軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

赤い邪念

不意に現れたそのモンスターは、以前にも発生してトールたちが苦戦した相手――赤水の邪霊だった。

しかもその大きさは、前の数倍は軽くありそうだ。

「いっ!」

「どっから出てきやがった?」

「……おそらく、リシの仕業」

「……<風隠>を、まだ使っていたのか」

風精樹の下枝スキルにあたる<風隠>は、光を歪める風を纏うことで自分の姿を隠すことができる魔技だ。

しかも段階が上がれば風の範囲が広がり、自分の周りにも影響を与えることが可能となる。

仲間や罠を隠したりと汎用性の高い魔技であるが、視覚に頼らないモンスターには効果がなく、またモンスターの気配が近くにないと発動自体できないという条件もある。

「……我らが暴れ河馬を倒したことで、効果が切れたと思っていたが」

「……己の背後に張って、巧みに隠していたようだな」

どうやらリシの周囲の雨粒が消えて見えたのは、それを気取らせないためのわざとらしい見せかけであったようだ。

その証拠に青い欠片をばらまき終わった出張所の職員の姿は、張り付いたようないつもの笑みを浮かべながら、またも空中に溶けるように消え失せてしまう。

今度は雨に完全に紛れ込んだようで、その居場所はみじんも感じ取れない。

「くそ、どこに行った?」

「大口叩いて、逃げんのかよ」

「うわっ、兄貴、ヤバいよ!」

三男が叫びを上げて指さしたのは、流れの上に留まっていたはずの赤水の邪霊が動き出す姿であった。

その先にあるのは、ロロルフたちの苦労の結晶たる石の山たちだ。

狙いは間違いなく、連なる石山の上に散らばる雨晶石の破片であろう。

やめてくれとばかり必死に腕を振り回す三兄弟を無情にも無視して、モンスターは石山の上でピタリと動きを止めた。

そして青い欠片を取り込もうとしたのか、球体から水の棘がいっせいに突き出された。

派手に土砂が飛び散り、水の棘に撃ち抜かれた石山の上部が崩れ落ちる。

川面に大きな水柱を上げて消えていく土の塊に、ディアルゴが悲痛なうめき声を上げた。

三兄弟も顎が落ちそうなほど大きく口を開いて、言葉もなくモンスターの凶行を見つめている。

石山を破壊したモンスターは、音もなく水平に移動した。

またもその体から、水の棘が撃ち出される。

「あ、見て! トールちゃん」

「……ああ、かなり不味いな」

雨晶石を吸収したせいなのか、赤水の邪霊の体がいきなり一回りほど大きくなった。

そのまま二つ目の橋柱も破壊したモンスターは、さらにその体積を増やしていく。

無音で徘徊しながら急激に育っていく赤い水の塊の不気味さに、少女は息を呑んで言葉を失った。

だが被害の当事者である男たちは、そうもいかなかったようだ。

「な、なんとかしてくれぇぇ! トールの兄貴!」

「頼む、この通りだ!」

「前みたいに、サクッと倒してくださいよ。お願いします!」

すがるような顔で腰にしがみついてくるロロルフたちへ、トールは冷静な分析を返す。

「落ち着け。あのデカさだと、剣で細切れは無理だ」

「じゃあ、さっきの凍らせる魔技を使うのはどうですか?」

「ユーリルさんなら、使用可能回数を使い切ってるのでそっちも無理だな」

それを計算に入れて、リシは二段構えの準備をしていたのだろう。

「ね、トールちゃん。あのモンスター、雨晶石が大好きなら、こっちにもありますよーて、さそってみたらどうかな?」

「なかなか良い考えだが、先に石山のを吸収してから来るだろうな」

先日、トールたちが手に入れた雨晶石はかなりのサイズだが、ばらまかれた破片はそれよりも明らかに大きい。

顎の下を掻きながら思案していたトールの中で、凍らせるというディアルゴの言葉と、ソラの雨晶石を使うというアイデアが組み合わさる。

「そうか、魔晶石ならもう一つあったな。ソラ、来てくれ」

「はーい」

足早に天幕へ駆け込んだトールは、顔色が良くなってきたユーリルへ話しかける。

「すみません、ユーリルさん。その杖を貸していただけませんか?」

「ええ、どうぞ。好きに使ってくださいな」

背筋を伸ばして座っていた美女は、状況を察したのか何も問わず杖を手渡してくれた。

その膝の上に頭を乗せていたムーが、ぴょんと立ち上がると紫色の瞳を輝かせながら問いかけてくる。

「トーちゃん、あれ、やっつけるのか?」

「ああ、トーちゃんに任せておけ」

「うん、まかせた!」

トールが握りこぶしを突き出すと、子どもは手をグーにしてぶつけてきた。

ニヤリと笑ったトールが踵を返すと、その背後で小さく笑ったムーが青く光る針を身にまとって応援した。

右手に鉄剣を下げ、左手のユーリルの杖の先端部分にある灰色の石を握った状態で、トールは石の山の端に飛び移った。

すでに赤水の邪霊は四つの石の山を半分にして、その体も二倍以上の大きさへ変わっている。

そのせいか球体の位置は、はるか見上げるほどの高さにまで浮かび上がっていた。

「あれじゃ、剣が届かねえぞ」

「どうするつもりなんだ? トールの兄貴は」

心配するロロルフたちをよそに、トールは軽やかに石山を渡って近づいていく。

その姿を川岸で杖を握りしめたソラが、心配そうに見守っていた。

そして隣の石山にトールが飛び移った瞬間、モンスターが水の棘を次々と撃ち出す。

以前とは大きさも違うため、その太さは大人の腕周りを超えるほどである。

一本でも貫かれたら、さすがのトールでも無事では済まない。

刃が凄まじい速度で閃いた。

次いで本体から斬り飛ばされたことで、ただの水と化した棘が空中で飛沫となって飛び散る。

しかし、そのうちの一本だけはなぜか無傷であった。

もっともトールまでは到達できず、その体に当たる寸前で空中に留まっている。

軽やかに石山を蹴ったトールは、その留まった水の棘を足場にして、さらに跳び上がる。

またも伸びる水の棘たち。

それはまたしても切り落とされ、一本だけが絶好の位置で動きを止めた。

次々と水の棘を利用して、トールの体は上昇していく。

三度、水の棘を踏み台にしたトールは、ようやく本体に手が届く場所へと到達する。

その顔めがけて四本の棘が撃ち出されるが、二本の動きが止まり、一本は軌道を変えてもう一本へぶつかる。

生まれたその一瞬の好機を見逃さず、氷晶石を掴んだトールの腕が深々と赤水の邪霊の本体に差し込まれた。

封じられていた氷の魔力が全て解放され、赤い水の塊の表面が音を立てて凍りつく。

しかしまだモンスターは動けるようだ。

新たな水の棘が、氷を突き破り現れる。

――<復元>。

割れた魔晶石が復活し、再び冷気を放つ。

さらにもう一度。

伸ばしかけた棘ごと凍りついた赤い水は、大きく亀裂が入ったかと思うと、それは音を立てて砕けおちた。