作品タイトル不明
第9話 酷い決着
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「ふッ!!」
飛び込むような踏み込みのままに、突き出された 掌(てのひら) が胸付近を激しく打つ。
いっそあっけないほどに吹き飛んで地を転がっていくセシリー。
「なぁ……教えてくれないか?」
が、数回の瞬きの後には彼女は戻っている。アルの至近に。
不自然なほどにだらりと脱力した状態で立ち、問い掛けて来る。
掌打を放った後、すぐさま次の動作へ移っていたアルは、幽鬼のようなセシリーを視認するや否やというタイミングで『銃弾』を乱射する。
狙いなど不要。弾幕を張るためのもの。僅かでもセシリーと距離を保つための一手。
「アル殿。そろそろ教えてくれないだろうか?」
しかしながら、またしてもアルの動く先へ……すぐ傍に現れるセシリー。
『銃弾』はもとより、一撃必殺を身上とするファルコナー式体術すらも、今の彼女は意に介さない。実践的なダメージがまるで通らない。
「(はは。馬鹿馬鹿しいことに違いはないけど、 今(・) 回(・) はジレドの言った通りみたいだな)」
異様にして異常なやり取りではあるが、アルとしてはもはや想定内。
現れるセシリーを撃つ。打つ。蹴る。組み付いて投げる……が、決して彼女から掴まれないようにと接触は最小限に抑える。
一撃離脱を繰り返す。
いくら打っても有効な手応えはない。どれだけ距離を空けようとしても喰らい付いて来る。
異様なマナが薄い膜のように彼女に身を覆っている。いかなる強打も、『銃弾』や『狙撃弾』であってもその膜を貫くことができない。衝撃のほとんどが吸収されている模様。アルからすれば、壊れないゼリー状の塊を相手にしているような感覚に陥ってしまう。
また、〝反属性の融合〟による影響なのか、異常なまでの身体強化が為されてもいる。力も、速さも、反応も……今のセシリーはヒト族の枠を軽く超えている。まさしく超越者だ。
今の彼女を見て、アルは〝単純な能力だけなら父上をも凌ぐのでは?〟という印象を持ったほど。
だが、同時に彼はこうも思う。
〝でも、所詮はそれだけだ〟と。
近接戦闘については、ファルコナーに一日の長がある。
人外級の超越者相手に、アルが 時(・) 間(・) 稼(・) ぎ(・) できているのが何よりの証。
いかに飛び抜けた身体機能、運動能力を誇ろうが、それらを十全に扱う技術がセシリーにはない。基礎が足りていない。
「(デタラメな『身体強化』ではあるけど、以前のような凶悪な風魔法を纏うわけでも、広範囲を切り刻む災害級の魔法を使うわけでもない。ジレドの言ってた通り、これまでの消耗と〝反属性の融合〟とやらの影響でまともな魔法が使えなくなってるんだとすれば……しばらくの間は僕でも持ち堪えられる)」
驚異的な能力を有してはいる。しかしながら、戦士としての脅威度は以前より低い。それが今のセシリーに対するアルの評価だ。
皮肉なことに、覚悟のない甘ちゃんな 似非(えせ) 優等生だった頃のセシリーの方が、 魔道士(戦士) としての脅威度は高かった。
なにしろ、例の白きマナの風で身を鎧われてしまえば、アルは文字通り手も足も出ない。殴り掛かった拳があっさり切り刻まれる未来しか見えなかった。
ただし、その評価はあくまで比較の問題であり、アルが自力で今のセシリーを打倒できるかはまた別。
「なぁアル殿。言い分があれば聞く。ダリルの方に非があったのだろうか?」
「ゥッ!」
静かな語りから、人体構造と物理法則を無視したかのような異様な踏み込み。
洒落にならない拳(セシリーパンチver.3.0)がアルの眼前を通過する。空間ごと削り取るかのような鋭さ。僅かに掠めただけでも体勢を崩してしまうほど。
濃密な死を幻視させる拳であり、言葉とは裏腹にまるっきり〝言い分を聞く気のない〟拳だ。
たとえ近接戦闘の練度や技術が拙かろうが、今のセシリーの渾身の拳を受ければアルは余裕で死ねる。そこは間違いない。
「……しッ!」
体勢を崩されながらも、『銃弾』をばら撒きながら跳ぶ。逃げる。セシリーの注意を引く。距離が詰まれば空ける。そうやってアルは時間を稼ぐ。
「(気を抜いたつもりはないけど……動きがデタラメ過ぎて厄介だな)」
《《ルール》》的には、つい先ほどの黒マナの礫への対処と大きく変わらない。
まともに一撃をもらえば即 終わり(ゲームオーバー) 。
アルが単独で今のセシリーをどうにかできる見込みはない。とどのつまりは 他人(ひと) 任せ。根本的な事態の収拾については、何とかできる者に任せて祈るだけ。
彼にできるのは時間稼ぎ。 準(・) 備(・) が(・) 整(・) う(・) ま(・) で(・) 、セシリーの気を引いて場に留めるだけ。
「(ジレドめ……何が〝気を引いて動かしておかないと《《発動》》が早まる〟だ。もしこのまま正気を失ったセシリー殿に殺されたら……ほんとに恨むぞ……ッ!)」
死のお遊戯会パート2というところ。
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(お、俺は……? 一体、何がどうなったんだ?)
