軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

壁の中の壁の中

「あっ、トーちゃんだ!」

色々と装備の相談を終えて家に戻ったトールを出迎えたのは、洗いたての髪をくるくるさせたムーであった。

家の前の道で、宙に浮かぶ運搬ソリを得意げに乗り回している。

「帰ったぞ、ムー」

「おかえり!」

ソリを持ったまま駆け寄ってきた子どもは、途中で器用に飛び乗ると勢いのまま滑ってくる。

そして脛にぶつかりそうな瞬間、伸ばしたトールの手で止められた。

屈んだ状態になったその首元に、ムーはチャンスとばかりにしがみつく。

子どもは柔かな頬をトールのまばらな無精髭に擦りつけると、嬉しそうな笑い声を上げた。

「ちくちくするぞ! ちくちくトーちゃんだ」

「風呂に入れてもらったのか。飯は食ったか?」

「ごはんか? まだ!」

「じゃあ一緒に食うか」

すでに時刻は昼近く、家の中からは何やら美味そうな匂いが漂ってきている。

石鹸の優しい香りがするムーを抱き上げたトールは、ソリの端を爪先で軽く踏みつけて器用に持ち上げた。

右手に子ども、左手にソリを持ったまま、扉に近づくと中からひとりでに開く。

隙間から顔を出したのは、エプロン姿のソラであった。

右肩に黒猫を乗せ、左手に縞猫を抱きかかえている。

「あ、やっぱりー。おかえり、トールちゃん」

「よく帰ったのが、わかったな」

「ふふ。この子が外に出たがるのは、だいたいトールちゃんが帰ってきたときなんだよー。ほら、おでむかえしよっか、シマちゃん」

そう言いながら少女は、縞猫を下ろして扉の外へ押しやる。

思わぬ懐かれ方に目を輝かせたトールは、ソリとムーをポイッと投げ捨てて手を伸ばす。

その手を猫はスルリと躱した。

続いてソラの肩から飛び降りた黒猫が、トールの足元を同じくすり抜ける。

そのまま通りを横切った猫たちは、外壁の下まで行くと振り向いて小さく鳴いた。

「あそびにいってくるっ、だって」

無邪気なムーの通訳に、トールはがっくりと首をうなだれた。

「おちこむな、トーちゃん。ムーがついてるぞ!」

「あ、わたしもついてるよー」

両の腕にソラとムーをひっつけたまま、しぶしぶトールは台所に向かった。

昼食は岩トカゲのもも肉をみじん切りの玉ねぎに漬け込んで柔らかくして、じっくりと焼き上げたステーキと、骨で出汁をとった玉子スープだった。

噛みごたえのある肉とコクのあるスープはともに美味しすぎて、しばし食卓が無言となる。

あっという間に持ち帰った脚一本分が、トールたちの胃袋に消えた。

食後の香草茶で一服していると、エプロンを脱いだユーリルが遠慮がちに尋ねてくる。

「お昼からご予定ありますか? トールさん」

「そうですね。シサンたちかロロルフたちに、トカゲ肉の差し入れでもしてやろうかと。どうかしましたか?」

派閥というややこしい集まりを作る気はないトールであるが、なんだかんだと知り合った連中との付き合いは続いていた。

最近の若手四人組はとうとう緑樫級を卒業して、小鬼の洞窟に何度か挑戦中である。

雷鳴三兄弟の方は相変わらず女性の魔技使いを募集しているが、さっぱり応募が来ないため、いまだに血流しの川に引きこもっている有り様だ。

それともう一組、ベッティーナとゴダンのお嬢様と執事コンビであるが、タパとタリの双子をパーティに引きずり込んだらしい。

すでに四人ともDランクなので、近々荒野に顔を出すと言っていた。

「ええ、実は良い頃合いですので、神殿に伺おうかと。ちょうど頼み事もございますからね」

そう言いながらユーリルは、花差しに生けてあった青い花束へ視線を向けた。

荒野から持ち帰ってきた青冠草だが、血止め回復薬を調合するには薬合師へ頼む必要がある。

そしてユーリルの顔見知りであるその人物の薬房は、都合よく氷神ストラージンの探求神殿にあるらしい。

少しはにかむような上目遣いになった銀髪の美女は、両手の指先を合わせながら言葉を続ける。

「あのできればご一緒に……。上手く説明できる自信が、その……」

「あっ、そういうことですね。わかりました。ご一緒させていただきますよ」

顔馴染みの知り合いに薬を作ってくれと依頼するのに、若返った姿では不可能である。

先に神官の階位を授与してもらってから、年相応に戻って会いに行くという算段であろう。

「トールちゃん、わたしもいっていい?」

「あんしんしろ、トーちゃん。ムーがついていってやるぞ!」

「そうだな。いい機会だし、まとめて済ませておくか」

後片付けを終え準備を済ませたトールたちは、連れ立って街中を横切る壁へと向かった。

空堀の橋を渡った先にある内門であるが、名称とは違い実際は通り抜けできる建物である。

内部には細長いカウンターがあり、局員と数名の衛士が控えている。

内街から外街へは、大人ならば誰でも制限もなく入ることができる。

だがその逆の場合で、かつ冒険者に限っては、目的を訊かれたり身体検査があったりと面倒な手続きが必要となってくるのだ。

武技や魔技は基本的にモンスター相手にしか発動しないが、鍛え抜かれた肉体や様々な特性を持つ冒険者は、一般の人々とは大きくかけ離れた存在である。

そのため少しでも揉め事などが起きないよう、局側がしっかり管理しているというわけだ。

武器の持ち込み制限などもその一環だが、高ランクになると素手で石壁を貫けたりするので、実際のところは威圧感を与えないための配慮だったりする。

そんなわけで少しばかり待たされる心づもりをしてきた一行であったが、白と黒の冒険者札のおかげか少しおざなりな質問をされただけで、あっさりと関門を抜けることができた。

