軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

道先案内人

どこまでも続く真っ白な平面の上に、大小様々な突起が並ぶ。

破れ風の荒野を一言でいえば、そんな表現になる。

細かい白砂に覆われた地面は、乾燥しきってがっしりと固い。

風が吹くたびに舞い上がる砂の出どころは、大地から飛び出すように起立する凝白岩たちだ。

絶え間ない突風に少しずつ削られ、白い岩たちは奇妙な形に刻まれていく。

岩と砂と風。

それ以外はなにもないゆえに、この地は荒野と呼ばれている。

風が弱まる境い目。

まばらに吸精草が残る場所に数台の馬車が半円状に並び、風除けの役割を果たしていた。

円の内側にはテーブル代わりに木箱が積んであり、空樽の椅子が周りに置かれている。

腰掛けているのは、背丈も服装もバラバラの男たちだ。

さらに砂よけの布を顔に巻いているため、表情どころか顔つきも定かではない。

分かるのは、全員が服の上からでも見て取れるほど、引き締まった体の持ち主だということくらいである。

それともう一つ、皆揃って黒い冒険者札を首からぶら下げていた。

そのうちの一人が手を伸ばし、テーブルの上に置かれた駒を斜め前に動かした。

それを見た対面の男が、派手なうめき声を上げる。

横から覗き込んでいたもう一人も、感心したように腕を叩く。

創世神の下僕十二使を駒にして互いに取り合うこの遊びは駒盤と呼ばれており、央国では割と知られた遊戯である。

どうやら熟考していた若い男が、会心の決まり手を放ったようだ。

追い詰められた指し手は打開策がないか盤上を見回すが、もはや打つ手はなさそうである。

嘆息し諦めかけた年嵩の男は、崖っぷちで妙手を見出す。

それは盤外からの一手であった。

「おっと、いい勝負だったが今日はここまでだな。お客の到着だぜ」

「おい、そりゃないぜ、ガルウド」

「あいかわらず逃げるのだけは上手いな。ま、仕方ねえよ、仕事の時間だ」

男の宣言と同時にタイミングよく停留場に入ってきたのは、新たな馬車であった。

器用に向きを変えながら、風除けの列の端に加わる。

テーブルの面々が注目する中、最初に降りてきたのは中年の男だった。

真新しい砂よけ布を頭にまきつけ、黒い薄手の革鎧に首から胸元まで覆う赤い鉄鎧。

青縞のマントがひるがえり、腰の剣帯に下がる鞘があらわになる。

剣士のようだが、かなりの軽装である。

だがその鋭い眼光には、強者のみが持つことを許される独特の凄みが宿っていた。

「あれが評判の連中を束ねてる野郎か。得体の知れない空気……、みたいなものがあるな」

「ああ、見ただけでヒシヒシと伝わってくるぞ。これはかなり期待できそうだぜ」

「…………というか、あれ泥漁りのおっさんだよな」

「やっぱり? 小鬼の森でよくすれ違ってた、あの?」

「そうそう、懐かしいぜ。まだ現役続けてたんだな」

次いで馬車から姿を現したのは若い女性だった。

男の差し出す手に掴まって、元気よく地面へ降り立つ。

白いゆったりとしたローブに、胸部をかばう赤い胸当て。

手に持つ赤みがかった杖の先には、青く丸い水晶が輝いていた。

口元に布が巻かれているので顔立ちははっきりしないが、その大きな黒い瞳と鼻筋だけで可愛さが想像つくほど整っている。

見目麗しい若い女性の姿に、男の一人が小さく口笛を吹いた。

「お、かわい子ちゃんが来たな。しかも、かなり若そうだぜ」

「雨晶石つきの杖ってことは水使いか?」

「いや、あれは見せかけだな。聞いたこともない変な魔技を使うって話だぞ」

三番目に馬車から降りてきたのは、少女よりこぶし一つほど背の高い女性だった。

氷晶石のついた短い神官杖を持ち、白い布を優雅に髪や首元に巻きつけている。

上衣は黒っぽいチェニックの上から白い胸当てをつけ、下半身はピッタリとしたズボンのせいで、ほっそりした足のラインが浮かび上がっている。

ほとんど目にすることのないレベルの美貌に、男たちはいっせいに生唾を飲み込んだ。

「……すごいな。胸当てしてても、よくわかる大きさだぜ」

「灰耳族の冒険者とは珍しいな。しっかし美人すぎるぜ。あれじゃ気になって、冒険どころじゃなくなっちまうな」

「しかも、いきなり黒鋼級のお墨付きだろ。いったい、どっから現れたんだ?」

最後の登場は、幼い子どもだった。

目元だけ出して、白布を顔にグルグル巻きにしたまま、勢いよく馬車から飛び降りてくる。

そのままコロンと前転して、軽々と立ち上がった。

赤いケープに半袖、半ズボン。長めの靴下に大きめのブーツ。

防具らしきものは、肘と膝の黒い覆いだけだ。

「なんで子どもが?!」

「知らねえのか? あれが噂の雷使いのガキだぜ。百年に一人の天才だとか」

「ホントだったのかよ、それ。って、四人しか居ねえのか?」

「盾を持ってる奴はなしか。なのに癒し手もいない。まさか、あのガキが?」

「雷使いなら囮役ってのが定番だが……、さすがにな」

「で、どうするよ?」

好き勝手に品評していた連中に問いかけたのは、ガルウドと呼ばれた男だった。

頬髭のせいで貫禄にある顔立ちだが、まだ三十代半ばほどだろうか。

額には短い角があり、ガッシリと肉厚な体は白硬銅の全身鎧で包まれている。