視界は真っ暗に閉ざされたままだが、ダリルはダリルとしての意識がある。思考できる。
外界の様子は見えないが、クレアに体の自由を奪われた時のような感覚を思い出していた。
(そ、そうだ! セシリーはどうなったんだッ!?)
どんなに異常な事態であっても、自分の身がどうなってるのかが分からずとも、ダリルの優先順位はセシリーが一番だ。意識を失う直前の流れを思い出せば尚更だ。
(くッ! こ、こんなところで幽霊みたいになってる場合じゃない! お、俺はッ!!)
意識があるなら死んでないはずだと開き直り、ダリルは状況の打開を目指す。目指そうとした。
『あー……悪いんだがダリル殿ヨ。時間もないシ、貴殿のモノローグ的な諸々に付き合ってもいられないんだワ』
(!?)
唐突なジレドの介入。もうお馴染みともいえる。ただし、いくら単純馬鹿なダリルであっても当然に警戒する。なにしろ、もはや彼にとっては 知(・) ら(・) な(・) い(・) 声(・) だ。
(誰だ!? また女神の遣いなのかッ!?)
『マ、俺からは伝えるだけダ。とにかく聞いてくレ』
すでにジレドも、自身の役回りの馬鹿馬鹿しさに投げやりな感じになっている。いちいちダリルに詳しい説明をする気にもならない。
彼は〝反則〟を使った時点で世界から切り離された。いつまでもこの世界に留まれるはずもなく、次の瞬間には消えているかも知れない曖昧な存在だ。
諸々のネタバラシと共に〝代行者〟という懲罰を科したアルの記憶には辛うじて残っているが、この世界の大多数の者にとっては〝しがないオークのジレド〟など最初から存在しなかった扱いだ。
面識のあった〝ただの代行者〟ダリルであっても、もうジレドの声など分からない。見知らぬ者だ。
『とりあえずセシリー殿は無事ダ。たダ、今のままじゃ皆がまとめて死ヌ。アルの旦那が時間を稼いでる間ニ、セシリー殿の 動(・) き(・) を(・) 抑(・) え(・) る(・) 段(・) 取(・) り(・) はしタ。だガ、おそらくそれだけじゃ足りなイ。ダリル殿はとっとと目覚めて彼女の正気を取り戻してくレ』
(な、何を言ってる!? セ、セシリーが正気じゃないだと!?)
『あァ、もうそういうのはいいかラ。何とかここを切り抜けテ、ダリル殿はセシリー殿と末長く仲良く暮らしてくれヤ。ブヒ。今度こそ本当に時間切れのようだシ、俺は消えるとするヨ。じゃあナ。アルの旦那にもよろしく言っておいてくレ』
伝えたいことだけを言い捨てて、ついにジレドは去る。この世界から。
なんとも締まらない最期となってしまったが……彼自身が『マ、こんなモンだロ』という諦めを抱いていた。
超兵器セシリー爆誕(イレギュラー) によってぐだぐだになりはしたが、ジレドはジレドでやれることはした。『後は現地民でなんとかしてくレ』という開き直りもある。
(ま、待て! ちょっと待ってくれ! 何の話をしてるんだ!? 結局お前は誰なんだ!?)
