は父にアルベール様のことを話した。外出の許可をもらうためだ。
顎をかきながら聞いていた父は、やがてこう言った。
「そうか、でかした。では公爵家にはワシとアミシーが行こう」
意味が、分からなかった。招待されたのは私だ。父やアミシーではない。
私が反論しようとすると、どこから話を聞いていたのか、足音が近づいてきた。
「えー、テオドラお姉さま、公爵家に招待されたんですかぁ?」
アミシーだった。いつもの可愛らしい笑顔の奥に、打算的な光が宿っている。危機感が一気に増大する。
「今回ばかりは譲れないわ。そもそも、呼ばれたのは私なのだから」
私は彼女がおねだりする前から断固拒絶の姿勢を見せた。
「酷い、私をのけ者にするなんて」
アミシーは涙を溜めた瞳で私ではなく、父を見た。父はうんうん頷いている。
「そうだぞ、テオドラ。アミシーに譲ってあげなさい。お前が公爵家に行けない理由についてはワシの方でうまく言っておく」
「で、ですが」
「それに、せっかく公爵家と出来た縁ではないか。アルベール様はお前の顔を知らんのだろう?」
「はい……?」
「ではもし、先方が地味なお前の顔を見て、がっかりしたらどうするんだ」
言葉に詰まった。それは私が一番気にしていたことだったからだ。固まった私の様子を見て、父は諭すように言った。
「それならばワシとアミシーに任せておきなさい。きっとアルベール様は彼女のことを気に入って下さる」
「そういうことです。私が立派にお姉さまの代わりを果たしてみせますね!」
アミシーたちは楽しそうに談笑しながら私から離れていく。私はしばらく、その場から一歩も動けなかった。
◆
その後結局、アミシーとアルベール様は婚約し、結婚することになってしまったのだ。
ショックだった。
アルベール様はずっと文通していた私より、可愛らしいアミシーを選んだのだと。あれから手紙は一通も来ていない。
私はしばらく食事も喉を通らず、引きこもりがちになっていた。
アミシーは嫁入りする時「お姉さま、ごめんなさい。先に幸せになります。私にアルベール様を譲って下さってありがとうございました」と満面の笑みで言い、出ていった。
この時のために、私を傷つけるための言葉をずっと考えていたのだろうかと思うと、もはや呆れて何も言えなかった。
しかし一日経って、私は考え方を変えた。ようやく私の人生はアミシーから解放されたのだ。今ならもっと自由にやっていける気がした。
私は以前より勉強や淑女教育に励むようになり、日々は充実していた。
妹が離婚したと聞いたのはその矢先だ。
家を出てから半年ほどしか経っていない。あまりにも早すぎる帰宅だった。
◆
で、彼女は帰宅して「アルベール様は不能だった」と喚いているというわけだ。
思春期の男の子にも「そういうの良くないよ」と諭されそうな悪口である。
「アミシー、いったい何を言っているの。アルベール様に失礼だわ」
彼女は私を見ると露骨に嫌そうな顔をした。きっと嘲笑われるとでも思ったのだろう。でもそんな気はない。再びあなたと同じ屋敷で生活することの方が嫌なのだから。
「だって本当なのだもの。アルベール様は男性としての機能を失っていたのよ!」
屋敷に響き渡るキンキン声だった。こんなことが公爵家に知られたら、どんな仕返しを受けるか分かったものではない。
要するに、夜の営みの際にアレが……アルベール様のアレベール様が立たなかったということなのだろう。私も本で読んだだけなので、実際それがどういう形なのかは知らないのだけれど。
「分かった。分かったから落ち着いて」
「お姉さまのせいだわ」
「……は?」
「お姉さまが、不能の男性を無理やり私に押し付けたせいで、私は傷物になってしまったのだわ」
アミシーは目を潤ませて私を睨む。あまりにも滅茶苦茶な理屈だった。そもそもアルベール様と会う予定を無理やり奪ったのはアミシーと父なのだ。挙句の果てには結婚までしてのけた。
そしていざ相手が自分の理想と違ったら、今度は悪口を言い、私に責任を押し付けようとする。行動原理が理解できなさ過ぎて、私は恐怖を覚えていた。
「と、とにかく、そういうことは大声で言うものではないわ。本当にデリケートな問題なのだし、公爵家に知られたら、ただでは済まないわ」
私は注意してその場を去った。
◆