ガルウドの言葉に、顔を見合わせたCランクの四人は一様に首を縦に振った。

常識の当てはまらない相手であるが、それでここまで来られた以上、その実力は並のパーティの数倍上と考えるべきだろう。

「……全員か。良かったな、大人気だぜ、トール」

「久しぶりだな、ガルウド。まだ冒険者をやってたんだな」

「そりゃこっちの台詞だっての。とっくに老いぼれて、辞めちまったかと心配してたぜ」

ニヤリと笑いあった二人は、差し出したこぶしを固くぶつけ合った。

茶角族のガルウドは、初めてトールが小鬼の森を案内した冒険者第一号である。

四歳しか変わらないため気取りなくつきあう間柄であったが、ガルウドのランクが上がるにつれて会える時間も減り長らく疎遠となっていた。

「それで、人気ってのは何の話だ?」

「そりゃお前らの案内を、誰が受け持つかって話だよ」

「ああ、案内人か。助かるな」

道先案内人とは、破れ風の荒野だけにある冒険者局公認の仕組みである。

Dランクから挑戦が許されるこの不毛の荒れ野は存外に広く、闇雲に進もうとすればまず無事には済まない難所だ。

そんな厳しい場所でのトールたちの新たな目標は、荒野の奥に発生するダンジョンを見つけ出すことであった。

オークの岩屋砦と呼ばれるそのダンジョンは、広い荒野に点在する岩山や峡谷に一定の時間経過で生み出される。

一日以上かけて歩かねばたどり着けない奥地であり、簡単に見つけ出せる代物ではない。

現に血流しの川のぬるい環境に慣れてしまった冒険者の多くが、この地での急激な変化に耐えきれず脱落してしまう。

そこで不慣れな土地での探索行の手助けとして考え出されたのが、先達のCランク冒険者たちによる道先案内人と呼ばれるものだ。

この地のあまりの損耗率に、副局長のサッコウでさえ中止できなかった習慣である。

案内人は基本的に一パーティに一人。

安全地帯への先導や厄介な存在を教えるためだけの役割であり、戦闘にはいっさい参加しない。

もっとも危険な状況であれば手助けは行うが、探索自体はそこで打ち切りになってしまう。

さらに何度もそのような危機におちいるパーティには、案内人自体がつかないようになる。

なぜなら道先案内をする見返りが、期待できないからである。

Cランクの冒険者たちの目標はオークの岩屋砦の制覇であり、そこまでたどり着けないパーティに用はないというわけだ。

逆に同行したパーティが無事にダンジョンを発見できた場合、案内を務めた冒険者たちに挑戦優先権が与えられるという仕組みになっていた。

それゆえ有望そうなパーティには、競って案内人が名乗りを上げることとなる。

「よりどりみどりだと言いたいところだが、いきなり言われても選べんだろ」

「それもそうだな。となると、案内人の案内が欲しくなるな」

「ははっ、そりゃ面白いな。ま、全員が希望した場合は、実は決まってるんだよ。後腐れないよう、俺がぴったりなのを選ぶって話でな」

「そうなのか。ま、お前の選択なら安心できるな」

モンスターとの戦闘で一番難しいのは、敗走時の行動であるといわれている。

後先考えずに散らばれば、二次被害が出る恐れがある。

かといって損害を限りなく減らそうと欲を出せば、逃げ時を見失って全滅する恐れまで出てくる。

その点で盾士のガルウドには、撤退戦の上手さに定評があった。

ギリギリまで踏ん張りながらも選択を誤らず、仲間を誰一人として失わないその姿から、ついたあだ名が逃げ上手のガルウドである。

自信満々に頷いてみせた茶角族の盾士は、思わせぶりな態度でテーブルを見回す。

そして腕組みをしたまま、鋭く誰かの名を呼んだ。

「おい、サラリサ。仕事だぞ」

その呼びかけに応えたのは、目の前の男たちではなかった。

並んでいた馬車の真ん中の一台の横扉が開き、誰かが顔を出す。

肩甲骨辺りまで伸びるまっすぐな黒髪。

やや垂れ気味の青みが交じる黒い瞳と、つんと上を向いた鼻。

現れたのは、首元から顎にかけて青い鱗肌を持つ蒼鱗族の女性だった。

手早く砂よけ布を巻き付けた美人は、竪琴を手にしたままトールへ近づいてくる。

そして青い上衣についたひだ飾りを揺らしながら、優雅に挨拶した。

「案内役の経験はまだ一年足らずだが、なかなか優秀な奏士だぞ」

「よろしく、トールだ」

「はじめまして、サラリサと申します」

その声と見た目に強い既視感を覚えたトールは、思わず浮かんだ疑問を口にする。

「彼女はもしかして?」

ガルウドを最初に案内した時、実は一人だけではなかった。

盾を持つ青年の後ろには、サラリサとそっくり同じ外見の蒼鱗族の少女が寄り添っていたのだ。

その少女の名前はセルセ。

優秀な水使いで、その後もガルウドとパーティを組み続け、Eランクに昇格した辺りで生涯のパートナーとなっていた。

確か子どもも一人生まれていたはずである。

「ああ、この子はセルセの妹だ。よく似てるだろ」

「驚いたよ。そういや奥さんは元気か?」

トールの何気ない言葉に、ガルウドの口元から笑みが消えわずかに視線がそらされた。

そのまま数歩前に出た男は、馬車の隙間から白い平野を静かに眺める。

そして背を向けたままのガルウドは、淡々と無情な事実を告げた。

「セルセはこの荒野で三年前に行方不明になったんだ。ずっと探しているが、まだ見つかってない」