もう問いに応じる者はいない。ジレドの残照はこの世界から完全に消失した。
真っ暗闇に意識だけが漂うダリルだっが、急速に周囲の闇が晴れていく。光が差し込んで来る。
どこか浮上して行くような感覚をダリルは得た。
次の瞬間。
「うぅ……あ……こ、ここは……?」
声が出る。意識が肉体へと帰って来た。失われていた感覚を急速に取り戻していく。
「! 気が付きましたか、ダリル殿!」
ダリルの視界に飛び込んできたのは見知った顔。狂戦士の従者たるヴェーラだ。
まだまともに働かない頭ではあったが、彼女に 抱(かか) えられるようにして横たわっていることを、ダリルはなんとなしに認識する。
「ヴェ、ヴェーラ殿……? 一体、俺はどうなったんだ? ……い、いや! それよりもセシリーはッ!?」
かばりと体を起こす。そうだ、寝ている場合じゃないと改めて認識が繋がる。
「フッ。愚かな若造メ。ようやく目覚めたカ。ずいぶんのんびりと寝入っていたものだナ」
視界に別の人影。耳には聞き覚えのある平坦な声。
「ダ、ダーグ殿ッ!? な、なぜに貴方が……?」
ルーサム家私兵団の軍団長たるダーグがいる。知らない相手ではない。むしろ、いざという時のために、無茶なお願いを預けた相手でもある。
当然に混乱に陥るダリルだったが、更に更にと彼の視界に飛び込んで来る情報の数々によって、彼の疑問と混乱はより加速していく。
「ッ!? あ、あれは……セシリーなのか!? ア、アル殿はともかくとして、ど、どうしてアダム殿下がここにッ!?」
ダリルの目に映ったのは、何故か髪色が黒くなった上で、無造作ヘアーな長髪姿となったセシリーと、そんな彼女と正面で向き合うアルバート・ファルコナー。
更に、セシリーの斜め後ろから、王家秘伝となる『 雷(いかずち) 』のマナを放出し、何らかの魔法を使用していると 思(おぼ) しきアダム・マクブライン王子。
「なぁアル殿。なぜダリルを殺した? 私はただ教えて欲しいんだけなんだよ」
そんなことを呟きながら、セシリーはアルに向かって拳を繰り出す。あり得ない速度と威力で。
「ふッ!!」
踏み込みと拳の軌道を読みながら躱す。躱す動作の流れで掌打を見舞い、セシリーを吹き飛ばすアル。
ちなみに、セシリーの身にはアダムが仕掛けた雷のマナが絡み付いている状態だ。
「ぐぅぅッ! な、なぜ『雷の審判』を受けて平然と動けるのだッ!?」
アダム王子からすればあり得ない事態。
『雷の審判』とは、マクブライン王家に連なる者にだけ許された秘儀であり、超越者すら縛るという契約の魔法だ。
まだまだ未熟であることを自覚するアダムではあるが、『雷の審判』の練度自体に不足はない。たとえ相手が王国最強格であるブライアン・ファルコナーであろうが、ルーサム家のダーグ軍団長であろうが、今のアダムであっても契約の縛りは通じる。魔法で捕らえさえすれば。
だが、現にセシリーには通じていない。その動きを多少制限できている程度に留まっている。
「殿下! とっととセシリー殿の動きを止めて下さいよッ!」
「ぐッ! やれるものならやっている! お、おそらく、今のセシリー嬢は正気ではない故、〝契約〟が十全に通じんのだッ!」
セシリーに王家秘伝の魔法が通じないのは、別に〝反属性の融合〟による特殊パワーなどではなく、単純に意思疎通が明瞭にできないから。
言葉が通じているようで通じていない。
ブチギレて明瞭な思考力が低下したままという点においては、〝反属性の融合〟の影響があるのかも知れないが……実のところ、彼女の知能が低下傾向にあったのはかなり以前からというのはご愛敬。
王家の秘伝魔法の要は〝契約〟。つまりは王家側からの一方的なモノではなく、あくまで双方の合意によって形成されるモノ。
合意云々が難しい状況であったり、意思疎通が図れない相手には通じない。典型的な例として、人語を解しない大森林の昆虫型の魔物などに効果はない。たとえヒトであっても、正気を失っている相手であればご覧の通りというところ。
もちろん、あくまで契約というのも建前であり、単純に『雷』の魔法が強力なため、一度捕らえてしまえば相手は従わざるを得ないという面もある。