私の忠告を一応理解したのか、彼女は大声で不能と叫ぶことはなくなった。しかし彼女はどうやら、茶会でそのことを言いふらしているようなのだ。
私は滅多に茶会に出ることは無い。というか出させてもらえないのだが、久しぶりに出た茶会で「アルベール様が不能というのは本当なのか」と、殆ど喋ったこともない婦人から尋ねられた。
噂はかなり広まっていると言って良い。最早私が止められるレベルではなかった。
アミシーは結婚する時、相手が公爵子息であるということを声高に喧伝していた。周りに勝ち誇って、マウントを取っていたのだ。
それがスピード離婚したのだから、アルベール様に責任があることにしておかないと、彼女としては都合が悪いのだろう。
あくる日、私は父から呼び出された。いつも私に無関心な父がどうしたのだろうと思い、書斎まで行ってみると、告げられた内容はもっと意外だった。
「アルベール様と会ってみる気はないか」というのだ。
正直、アルベール様に対する気持ちは完全に冷めていた。私を裏切っておいて、義妹が駄目になったら次は私というのだろうか。それはあまりに都合が良すぎる。
ただ、私はこの時の父の態度を不審に思った。「アルベール様はお前のことが気になっていると言ってくださっていて……」「ずっと気遣ってくださっていてな……」と、歯切れ悪く言う。
どうやら父は、私に何かを隠している。それが何なのかは分からない。
けれど彼の本心は一つ。せっかく出来た、公爵家とのパイプをここで断ちたくない。だから私に「子供は諦めて我が子爵家のために稼げ」と言ってるのだ。
「分かりました。アルベール様にお会いさせて頂きます」
会うだけだ。会うだけなら問題ない。やばい人だったら、その場でおさらばすれば良いだけだ。
この時の私からは、アルベール様から妹と顔で比較される恐怖など無くなっていた。彼への興味が失せていただけに、あちらからの興味を失われても問題ないと思っていたからだ。
◆
目の前のソファーにアルベール様が座っている。けれど私は顔を上げることが出来なかった。まさか、アルベール様がここまでとは思っていなかった。
◆
広大な敷地を馬車で進み、ようやく到着したお屋敷は、我が子爵家とは比べ物にならない大きさだった。
圧倒されっぱなしの私を、アルベール様は応接室で待ってくれていた。柔和な笑顔で挨拶をしてくれる。
だが彼の言葉は耳に入っていなかった。顔に釘付けだった。
アルベール様を見た瞬間、心臓を突き抜けるような衝撃を受けた。
「射られた」
その時の私の気持ちを一言で表すなら、そうなるだろう。
何、この完璧な生き物。
背はすらりと高く、そのまま絵画から抜け出してきたかのような端正な顔立ちと、彫刻のような体つき。要は歩く芸術品と言える程の見た目だった。
私は最初の挨拶こそ目を見て行ったものの、座ってから、そのあまりの美しさに顔を上げられなくなってしまったのだ。
怖い。拒絶される。その思いが急速に私を支配していた。
父とアミシーが正しかった。私なんかじゃ、どう考えても吊り合っていない。
「お顔をお上げください」
アルベール様の優しい声が届いてハッとする。
そうだ、私は何を自分のことばかり考えているのだろう。これは貴族同士のやり取り。ずっと下を向いて過ごすなど、失礼にも程がある。
私は意を決して顔を上げた。
翡翠色の大きな瞳が、優し気に向けられている。おや? と思った。瞳が少し潤んでいるように見えたからだ。
「あの、アルベール様。どうかなさいましたか?」
「いいえ、貴女があまりに美しくて、見とれていたのです」
顔から火が出るかと思った。
落ち着け、これは社交辞令だと自分に言い聞かせても、心臓の鼓動が速くなるのを止められない。
「ずっとあなたに会いたかった。テオドラ嬢」
アルベール様は噛み締めるように言った。
その言葉で少し冷静になる。会いたかったと言われても、先に裏切ったのはそちらで……。
いや、何かおかしい。
私は二人きりになれる時を待った。彼から直接事情を聞こうと思ったからだ。
◆
結論から言うと、アルベール様は義妹を見て、そちらに鞍替えしたわけではなかった。
主に悪いのはうちの父とアミシーで、アルベール様の父上殿にも問題があった。
アミシーたちが初めてリライン公爵家を訪れた時、アルベール様は驚いた。招いた令嬢の義妹がやって来たのだから無理もない。
彼らの説明では、私はどうやら「外を出歩けない状態」ということになっていたらしい。