内街に足を踏み入れた少女は、可愛く首をひねりながらトールへ振り返る。

「なんだか、ちょっと落ち着かないねー」

「そうか? 家の中だといつもこんな感じだろ」

「そういわれたら、そうだけど……」

「どうした?」

「外でその格好だと、ぎゃくに新鮮だなーって。うん、やっぱりカッコいいね、トールちゃんは」

本日のソラの服装は淡い空色のワンピースに同色の髪留めで、年頃の少女らしさがよく出ていた。

周りの熱い視線に気付かぬ少女は、こざっぱりした半袖の麻布の上衣姿のトールをまじまじと眺めながら頷く。

普段着姿のトールはただのおっさんにしか見えないが、ソラには全く違う景色が見えているようだ。

「トーちゃん、ムーもしんせんか? つい見とれちゃうか?」

「ああ、よく似合ってるぞ」

今日の紫眼族の子どもは、見慣れない格好をしていた。

小さな麦わら帽子をかぶり、上は細い肩紐だけの白いシャツを着て、下は赤い格子柄の入ったスカートに太ももまで覆う長靴下を履いている。

珍しいスカート姿をほめられたムーは、得意げに裾を持ってくるっと回ってみせた。

「たまには、ひらひらもいいものだな! トーちゃん」

「そこは同意を求めるな」

「あらら、私はいかがですか? トールさん」

にっこりと微笑むユーリルは肩袖のないピッタリした灰色の上衣に、同じく黒いタイトな膝上スカートである。

色使いは地味であるが、身体のラインや素肌が出てしまっているので、激しく目を惹き付ける装いだった。

「教職時代の制服なんですよ。つい懐かしくなって……。変じゃないでしょうか?」

「ええ、素晴らしくお似合いですよ」

言われてみれば、首元だけはきっちりと長い襟に覆われている。

あまり先生向きの格好だとは思えないトールであったが、無難な返事を返しておいた。

内門を抜けまっすぐ進むと、大きな広場に行き当たる。

中央には目立つ噴水があり、広場を取り囲むように大きな建物が並んでいる。

キラキラと上がる水飛沫へ走り出そうとした子どもを、トールは素早く抱きかかえた。

「噴水遊びは、また今度な」

「むぅー!」

「わわ、トールちゃん。銅像があるよ!」

広場でもひときわ目立つ建物の前に置かれた男の像を見て、ソラが弾んだ声を上げた。

男は長い両手斧を振りかざし、今にも何かに挑みかかろうとする姿勢を取っている。

「ああ、局長の像か。前に一度、家に来たろ」

「えっ、あ、あのお爺さん?」

「そうそう。たぶん今ごろはあの中で働いてるぞ」

像の近くの建物は街庁舎で、この境界街全体の行政を預かる場所でもあった。

広場を横切りながら、ソラの目は楽しそうに動き回る。

「そうなんだー。じゃ、あの大きな石の建物は?」

「あれは奉仕神殿だな。地神様のやつだ」

「神殿っていっぱいあるんだねー」

「ソラさんはあまり詳しくないようですね。よろしければ、少しお教えしましょうか?」

「ぜひ、おねがいします!」

なんだか前にも見たようなやり取りである。

六大神の神殿が多くの街に造られているのは信仰の厚さの顕れもあるが、各々が人々の暮らしの中で大きな役割を果たしている部分も大きい。

炎神ラファリットの解放神殿は、欲望の解放を旨に公営の娼館や賭博場を営んでいる。

雷神ギギロの法廷神殿は、裁判権を与えられ神明裁判を行う場である。

水神アルーリアの施療神殿は医療を司るため、治療施設として多くの怪我人や病人を受け入れる場所だ。

風神ロヘの交易神殿は、商売の仲買や人員の手配に加え、郵便や運送まで請け負ってくれる。

地神ガイダロスの奉仕神殿は、建設や補修などの土木工事と、さらに消防、防火の役割も担う。

そしてユーリルが崇める氷神ストラージンの探求神殿は、知恵を学ぶ場としての学校や研究開発施設でもあった。

「そうなんですか。すごいですねー」

感心したように声を上げたソラであったが、目的地を前にしてしばし言葉を失う。

長い説明だったせいか、トールたちはいつの間にか内街の南壁の下までやってきていた。

日当たりが悪く地代の安そうなその場所には、周りの民家よりもやや大きめの建造物が建っている。

探求神殿という厳かな響きに、少女はかなり立派な物を想像していたらしい。

だが実際にそこにあったのは、二階建ての老朽化した木造建築であった。

トールと手をつないで歩いていたムーが、古ぼけた建物を見上げて楽しそうに声を上げる。

「うーん、なんかボロっちいな、トーちゃん!」

「頼むから、返事に困るのは同意を求めんでくれ」