いかに人外の超越者と言えども、音よりも速いとされる『雷』の魔法を展開されると、どこかで捕まってしまうというわけだ。
ただし、ブライアンやダーグを含め、契約の縛りを受け入れた超越者たちの中には、王国で暮らす上での利益や関わる者たちへの影響の大きさなどを天秤に掛け、王家に従う道を自ら選んだ者も多い。
王家の権力も、王国での日々の生活も、関わる者への影響も……それらすべてを度外視したのであれば……『雷』を掻い潜り、〈王家に連なる者〉を仕留められる者も少なくはない。まさに人外たる魔境の 魔道士(戦士) だ。
「なぁアル殿……こんなに頼んでいるのに応じてはくれないのか?」
「くそッ!」
無茶苦茶な軌道でセシリーが動く。殴りかかる。そして、それをアルがなんとか凌ぐ。セシリーの眼中にない扱いではあるが、それでもアダムはアダムでマナを更に練り上げていく。
素の能力だけなら、魔境の超越者すら圧倒する領域に足を踏み入れているセシリー。
皮肉なことに、 狂(・) 戦(・) 士(・) たるアルの方こそが、一族が多大な犠牲を払いながら脈々と積み上げ、長年にわたって研鑽を続けてきた技で凌ぐという…… 真(・) っ(・) 当(・) な(・) ヒ(・) ト(・) 族(・) らしい立ち回りとなっている。
目覚めたばかりのダリルからすれば、眼前で繰り広げられる光景に理解が追い付かない。追い付かないのだが……それでもただ眺めているわけにもいかない。
「ヴェ、ヴェーラ殿! 一体何があったんだ! これはどういう状況なんだ!?」
「い、いえ……ダリル殿。正直なところ私もよく分かってはいません。ただ……突然頭の中に〝とにかくダリル殿の身の安全を確保してくれ〟という声が聴こえて……それで、現場に駆け付けたところ、このような状況に……」
問われたヴェーラもよく分かっていない。なにしろ、彼女にもすでにジレドの記憶はない。だが、ジレドは相手の都合はお構いなしに、はた迷惑な超兵器セシリーを止めるために必要な人材を、この場に集められるように念話を飛ばしていた。アルからの〝なんとかしろよ!〟という要請に従い、後始末に奔走していたというわけだ。
「で、では、ダーグ殿は……?」
ダリルは状況を把握するためにダーグへと問う。ヴェーラよりは事情を知っているのではないかと期待を込めて。
「フッ。得体の知れぬ者に呼ばれはしたガ、深い事情などは知らン。元々は今回の変事を確認するために付近へ来ていただけダ。あの馬鹿な王子たちの道案内としてナ。正気を失った神子殿を殺す程度はできたガ……ブライアンの 倅(せがれ) に止められタ。こっちでなんとかするから待ってくれト。まァあの神子殿は愚かな若僧であるお前の 番(つがい) でもあるシ、ここで私がしゃしゃり出るのもどうかと思イ、こうして傍観しているわけダ」
「呼ばれた? アル殿が止めた……? い、一体なにが? いや……そ、そうだ! まずはセシリーを止めないとッ!」
あまりの状況の意味不明さに、単純馬鹿なダリルであっても流石に時間を要した。
今はそれどころじゃないと気付くのに。
……
…………
………………
結果として、ダリルの生存を確認してセシリーは止まった。一応は正気を取り戻した。
が、それまでに……
『セシリー!! 俺は生きている!! アル殿に殺されたりしてないぞッ!?』
『あぁ……アル殿、ついに私の前にもダリルが現れてくれたよ。〝仇を討ってくれ〟と叫んでいる……』
『ふぁッ!? だ、だからなんでそうなるッ!?』
『ダ、ダリル殿! リアクション(反応) があるだけまだマシだ! そのまま説得を続けてくれッ! でも迂闊に近付くな! 今のセシリー殿は洒落にならない! 撫でられただけで死ぬぞッ!』
『ダリル! 早くなんとかするのだ! 〝契約〟さえ通じれば、この妖しげなマナを抑えられるはずだ!』
『アル殿……もう聞かないよ。私は仇を討つ。しかと見ていてくれダリルッ!』
『や、やめろセシリー! 俺は生きてると言ってるだろうがッ!!』
そんな命懸けのグダグダがそれなりに続いたとかなんとか……。
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