父が、私のことを話す様子は深刻で、何かデリケートな事情があるのだろうと思い、それ以上聞くのはやめたそうだ。
その深刻なフリは父がよく使う手である。
そして話しているうちに、アルベール様のお父様……セルジュ様がアミシーのことを気に入ってしまった。アミシーは可愛らしい上に、外見だけは天下一品に良いのだ。
こうして親同士の話し合いにより、とんとん拍子にアルベール様とアミシーの結婚が決まってしまったという。
アルベール様はかなり強硬に反対したそうだ。けれどそこは家父長制。しかも相手は「公爵」である。決定を覆すことなど出来なかった。
アルベール様はもうすぐ20代を半ばも過ぎる。公爵家としても結婚を焦っていたのだろう。
それでも彼は私に手紙を送ったらしい。
事の経緯を記し、私の体調を心配し、そして謝罪がつづられた手紙だ。しかし返事は来なかった。
その後何通か送ったが同じだった。
「きっと俺はテオドラ嬢を怒らせてしまったに違いない」と落胆したという。
だが、そもそも私の元に手紙は届いていなかったのだ。要するに誰かが(恐らく父かアミシーが)手紙を握り潰していたのだ。
こうして誤解の解けた私たちは、急速に仲を縮めていった。ようやく、手紙のやり取りを直接の会話で出来るようになったのだ。楽しくて仕方なかった。
彼は外見だけでなく、内面も素晴らしかった。知的で教養があり、そして随所に優しさを感じられる。
アルベール様も私を気に入ってくれたらしい。
そして数か月後には結婚することが決まった。
結婚式は挙げなかった。アミシーの時もそうだったように、これは公爵家の意向であるようだ。
私が実家を出るとき、アミシーは「お姉さま、不能の旦那様のところに嫁ぐなんて、可哀そう」とせせら笑った。
その言葉からは「お前なんか幸せになれるわけがない」という見下しの気持ちがありありと顕れていた。
私は何も言わなかった。この義妹から離れられることは、それだけで幸せなのだから。
◆
結婚初夜を迎えた。
今日、アルベール様と初めて閨を共にする。
私の気持ちは凪いでいた。決して性欲が無いからではない。ただ、結婚前にアルベール様からある事実を聞かされていた。
それは彼が不能であることは元より、これまで一度もアレベール様が戦闘態勢に入ったことは無いということだった。
そして、実は結婚するのは私で三人目だという。
アミシーより前に、アルベール様と結婚していた令嬢が居たのだ。名前は公にはされていないという。
その方との関係は良好だったらしいのだが、やはり子供は出来なかった。
しばらくして彼女が「どうしても自分の子供が欲しい」というので、アルベール様は離婚を受け入れた。
そしてアミシーの時にも、そのことは伝えていた。「俺と結婚するのなら、子供は望めない」と。
しかし彼女には自信があった。今まで数多の異性から言い寄られ続けてきた彼女は、自分の魅力だけでどうにかなると信じていたのだ。
結果はここまで書いた通り、惨敗。
しかも彼女は質の悪いことに、不能のことを「ここだけの話なんだけれど」と枕詞を付け、友人に言いふらしていた。
もちろんアルベール様の耳にも届いている。だが「事実であるし、恥ずべきことでもない。特に対処はしない」と仰った。寛大にも程がある。
そしてついに私の番となったわけだ。
一度も 屹立(きつりつ) したことがないのだから、それはもう、女性側の努力でどうにかなる問題とは思えない。どうにかなっていたら、そもそも私が彼と結婚することは無かっただろう。
だからこそ私は何も期待していない。この初夜は形式だけのものなのだ。
そんなことよりアルベール様を傷つけないように、慰めの言葉をたくさん考えてきた。
子供は出来なくても良い。アルベール様と生涯を共に出来るなら幸せだ。これまでの彼との時間の中で、心からそう思えるまでになった。
ノックの音が聞こえ、アルベール様が寝室に入ってきた。あれ? と思った。
いつもの彼のはず。優しい笑顔を向けてくれている。
しかし心なしか、その笑顔の奥に、獲物を狙う鋭さがあるというか、獣のようなオーラがあるというか……。
彼が服を脱ぎ、そして例の問題児が姿を見せた。
いや、あれは衝撃的だった。
見るのは初めてだけれど、はっきりと分かった。
思わず大声で叫んでしまったくらいだ。
何て叫んだのかって?
「めっちゃ立ってる!!!」
◆
それはそれは凄かった。何が凄かったのかは推察して頂きたい。
「寝室でテオドラを見た時、これまでと全く違う感情が湧いてきたんだ。『ああ、これが欲情するってことなのか』と、生まれて初めて感覚で理解したんだ」
と後で興奮気味に語ってくれた。
少し面白いなと思ったのは、私とアルベール様が出会うきっかけになったカリグラフィーのことだ。
彼は私の作品を見た時も、初夜と同じような感情を感じたらしい。もちろん、高ぶりという程のものではないし、その時の彼は、感情をはっきり言語で捉えられなかったらしい。
ただ「何て悩ましいな字を書くんだ」と思ったとのことだ。
初夜から2か月後、私の妊娠が発覚する。あれよあれよという間に第一子の男の子が誕生し、その後一年ほどして第二子の妊娠が分かった。我ながら順調なペースだ。
そしてこの時、事件が起こったことも書き記しておかねばならない。いや、ほとんど大事件だった。
◆
第二子の妊娠が分かった直後、私は一度実家に戻っていた。父がどうしても「孫の顔を見たい」と言ったからだ。
子爵家に戻ることは、正直気乗りしなかったのだが、一応育ててもらった恩もある。これで最後だと決め、帰宅した。
その時のアミシーの私を見る目は凄まじかった。目を合わせないようにしていても分かるほど、鋭い睨み方だった。
「お姉さま、どこで浮気したの?」
子供を抱いて廊下を歩いていた私に、彼女は突っかかってきた。私の横に屈強な騎士が付いていなければ、掴みかかってきそうでさえあった。
これ以上絡まれても面倒なので、ここで相手することにする。
「浮気なんてしていないわ」
「嘘よ! だったら子供なんて出来るわけないじゃない! アルベール様は不能なんだから」
「口を慎みなさい!」
私が一喝すると、アミシーはビクッと肩を震わせた。それはいつもの、見せかけの怯えではなく、公爵家の夫人に対する、本物の怯えのようだった。
「アルベール様は不能なんかじゃない。この子の顔を見れば分かるでしょう」
抱いている子はまだ一歳ちょっとだが、髪の毛も、目の色もアルベール様と同じ。顔だちも瓜二つだ。彼の子供であることは……少なくとも、私の浮気で出来た子供でないことは分かっただろう。
「だ、だったらどうして……」
自分の時には「そういう状態」にならなかったのかと、とアミシーは言いたいのだろう。
「それはきっと、あなたの魅力が足りなかったからじゃないかしら」
私が言った時の彼女の迫力は、それまでのアミシーと本当に同一人物かと思えるほどだった。護衛の騎士が思わず間に割って入ったほどだ。
私がアルベール様の子を成したことは、既に社交界で多くの人が知っている。それはつまり、アミシーが広めた噂が真っ赤なウソであったことを証明してしまった。
尚且つ、子もなさず、短期間で離婚した彼女が「女性的な魅力で義姉に負けた」という噂に取って代わるまで、そう時間はかからなかった。
皮肉にも、彼女は自分が広めた噂で己の首を絞め、間接的に自分の魅力が乏しかったことを喧伝していたのだ。
アミシーは噂に耐え切れず、最近はこの家に引きこもりがちになっているという。
◆
そして次の日。やけに部屋の外が騒がしいと思って開けると、大騒動になっていた。執事の一人を捕まえて聞くと、何とアミシーが私の飲む紅茶に毒を入れようとしたというのだ。
子流しの毒だ。
妊娠している私を狙ったことは、決定的だった。
もし知らずに飲んでしまったらと思うと、手足が震える程の恐怖を覚えた。そこまで彼女は私を恨んでいたのだ。
アミシーはメイドに毒を入れるよう命令したが、メイドは従うふりをして、すぐ家宰に報告した。相手は公爵家の夫人である。これは一大事だった。
その後、父はこの一件の責任を取らされ、爵位をはく奪されることとなった。アミシーは山奥の修道院に送られた。
その修道院で過ごしたことのある人が言うには「厳し過ぎて、死ぬよりきつい」らしい。
とはいえ罪状から言って、死刑を免れたのが奇跡だ。
命が助かったのだから、しっかり反省して欲しい。
この一件以降、私の周辺の警備は厳しくなり、アルベール様も公務が無い時は私にべったりくっつくようになった。
アルベール様は毎日愛してくれるし、子育ては忙しいけれど、元気いっぱいな子供の顔を見られることが、何よりの喜びだ。
それまで人生で、私は妹に取られてばかりだと思っていたけれど、唯一譲ってくれた人が(一回取られたけど)、私には有り余るほどの幸せをくれた。
この幸せが少しでも長く続くことを祈っている。
おわり